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心に焔を

 ……いや、なんといいますか、すみません?

 七日に投稿しようとしていたんですけど、色々と問題を見つけてしまい修正に時間を使い、タイトルに納得がいかなくて考え直していたりしたら、こんなに遅く……。

 と、とにかくひと月ぶりの投稿です!

 誰か一人にでも、面白い、と思っていただけたら、幸いです!


 ――この世界は、きっともう壊れている。


 だから、好きな人のもとへ行きたいと思うこと。それは、おかしなことだろうか?

 もし、そうだったとしても、私はあの人を探し続ける。


         ――『HRM‐F 572 〈ルドベキア〉』。



* * *



 ばしゃ、と水たまりを蹴って、瓦礫を飛び越える。

 着地とともに身を翻し、濡れることもいとわず、倒れるように瓦礫の裏へと身を寄せた。背後を振り向こうとすると、機銃による銃弾の雨が瓦礫を穿つ。


「く、このっ」


 悪態を吐きながら、腰のポーチから手榴弾を取り出した。

 狙いをつけると手榴弾の栓を引き抜き、そのまま瓦礫の向こうへと放り投げる。そしてさっと耳を塞ぎ、身を縮める。

 瓦礫の向こうで、かっ、と閃光手榴弾が爆ぜる。

 世界を白く塗りつぶすような閃光が瞬き、キィイン、と音を響かせながら、衝撃が地面を揺らす。

 白く染まった世界の中、瓦礫の裏から飛び出すとそのまま敵に背を向ける。

 手元にあるものだけでは、どうしようもないと判断したから、選ぶのは逃げの一択。

 けれど、それを嘲笑うかのように、背後から『敵機』の動く音が聞こえてくる。しかも、しっかりと逃げるこちらに向かって、だ。


「あーもうっ! なんであれを喰らって、気づけるのよッ!」


 あまりの理不尽に叫び声をあげながら、もう一つ手榴弾を投げつける。

 かっ、と背後で手榴弾が爆ぜるのを感じつつ、思考を切り替える。



『――最優先事項を、敵機の『迎撃』から『撤退』に変更。

 ――データベースより、敵機を旧式の『ドラグーン』と推測。

 ――こちらとの性能を比較。地形との相性を確認。

 ――撤退成功率・三一パーセント』



 脳内でそれら情報を処理し、より確実性のある構想を組み立てる。

 性能的にはこちらのほうが圧倒的に勝ってはいるけれど、地の利は向こうにある。そもそも『ドラグーン』は市街戦闘用に特化した機体の上、殲滅力に優れている機体だ。

 それに対し、こちらは自動拳銃が二丁と手榴弾が数個。

 これで相手になるわけがない。


(……このままだとまずいし、こんなところでもったいないけど、しょうがないッ!)

と、心を決める。



『――脚部機構を起動した場合の性能比を、再演算。

 ――機動性において、こちらが六〇パーセント有利と判断。

 ――撤退成功率・八十三パーセント』


 脳内に銃の引き金を思い描きながら、そっと指をかけた。

 脚部の機構へと望んだとおりの情報が伝わり、弾倉からショットジェルが装填される。それを感じながら、そっと起動の合図を口にする。


「――〈起動スタート・アップ〉」


 パァン、と炸裂音を響かせながら、空薬莢が宙を舞う。

 それとともに、そのしなやかな脚が地面を踏み砕き、彼女の体を吹き飛ばすかのように加速させた。

 一瞬にして、景色が後ろへと流れ去る。

 それを視界の端に捉えつつ、さらに機構を激発させようとして、ぞわり、と背筋が凍るような感覚に、彼女のすべてが警鐘を鳴らした。


(――まずいっ)


