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我道帝次

 翌日の朝――。


「しっかしアニキ……今朝は、なんであんなトコで寝てたもき?」

「いや……」


 あのあときっちり明け方まで動けなかった俺は、日課の鍛錬の流れで通りかかった椿芽のヤツに発見されるまでそのままだった。


 まぁ、腹をくくってあのまま寝入ったお陰で体力も動ける程度には回復していたが。


 お陰でどうにかこうして朝食のため学食へと向かう流れにも合流できたというわけだ。


「放っておけ。大方、どうせまた寝ぼけてうろつきまわっていたんだ」


「流石、椿芽だ。鋭いな」


「付き合いも長いからな……」


「もき? アニキは……夢遊病のケでもあるもきか?」


「ああ。こいつの昔からの悪癖だ。明け方に部屋に居たためしが無い」


「へぇー。アニキの意外な弱点もきねー」


「弱点……というほどのことでもないが。それより、学食はこっちでいいんだな?」


「そっちはトイレもき。なんで目の前に書いてある案内の矢印と、わざわざ逆に行くもきか」


「ふむ。言われてみれば、そういえば書いてあるな」


「……もはやわざとやっているようにしか見えんもき……」


 くるりと踵を返して、茂姫の指す方に向かう。


 椿芽などは慣れたもので、俺などは無視してとっとと先に行ってしまっている。


 椿芽と無闇にはぐれないためにも、少なくともこの癖の方は、いずれどうにかしないといかんな……。


「まぁ……なにはともあれ、ようやくまともなメシが食えるな」


 体力は回復したものの……『アクセラ』を使うためには、やはり今のコンディションでは若干心もとない。


 茂姫の話によれば……。


 朝・昼、つまり授業予備時間内にあたる食事に関してはポイント――つまり、この学園で言うところの金銭を消費せずとも、学生食堂にて全員に配給があるとのこと。


 放課後にあたる夕食に関しては、当座の対策を考えねばならないが……。


「……あんま、期待しないほうがいいもき」


「うん?」


※        ※        ※


「これだけ……か?」


 目の前に配膳された『朝食』を見て、思わず絶句する。


 白米が一椀。それに漬物が数切れ。それに、具なしの味噌汁。


 それが我らが天道組の朝食だった。


「……………………」


 椿芽は、昨日の反省もあってか今朝は随分と冷静さを保っている様子だったが……。


 今のこの沈黙は、素のものだろう。


「食事の内容も、キホンはランク次第もきからねー。Zランクじゃこんなモンもき」


「まぁ……多少は覚悟もあったものの……。さすがにこれは……」


 元々、食は太い方ではないが……これでは、流石に人体の必要最小限の維持カロリーにも満たない。


「まー、これは早急に対処する必要があるもきねー。もむもむ……」


「……と、言いつつ……お前は何を食ってる?」


「カツカレーもき」


「そこは、朝っぱらから随分と重いモノを食っているな、と言うべきか……」


「モキは天道組に入る前のポイントの貯蓄があるもき。ランクが低くても、ポイントを消費すればこうしてフツーに食事ができるもきよ」


「ふむ、なるほどな…………ところで」


「もき?」


「それを俺たちに分けてくれるという考えはお前には無いのか?」


「ないもき」


「即答か……。お前、都合のいいときはアニキ呼ばわりのくせに……」


「それはそれ、これはこれ、もき。いくらアニキといえども、こればっかりは譲れないもき」


「よこせ!」


 ヤツの皿からカツを奪取するべく箸を突き込む俺。


「いやもき!」


 今までに見せたことのない反射速度で皿をガードする茂姫。


「止さないか、乱世!」


 カラの食器の前で、口元をぬぐいつつ椿芽が一喝してくる。


「椿芽……」


「止せ、と言っている。みっともない」


「お前……相変わらず、食うの早いな」


「……茂姫にしても、そのポイントは我々と出会う前にまっとうに稼いだものであろう。それを当てにするというのは道理として間違っている」


「まぁ、それはそう、だが……」


「経緯はどうあれ現在のこの状況は私と乱世、あくまで二人の問題だ。むしろ茂姫に関してはその割を食わなかったことを喜んでやるべきが筋だろう」


 それは勿論、そうだ。


 いや……言い訳ではないが、俺もこの小動物から無理矢理に食い物を巻き上げようなどとは思っていなかったが……。


(ここまで毅然と言えるのであれば……まだ椿芽の気力の方は大丈夫だな)


