パンクラスVS怒黒組
午前中の授業が終わったのとほぼ同時くらいのタイミングで、何やら大仰なサイレンに続き、校内放送が教室に響いた。
『聖徒会からのお知らせです。聖徒会からのお知らせです。ただいま、3年・パンクラス並びに2年・怒黒組の対戦が了承されました。第170番校庭エリアにて、両グループの対戦が行われます』
「怒黒組にパンクラスか……」
因縁のある二つのグループの名前が出れば、無下に聞き流すこともできない。
『非戦闘生徒は速やかに近隣エリアからの退去を行ってください。繰り返します。ただいま3年パンクラス並びに――』
「これは……?」
「これが聖徒会公認バトルの開催の合図もき」
「ああ、先生の言っていたポイントを賭けた対戦か」
「もき。放送で個人名が指定されてなかったところを見ると、どうやら今回はグループ同士の集団戦みたいもきね」
「一対一ではないのか?」
「対戦の形式やルールは相互の提案を聖徒会が承認をして決定されるもき。もっとも、集団戦は人数や総合戦力に差がある場合はハンディが架される場合や、承認が降りない場合もあるもき」
「なるほどな……」
「まー、その辺は、実際に見てみたほうが早いもきね。言ってみるもきか」
「ああ。個人的にも興味があるしな」
パンクラスと言えば、まずあの軍馬という男が所属している。
そして昨日、名前だけ確認した怒黒組の秋津という男。
どちらにしても興味はある。
「それはいいが……また余計な悶着を起こすなよ、乱世」
そんな釘をさされつつも、俺たちは対戦の行われる170番校庭とやらに向かった。
※ ※ ※
「野次馬が多いな……」
俺達が到着した時には既に校庭にはかなりの人数が集まっていた。
「……お前がいちいち、曲がり角の度に反対方向に向かおうとするからだ。道もわからんのに、先頭を行こうとするな、馬鹿者め」
「考慮しとこう」
「まー……学園でも4大派閥って言われてるうちの2つの対戦もきからねー。今後の参考にしたいって連中は多いもきよ」
「4大派閥……か?」
「3年・パンクラス。神速の強打者、真島神音の率いる総合格闘集団もき」
「軍馬銃剣の所属するグループだな」
「もき。アニキも戦ってみて判ったとは思うもき。正統派の格闘スタイルを重んじる集団もき」
「そうみたいだな」
中心メンバーと思しき連中の体躯を見ていても判る。
全身に偏りなく配された筋肉は、それだけで武器としては脅威となり、同時に天然の防具として機能するものだ。
「パンクラスは学園創始から存在してる歴史あるグループだったもき。それがここ数年で一気に頭角を現してきたもき。今では単純な人数比だけならトップに近い巨大グループに上り詰めてるもき」
確かに、校庭のフィールドに出ている人数もそれなりに多いが……。
「もともと堅実な成績を誇ってたグループもき。でも、ここ最近の発展には今の代の中心メンバーの功績が大きいもきね」
「それは……あの中心に居る4人か?」
「もき。リーダーの真島神速を筆頭に……」
一見、地味とも見えるスゥエットの上下。顔は目深にかぶったフードでよく確認できないが……。
体の線を隠すダブついた服装の上からも、その均整の取れた身体は容易に見て取れる。
「スピード主体の合気の『女帝・龍崎志摩』……」
和装……というよりもほぼ着物に等しい出で立ち。
裾の長さなどは一応、ある程度の動きやすさを確保しているが、いくら合気とはいえ、到底格闘技を行う姿とは思えない。
しかし、それは衣服のハンデを物としない、自信の現れなのかもしれないが。
「剄を応用した堅実なボクサースタイル、『鳥喰実』……」
ここからは多少、分かり易くなってくる。
鳥喰と呼ばれた男は見るからにボクサースタイルだ。
もちろんシューズにグラブという姿ではなく服装的にはラフなストリート調ではあるものの、特徴的な体捌きからもそのスタイルを隠そうとしていない。
