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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと
109/110

やくそく

 …………………………………………。


「乱世さん……乱世さんッ!」


 勇の声で……俺は呼び戻された。


「勇……か」


「乱世さん……!」


 勇は……俺を抱くようにしてきた。


 その感触すらも、今は感じられなくなりつつあるのが……少しだけ残念だった。


「椿芽……は」


「………………」


 勇が……悲しそうな笑みを浮かべた。


 俺は僅かに動く腕を浮かせて、自らそれを見た。


 あかい――。


 色を失いつつある、俺の目にも……それは明確に判った。


 地面を塗り替えるほど大量に広がる血液……これは……赫い。


 この赫さは……きっと心臓の血だ。


 俺が打ち抜いた、椿芽の……。


「そう、か……」


 安堵を、した。


 ようやく……大切な者との約束を守れた気がする。


 椿芽との、あの交差する刹那に交わした約束を……。


「乱世さん……なんで……なんでぇっ……!」


「いや……これで、いい。これでなくては……駄目なんだ……」


「でも……でもっ……!」


 俺自身に関しては……見なくても判る。


 椿芽の腕は……その点で確かだ。


 俺の胴から下……ともすればおまけで左腕あたりは、確実に椿芽に両断せしめられているのだろう。


 その腕前が確かであればこそ……俺はこうして勇に、多少の言葉を残すこともできる。


 惜しむらくは……もう椿芽の顔を見てやれないことはあるが――。


 いい。


 それは……いい。


 いずれ……また見ることもできる。


「なんで……? なんで私を……」


「始末をつけると……言っただろう」


「言いました……けどっ……!」


「あれは……俺とお前……。二人がしなければならないことだ」


「だから……!」


「俺とお前……二人で付けねばならない始末だ。そして……お前には、まだ……しなければならないことがある……」


「わたしが……?」


「いや……ちがうな……今の……今のお前にしかできないことだ……」


「いまの……わたし……が……」


「見えるか……?」


「え……?」


 俺の目には……椿芽の体から解かれた、あの力が――。


 世界を変える、決める力が……まるで粉雪のように散るのが見えるが……。


「そう、か。勇には……見えないか」


 それは矢張り残念なことではあったろう。


 しかし……それでいいのだとも思う。


「この力は――」


 誰か一人が持つべきの力ではない。


 鳳凰院家であろうが――愚かな実験の被害者であろう娘であろうが――。


「世界全ての人間に……僅かずつあればいい……。そうだな、勇……」


「はい……」


 勇は……俺の視線を追う。


 見えて……いるのだろうか。


「全ての人に……ちょっとずつ……。世界は……そうやって変わっていくものだから……」


 その言葉は……果たして勇のものなのか。それとも……あの『羽多野勇』のものなのだろうか。


 どちらでもいいのだと……俺は思う。


「この先の……未来さきの始末をつけるのはお前だ。お前にしか……できない」


 それでいても……力のありようそのものは受け継がれる。


 椿芽や……況してや俺でも、駄目なのだ。


 頼成はかつて……羽多野勇を運命の女神などと称した。


 それが一種の皮肉か、ともすれば呪いなのは明白なのではあるが……。


 ならば、勇にはその役目を果たしてもらわなくてはならない。


「わたしが……する……」


 勇もようやく、その意味に思い当たったようだ。


「できるか……?」


「……はい」


「いい子だ……。少しばかりは……寂しい思いをさせてしまうのかもしれないが……」


「いいえ……」


 勇は……ようやく、笑みを見せた。


「わたし……待つのは慣れているんです」


 俺は……その笑みを、やはり……美しいと思った。


「そう、か……」


「乱世さん……」


 勇は……俺を抱きかかえるようにして、唇を重ねた。


「少しだけ……前借りをさせてください。わたしが……また、勇気を持てるように」


「安い……ものだ」


 勇の唇は、血の味がした。


 それでもそれは……俺に安寧を呉れたのだ。


「それでは……また、な」


「乱世さん……!」


 俺の世界は閉じていく。


 この先がどういう世界になろうとも――。


「乱世……さんっ……!」


 こんな幕引きは……恐らく世界に二つとあるまい。


 こんな優しい幕引き――など――は――。


…………………………………………………………………………


……………………………………………………


……………………………………



※        ※        ※



「乱世……さん……」


「……………………」


「本当に……素っ気ないんだから……!」


「また、ね……」


「わたしの……王子さま……」


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