 むしろ、そちらのほうが心配だったのだが……杞憂だったようだ。


 しかし――。


 ぐう。


「………………っ!」


 盛大に腹の音が鳴った。具体的には俺のすぐ横で。


 椿芽は慌てて傍らのコップの水を飲み干す。


 しかし気力はともかく、肉体的には限界もあるだろう。


 水腹はあくまで一時だ。


「確かに正論だ。俺が間違っていたな。すまん! 茂姫……お前は食え。食って……俺たちの分まで存分に栄養を取るがいい」」


「い、いや……なんか……むしろ食いにくいもき……」


「いや……気にすることはないぞ。仮に俺達が餓死するようなことになってもお前が生き残れば、天道組の意思は引き継がれるというもの。そのため……存分に食え」


「……分けるもきよ……」


 前髪で半分がた隠れた面相でも、明確にわかるほど「しぶしぶ……」といった具合で皿を差し出す茂姫。


 よし。成功。


「んじゃ……姐さん、カツを一切れ……」


「い、いや……やはりそれは良くない……」


 ぐう。


「それはあくまで」


 ぐう。


「お前個人が」


 ぐう。


「購入した」


 ぐう。


「もの」


 ぐう。


「であ」


 ぐう。


「ってだな……」


「……椿芽。ありがたく好意を受け取っておけ。そんな状態じゃ、まずもって会話にならない」


「う、うるさいっ! す……すまんな、茂姫……」


「いいもきいいもき」


 これで、多少は腹持ちもするだろう。


 あとは俺の分も椿芽のヤツにくれてやる口実を何か考えねば――。


「おはようございます、乱世さんっ!」


 そこに羽多野が顔を見せた。


 本来はグループを編成すると、そのリーダーと同じ教室に編入されるシステムらしいが……。


 羽多野はあくまで見習い。手続き的には天道組に正式に入っているワケではない。


 だから、授業は基本的に別々の教室ではあるのだが……。


 せめて、授業開始前までは、ということで昨日のうちにこの食堂で合流する約束をしていた。


「早いな、羽多野」


「はい! 二つ、ありますっ!」


「……今度はちゃんと、本当に二つあるんだろうな」


「ひとつ、わたしも朝は食堂で食べようと思って。ふたつ、久しぶりにお弁当なんで早起きしちゃったんです」


「おお、二つだ」


「と、いうことでわたしもご一緒して………………って?」


 羽多野は、俺達の質素、というにはあまりにあまりなテーブルを見て、声を上げる。


「みなさんダイエット……ですか?」


「いや……そういうわけではないのだがな……」


 結果論だが、羽多野は正式加入させなくて良かったと思う。


「これがZランクの正式なメニューもき。だから、モキもこうして助け合いの精神を発揮してるもきよ。はい、姐さん……」


 茂姫はさっきまで渋りに渋っていたことなどおくびにも出さず、そんな調子のいいことを言いながら、椿芽にカレーを分けてやっていた。


「あ、ああ……すまない。感謝する……」


「あ……そ、それじゃ、わたしも……乱世さん、これっ……!」


 羽多野は俺に弁当箱をそのまま丸ごと手渡そうとしてくれるが……。


「いや……それは流石に悪い」


「大丈夫ですっ! わたし……元々、小食ですしっ」


「そうか……。こんな状況だ。過度に遠慮をしてみせるのも、それはそれで逆に失礼かもしれないから、ありがたく分けてはもらおうとは思うが……」


「はいっ!」


「思うが、だ」


「はい?」


「それなら……先に、椿芽の方に分けてやってくれ」


「え……」


 羽多野が、ちょっと困ったような顔をして……椿芽の方をちらりと見遣る。


「う……」


 昨日から、羽多野に一方的に嫌われているかもしれない……と気に病んでいた椿芽が、それ以上に困ったような表情を見せた。


 ふむ……そういえば、『このこと』もあったな……。


「で、でも……わたし……」


「羽多野……お前が椿芽のヤツにあまり好印象を持っていないようなのはわかる。理由は俺も椿芽同様、わからないが……」


