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改築! Zランク寮

 我道との話があった後の放課後――。


「膠着状態……か」


 Zランク寮の掃除――もとい、ほぼほぼ改築になる大仕事を進めながら、俺は茂姫に話を聞いていた。


「よっこら……しょ。うい、膠着状態もき」


 俺のまとめたゴミ袋を受け取りつつ、その口を結ぶようにして、茂姫は繰り返す。


 まだ、最低限、生活に用いる場所の掃除だけではあるものの、どうにか形にはなってきたな。


「我道、真島、秋津、そして頼成……強く、かつリーダーとしての素養も高い連中が一度に集まりすぎたもきよ」


「ふむ……」


 天文学園としては望むところの状況にも思えるが、事態はそう簡単ではないのだろう。


「派閥頼みであっても、ちょっとはランクの上に行こうと思ってる生徒も隠れてトップを狙ってる連中も、非戦闘性とを含めとりあえず卒業だけを考えてる生徒も……。あ、勇ねーさん、こっちも頼むもき」


「あ、はーい」


 羽多野がホウキでゴミを掃く。


「ともかく生徒全体、そろって頭イタイ状況なのは確かもき」


「察するとこ、そうなんだろうな」


「それに学園側としても……。あ、椿芽ねーさん、こっちこっちもき」


「言われたとおり、ペンキを買って来たが……ここでいいんだな?」


「あいあい。んじゃま、そいつでこの廃屋寸前の外観を華麗にドレスアップもき」


「この寮全体をか? 人使いが荒いな……」


「まずは外見そとみからどーにかしないと、モキ達おにゃーのこの城にはふさわしくないもきよ」


「まぁ、それはそうかもしれんが。城かどうかはともかく……」


「椿芽ねーさんのセンスに超期待もき」


「やれやれ……」


 言いつつ、そう嫌々そうでもないように、塗装の準備を始める椿芽。


 ……センスがどうのと軽く持ち上げられたせいだな。


「それじゃ、私は中のお片付けしてきますね」


「あいあい。えーと、アニキどこまで話したもき? あ、そうそう。学園側としても頭イタイ状況なのは同じもきよ」


 茂姫は新しいゴミ袋を用意しながら続ける。


 どうでもいいが、意外にもかなり手際がいい。


「ランキングが大きく動かなくちゃ、最も強い人間を育てるって理想もおなじよーに膠着するもき。まぁ、そういう方向に関して仕事熱心じゃない教員たちは楽でいいかもしれないもきが」


