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ジャガンナンド~強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと~  作者: 神堂 劾
強くあるために必要な、ほんのいくつかのこと
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冥宮校舎

「……ここは……?」


 俺は勇の気配を探っていくうちに、周囲の『空気』が変じていくのに気づいていた。


くらい――)


 光源が低下したのでも、日が翳ったのでもない。


 この昏さは、夜の闇よりも尚に深い。


冥宮校舎めいきゅうこうしゃ――。ここから先は彼女の領域……」


 唐突に背後から声をかけられる。


 振り返ると……。


「牙鳴……円か」


「ふふ……」


 円は、こつこつと靴の音をたてながら俺に歩み寄り――。


 俺から数メートルの距離をとり、ぴたりと足を止めた。


「……妹が案じていたぞ」


「まさかァ」


 円は、さも面白い冗談を聞いたかのように、くすくすと笑う。


「あの子は確かに未熟ではあるけど……それほどに不出来ではないわァ」


「どういうことだ」


「あの子は……『彼女』をたおす。そういうふうに……動いた筈だわァ? わたしを心配する暇など、ありゃあしない。そうでしょォ?」


「随分と状況を知った口をするんだな。……頼成に囚われてみたのも、戯れか?」


「まさか」


 円はやはり一歩をも踏み出さずに、哂う。


「いくらわたしでも……因果律を操る女神の領域に逆らうことはできないわ? 彼女が望んだから……いまのこの状況がある」


「………………」


「とっくに知っている……気づいているのでしょう? 彼女のことを……。彼女の一部である、貴方には」


「そうそう万能であれば、こうも醜態を晒しはしない。そうじゃないか?」


「ふふ……。それもまた、彼女が望んだことだとしても?」


「しても、だ」


「達観ねェ?」


「違うな。覚悟……だ」


「そオ」


 円は、詰まらなそうな顔をしてみせるが……目の奥の輝きは消しきれていない。


(愉しんでいるか……いまのこの状況を)


「どのみち……わたしや彼――学園長も、この状況には介入できない。既にわたしたちは彼女の望んだ演者からは外れているのだから……」


 す、と手先を俺の方に伸ばした。


 伸ばした指先は、まるで何かのトリックのように……俺との間の空間に溶けて消える。


「ふふ……。危ない危なァい♪」


 手を引くと、消えていた手先が再び戻る。


「ここから先は……選ばれた者以外は誰一人介入できないワ。まさに……彼女と貴方だけの世界。冥宮校舎」


「いや……」


「ああ、そうね……。もう一人……。もう一人、ね?」


 椿芽も――。


「……お前の妹が段取りをしてくれたからな」


「それも……彼女の望み。自分自身の持つ未来を、世界を作り出す能力を、こうも端的に……学校の校舎という形で表現してみせているのも……。そして、誰かを愛し……誰かと未来を作る。そして……願わくば滅びを迎えられることを望むのも……全てが彼女の望み」


「……だからこそ……天文学園というもの自体が、学園の態を成しているのだろう?」


 こんなにいびつに……肥大化した、学園都市などという非常識な形態をとってまで。


「そう。彼女のその能力を暴走させないためには……彼女が夢を見られる場所を作り上げるしかない。牢獄や……研究施設などでは無意味。彼女はその……空気? そういうものを察するワ」


「だから……こんな大仰な茶番、か」


「ふふ……。言うこと言うこと……♪」


「言うさ。それくらいの権利は……人形にだって、ある」


「人形?」


 芝居じみた表情で、驚いてみせる。


「それは……あっちの彼女のほうでしょう? 鳳凰院……椿芽……」


「……………………」


「あらァ……怒った? ごめんね、わたし……こういう言い様なのよゥ」


「いや……。だからこそ……あいつは解放してやらねばならない。そう……思っただけだ」


「紳士ねェ?」


「ふっ……。その言い方はカンに触らなくもないがな?」


「おお、怖い怖い♪」


「あいつが……お前の言う、演者に選ばれたというのは……俺の責任だ。その始末をつけることくらいは……してみせねばならない」


「よくよく……大仰な力を持った娘さんに好かれるのねェ?」


「……ああ。お前も……その一人、か?」


「あははっ! そうね、それ、いいわねェ♪」


 円は大きな声で、さも愉快そうに笑った。


「ふふっ……。そうね。わたしも……貴方に惹かれているわァ? それは否定しない」


「でもなければ……こんな水先案内のような役割をしてくれるとも思えないな? 聖徒会長サマが直々に……」


「ええ。そうね。貴重な……起きていられる時間を消費してまで、ねェ?」


 牙鳴円は――。


 その、人の領域を超えた力を得るために、心の大半を失っている。


 なればこそ強く……なればこそ、無垢だ。


 何かを求めれば、何かを失う。


 人のたなごころに掴めるものは、わかりやすく有限なのだ。


 それが……得ようとするものが大きければ、失うものもまた大きい。


 無垢な強さという、掌にも余るほどのものを得た代わりに……彼女は――心を失った。


 彼女のような存在は、無限の退屈を持て余す。


 望んで得たはずの強さを持っても……闘いの高揚や、緊張……そういったものを得ることもできない。


『ただ強い、強くある』。


 その……一種、記号……役割のようなものを体現するだけでのために、彼女らは存在をする。


 そこには望みも……願いもない。


 純粋というのは、そういうことだ。


 夢の中において生きるというのは……そういうことなのだ。


 目の前のこの女も……あの幽霊のような青年――『学園長』も……。


(そして……『彼女』も、だ)


 俺は踵を返し、円に背を向けて前に進む。


「……行くの? もう……解説は要らないのね?」


 その……円のこえには、今度こそは隠しきれない……残念そうな響きが含まれている。


「……すまないな」


「ふふ……女の振り様も潔いい。憎らしいわァ、色男ねェ?」


「お前の望みに沿う……そういった選択も用意されていたのかもしれないがな」


「そう……それが因果律の捕囚。それが……彼女のもつ、能力……」


「ああ、しかし……」


「……そうねェ。彼女は……終わりを求めてる。この夢の……安寧の先を」


「……………………」


 だからこそ『彼女』は……俺と勇を結びつけた。


 だからこそ……椿芽をも、駒として選んだ。


 夢であれば、整合性は求められるべくもない。


 求めないまま……それぞれが気づかずに余生を送ることも有り得たのだろう。


 しかし……それはそれで、やはり捕囚だ。


 それを破ろうとするのであれば……一種、非道なやり口を伴うこともある。


 そこに悪意はないと知ってはいるが――。


「……貴方に憎ませるのも……彼女のやり方よ? でもそれでは……」


「ああ。それでは……囲いは破れない」


 だからこそ……俺は勇を欲する。


 仮にそう望まれて生まれた身だとしても……譲ることはできない。


 俺と――そして、勇の間に芽生えたものこそを、純粋と信じる。


「行くのねェ? 停滞破壊者さん……」


「ああ」


 一歩を踏み出すと……背中に感じる円の気配が薄れていく。


 ここからは――真実の意味で、俺たちだけの世界――。


「役割は……果たすさ」


「ふふ……」


 寂しげな笑み。


 それが……牙鳴円という女の――。


 この学園に囚われた哀れな娘の……俺に向けた最後の主張あいであったのだろう。


※        ※        ※


 数歩を往き……小さく振り返る。


 そこには当然の如くに誰も居ない。


「未練、か……」


 俺は振り向かされたことに、苦笑をする。


 しかし、後戻りができないのは……これまでも一緒だ。


 俺は再び視線を前に向け、勇を探す。

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