「そして、アニキとも一戦交えた軍馬銃剣。この4人が中心メンバーもき」
軍馬については相変わらずだ。しかし、あの時は登校中であったために制服姿ではあったが、今は特製のレスリングコスチュームを身に着けている。
むろん試合などで見るような一般的なものではなく、各部に邪魔にならない程度の防具を配した実戦仕様ではあるようだが。
「まさに王道的な配置だな」
軍馬のスタイルは俺も実際に体験しており、推して知るべしなパワーレスリングとして……。
合気、そしてボクサースタイルの打撃系……。
「リーダーの真島、という男は如何なる技を用いるのだ?」
「真島は何でもアリなスタイルもきが……注意すべきはその打撃技もき」
「打撃……か」
「もき。もちろん、ほぼ全ての格闘能力が標準以上ではあるもき。普通は牽制に用いられる軽い打撃だけでも、並の相手程度なら致命的ダメージを負わせる威力があるもき」
「ボクサースタイル、というワケではないんだな?」
「本来は軍馬のようなレスリングスタイルらしいもき。でも、足を止めるだけの打撃があまりに威力が高すぎて、大概はその打撃だけで相手が倒れてしまうもきよ」
「それは……」
なんとも、恐るべきな本末転倒だ。
「対する怒黒組のほうもきが……元々は、各グループの脱落者や、グループそのものが瓦解した連中が溜まり場として結成したグループだったもき」
「なるほど……道理で躾の成っていない連中が多いわけだ」
椿芽が今朝のやり取りを思い出してか、吐き捨てるように言う。
「だもんで、幽霊メンバー含め、数だけはソコソコだったもきが、他の有力派閥が脅威にするほどの連中じゃなかったもき。でも……」
「今は違う、と?」
「もき。去年、この学園に編入してきた秋津雄大が、瞬く間に連中を纏め上げて今じゃ有力派閥の一角もき」
「秋津……雄大、か」
秋津らしき男は、遠目からにも認識はできた。
抜きん出た長身のせいもあるが……この状況で一人、手にした本のページを手繰る姿は、確たる余裕を感じさせる。
「実力もさることながら、この学園では有数の知将もき。PG生徒でありながら、学力テストでも常に上位をキープしてるもき」
茂姫の言うとおり、怒黒組のほかの構成メンバーには然して目立つ実力者は見て取れないが、恐らくはあの男だけでその質の低さを補うほどの働きはするのだろう。
「そして、それをサポートするのは夢枕爆山もき」
「……でかい、な」
秋津を越える長身、そして軍馬が霞んで見えるほどの体躯。
「見ての通りのパワーファイターもき。もっともこの怒黒組の中核二人は、現状ではあんまりデータが無いもき」
「データが無い?」
「もき。もともと、新生怒黒組は秋津の知略で勢力を伸ばしてきたもき。だから、あの二人が直接の戦闘に関与することは稀有もき。あったとしても……その実力の片鱗も出していないような小競り合いくらいもき」
「なるほど……それじゃ、今回はあの二人の実力を推し量るという意味でも注目しておくべき戦い、ということか」
相手があの軍馬と、それ以上の実力者連中ならば、いかな姦計を用いようとも、そうそう凌げるものでもあるまい。
「んむー。ソコはあんま期待してないもきが……」
「?」
茂姫のヤツは、例の調査用の道具、『バイスたん』だとか称する気色の悪いぬいぐるみを持ち出しながらも、何やら微妙な表情を浮かべている。
※ ※ ※
「さぁて、と……。秋津ッ! 今日こそはお前のスカした面を、思いっきりスッ飛ばしてやりたいところなんだがな」
軍馬が口火を切って、指の間接をゴキゴキと鳴らしながらながら挑発するが……。
「……………………」
秋津は手許の本から視線すらも上げない。
「無視かよ。相変わらずって言や、相変わらずだがよ」
「……爆山、栞を」
「はっ……」