「まぁ……そういう訳にもいかんのだろう」


「もきねー。その理想とか理念が動かなくちゃ、ただ乱暴モンどもを収監してる監獄と大差ないもき」


「監獄か、上手いこと言うもんだ」


「こういう言い方が適当かどうかわからんもきが、この学園、生徒、教員全てを含めて状況を打破する、新しい力を求めてるもきよ」


「新しい力、か」


 それが自分たちの事などと思い上がる性格ではないが……ただ、そういった存在に需要があるというのは事実だ。


 俺たちがそこに上手く割り込むことができるのなら――。


「……乱世さん」


 ホウキだのバケツだの雑巾だの、山のような掃除用具を軽々抱えた羽多野が心配そうに声をかけてきていた。


 ……これまたどうでもいいが、相変わらず外見に全く似合わない怪力だな。


「うん?」


「乱世さんもそういうことに、興味……あるんですか?」


「ん? ああ……」


 俺は、ペンキ缶を開けている最中の椿芽の方をわずかに見て……


「この学園に来た以上、それはな」


「そうですか……」


 羽多野が浮かべたその表情は、どこか不安げにも……それでいてどこか嬉しそうな風にも見えた。


 女性の機微などにはとんと通じない、俺などにはそれがどういった意味合いのものであるかなど、判別できるものではなかったのだが。


※        ※        ※


「さてと……外見はこんなモンでいいもきかねー」


 暗くなり始めて来たところで、茂姫が寮の全体をぐるりと見渡しながら言う。


 寮の壁は修復が済んだ箇所から順次、椿芽の手によって新しい茶色のペンキで塗られており、確かに見た目だけならそれなりにまっとうなものとなって見える。


「……まだ全部は塗り終わってないが……」


「ま、いっぺんにゃ無理もきよ、さすがに」


 実際、まだ側面や背面についてはほぼ手付かずだ。


 現実問題、ボロであるだけで寮は結構な大きさがある。それなりの規模のアパート一軒分くらいか。


 それは流石に素人大工数名では一朝一夕に終わるものじゃない。


「あとは肝心の部屋のほうだが……」


 その辺は基本的に羽多野に任せた。


 内部についても壁の修繕や床の張替えなど、ともすれば外よりもよほどに大変な作業があるのは判っていた。


 外担当の俺を含めた3人も協力しないことには、到底劇的に進むものじゃない。


 羽多野にはあくまでゴミや汚れなどを、できる範囲で掃除してくれればいいとだけ言っておいたが……。


「雨露が凌げればいい。とりあえず……野宿はもうごめんだ」


 椿芽が心底に嫌そうな顔をして、言った。


「なんだ椿芽、お前あいかわらず虫が苦手なのか? まったく、妙な所で乙女――」


 ごす。


 俺の顔面、正中線を見事に射抜く椿芽の正拳。


「……あしが6本以上のものだけだ」


「蟹や海老は好んで食うくせに」


 まれに実家で出た時には俺の分まで。


「蟹や海老は虫ではない。それに……美味いからな」


 虫も食えば美味いものも――という反論は今度こそ生命に関わりそうなのでやめてみた。


「まー、中の方は勇ねーさん一人ににお任せもき。一部屋でも終わってたら大したもんもき」


「電気は供給できるように直したんだろう?」


「一応はもき」


「それなら残りを全員でかかれば、今晩を過ごす場所くらいはどうにかなるだろう」


 もうそろそろ陽も落ちる。


 とりあえず床だけでもなんとかなっていれば、一部屋開けてそこで雑魚寝、と俺を始めとする全員が思っていたところに――。


「みなさ~ん、終わりましたよー」


「……は?」


「終わったって……ナニがもきか?」


「なにがって……もちろんお掃除が、ですよ?」


※        ※        ※


「おお……」


「す、すごい……」


 俺も椿芽も、羽多野が「掃除した」という部屋を見て、素直に感嘆した。


 傍らでは茂姫までもがぽかん、と口を開けている。


 ぬいぐるみのバイスたんまでもが、ぽかんと口を開けていたようにも見えたが……これは俺の脳が見せたイメージ描写かもしれない。


 もちろん、一般の規範にあてはめても尚、完璧な部屋というまでではない。


 しかし、掃除は見る限り完全に成されているし、床の抜けや天井の穴も見当たらない。


 少なくとも、今の状況からすれば、完璧に等しい状況、ではあるだろう。


 羽多野はそのクオリティの掃除を、とりあえず俺たちが今晩を過ごす3部屋、そしてトイレや台所、水回りなどのライフラインに関する設備を全てそのクオリティで「お掃除」もしくは「お片付けし」てくれていたのだ。


