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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと
105/110

我道の見た、なにか

「ぐ……ああぁぁっ!?」


 デス・ライト・ナックルの衝撃波に、頼成の体はまるごと廊下の端近くまで吹っ飛ぶ。


「ど……どうだッ! この……イカレ野郎ッ!」


 正確には……デス・ライト・ナックル改ってとこだがな。


 昨日までの戦闘での状況を鑑みて『気』の安定化やエネルギー量の分配を見直し、多用できるようにしてはみたが……。


(チッ……! 威力がゼンゼン、足りてねぇ)


 本来、予定してた威力なら……今ので頼成なんざはグウの音も出ねぇくらいにしてやれたものをよ……!


 せめて、もうちょい……このバカが騒動起こすのが後だったらな……。


「ち……ちくしょう……っ!」


 おっと。


 反省会はあとだ。頼成がボロボロながらも復活しはじめてきてやがる。


 相変わらず、このタフさだけは大したモンだぜ。


「ふん……。ウツワじゃねぇんだよ、学園の大将なんざ」


 しかし俺のハッタリも満更じゃねぇ。


 頼成の野郎は、体のダメージよりも、俺の必殺技をまともに喰らったってぇ、精神的なダメージがひでえようだ。


 もっとも……。


(ちっ……。痩せても枯れても、お山の大将。か……)


 今ので、これまでの戦闘で左腕が完全にイっちまってる。


 もちろん、気取られたら勢いを戻されちまうかもしれねぇから、動くように見せちゃいるが……。


(少なくとも……攻撃も防御もキツい……。そろそろ決着つけねぇと、ヤバいぜ……)


「くっ……! 女神が手に入っていれば……貴様なんぞは……!」


「あァ?」


 俺はそのまま頼成に歩み寄り――。


「ぐふっ……!」


 拳を土手っ腹に叩き込む。


「またぞろ、女頼みか? いい加減にしやがれッ」


 そのまま、身を起こそうとするのを、蹴倒した。


「いい……ご身分じゃねぇか? えェ!?」


 こいつの余力を測りつつ、自分の優位性をアピールする――。


 ……そういう駆け引き以上に力が篭っちまったのは認める。


 俺も俺でシェリスの件にせよ……天道、そして鳳凰院の件に関しても、よっぽどに頭に来ちゃいたんだろうさ。


 そのまま倒れた頼成を踏むように蹴りつけていく。


「ぐ……ぅ……」


 何度かそうしているうちに……頼成は半ば観念したかのように蹲った。


「ちっ……!」


 こんなもんかよ、こいつ……!


 女神ってぇのは眉唾にしても……まだ何か隠し玉が有るかとは期待してたんだがな……。


(いや……今はサシの勝負ってぇんじゃねぇ。楽にカタがつくなら……そいつが僥倖ぎょうこうって考えるべきか……)


 期待だの愉しむのだのは……後で天道とでも闘う時にでも望みゃいい。


 もっとも……あいつはあいつでいっぱいいっぱいにゃ違いねぇだろうが……。


「畜生ッ……。きさま……貴様なんぞに……」


「うるせぇ。立てよ、オラ……!」


 頼成の胸倉を掴み、引きずり起こす。


 あとは軟禁か監禁かされてるんだろう聖徒会長を開放して……こいつを聖徒会に引き渡せば、一件落着だ。


 政府か何か知らねぇが……武力介入なんざさせてたまるか。


(この学園のウラに何があろうと……まだまだ俺はここでやらなきゃならんこともある……)


 その為には……こんなところで足止め喰らってる暇なんざねぇんだ。


「さて、と……」


 他の連中はどうなってる?