「……本当にわかってないもきか? アニキ……」


 茂姫が呆れたように言うが……。


 わからんものはわからん。


 まぁ……人にはそれぞれ、第一印象や人となりの好み、などもあるものだしな。


「とにかく俺は大丈夫だ。先に椿芽の方に分けてやってくれたほうが、仲間として、俺も嬉しい」


「仲間……として……?」


「ああ」


「ちょ、ちょっと待て!」


「なんだ、椿芽。空腹なのは判るが、ちゃんと話がつくまで待つのが礼節というものだぞ」


「ち、違うわっ! 当の私を抜きにして、勝手に話を進めるなというのだっ!」


「椿芽……」


「な、なんだ。大仰にため息などをついて……」


「言いたい事は分からないでもないが……俺の分も含めて、分けてもらおうと交渉をしているのだ。それ以上を要求するというのは、いささか欲が深い――」


 誠心誠意をもって諭している途中だと言うのに、あろうことか椿芽は俺の顔面に拳をめり込ませるという暴挙に出た。


「痛いぞ。何故、殴る」


「お前はどれだけこの私をハラペコキャラに仕立て上げたいつもりだっ!」


「仕立てるもなにも、本当のこと――」


「……………………」


 かちり、と鍔が鳴った。


「……うむ、黙ろう」


「あー……え、ええと……羽多野さ……い、いやもとい。い、勇……さん」


 こほん、と馬鹿丁寧に咳払いなどをしつつ、羽多野の方に向き直る。


 ……相変わらず、椿芽にしてみれば、羽多野はちょっと苦手なところがあるようだ。


「お心遣いはありがたいが……そこまでしてもらっては、その……なんだ……」


「……………………」


「い、いや……心遣いはありがたいのだ。それは天地神明に誓って本当なのだが……その……き、きみは……私にあまり好印象を抱いていないと……そう、思うし……」


 ……頭から煙を出しかねない勢いだ。


 こいつは、こういった……自分の枠内で理解仕切れない相手や状況にはとことん弱いからな……。


 俺がそろそろ助け舟を出そうとしたとき。


「みんなで……食べましょう」


 羽多野が笑顔を見せて、そう言った。


「羽多野……」


「い、いいのか?」


「はい! すみません。なんだか、わたし……」


「え? あ……い、いや……別に勇さんが謝ることは……」


「あ、でも……」


「な、なにか……まだ?」


「ふふ……昨日も言いましたけど『さん』、は止めてくださいよ。仲間……なんでしょ? わたしたち」


「い、いや……これはもう、クセのようなもので……。しかし……そうだな、気をつけよう」


「うふふ」


「なんだかわかんないもきけど、とりあえず収まったようもきねー」


「ああ……」


 俺には少々――羽多野の椿芽に対しての急な変化に、ちょっと戸惑いはしたものの……。


 まぁ、そもそも俺に、そういう機微は分からんしな、とそれ以上は考えなかった。


「それじゃ……さっそくみんなでご飯にしましょ?」


 と、羽多野も卓につこうとしたとき――。


「きゃっ……!!」


 不自然に通りかかった大柄な男にぶつかられた衝撃で、弁当箱を床に取り落としてしまう羽多野。


「あ……ああああぁぁっ!?」


 無残にも床に四散する弁当を目で追い、椿芽がひどく情けない声を出した。


「おっと、悪ィな」


 羽多野にぶつかってきた男は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。


 いや……その笑みは、羽多野には向けられていない。


「お前は……」


「ふん。今度は覚えてたようだな」


 男は、顔の真ん中の包帯と絆創膏――恐らくは俺に殴られて折れた鼻がその下にあるあたりを小さく撫でて見せた。


 その周囲には、そいつ以外にも見覚えのある顔と悪趣味な制服――怒黒組の連中――が雁首をそろえている。


「……そこそこ加減無く殴ったつもりだったがな」


「生憎、打たれ強さが採り得でね」


「の、ようだな」


「俺達のボス……秋津サンに比べりゃ、お前の拳なんざ、撫でたようなモンだ」