「相変わらず、巧みな筆運びだな、爆山」
「拙作の極みであります」
「ふ……。続きも期待している」
「光栄の至り」
「さて……」
読んでいた書籍を閉じ、爆山に預けると……秋津はようやくその面差しを上げる。
「無意味な抗争は好まないのだが……挑戦に背を向けるというのもそれは主義ではない。何より下の人間の鬱積を晴らす場を作るのも主たる勤め……か」
「言いやがる。こないだからチョッカイ出してきてるのは、お前らんとこの連中だろうが」
「……水掛け論に応じる謂れはないな」
「やめとけ、軍馬。これ以上は……」
軍馬をさがらせ、真島は相変わらずフードをかぶったままの面差しを軽めに上げる。
「コッチの言葉でやり取りするとしようぜ」
バンテージの巻かれた拳を掲げあげてみせる。
それだけでパンクラスの末端の生徒全てが歓声をあげた。
「ようやく、ですわね。待ちくたびれましたわ」
「おい……志摩! 今回は俺の番だろ」
「あら……そうでしたかしら? 問題児の軍馬銃剣は、てっきり聖徒会からの警告を引け目に、遠慮するものかと」
「ぐっ……。あ、相変わらずキツいオンナだねぇ……。ま、そういうとこも魅力なんだが」
「ちょっと、気安く触らないでいただけますかしら?」
二人の間に、真島がそれぞれの肩をぽんぽんと叩きながら割って入る。
「まぁ……いいだろ。どうせ今回も秋津の野郎は出て来るとも思えない。こういう時に数を減らしてやるといい」
その態度は、グループの将というよりも、運動部の気さくな先輩じみた雰囲気が感じられる。
こういった本来の運動部的な距離感も、あのカリスマの要因なのだろうか。
「おい、鳥喰!」
「なんでしょう? 真島サン」
「お前も行っておけ。こないだから雑用ばっかりで、多少はポイントも欲しいとこだろ?」
「っスねぇ。それじゃ……お言葉に甘えて」
パンクラスから、軍馬、龍崎、そして鳥喰が前に出る。
真島の指示か、他のメンバーは動かない。
「やはり真島は動かない、か……。良し、各自手柄を立てろ。連中を倒した場合、ポイントは各自分け前としていい」
秋津の言葉に、怒黒組の連中が声を上げ……それぞれにパンクラスの3人を取り囲むように広がっていく。
「また、ぞろぞろと……無粋ですわね」
「ちっ、秋津はおろか爆山の野郎まで出てこねぇとはな」
「舐められたものですわね」
「とはいえ……最近の怒黒組構成員は、あながち侮れないものがありますよ。油断していると……」
「ふん、鳥喰。そんな弱腰だから、お前はパシり扱いのまんまなんだよ」
「ひ、ひどいなぁ、軍馬クンは……」
「それも、秋津の策があってこそ、でしょう? 軍馬はともかく……この私が遅れを取るなど、ありえませんわ」
「キツいな、志摩……しかし、そういうところもまた……」
「さ、ちゃっちゃと行きますわよ」
「……無視か……」
最初に動いたのは、あの龍崎志摩という女だった。
すぐさま、その格好をも含めて油断をしたのであろう怒黒組メンバーが一気に囲みを狭める。
「ふん……」
ひと呼吸の間に、間合いを詰められた数人の男がそれぞれに弧を描くように転がった。
「邪魔、ですわ」
(あれが合気……? いや、厳密には違う、な……)
勢いを利用した、純然たる合気の犠牲になったのは最初の数名。
それ以後は、相手の身体的な勢いこそ利用しているものの、近代柔術のような、自ら相手を取りに行く能動的な投げや払いに近い。
最低限の力配分で効果的な攻撃と成す、という意味では、合気の根源から外れてはいないが……。
「むしろ合気を元に発展させた総合格闘術、か」
「ああ。鳳凰院流に近いものを感じる」
「……歴史ある鳳凰院流を我流柔術と一緒くたにするな」
「柔軟に新しいものを取り入れていくという姿勢は同じ……という意味だ」
「ふん……」
椿芽は不貞腐れたようにして、俺を無視した。