 そう思い身を捻った瞬間、肩をかすめるようにして、一条の閃光が走り抜ける。

 最初、何が起こったのかを理解できなかった。

 それから、それがドラグーンからの砲撃だと気づき、あとコンマ一秒でも反応が遅れていたら、頭を吹き飛ばされていたのかと思うと、肝が冷える。

 ドラグーンの主砲――『RG‐Y207』。

 それは『雷槍』と呼ばれる、重装甲を貫くために開発された兵器の初期型機の一つ。

 電磁加速によって放たれる砲弾は、数キロ先まで音速を超えたまま突き進み、そこから装甲を貫くと言うのだから、その威力はとてつもない。

 砲身を冷却するためのラグがあるものの、それを補ってなお、価値がある。

 もし、そのラグがなかったら、ルドベキアはその体に大きな風穴を開けていただろう。

 戦慄を覚えながら振り向いて、敵機との距離を概算する。



『――敵機、こちらより〇・七キロ先。

 ――砲身冷却のため、減速中』



 表示された情報に、それなら逃げ切れるッ、と脚部のカートリッジを激発させる。

 急激な加速の負荷に、体が軋み、悲鳴を上げる。

 けれど、体の損傷よりも、生き残ることが先決だと彼女の全機能が告げている。だから、ルドベキアはそれ従って、ただ生き残るために、背後から撃たれることを警戒し、何度も方向を変えながら、脚部のカートリッジを炸裂させた。

 距離が離れて地面に下りてからも、しばらくは大通りから外れた道を駆ける。

 そうして適当なビルへと割れた窓から転がり込むと、即座に体勢を整える。


「はぁ、はぁ。こ、これで大丈夫、よね?」


 息を整えながら、そっと周囲を警戒する。

 一秒、二秒とゆっくりと過ぎるのを感じながら、収集された情報を処理する。



『――……反応なし。

 ――熱源感知、反応なし。

 ――音源感知、「雨音」のみ。

 ――敵機の存在、なし。

 ――安全と判断。警戒レベルを一段階引き下げます』



 脳内に響く声に、ふぅ、と安堵の息をこぼした。

 信頼する自らの機構たちの判断に、ようやく逃げ切れたことを実感して、強張っていた体から力が抜ける。そのまま壁に背を預けながら、ずるずると座り込んだ。

 ポーチからもはや骨董品となりつつある通信機を取り出すと、切っていた電源を入れた。

 しばらく不規則に点滅するライトを見つめていると、がっ、と通信機からノイズが走る。


『……ルーちゃ、ん、生きて、るー?』

 電波が悪いのだろう。

 聞こえてくる声はノイズがひどく聞き取りにくいものの、馴染みの声。

 のんびりとした声にふっと表情を緩めながら、ルーちゃん、と呼んでくれる友人に無事だと言うことを伝えるため、声を出す。


「生きてるわよ」

『あっ、やっと繋がったよ。どうして、通信を切ってるのさっ!』

「しょうがないじゃない。敵機と交戦中だったのよ。っていうか、クロエ? 訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

『ん? どしたの?』

 

 と、通信機の向こうで、クロエが首をかしげている姿を想像する。

 自分で想像したものとはいえ、それにちょっとだけ表情を引き攣らせてしまう。


「どしたの? じゃ、ないわよッ! なによあれ! なんでこんな街に、旧式とはいえ、ドラグーンなんてものがいるの? 聞いてないわよッ!」

『あー、最初からあれと当たるって、ルーちゃんも運がないねぇ。でも、言おうとしたのに、聞かずに飛び出して行ったルーちゃんも悪いんだよ?』


 通信機越しでもわかるほど、クロエが苦笑しているのがわかる。

 それにルドベキアはむっとしながらも、こればっかりは自分が悪いと、肩を落とした。


「それで、どこにいるのよ」

『んー、東のC‐14くらいかな?』


 クロエの返事に、案外近いことに苦笑する。

 ルドベキアがいるのは東のC‐17なので、およそ二、三キロの距離にいることになる。


「なら、私がそっちに行くわ。少しかかるけど、いい?」

『大丈夫だよー。んじゃ、装備の点検でもしてるかな。足りないものはある?』

「手榴弾の補充と、脚部のカートリッジをお願いできる? ドラグーンから逃げるのに、かなり使っちゃったから、残弾が心許ないのよ」


 かん、と剥き出しとなった脚の装甲を叩きながら、苦笑する。


『はは、それでもあのドラグーンから逃げ切れたのはよかったよ。ここまで、持ちそう?』

「腕のも合わせたら、ギリギリもう一回、逃げ切れるかも、ってところ」

『んじゃ、戦闘は回避だね。時間がかかってもいいから、慎重に、ね』

「ま、ドラグーンに出会わなければ大丈夫よ」

『……慎重に、ね? お願いだから』


 と、心配性なクロエが言ってくる。

 それに苦笑しながら、彼女のいる細かな座標を聞いて通信を切る。

 こうして話をしただけでも、残っていた緊張はほぐれたようだ。これなら、冷静な判断を下せそうだと、友人の顔を思い浮かべて微笑む。

 ずれた外套を羽織り直し、すっと立ち上がりながら、


(さて、もうちょっとだけ、がんばろうかしら)