「その割には景気良く失神してくれたものだがな」


「う、うるせぇっ!」


 なるほど……。


 こいつら怒黒組のリーダーが、その……秋津という男か。


「…………おいっ」


 男が入り口辺りに待機していた仲間に合図を送ると……更に数人が廊下の辺りから追加されてきた。


 連中は食堂のほかの生徒を視線のみで恫喝し、俺達を中心に空間を開けさせ、ぐるりと取り囲むようにしてくる。


 周囲の生徒も、それはそれで慣れたもので、然して混乱もなく間を空け……。


 そのまま野次馬を気取る者もあれば、ちゃっかりと胴元を仕切っている様子のヤツもある。


「……なるほどな」


 俺としては、つまるところこれがこの学園の日常か、という意味に過ぎない感嘆だったのだが……。


「ヨユーかましてられんのも今のうちだぜ? 今回はこの数だ。昨日のようにはいかねぇ」


 男は俺が多少なりとも怯んだと思ったか、下卑た笑みを浮かべ、言う。


 ちら、と食堂の入り口を見遣る。


 どうやら、先刻で打ち止めのようだ。


 俺は……くだんの秋津とやらが現われでもしないかと期待していたのだが、それはなさそうだ。


 幾人かは入り口に留まっているところを見れば、例の聖徒会とやらを警戒しているのだろう。


「お前らがZだかのランクに落とされてるって聞いた時は、笑ったぜ。食うにも困って、女を誑かしておこぼれに預かるとはな。さすが色男サンだ」


「因縁を仕掛けるにしても、あまりに陳腐だな。子供の苛めでも昨今はもう少し頭を使う」


「相変わらずクチの減らねぇヤツだな。なぁに、安心しな。病院ならメシは食えるぜ。流動食だがな」


「………………」


 ひょっとして、どこかで習ったりするのか。その手の陳腐なセリフというものは。


 とまれ――。


 いかな数に任せようとも、この男が仕切る程度であれば物の数ではあるまい。


 僅かに問題があるとすれば羽多野や茂姫のような非戦闘要員までもが巻き込まれていること。


 そして椿芽のヤツがまた暴走をしないか、だが……。


「………………」


「勇……」


 椿芽は床に転がった弁当箱を拾い、呆然と立ち尽くす羽多野の肩に、気遣うように触れた。


「椿芽……さん」


「うむ」


 そのまま……羽多野を自分の背にするように立ち、愛刀に手をかける。


「……下がっているといい」


 そのまま羽多野をかばうようにしつつ、俺の横に並び立つ。


「椿芽……」


「手を出すな、乱世」


 鍔は……鳴っていない。


 椿芽の頭は冷えている。


「仲間の好意を無碍むげにされて黙っていられるほどには……私は人格者でないようだ」


「椿芽さん……」


「……どうでもいいもきが、モキは終始一貫アウトオブ眼中もきね……」


 ぶつくさ言いつつも、茂姫のほうは俺の背中にこそこそと隠れようとしてくる。


「乱世、お前は……」


 二人を守れ、ということだろう。


「ああ……」


 今の椿芽なら、この程度の連中なら物の数ではあるまい。


 聖徒会とやらが騒ぎを聞きつけて駆けつける前には片がつく。


 俺はそのまま椿芽の後ろに下がろうとするが……。


「………………!?」


「……乱世?」


 なんだ――!?


 この、とんでもない殺気の塊は……。


 それは……まるで野生のけだもの


 ほんの僅かでも視線を逸らせば、その途端に牙の餌食となることを覚悟せねばならないような……。


 大型の肉食獣――獰猛な猛禽類――。


 種類の差異はあれど、食物連鎖の上位に位置する為に生まれてきた存在だけが持つ……狩る側だけが持つナチュラルな殺気。


「…………!」


 周囲を見遣るも、新たに入ってきた者も居ない。


 野次馬を含む遠巻きからの殺気でもない。


(まさか……この中に、それほどのヤツが……?)


 目の前の包帯男をはじめ、昨日、俺や椿芽を襲った連中が実力を隠していたとは思えない。


 そもそもそんな必要があったとも思えない。


 新たに加わった中に、それほどの助っ人が居た……?


