転生したら、命と引き換えに『最終決戦で主人公に反撃の糸口をつかませる系』のかませ犬でした。
最終決戦のシーンの習作
何処までも広い平原に朝日が昇る。
そこには、数万にも上る軍勢が跋扈していた。
高い丘にいる私はそれを見てため息をつく。
「見ろ、人がごみのようだ」
独り言のつもりだったのだが、隣の副官がそれに答える。
「ごみの彼らから見たら我々は塵ですな」
我々はたった5000人の軍隊。それもほとんどが歩兵で、騎馬隊はたった30しかいない。これは、私が治めるフールン領の全戦力である。
「塵か。私が10年かけてきたものが塵か」
10年。私がフールン領を継いでからたった13年である。私の今の年齢は18である。若干5歳にして領主となり、この領を必死に盛り立ててきた。
自分が死ぬ運命を覆すために。
そう私、アディ・フールンは転生者である。現代日本で死んで、『アルカトリス』というゲームに転生した人間である。
アディはゲーム中では最後のイベントで、目の前の軍隊に引きつぶされる運命を背負った、ゲームの主人公のかませ犬である。
ゲームの主人公はこの国の第一王子であり、アディは何かとそいつに突っかかる役割の人物である。
そして、最後のイベントの隣国からの侵略軍を足止めし、主人公が国軍を集めたりなんやかんやする時間を稼ぎ、主人公に逆転の目を遺す人物である。
たしか、ゲームでアディが集めた軍隊は5000にぎりぎり満たない程度の歩兵部隊であった。現代人が知識チートを駆使して、ようやく5000人なのだ。ゲーム中でのアディは、『前世を含めた私』並みに優秀な人物だったのだろう。
逆に言えば、どれだけ策を弄してもアディが死ぬことは確定しているらしい。
「死ぬのが分かっているのに、何故戦わねばならんのだろうなぁ」
隣の副官にそう伝える。
「逃げてもいいんですよ?御屋形様。まあ、そうなれば後ろのフールン領が蹂躙されるでしょうが」
そうなのだ、今いる丘から二つ川を渡ればそこは私が必死になって盛り立てた領がある。そこを略奪されるのは腸が煮えくり返る思いだ。
病気が蔓延し作物がほとんど育たない荒廃した土地を10年かけて再建し、飢えた領民を必死で養い、学のない子供に様々な教育を施した。10年前は、国で一番貧しかった領が今では王都に次ぐ富んだ領となった。
下げたくない頭を様々な人間に下げ、高慢な親戚親兄弟を殺し、奴隷をかき集めて開放して労働力にし、時には悪事にも加担したりして、文字通りどんな手段も厭わず作り上げた我が領。
「略奪はされたくないなぁ」
「ならば、ここで踏ん張るほかありませんな」
「だな」
私は、自陣に戻る道中、気まぐれに一人の英気を養う兵に声をかけた。
「死ぬのは怖くないか?」
それを聞いた兵は笑顔でこう言ってのけた。
「怖いです。ですが、わが子の未来が閉ざされるのはもっと怖いです」
「我が子?」
「ええ、うちの娘なんですがね。頭が良いんですよ。小学校で文字書き算術をすぐに覚えちゃいましてね。今となっては俺が逆に文字を教えてもらうくらいになってるんですよ」
そう言いう彼は照れながら兵が頬をかいた。
小学校とは、幼少期の子供に一律で文字書き算術を教える場所だ。私が設置した。最初は働き手が減ると言われて猛反発を受け、私が村々をめぐって何年もかけて説得したものだ。今となっては、むしろ大人が小学校に入りたがる位であった。
「そうか、良く出来た娘さんだ」
「ええ、私にはもったいないほどで」
私はまた歩き出す。
「勝たねばなりませんな」
副官がそう言った。
「勝てないだろうよ。ただ我々は実りある敗北しかできん」
