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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと
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始末の筋

 程なくして俺と勇は異界を抜けて元の天文学園の校舎に戻ってきた。


 既にオリジナルの『羽多野勇』の生命が尽き、その力――


 現実世界に於ける物理法則その他……全ての事象を捻じ曲げるという能力からの無意識の侵食から解き放たれた世界は元の姿を取り戻し……。


 あの『彼女』が保管されていた場所からここまでは、ほんの数分の距離でしか無かった。


 元の世界では、陽こそ翳っては居るものの、未だ日中の時間帯であり……。


 周囲から、未だに耐えぬ喧騒や破壊音などが絶えていないことからすれば、頼成一派との抗争が終えてすらもいないことが判じられる。


 現実としての事態は未だ何一つも収束はしていないのかもしれない。


 もっともこの喧騒がすらも――


 椿芽が残した言葉に頼れば『幽世かくりよ』にて、ひとつ決着の有様を見付けてきた俺や勇にとってすれば、現世の匂いのひとつとして、安堵のような想いに偏らざるを得なくなるというのは、これは仕方の無いことだ。


 しかし――。


「なんだ、この有様は……」


「ひどい……!」


 それも……何処か、敵であれ味方であれ、人の姿を求めて歩を進めての、ほんの少しの間であった。


 ひとつ角を折れた先に広がっていたのは、先刻までとはまた違う意味でも地獄――。


「うっ……」


 傍らで小さく、勇が口元を押さえた。


 いや……人がそこに無残を感じ得る、地獄絵図などというものに、不快という意味合いにおいて如何ほどの差異があろうものか。


 そこかしこに散った地や肉片は、この寒々とした廊下で未だ湯気をあげ……。


 誰のものとも、いずれ判別もできぬ臓腑の断片からは、血か肉か糞尿の類か、いずれ不快な臭気を立ち上らせている。


 真実、そこより先に生者の気配は感じ取れない。


 累々と散らばり、こびり付いた人であったものの欠片――。


 靴の裏を血に濡れさせなければ通ることも叶わぬほどの死体の山河だ。


 もっとも、こうも崩れたものを、未だ人の死体と呼べればの話ではあるのだが……。


「なんですか……これ……!」


 勇が小さく震えるのは、尊厳を持たされぬままに打ち捨てられた死体への悲しみか怒りか恐怖か、果たしてその何れか入り混じったものか。


「……大半は、頼成に従っていた連中のものに見えるが……」


「だからって……!」


「……そうだな。敵であれば良しというものでもない」


 そも……連中の大半は、望んで頼成に従っていたものでもない。


 まして……仮に敵のものであるとするならば、これをしたのは俺たちの味方だということにもなる。


「そうでないと……思いたいのは事実だ。すまない」


「い、いえ……。すみません、わたしも……」


 取り乱すのは仕方のないことだ。


 しかし……。


 そも、ここまで圧倒的な虐殺をできる程、味方は優勢ではないはずだ。


 頼成の側近部隊の実力は、俺も厭というほどに身に染みている。


 単騎でちょっとしたランカーの一人か二人に相当する力を持っているのは確かだろう。


 この人数をまともに相手ができるのは、真島か我道か興猫辺りのものだろう。


 仮にそれができる状況――


 たまさか、その三人と、彼らが率いる部隊が集結していたとしても、だ。


 いかな乱戦の有様でも、こうも無残な状態を良しとすべきほど、規律のない集まりでもなかろうが……。


(いや……。規律などの問題ではないな。人は……普通、こうはできん)