他流を低く見てしまうところは、椿芽の悪い癖だ。
それもこれも、流派を背負う、背負った、という気概ゆえのプライドなのだろうが……。
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
気合一閃、軍馬が二人をまとめて引き抜くように投げ、叩き伏せる。
「おらおらっ! 次はどいつだ! まとめてブン投げてやるッ!!」
この間のような本気の目ではない。しかし、気合は充分に入っているように見える。
(ギャラリーが多いせいか? それとも……総大将の目があるからか……)
もっとも、件の大将、真島のほうは腕組みをしながら、フードの下の口元で泰然とした笑みを浮かべながら、動く気配もない。
それは、怒黒組の秋津雄大もまた、同じだ。流石に本から目は離し、戦いの成り行きは見守っているものの……それに加わる気配は見えない。
その様子に、俺が多少の焦れを感じていると……。
「おう。お前さんらも観戦か?」
「あんたは……」
「我道光照。この学園は物覚えの悪いヤツが大半だからな。念のため、もう一回名乗っておくぜ」
「配慮は感謝するがな。流石に今朝会った人間を忘れるほど、惚けちゃいない」
「そうかい? この学園にゃ、3歩も歩けば忘れちまう野郎も多いんだがな。俺もギャラリーに混ぜてもらうぜ、面倒乱世」
「……天道、だ」
なるほど、身をもって証明してくれるとは親切なことだ。
「っと……お嬢ちゃんも相変わらず見目麗しゅう」
「………………」
かちり。
「……落ち着け」
椿芽の鍔が鳴るのを察し、柄頭を押さえ込む。
「わ、判っている! いかな恥辱を浴びせられたからと言って、こんな状況で暴れるものか! お前ではあるまいし!」
「……この状況で、よくもそんな言葉が返せるな、お前も」
「確か鳳凰院、椿芽……だったか。改めてよろしくな、椿芽ちゃん」
「………………!」
かちり。
「……落ち着け」
「わ、判っていると言うにっ!」
「なんだ? お気に召さねぇって?」
「ほ、鳳凰院でいいっ!」
「そうかい? なんだか可愛げのねぇ呼び方で面白くねぇなぁ……」
「き、貴様っ! 我が流派……家を愚弄するかっ!」
「おっと。ンなつもりはねぇよ。くく……血の気の多い嬢ちゃんだな。ますます気に入った」
「ふん……!」
椿芽はもう相手にしないと決めたのか……我道を無視して校庭に視線を戻す。
「どれどれ? ははぁん、相変わらずつまんねぇ小競り合いしてやがんなぁ……」
「つまらん、か」
「ああ。つまらねぇ。ここんとこはずっとこんな有様だ。まぁ……ウチもヒトゴトじゃねぇがな」
「他人ごとではない……? そういえば、あんたは男闘呼組とかいうグループのトップという話だったな」
「まぁな」
「アニキアニキ、男闘呼組はパンクラス、怒黒組と同じくこの学園で現在4大派閥と呼ばれてるトップグループもき」
「そうなのか」
確かに食堂で「最大派閥のひとつ」とは聞いていたっけな。
「っと……どっかで見たツラかと思ったら、報道部のヤツか。今朝も居たとこを見ると……お前、今度はこいつの下についたのか?」
「も、もき……」
反射的に俺の背中に(バイスたんごと)隠れる茂姫。
「ふん……」
我道は、俺のことをじろじろとねめつけるように見てから……。
「まぁ……あながち悪ぃ判断じゃねぇかもな」
「一応、評価と受け止めておくが」
「男たぁ言え、過小評価まではしねぇ主義でね…………っと、それより」
我道が、校庭の方を顎で指すようにした。
「…………?」
「そろそろ……決着だな」
「決着だと?」
先程名前の上がった連中は、一人も倒れていない。
集団戦としたって、怒黒組の雑魚は散らされているものの、パンクラスの下層メンバーは応援に徹し、まだ一人も前線に出てさえ居ないのだ。
※ ※ ※