 しかし、ならば今の今まで気付けなかったというのは……。


「どうした……乱世!」


「へへへ……なんだ。ヤローの方はすっかり怖気づいちまったようだな」


「くっ……!」


 椿芽は抜刀の構えと共に、男を見据える。


「もとより……貴様ら程度は私一人で充分……!」


 利き手は柄に添えない。いや……添えぬばかりかむしろ離して構える。


 柄から離した手をやや前にし、相対する敵の様子を推し量りながら、僅かに指を揺らすように構える。


 抜刀をする利き腕は刀から遠ければ遠いほどに善い――。


 普通の流派での居合であらば行儀にも作法にも反する所作。そもそも速く抜き、疾く切る居合の本道からすれば、理不尽にさえ近い無用無意味の所作。


 しかし、鳳凰院流ではこれが正規の構え。


 普段、柄に手をかけている時の椿芽などは、まだしも気を抜いている……加減を前提にしての構えでしかない。


 鳳凰院流においては、手が刀に間に合わず抜き遅れると言うことはありえない。


 鳳凰院流において、敵と相対したその瞬間、利き手がどうあろうが、刀がどこにあろうが『既に抜刀はされている』ものなのだ。


 刀が抜かれているのはその段階ではただの当然。


 ならば『現時点』で空いている手をどう使おうがそれは自由。今の場合、椿芽は浮いた指先の感覚で目の前の男のみならず、周囲の連中全ての気配を把握するよう努めている。


「ぬかせ……!」


 椿芽に応じて、男とその仲間連中もそれぞれに身構える。


(………………っ!?)


『殺気』は……更に膨れ上がる。


 ダメだ……!!


 殺気による推測……しかも相手の正体も目視で確認していないうえでの推察などは、あくまで目安にしかならないが……。


 可能な限りの不確定要素、その振幅を加味したとしても……本気の椿芽でもおそらくは互角がいいところだ。


(アクセルを踏む必要がある……迷ってはいられんか……!)


「あっ……! ら、乱世さん……なにを……!?」


 俺は……羽多野の弁当箱に僅かに残っていた飯の残骸を、無理矢理に口に詰め込む。


「ああ……ああ~。ア、アニキ……いくらなんでもそりゃないもきよ~」


「なんだぁ? 気でも違ったか?」


「ら、乱世……お前と言うヤツはナニを……」


 羽多野には悪いが、味などには構っていられない。咀嚼もそこそこに無理矢理に嚥下する。


(よし……!)


 これで……ギアを2段階くらいまでなら……!


 勿論、口に入れたものが即座に栄養に転化されることはない。


 ないが、今の状態でも2段階の『アクセラ』であれば、問題はない。


 ただし……5分が精一杯というところだろう。


 それ以内の時間で果たして処理できる相手だろうか……!


 俺が今まさにアクセラのギアを上げんとした刹那――。


「ぐげぁっ!?」


 目の前から……男が吹っ飛んで消えた。


 同時に今まで感じていた、あの圧倒的な殺気も、だ。


 そしてそれに入れ替わるように現れたのは……。


「感心しねぇなぁ。大の男が寄ってたかってってなぁ……」


 闖入者に殴られ吹き飛ばされた例の包帯男は、そのまま周囲を取り囲んでいる仲間たちの辺りまで転がった。


「まして……見目麗しい女性を、ってぇのはな」


 その、包帯男を殴り飛ばした闖入者は、口元に笑みを浮かべ、椿芽に向けて笑みのようなものを見せた。


「は……はぁ?」


 気勢を削がれ、怪訝な顔でそれに応える椿芽をいっかな気にすることもなく……男は取り巻いている連中を牽制するように向き直る。


「怒黒組の名が泣くぜ。秋津の大将もシツケがなってねぇ」


「我道……っ!」


「て、てめぇ……男闘呼組おとこぐみがウチと戦争するつもりかよッ!」


 周囲の連中に、分かりやすいほどの動揺が走る。


 明らかに気圧されているのは、怒黒組一派のほうだ。


(我道……男闘呼組……?)