私は、遠く後方の、様々な作物が風に吹かれる風景を幻視する。そしていつかの、妻と遠乗りしたことを思い出す。同い年の彼女は私にはもったいないほどの人で、とても聡明だった。まだとても若い打ち方の政略結婚であったが、私は彼女を確かに愛していた。自惚れかもしれないが彼女も私を愛してくれていたと思う。
「もう一度、共に見たかったものだ」
その一言が契機になったのだろうか、一人の伝令が走ってきた。
「ご報告!!敵は今日9時に侵攻する模様!!」
「確かか?」
「はっ!!こちらが暗号文でございます!!」
私は現代の知識を駆使して、彼の敵国が使う暗号のすべてを解読していた。故に、かの国の軍事行動は私には筒抜けである。そして、それがなくとも通信量の増大による敵軍の大攻勢なども予見できるくらいには、斥候と諜報部の育成に努めた。
今となっては、数世紀先まで使えるであろう軍事知識が我が領内の諜報部には蓄えられてある。
「そうだな。今日か。そこの者、今から王都まで向かい、この攻勢のことと暗号の解法を伝えてくれ」
あのいけ好かない主人公様の手助けをするのは業腹だが、致し方あるまい。暗号文を渡してきた伝令にそう伝えるも、彼は一歩も動かなかった。
「どうした?」
「私も戦いたいです!!」
聞けば、戦いたい、か。
「理由を聞こう」
「私は、国に仕えているつもりは毛頭ありません!!私は領を盛り立て、発展させ、我々に学を、未来を与えてくださった貴方様にこそ仕えているのです!!私は国のために死ぬのではなく、貴女と共に死にたい!!」
彼が一息にそう言う。
「……」
周りを見れば、このやり取りを見ていたすべての人間が同意見だったらしい。副官でさえ、彼の言葉に同意してしまっている。
「今のは、聞かなかったことにしよう。そして、もう一度言う。王都へ走れ」
そう言えば、彼は何か言いたげにするも、立ち上がり、走っていった。
そして、訪れたのは沈黙。誰も動いていなかった。
「皆の者、戦争だ。後数時間で戦争だ。我々が行う最初で最後の戦争だ。我々はここで死ぬだろう。だが、案ずるな。我々が死ぬことで、我々の子が、孫が生きる」
私は声を大きくしてはいない、だが、それでも、声は響いた。
「一歩先で死ね。二歩先で死ね。前を向き、敵に背を見せるな」
誰も何も言わない。私だけが言葉を発する。
「誰かが死に、あの世へ行くことになっても少し待て。全員死んでから、剣と誇りを胸に皆であの世へ行こうではないか。そこが天国だろうが地獄だろうが、私が導いてやる」
空気を胸に取り込み、声を張る。
「私に続け!!」
「私が望むは、最高の敗北!!」
「我らが勝ち取るは勝利ではない!!」
「未来だ!!」
「輝かしい未来だ!!」
「私に続け!!」
「さあ!!死出の旅だ!!」
たった5000人の咆哮が、平原に響いた。
◆◆◆
アルカリスト王国には英雄がいる。
何万もの兵を率い、不敗を誇り、国の最大版図を作り上げた、ベーゼル一世ではない。
たった5000人の兵を率い、初陣で死に、ベーゼルと不仲だった、アディである。
国を大きくしすぎ、後の世代に多くの領土問題と財政問題をもたらしてしまった、ベーゼル一世ではない。
たった13年の治世で様々な革命をもたらした、アディである。
農林水産業、商工業、教育、軍事学。これらは特に優れていた。現代と遜色がないほどに確立されていたことも評価に値するが、後に抱えることになるであろう様々な問題に対して一定の対策を当時から想定していたことが最も評価すべき点である。
ベーゼル一世は確かに、当時の人間としては優れている。つまり、昔の人間である。
しかし、アディは違う。現代の人間と比べても優れている。つまり、未来の人間である。
アディが遺した、最期の言葉はこう伝わっている。
――我らが勝ち取るべきは未来である――