見れば……先ほどまでは群がる蟻のようにパンクラスの3人を囲んでいた怒黒組の連中が、既に半分以下に至るまで数を減らしていた。
「他愛のない……肩慣らしにもなりませんわ」
「おら……秋津っ! スカしてねぇで……とっとと出てきやがれっ!」
テンションの上がった軍馬が挑発めいた声を投げる。パンクラスメンバーの声援も校庭を揺るがすほどに大きくなるが。
「ふむ……」
秋津は、戦況を一瞥しても表情すら変えず……。
「頃合だな。爆山」
「は……」
促された爆山が、秋津に一礼をするようにして、歩み出る。
申し訳程度に鼻の上に乗っている銀縁眼鏡を丁寧にケースに仕舞い、ポケットに収めながら。
「……………………」
同時に、今まで3人を包囲していた連中が、倒れた仲間をそれぞれに抱えるようにして、一斉に後退していく。
「あの大男が出るか。しかし一対多……見る限りの上でなら、不利な戦いだな」
「まぁ……パンクラスの連中じゃ、そうはしないだろうな」
我道の言葉の意味を計る前に、校庭では更に動きがあった。
「さて……あの野郎が出てきたってことは、ここは俺の出番だな」
「ちょっと……美味しいところを攫っていくおつもり?」
「そ、そうですよ、軍馬クン……いくらなんでも爆山相手に一人じゃ……」
「パンクラスの基本原則はあくまで一対一。それに……あいつ相手じゃ、龍崎、鳥喰。お前らじゃ相性が悪ぃ」
「仕方ありませんわね……。高くつきますわよ?」
「ぐ、軍馬クン……」
「鳥喰、おめ-は真島サンの昼メシでも買いに走っとけ!」
そのまま、龍崎と鳥喰が下がり、軍馬のみが前に出る。
「やっぱりな。くだらねぇ……」
「くだらない……?」
「ああ。くだらないね。タダでもパンクラスは下の層が薄い。格闘技としての理想を掲げるばかりに、そのハードルが高くて下が育たねぇんだ」
「……なるほどな」
鳳凰院流と同じ問題を抱えているな――というと、確実に横から拳が飛んでくるので言わない。
「甘っちょろい理想だかを貫いても、そこそこに戦えるのはあの3人と真島くらいなモンだな。だから……」
「……こういう状況なら、なりふりを構わず上を、あの爆山とかいう男を落としておく必要がある……と?」
「ほう? そこそこ目端も利くのか。まぁ……少なくともその方が団体としちゃ、有益だな」
「しかし……」
椿芽は苛立ったように言って、再び視線を戻す。
「それは……士道にもとる……!」
「へぇ……もとる、かい?」
「ああ、もとる」
「本来、サムライの剣は多対多が本流だって聞くぜ? 道場剣法でもない限りはな」
「…………!」
「……おち――」
「う、うるさいっ! いちいち柄を押さえるな!」
※ ※ ※
「……行くぞ」
軍馬が構えるのと、ほぼ同時のタイミングで……爆山がその巨漢からは想像もつかないほどの俊敏さで突進した。
「おうさッ!」
やはり、外見そのままのパワーファイターには違いない。
一見、ただの猪突猛進に見えるその愚直な突進も、それはそれでその単純がゆえの威力に絶対の自信があるゆえのことだろう。
そしてそれは……。
「ふンッ……!」
軍馬の体躯が、気合と共に一回りは大きくなったかに見える。
俺と対峙した時に垣間見せたものと同じか……ともすればそれ以上の『本気』の態勢だ。
爆山の突進は、それを正面から受け止めるであろう、軍馬の性格やスタイルをも見据えてのことなのだろう。
ガシィィィッ!
車が正面衝突したかのような激しい音が校庭に響く。
「ぐっ……ぐぅっ……!」
衝撃に、軍馬の足が砂煙を上げて後ずさる。
しかし……。
「受け止めたか、あの男……!」
そう他人を認めない椿芽さえ、感嘆の声をあげた。
図体、筋肉量……全てが一回り以上は大きい爆山のタックルを、軍馬は完全に受け止めて見せたのだ。
そして――。
「もらッ……たぁッ……!!