 真島や……あのネコに関しちゃ、そうそう心配も無さそうではあるが……。


 ナンにせよ、決着そのものは着いたんだ。


 これ以上の被害は今後の復旧に支障がでちまう。


(なら……とっとと済ませて、他を手伝ったほうが賢いな……)


 頼成の率いていた、あの黒づくめのねーちゃん共は、大半が自我を奪われて命令に従ってるロボットのようなモンだから、説得やそういうのは通用しねぇ。


 とりあえずぶっちめて黙らせるしか現状は方法が無ぇ。


 ……ま、その辺に関しても、このバカに催眠だかの解除法を吐かせるって手段もある。


 どっちこっち……ここで息を整えてる間はねぇってな……。


 俺が頼成を引っ立てて行こうとしたとき――。


「ん……?」


 歩み寄る気配に気づいた。


「……………………」


「鳳凰院……?」


 廊下の端からこっちに歩いてきたのは……鳳凰院だった。


(いや……?)


『こっちに』というのは御幣がある。


 全身、至る所、血にまみれ……虚ろに視線を彷徨わせるように歩いてきている鳳凰院は……。


『ただここに通りかかっただけ』という態が正しいんじゃねぇかと思う。


「おい、鳳凰院……」


 その……魂でも抜け落ちちまったかのような尋常ならざる様子に、俺は鳳凰院のその血まみれの姿も、怪我なりによるものと思い込んだ。


「……………………」


「おい……!」


 呼びかけても応えない鳳凰院に焦れた俺は、一旦ボロキレみてぇな頼成を投げ捨て、さっきよりも強く呼びかける。


「ん……?」


 鳳凰院は虚ろな表情のまま、俺にかろうじての視線をくれてきた。


 そして――。


「ああ……我道……。我道……じゃないか。ふふ……」


 笑んだ。


 俺を見て……どこか壊れた笑みを浮かべた。


 どこか――?


(ちがう……!)


 どこか、なんて半端な表現じゃねぇ。これは……。


「鳳凰院……おまえ……」


「なんだ……? 何をしてるんだ。我道……こんなところで……。なにを……? なにをしてる……?」


「な、なにをって……お前……」


「うン……?」


 きょとんとした顔で小首をかしげ……魚の死骸のようなどろりと濁った視線を向けてくる。


(生きた人間が……こんな目をするか……!? いや……半腐れの死体でも、こうじゃねぇ……ッ!)


「なにが……あった。なにがあったんだ、鳳凰院ッ! 天道は……天道とどうしたッ!?」


 焦燥か、不安か……それとももっと別の何か、なのか。


 俺がそういった感情に取り付かれてたのは、何のかんの言っても、いくらかは鳳凰院に惹かれていた部分もあってのことだろうとは思う。


 思うが……。


(ちがう……そうじゃねぇ。そういうんじゃねぇ……!)


 惹かれた娘の無残な姿と……無残な精神こころ……。


 そういうのを目の当たりにしての動揺とかってのは、ひどく判りやすい例えにしか過ぎねぇ。


(そういうんじゃねぇ……ねぇが……ねぇが、なんだ? なら……なんだッ!)


 こんな焦りは、それこそ俺らしくも――。


「らしく……ないじゃないかァ、我道?」


「え――」


 気の抜けた声を漏らすのが屈辱とも思えてねぇ。


 焦り――?


 そうか、これは……焦り……?


 なんの……なんに対しての……!?


「らしく……ない……?」


「ああ、そうだよ……ないな。ないじゃないかァ。ないよ……うん。ないさ……」


 何が可笑しいのか……くすくすと笑みを交えて呟く鳳凰院。


「怯えるなよ、我道……?」


「な……ッ!?」


 俺が言葉を詰まらせたのは、その言い様への怒りとか……そういうのじゃなかった。


(お――怯え――?)


 ない――。


 それは、ない――。


 ない――はずだ。


 俺は誇張でもなく、生まれてこの方……恐怖なんてものは感じたことがない。


 嘘じゃねぇ。


 正しく言えば……純粋な恐怖ってものは、だ。


 確かに……『これはヤベぇ』とか『死ぬかもしれねぇ』的なモノは、むしろ普通の人間よりも、よっぽど味わってきてるだろう。


 しかし……そういうときだって、俺はどこかでその状況を愉しんでいるって思えたモンだ。


 ギリギリな状況そのものを愉しむこともあれば……それが誰かに負けそうな、勝負の状況っていうんなら、負けたくねぇとか、悔しいとかそういう感情のほうが、恐怖そのものより大きくなってるモンだ。