 これで感嘆できない理由がない。


「ど、どんな魔法を使ったもきか?」


「魔法なんて……。私、お掃除とか得意なんです。ふふっ」


「得意……か」


 いくら得意とはいえ、この短時間でここまでやってしまうとは……まさに天賦の才能だ。


「い……勇っ!」


「え……?」


 感極まった椿芽に両手をがっしりと掴まれ、目をぱちくりさせる羽多野。


「素晴らしい……! 素晴らしいぞっ! 私はてっきり、今夜も野宿かそれに等しい羽目になるものかと……」


「は、はぁ……」


「本当に……本当に感謝するっ!」


「い、いえ……。私って、このくらいのことしかできませんし……」


「謙遜することはない。実際、大したもんだ」


「ら、乱世さんまで……」


 羽多野は心底困ったように、照れて顔を赤くする。


「でも、まだ最低限お使いになる場所しかやってませんから……明日からは、他の場所のお掃除もしてしまいますね!」


 そして、張り切った笑顔を見せて、そんな頼もしすぎる事を言ってくれたのだ。


※        ※        ※


「良かったな」


「な、なにがだ……唐突に」


 俺は再び椿芽と共に、この泉に沐浴に来ていた。


 羽多野がああも頑張ってくれたが、生憎寮にはそもそも風呂という設備が無かった。だから当面はまだ例のドラム缶風呂が基本となる。


 湯の嫌いな椿芽だけでなく、今日は俺も服を脱いでここで沐浴につきあう事にした。


 当座、あのドラム缶は茂姫の専用だ。


 まぁ、そういう事情を抜きにしても……この場所は『その手の』内緒話をするのにはうってつけの場所だ。


「いや、羽多野との事だ」


「あ、ああ……」


 あの流れ上、という事は多分にあるが、椿芽と羽多野の距離は今日でかなり縮まったように思える。


「元々私は彼女に思うところはない。一方的に……何故か敵視されていただけだ」


「やっぱり気付かないうちに、何か気分を害していたのじゃないか?」


「う……。い、言うな。結構……気にしているのだ」


「そうか」


「それより……!」


 椿芽は、照れ隠しという訳ではなく、普通に表情を引き締めてから話を変えた。


「ん?」


「それより……どうするつもりだ?」


「ああ、例の派閥のことか。俺がどうするというよりも、まずはお前の意思だろう」


「わ、私の……か?」


「ああ。俺はお前のしたいようにする。それだけだ」


「乱世……」


「それはいままでも……そして、恐らくはこれからも同じことだ」


「私は……」


 椿芽は僅かに躊躇ためらいを見せたものの……。


「……私は、どこの派閥にも付くつもりは無い」


 一息に、そう断言した。


「まぁ……そうだろうな」


 予想されていた言葉だ。


 先の躊躇も、恐らくは羽多野や茂姫などの、ここで改めて知り合った連中のことを軽くおもんぱかっての間だろう。


「誰かの背中を見ていては、それより先には進めないだろうしな」

「そうだ……」


「仮にそれが先の事を見据えての策であっても、だ」


「乱世……」


「俺は……お前のしたいようにする」


「……………………」


※        ※        ※


 まだ沐浴をしているという椿芽をそのままに、寮へと戻る途中――。


「乱世さん……」


 寮の近くで、羽多野とばったり会った。


「羽多野……? どうした、自分の寮に戻ったんじゃないのか?」


 明日以降の内部の「掃除」について電気系統担当の茂姫と話したあと、そのまま完全に暗くならないうちに帰ると言っていたと思うが……。


「い、いえ……」


「もう遅いしな、送っていこう」


「は、はい……」


※        ※        ※


 羽多野を送っていく道すがら……。


「乱世さん……」


「うん?」


「あ、あの……。さっき……椿芽さんと……どこへ?」


「ああ。あいつはいまだにあのドラム缶風呂には馴染めないと言っててな。近くの泉まで沐浴に行ってる。俺はその付き合いだ」


「も、沐浴って……まさか……は、裸……で……?」


「ん? ああ……まぁ、まだ季節としてはちょっと冷えるけどな。まぁ慣れたものだ。俺も椿芽も」


「な、慣れた……もの……?」


「ああ。お互いな」


 里ではそもそも風呂の為に湯を沸かすことさえ少なかった。それこそ真冬くらいなものだ。


 手近にちょうどいい規模の滝も泉もあれば、そこで十分に事は足りる――。


「………………」


「どうした?」


「いえ……なんでもないです……」


「そうか……?」


「……………………」


 言いつつ、羽多野は……何か妙に考えた風なまま、帰路の間ずっとい押し黙っていた。


※        ※        ※


「それじゃ、また明日だな」


 羽多野の寮の前で分かれる。


 ……しかし、これで「普通」寮か。鉄筋3階建て、それなりに真新しく見える外装。部屋のそれぞれに配されているのはエアコンの室外機というヤツか、初めて見た。


 今更ながらその格差に愕然とさせられる。


「あ、あの……! 乱世さんっ……!」


「なんだ?」


「そ、その……」


 羽多野は俺を呼び止めながら、しばらく逡巡している間を作った。


「…………?」


「あ、あの……」


「ああ」


「お……おやすみなさいっ!」


 羽多野は大仰に頭を下げてそういうと、今度は振り返りもせずに寮の中に駆けていってしまった。


「………………?」


 俺は多少……そんな羽多野のことが気になったものの……。


「さて」


 踵を返し、我がZランク寮に戻ろうと歩みだす。


「しかし、果たしてここからどうやって帰ったもんか……」



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