そのまま組み付き、抱え上げるように力を込める。
レスリングで言う、フロントスープレックスの態勢だ。
もっとも、爆山の規格外の巨体ゆえ、かなり変則、変形な形での投げにはなってしまう。
どちらかと言えば、絵的にはレスリングというよりも相撲じみた雰囲気のようだ。
それでも、その完全とは言いがたい態勢でも、投げ切りに行ける軍馬のポテンシャルは、やはり相当なものだ。
――が。
「……ぬるい」
「なッ……!?」
両足が地を離れる寸前で爆山が腰を落とすように重心を落とした。
それだけで――たったそれだけのことで、今までの勢いがそもそも存在しなかったかのように、あっさりと技は断ち切られてしまう。
いや……。
いまや、両足を大地に貼りつかせているのは爆山のほう。
軍馬は今の反動で僅かながらも下半身が地面から浮いてしまっている。
「くっ……!?」
「終わり……だ」
爆山は、まるで無造作に軍馬の体を抱え上げ――。
「ぐがぁぁぁぁっ!!」
まさに……まさに力任せ、というようにそのまま地面にたたきつける。
ドォッ! さっきの衝突の時以上の大音量が響く。校舎のガラスがびりびりと震え……一部にはヒビさえも走ってしまうほど。
先ほどのタックルと同じく……何の工夫も技巧もない、残酷なまでにシンプルな、ただの純粋な暴力。
それがあの巨人の武器、ということなのか。
「ぐ……軍馬っ!!」
「軍馬クンっ!?」
慌てて二人、そしてパンクラスの連中が駆けつけるも……校庭の土に半ばめり込んだままの軍馬は白目を剥いたまま、ピクリとも動かない。
「ほ、保健委員っ! 保健委員を早くっ!」
それを後にし、爆山は軽く制服の埃を払い……図体との対比でオモチャのようにしか見えない銀縁のメガネをかけなおす。
※ ※ ※
「……………………」
「どうした? 新入り。怖気づいたか?」
我道はニヤニヤしながら俺に言うが。
「驚きは、ある。しかし怖気てはいないな」
あの軍馬ほどの男がああも簡単に、という部分は確かに驚くべきことだ。
しかし――。
同時に俺の中には――。
昨日から感じているものと同質の高揚があることも……それはそれで本当のことだ。
「そうかい」
我道は俺のそんな言葉を強がりと見たか、本心を見抜いたのか……僅かに愉快そうに笑みを浮かべた。
※ ※ ※
「軍馬も修行が足りねぇなァ。ま、今日はこんなところかい、秋津の大将?」
「ふむ……こちらも相当の損害を被った。いくぶん業腹ではあるが……致し方あるまい」
双方のトップが一言二言交わしたところで……それぞれの集団は別れ別れに退いていく。
「これで……終わりなのか?」
椿芽が肩透かしを受けたように言う。
「そうみたいだな」
正直、俺も同じ感想ではあった。
まだあの真島も秋津も、その実力を図るどころか、戦場に歩を踏み出してもいない。
「言ったろう? くだらねぇ……ってな」
「どういう意味だ、それは?」
「言ったとおりの意味だ。今や、この学園じゃ拮抗した4つのグループ……その中には、俺の男闘呼組も含まれちゃいいるが。その4つの勢力があんまりに拮抗しすぎちまって、そうそう上の連中同士の戦いにゃ、ならねぇんだよな」
「拮抗、か……」
それは、この目の前の我道という男も秋津や真島と比肩する実力者であるという意味だ。
そして……もうひとつの拮抗するグループ、とは?
「今日はまだ……あの軍馬のヤツが一騎打ちに応えたが……大概は、下の連中の減らしあいだ。くだらねぇ」
「派閥が大きくなると、ヘタに上同士が戦って、ポイントが大量に変動するのは避けたくなるもきよ」
「ふむ……なるほどな」
組織がでかくなればなるほど、そういった、ある意味政治的な思惑も強くなってしまうのは、むべなるかなだ。
「お前ら……メシはまだか?」
我道が何か思いついたように言った。
「な、なんだ、唐突に……」
「いや、良けりゃ、一緒にどうかって思ってな。今朝の感じからすると切羽詰まってんだろ?」
「ほ、施しなどは……」
ぐう。
「……………………」
判りやすいほどベタに、椿芽の腹が鳴った。
「武士は食わねど……とはいえ、限界はあるな」
「ぐ、ぐぬぅ……」
「まぁこれも何かの縁だ。もう一回くらいは先輩の威厳ってヤツを見せてやってもいいぜ?」
「それでは遠慮なく好意に甘えさせて――」
「いや。お前には言ってねぇから。な? 遠慮しなさんなって、鳳凰院よぉ」
「……どうやら、お前が受けてくれねば、俺もメシにありつけんようだぞ」
「む、むぅ……」