 と、心を奮い立たせた。

 手ごろな窓から周囲をうかがい、敵機の反応がないことを確認してから、ビルの外へと身を躍らせる。

 水たまりを避けるように着地し、ホルスターから銃を取り出して右手に握る。


(それにしても、雨、やまないわね)


 と、これからまた雨の中を歩くのかと思うとやる気が削がれる。

 この街に来てから、ずっと雨が降っているのだ。

 ため息の一つや二つ、こぼれるのにも頷ける。さらに追い打ちをかけるかのように、その雨のせいで地面に転がる瓦礫やら、ひび割れたアスファルトに染みて脆くなっているし、索敵の精度が三〇パーセントは低下するしと、不満は尽きない。



『――危機感知、半径五〇メートル圏内に、大型の敵機は存在せず』



 そんな情報を受け取りながら、行動を開始する。

 クロエのいる区画までは、直線距離で二、三キロほど。瓦礫などによる迂回を視野に入れると、その倍はかかると思っていたほうがよさそうである。

 それにドラグーンのような機体が徘徊していることを考慮すると、正直、動きたくない。

 そんな本音を心にしまいつつ、早足で瓦礫や乗り捨てられた車を盾にするように移動し、敵がいないことを確認したら、また瓦礫などを盾にして移動する。

 そうして周囲を警戒しながら進んでいると、感知に引っかかるものがあった。

 警戒を引き上げながら、それが何かを確認するために顔を覗かせる。

 すぐに彼女の脳内では、記録からその機体の情報を引き出し始める。



『――データベースより、敵機を汎用型・迎撃機『GPR‐1207 リロ』と判断。

 ――特徴として、周囲の機体への情報伝達。

 ――各個撃破を推奨します』



 厄介なのは周囲の機体へとこちらの情報を伝えることだろう。

 見つかったら警報とともに、こちらの存在を周囲へと知らしめる。そんな面倒な機体。


(……各個撃破を推奨、ね)


 ここで迂回することを推奨しない辺り、彼女の機能は戦闘寄りなのだろう。

 そっと手持ちの装備へと指を這わせる。

 手元にあるのは一対の自動拳銃と、腰のポーチに手榴弾が三つ。それに予備の弾倉が二つとサイレンサー、ナイフが一本ずつあるばかり。

 たったこれだけの装備で、ドラグーンから逃げ切れたのは運がよかった。

 もしもう一度出会ってしまったら、この装備だけではどう足掻いても、逃げ切れるかどうかは怪しいところ。

 とりあえず、今は目の前にいる敵に集中しなければならない。

 個々の能力は低くとも、周囲にいる機体を呼び寄せられるのは遠慮したい。

 ――行動は迅速に。狙うなら核となっている心臓部を。

 すっとルドベキアの目が細められる。

 瞳孔が引き絞られるとともに、視界にはいくつもの敵機の情報が表示されていき、思考回路が戦闘用へと切り替わる。脳内のプロセッサが焼き切れんばかりに稼働し、視界からの情報を処理、敵機を壊すための方程式を叩きだす。

 緊張に、動悸が早まる。

 それを抑え込むように、そっと瞳を閉じる。


(まだ、まだあの人のもとへと、この手は届いてない)


 思い浮かべるのは、大きな背中。

 いつも彼女の前にあり、彼女を支えてくれた頼もしい、あの人の背中。


(約束を守ってもらってない。想いを伝えてない。だから、だから――)


 すっと、群青色の瞳が世界を見つめる。

 そこに映る、何よりも大切なものを守るために、すべてを乗り越えるという、意志。


(――私は、進むんだッ!)


 心に焔を。

 心で叫ぶとともに、ルドベキアは地を蹴って、瓦礫の陰から身を躍らせる。

 銃身を両手で支えながら照準を合わせ、敵が振り向くよりも先に引き金を引き絞った。サイレンサーにより軽減されたため銃声は響かず、弾丸の風切り音だけが残される。

 狙うのは、敵機の『目』である赤いレンズ。

 そこへと吸い寄せられるように飛翔した弾丸は、キィン、と音を響かせながら、寸分の狂いもなく敵機の目を砕き、内部へと侵入する。


『――――ッ!』

 