 そもそも俺は死ぬのが怖くねぇ。


 これは強がりでもなんでもないことだ。


 そこで死ぬならそれまで。


 未練がねぇワケでもないが、死んじまったら、そういう未練だのなんだのも含めてゼロになっちまうモンだと俺は思ってる。


 それなら……死ぬのはひとつの終着点だ。それ以降が無ぇもんなら、それは怖いってモノじゃねぇと思う。執着、だ。


 もっと突き詰めちまうと……痛みや苦しみってぇのだって、それは恐怖とは違うと俺は思ってる。


 痛ぇ、苦しい、辛い……そういった感情が挟まってる以上、それは純粋な恐怖だのじゃねぇ。


 怖い、というモノとは違うんだと俺は思ってる。


 ヘリクツかもしれねぇが……事実、それが俺の生まれてこの方の矜持でもあれば、それのお陰で今の自分があるとも思ってる。


(しかし……これは……?)


 これが……その、恐怖、なのか?


 俺はそれを見透かされ、気づかされるように言われたので、声を上げただけだ。


(だが……何に? なんに対しての……どういう恐怖だと……?)


「ふふ……」


 確かに……今の鳳凰院のこの有様は……ちょっとしたホラーだ。


 だけど、もちろんそういうコトじゃねぇ。


 見た目でもなけりゃ……今の鳳凰院の強さだかを脅威に感じてるんでもねぇ。


 むしろ、そういう方向性なら、俺は燃えちまうんだろうさ。


 仮に実力差がどれだけあったろうにしても……それこそ天と地ほどの差があってもだ。


 一瞬で殺されちまうくらいの相手でも……最後にそんな相手を見られたなら、むしろそれは悪くねぇ、なんて思うだろう。


 そういうんじゃねぇ……ねぇんだ。


 そもそも、今の鳳凰院には……殺気ってぇものが無ぇ。


 殺気が無くても殺す相手だって、そりゃあ、居る。


 近いとこじゃ、あの聖徒会長なんかもそうだった。


 興猫なんかもそれに近ぇと言えなくもねぇ。


 しかし……そういうモンでもねぇ。


 そうだったとしても、それはそれでさっきのリクツと同じだ。


 そこまで殺気もなく殺されたんなら、それはそれで見事。これまた最後にそんな芸当を見せられりゃ、悪かねぇと思わなくもねぇ。


「なんだ……? なんなんだ、お前……」


「ふふ……? なんだ? なんだって……なんだ?」


「ほ……鳳凰院じゃ……ねぇのか? お前は……! 鳳凰院じゃ……! つ――椿芽、じゃ……!?」


「あ……♪」


 鳳凰院が……俺を、みた。


 ぞくり。


 背筋を得体の知れねぇ、何かが這いずる。


「嬉しいなぁ……我道……」


「な――?」


 ぞくり。


「呼んでくれたな……? 椿芽と……? わたしを……名前でさ?」


 ぞくり。


「………………」


 言葉が継げねぇ。


 喉が干からびてる。


 なんだ――なんなんだ――。


 なにが――なにがそんなにこわいんだ――。


「だけど……すまないなァ……」


「な……に……?」


「わたしは……もう、お前に応えることが、できないんだ」


「なんだと……?」


「そう……。お前にも……誰にも……」


「………………」


 俺は……完全に目の前の鳳凰院に――。


 いや、彼女の態を成した『何か』に――。


 飲まれている。


「そう……そうじゃねぇ……! そんなことより……!」


 そもそもの疑問だった、天道とどうなったかということなどは、かろうじて頭の隅に引っかかっていただけに過ぎない。


「天道は……! 天道と……会ったのか……!」


「乱世……?」


 首を傾げる鳳凰院。


 しばらくそうしていたのは、考えていた……んだろうか。


「ああ……。乱世とも……もう、できなくなってしまったよ……。わたしは……わたしは、ね……」


 鳳凰院はひどく悲しそうな顔をしてみせて……血まみれの下腹部を優しく撫でた。