 そうでなければ……それは果たして人ならぬモノの仕業なのだろうか――。


「乱世さん……!」


「む……?」


 勇が声をあげ、指した方向を見れば……。


「う……」


 肉片の中で、唯一、命を持って動くものがあった。


 そして、その姿には俺も勇も見覚えがある。


「我道……!?」


「ぐ……。て、天道……それにお嬢ちゃん、か……」


 我道の声は枯れている。


 俺はそれ程のダメージなのか、と……ざっと見たところ、そこまでではない。


 ないが――。


「……手酷く……やられた、か」


「ああ。ざまァ……無ェぜ」


 それでも我道は笑みじみたものを浮かべたのであろうか。


「い、いま……手当てします……!」


「いや……構わなくていいぜ、嬢ちゃん」


「で、でも……」


「いいんだ。死ぬ怪我じゃねぇ……」


 それは強がりの類じゃない。事実だ。


 我道という男は負傷や疲労で常態が変ずる男ではない。


 そんなものは気力――いや、それ以前の何かでカバーができる。


 今の我道は、そういう類ではない。


 そうではなく――。


「折られた、か――」


「ああ。折られた……な」


 心か――気か――スジとでもいうものか――。


「椿芽……だな」


「………………」


 その名を口にしただけで、我道の肩が小さく震えたのを、俺は確かに見てしまった。


「あれは……鳳凰院じゃ、ねぇ」


「……そう、か」


「いや……あんなのはヒトですらもねぇ。ありゃあ……違う。違うモノだ」


「……………………」


 それだけを聞けば……充分なことだ。


 俺は再び、血塗れの廊下に立つ。


「救助は……呼ばなくてもいいのだな?」


「ああ。いや……この連中もこのまま捨ててはおけねぇ。たぶん頼成もその辺のどっかに落ちてるだろうしな」


 我道はぐるりと周囲を見回し――。


「どっちこっち後始末は要るだろうよ。悪いが頼む……」


「諒解した。勇……」


 既に本部と通信可能なインカムは勇しか装着をしていない。


 我道のものはどこかそこいらの臓腑の下敷きであろうし……。


 俺のものは――先刻、置いてきてしまった。


「あ、はい……!」


 俺に指示され、勇は慌てて本部の茂姫あたりに要請を出す。


「……………………」


「陳腐な言葉になってしまうがな」


「……なにィ?」


「畏れを知る者のほうが……強い」


「……へぇ?」


「強くなれる……とでもいうべきか。言の葉的には更に陳腐に堕しはするが」


「……だな」


「先刻……ここの死者へと配慮をしたあんたを見て、そう思えた」


「…………」


「釈迦に説法もいいところだとは思うがな」


「なら、なんで話す?」


「間が持たないからだ」


「そうかい」


 我道は小さく、口の端を歪めて笑ったように見せた。


「そもそも……俺自身も、ほんの数刻前までは自分でも納得をしていなかった言葉だ。言葉とすれば借り物もいいところではあるがな」


 しかし、事実……俺は畏れ――恐れを抱いている。


 だからこそ今もここに居るのだ。


「………………」


「慰めにもならんな」


「よせやい」


 我道は今度こそ……俺を見て、笑んだ。


「手前ェに慰められるなんざ……それこそ終わりだ。虫唾が這うぜ」


「だろうな。俺も限界だ。気恥ずかしくてへそが裏返る」


 俺もそんな我道に笑みを返しつつ――。


「10分で到着するそうです」


「早いな」


「事態そのものは収束に向かっているようです。聖徒会長さんも保護されたそうで……」


「そう、か」


 俺は拳を掌に打ち付ける。


「あとは……こちらが成すべきこと、だな」


 クーデターこそ、収まりつつはあるが……既に『椿芽あれ』は野に放たれている。


 急がなくてはならない。


「いくぞ、勇……!」


「はいっ……!」


 俺と勇が歩を踏み出そうとすると――。


「行くのか、天道」


「ああ」


「いや……行けるのか。お前……お前たちは」


「そうだ」


「何故……行ける? この有様を見て、だ」


「………………」


 我道の言葉は、この惨状を指してはいない。


 己の有様を指して、言うのだ。


「強いのか、お前らは……」


「違うな」


「違うか」


「ああ。強いから行くんじゃない。俺たちでないとダメだから……行くだけだ」


「わたしたちがしなくてはいけないから……行くんです」


「そう、か」


 我道はもう一度……今度は苦笑をしてみせたようだった。


「よし、行け。今度は止めねぇ。いや……止められねぇ」


「心配りをさせたというのなら……すまないな」


「馬鹿言え。そんなヘタレたモンで止まるなら、他の誰かがとっくにしてるんだろうさ。なんせ、お前は――」


「……お前まで、俺をそう呼ぶか」


「ああ、呼ぶさ。停滞破壊者……だものな?」


面映おもはゆい呼ばれ方だ」


「それくらい赦せよ。やっぱり呉れてやるぜ。最後のシメはな。お前に」


「痛み入る」



※         ※        ※


 血の跡を辿るかのように、校舎を出た。


 向かうは……学園の入り口近く。


 かつて俺と椿芽がここに来て初めて辿った……道筋。


「………………」


「不安か、勇……」


「あ、いえ……」


「無理をするな」


「……ええ」


 先刻の我道の居た場所の惨状だけではない。


 ここまで来るだけで……幾度も似たように無残な痕跡を過ぎている。


 子供たちが己の帰り道を忘れぬようにパン屑を落としていくという……童話の一節のように。


 あいつの辿った後には等しく『死』があった。


「あれは……全て椿芽さんが……」


 勇は問うというよりも、確認するかのように言った。


「……ああ」


 とはいえ……我道の傍らにあったような程に殺されていた場所は他に無い。


 大抵の者は、我道と同じく……惨劇の被害者であったモノの傍らで文字通りに魂を抜かれて虚脱していた。


「いまの椿芽は……正しく、畏怖と恐怖の顕現だ」


 大抵の理性もつ者であれば、椿芽の姿を――太刀を――そして、その太刀が齎す狂乱を目にすれば、戦意を失おう。


 そして、椿芽は己に敵意を向ける者以外は歯牙にかけぬ。


 否――相手にせぬというよりも、恐らくは視界にすらも入らない。


 だからこそ……我道すらも、あの場で生きていたのだ。


 あの場面では頼成の部隊はまだ洗脳かコントロールが生きていたのだと思う。


 そうでない敵対する連中も、未だ戦乱の興奮が抜けず、麻痺をしていたのだろう。


 だからこそ……椿芽に残らず殺された。


 闘志か――麻痺をした理性かが、彼らを死なせた。


「我道は……強い。恐らくは……この学園において、随一と言って差し支えもない程に」


「わかります……」


「だからこそ……椿芽には勝てない。今の椿芽には……闘えば殺される」


「わかり……ます」


 椿芽は……恐らく、俺と勇を探している。


 自分を『殺す』、その意思を手がかりに、だ。


「それは……まだあいつに心が残っている証拠……猶予、だ」


「………………」


「俺たちを見つけられねば、あいつは……手がかりを広げる」


「生きているもの、すべてに……」


「……そうだ」


 そして……俺たちにたどり着くまで、止まらない。


 否――。


「俺たちを殺してしまえば……尚の事、止まらなくなる……」


 この学園のみならず……全ての生きとし生けるものを、刀一振りで殺し尽くすまで……。


「だからこそ……わたしたちが……」


「……ああ」


 止めてやらねばならない。


 正義でも――義理でも――人情でも――。


 況してや、愛情たるものでもない。


 これは――。


 俺と勇だけが成すことのできる――始末、なのだ。

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