「学園の最大派閥のうちのひとつもき。我道……我道帝次がどう ていじはそのリーダーもき」


「なるほど……」


 見たところ、体型は俺とそう大差はない。


 体躯そのものは大柄ではないものの、余す所無駄なく鍛えられた体であることは着崩した制服の上からでも明らかではある。


 外見そのものは所謂、男前の部類だろうか。しかし、二枚目然というタイプではない。不敵で自信に満ちた表情、それが自然な形で男前の風格を造り上げている。


 ああいった表情は、ただ容姿に自信がある者や、自信家などの類では生み出せない。


 己の足元に築き上げてきた、確固たる実力と実績、そして自信。それらがあってこそのものだ。


 明確な実力の程を見るまでの事もなく……おそらくこの男は強い。


(とすると先刻までの殺気は……こいつか?)


 しかし、あの殺気は明確に俺たちに向けられていたものだ。


 まさしく文字通りに殺意の気、というべきそれを発していた男が、急に助けに入ってくるとは思えないが……。


「さて……どうする? なんなら俺が秋津の代わりにお前らを躾けてやってもいいんだが……」


 余裕の態度のまま、周囲をねめつける我道。


 それだけで状況は決する。


「くっ……!」


「ち……ちくしょう……っ! 相手が悪ぃっ……!」


 怒黒組の連中は、先刻吹き飛ばされて失神した男を担ぎ、そのまま一目散に遁走する。


「へへっ……。蜘蛛の子を散らすたぁこのことだな。やっぱり教育が足りてねぇ。おい、大丈夫か?」


「すまない。助かった」


「男は助けた覚えはねぇな。俺はそこのお嬢さんがたに言ったんだ」


 つまらなそうに即答する我道。


 なかなか分かりやすい性格をしてくれている。


「かもしれんが……まぁ、礼を言うのもこちらの勝手だな」


「願い下げだね。男の感謝は邪魔な荷物にしかならねぇ。それより……」


「…………っ!?」


 我道は、ごつい指先を椿芽の顎にかけるようにして、面差しを上げさせる。


「俺はこっちのお嬢さんにお礼を尽くしていただきたいねぇ」


「こ……このっ……!」


 椿芽は構えを解きかけた手先でそれを払おうとするが……。


「……っと」


 我道はそれを簡単にひょい、とかわしてみせる。


 あくまで軽い所作ではあったが、先刻のように構えを作った椿芽の利き手は鋭敏な感覚器の固まりのようなものだ。


 攻撃に用いたものではないにせよ、容易に躱せるものではない。

 いや……そもそも、構えを解いていない椿芽の間合いに造作もなく踏み込んだ時点で、異常といえば異常なのだが……。


「イカした礼ってのもあるもんだな。悪くもねぇ」


「ぶ、無礼者めっ! そもそも……助けてくれと頼んだ覚えは無いッ!」


 そして椿芽はその事実に気づけていない。今の行いが攻撃であったのなら……容易く頸をへし折られていてもおかしくないものであったことに。


「へへへ……思ったとおり、こわーいお嬢ちゃんだ。ますます気に入った」


「お、おのれっ……!」


再度、構えを作るも先刻までの冷静さは、椿芽にはもう、無い。


「まぁ、そういきり立ちなさんなって。少なくとも今は、上級生の務め……ってなモンを果たした積もりだぜ?」


「くっ……」


「そうだ、椿芽。余計なトラブルは避けるべき……だろう?」


「い、言われるまでもっ!」


「お前……名前は?」


「天道乱世だ」


「おめーじゃねぇ」


「即答か。まぁ……勝手に名乗ったと思ってくれ」


 我道は徹頭徹尾、俺は無視して椿芽を見ていた。


「鳳凰院……椿芽、だ」


 流石に名乗らないのも礼を欠くとは思ったか、憮然とした調子で言う。


「ふむふむ。覚えたぜ。俺はこう見えても記憶力には自信があんだ。んじゃな、鳳凰院嬢ちゃんと……遠藤だかなんだか」


「……確かにいい記憶力だな」


 我道はそのまま俺たちに背を向けて、食堂を出て行った。


「なんなのだ……あいつはっ!」


 椿芽はがちん、と必要以上に勢い込んで鍔を鳴らして見せた。


「ふむ。なかなか面白い男だな」


「お……面白くなどないっ!」


 見れば、周囲は既に日常の喧騒を取り戻し始めている。


(成る程……。これが……日常、か)


 俺はもう一度、つぶやくように繰り返した。


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