「だけど……これでいい。これで……。わたしは……これで、いい」


「鳳凰院……」


 俺は……目にしているモノからの理解を諦めた。


 いや……避けたのか。


「頼成……! なんだこれは……! どういう――」


 傍らに転がっている頼成に怒鳴る。


 頼成が、あの黒服どもにしたような……何らかの洗脳かコントロール。


 それの影響とでも説明が返れば……俺はとりあえずの満足をしたんじゃないだろうか。


 こんなものが、薬物かマインドコントロールの類で起きるものじゃねぇと……自分で思っていつつも、だ。


 いや――。


 最悪、『判らねぇ』だのの、困惑でも構いやしねぇ。


 それはそれで『理解できない』ということを共有ができる。


 それだけでも……俺は俺に――。


 いつもの、考える前に体が動いてくれる、我道帝次に戻れたんだと思う。


「頼成? ああ、居たな、そういうの……」


鳳凰院の相変わらずに虚ろな言葉を耳の後ろっ側で聞きながら、先刻投げ捨てた頼成のほうを振り返る。


 しかし。


「頼成……?」


 そこに……頼成は居ない。


 逃げられた?


 そう反射的に思った。


 それを赦すくらいに、俺は……確かに麻痺していたからだ。


 だが、それでもいいんだ。


『隙を衝かれて逃げ出される』という失態、そしてそもそもそんな現実的な打算を企てる頼成の行動というものが――。


 いま、ここに不足している『現実感』を、まず補給してくれる。


 それですら一縷の望み――。



「――あああぁぁぁッ! ぎゃああああああぁぁぁぁぁッ!!」



「!?」


 耳の後ろに激しい絶叫――?


 それは突然に生じたものじゃない。


 まるで耳の詰まりが急に無くなったかのように……唐突に聞こえ出した。


 反射的に振り返る。


「ぎゃがぁぁぁぁぁぁぁっ! なぜだっ! なぜえぇぇぇぇぇぇッ!?」


「ふふ……。そりゃあ、そうだろう……」


「ら、頼成……?」


 鳳凰院の刃が頼成の体を貫いている。


 いま、この瞬間の現実をそのままに言えば、それだけだ。


 いっかな不自然なことも無ぇ。


「お前だけが何のリスクも背負わないのはおかしいだろう? だろうよ……な? だろうさ……」


 鳳凰院が、切っ先をえぐるようにねじ込む。


「がぁぁぁぁっ!!」


 ほとばしる悲鳴。


(なん――だ――?)


 不自然じゃない。


 不自然じゃ――ないんだ。


 あのとき……天道と羽多野の二人と戦った時の鳳凰院の実力であれば……。


 頼成を現実に『こうしている』構図も不自然じゃない。


 仮に俺との戦いでダメージを負っていなかったとしたって……素の状態でやりあったって、こうなったろう。


 それを含めて……いま、この目の前の状態は、ひとつの不自然さもない。


 ないが――。


「こうなるのが当然だろう? だろう? だって……実際にこうなっているものな?」


「ぐううううっ!!」


「お前も……それを信じてしまったんだろう? そういう現実もアリだって……だから怯えてた? 違うか……臆病な男だものな? お前ってさ……」


「て、てめぇぇぇぇ……」


「怒るなよぅ……頼成……。すまないとは思うよ……。お前にもなにもしてやれなくて……。すまないよな……」


 不自然は――ない――。


 ないことが――不自然――。


(まず……鳳凰院は、いつ……あいつを捕まえた?)


 鳳凰院の挙動は見ていない。


 目に見えない早業、とかじゃない。


 仮にそんな領域があったとして、だ。


 捕まっている頼成は?


 俺の横……正確にはやや後ろに転がっていた頼成を、今のあの位置に引きずる過程が見えないことがあるか?


 そして……頼成は、いつ刺された?


 悲鳴のひとつも、抵抗の物音もなく――。


 俺が振り返ると同時の段階で、あいつは既に刺されてた。


 悲鳴も俺には途中から聞こえた。


 精神が麻痺してて聞こえなかった、とかいう類じゃねぇ。


 本当に、俺が振り返ると同時に、『頼成が鳳凰院に刺されている』という現実が始まったようにしか思えない。


 途中で止めたビデオの一時停止をいきなり解除したかのように。


 ああ……。


 それだ。それが一番、近ぇ。


 そして俺が見た瞬間には……何の不自然もない光景が目の前に再生されている――。


「我道――ッ!」


 頼成が……俺を見た。


「て……てめぇ……? なにを……なにを……」


 俺――?


 俺が――なにを――?


 俺が……てめぇを助けなかった、と?


 俺が頼成を守ってやる義理はそもそもねぇ。


 そういう分別が無いほど……頼成も往生際のようなものが無いワケでもないと――。


「おま――おまえ――。いままで――ど、どこにいやがった――!」


「……な、に……?」


 なにを――言ってやがる――?


「見てやがったのか……!? カタがつくまで……! 高みの見物か……!? それが……帝王か……!?」


「な、なにを……」


 なにを……言ってやがる……?


(………………!?)


 まて――。


 まて、まて、まて――。


 頼成の体に……傷がねぇ。


 俺がさっき叩き込んだデス・ライト・ナックルの跡も……。


 その前に、いまこの俺の体に刻まれた傷痕と引き換えに、ありったけ叩き込んでやったはずの……。


 傷も……痣も……服の破れさえも。


「あわよくば……俺が弱ったところを殺ろうって……か!? 卑怯者だ、お前は……ッ!」


「ま――まて――。俺は……俺は、お前と……お前とここで……」


 確かにここで戦って――。


 どうあれ、俺はお前をぶちのめして――。


 そして、鳳凰院が――。


「口汚いな、頼成……。我道を苛めるなよ……」


 鳳凰院の刀が頼成を抉る。


「がぁぁぁぁぁぁっ!!」


「だめなんだよ……頼成……? 我道にさ……彼にやられた後のお前じゃ……だから……だから、だ」


「な……なにを……」


「どうせ……お前にはどっちでも良かったんだろ? 我道であれ……乱世であれ……わたしであれ……他のモノであれ……誰にやられる、仕留められるのでも……」


 鳳凰院の喉がくっくと鳴った。


「もうお前にはわかってたんだよ……。聡明な頼成には。悪役の分というか……そういうのなのかな。だから……過程はどうでもいいんだ。その時点で……お前は端役だったんだな。抗おうとか……覆そうとか……そういうの……ないもんな」


「ば、ばかな……」


「だったら……好きにできるよな。わたしは……わたしはあの女を喰ったんだから……」


「あ、あのおんな……?」


「なんでおまえはそうしなかった? 女神なんて……呼んでさ……奉るようになんて、してないで……」


「おまえ……! あいつを……アレと会ったのか……」


「それって……結局、他力本願じゃないかァ。してみせれば良かったんだ……。なにもかも捻じ伏せて……」


「あ……ああ……ッ……」


「そうすれば……お前でさえ、愛してやれたかもしれないのに……。何かの身代わりにしたって……ぬくめてやれたかもしれないのに……」


「おまえ……まさか、本当に――」


「さして……残念でもないのだけど、な」


 刹那――。



 ざ―――――ぅ―――。



「…………!」


 頼成が両断された。


 内容物を撒き散らせて――モノと化した。


「なんだ――」


 鳳凰院が……ひどく緩慢な動作で刀を納める。


 血振りもせず……所作も危うく。


 ただ……そうした、という風に。


「やはり……どこにも感慨がないな……」


 俺を……見る。


「だめだな……やはり。顔を知っているモノを殺せば、何か違うかと思ったが――」


 笑む。


「どうも……だめ、みたいだ。我道……。だめ、みたいだよ」


「お……おまえ、は……」


「……………………」


「おまえは――なん、だ――」


 俺は……ひり付いた喉のまま、それだけ搾り出した。


「鳳凰院……椿芽。いまもってそうかは……どうだろう。ちょっと……わからない、なァ……」


 にたり、と、笑む――。


 そうだ――。


 これだ――。


『わからないこと』――。


 それが――恐怖、か――。

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