 敵機が音にならない悲鳴を上げた。

 それに構うことなく肉薄すると、目の合った場所へと銃口を突きつける。


Auf Wiedersehenようなら


 そんな台詞とともに、ルドベキアは引き金を引いた。

 リロの機体が跳ね上がり、機能を完全に停止する。

 銃を突きつけたままの体勢で立ち尽くし、その場にただ静寂が下りる。



『――敵機の沈黙を確認。

 ――作戦終了』



 ふぅ、と銃を下ろしながら息をつき、沈黙した敵機を見つめる。

 その円筒型の装甲には無数の傷があり、塗装が剥げている箇所もある。

 それはこの機体がこの街に放置されてからの歳月を物語っているようで、何とも言えない寂しさだけが残る。

 彼らのように、主人を失ったロボットたちはこうして街を徘徊し、敵となる。

 それはもしかしたら、自分もこうなっていたかもしれないと思うと、やるせない気持ちになる。

 それを振り払うように、再び雨の街へと駆けだした。

 向かうビルは、もう見えている。敵機の反応もこの辺りはない。

 瓦礫に塞がれた入り口を迂回して、割れた窓からの侵入を果たすと、ぐるりと周囲を警戒する。

 瞳に搭載されている熱源感知を起動。

 緑色の半透明なフィルターが視界に掛かり、熱源の有無での索敵を開始する。

 ざっと見まわすと、小さな鼠のような対象が数匹。正面にあるカウンターの裏に小柄な人の反応がある。それはこちらに背を向け、何かをいじっているようでもある。

 たた、と足音を極力殺しながら近づくと、そっとカウンターから覗き込むように声を掛けた。


「クロエ?」

「うわぁっ! って、ルーちゃんかぁ。びっくりさせないでよー」

「ふふ、いつものお返しよ」


 むっと頬を膨らませながら抗議するクロエに、ルドベキアは満足そうな笑みを浮かべた。

 そんな彼女の様子に、しょうがないなぁ、と呟きながらクロエは苦笑する。紅葉色の髪を揺らしながら、手もとの作業へと意識を戻した。

 ルドベキアもカウンターの裏へと体を滑り込ませると、クロエの横に両足を抱えて座り込み、そっと彼女の手元へと視線を向ける。

 クロエの前に横たえられているのは、一本の大剣。

 全長はさほど背が低いというわけでもないルドベキアの背丈ほど。柄もそれなりの長さがあり、両手で振るうことを目的として設計されているのがよくわかる。

 それらはすべて黒曜石のような、美しい黒色で統一されている。

 鍔にあたる部位には、様々な機構が組み込まれていることがわかり、まさに『機械剣』といった装丁をしている。

 この剣の銘は――『グローリア』。

 ――振るう者へと、勝利と栄光を授ける。

 そんな意味の込められた機能美の具現のような、美しい剣だった。


「その子は、大丈夫そう?」


 真剣な表情で剣と対峙するクロエに、ルドベキアは心配そうに声を掛ける。

 それにクロエは顔を上げずに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべることで答えた。


「ふふん、私を誰だと思っているのさ」

「……人外の、狂った技士?」

「んなっ、そ、そんなイメージだったの……。これでもちゃんとした人間だし、ちょっと人よりものを考えるのが得意なだけだよ」

 

 むっとむくれながらも、ショックを受けたようにクロエは呟きをこぼした。

 けれどすぐに、しょうがないなぁ、といった表情をすると、大剣にそっと手を添える。


「こいつは、あいつの愛剣だったんだよ? そうやすやすと壊れるような、やわなものじゃない。わざわざちょっと工夫すれば脆い箇所をつけるってのに、一番堅い装甲狙って攻撃を入れるような奴の相棒だよ? この程度で壊れるなんてことはありえないって」

「そう。なら、よかった」

 

 ふっと、ルドベキアは安心したように表情を緩める。

 

「けど、ルーちゃんも悪いからね? 理論上、ドラグーンの装甲くらいなら、斬り裂けるほどのものなんだよ? なのに、あいつといいルーちゃんといい、どうしていつも力任せに叩きつけるのかな? この剣は斬るものであって、砕くものじゃないんだよ?」

 クロエはルドベキアを恨めしそうに睨みながら、文句をこぼす。

 それにルドベキアは気まずそうに、そっと視線を逸らすばかり。

 彼女には、どうしてもクロエの言う『斬る』という感覚がわからないのだから、しょうがないと言えばしょうがないことなのだけれど。

 それを理解しているからこそ、クロエも文句を言う以上のことはしない。


「い、いいのよ。それでも装甲は砕けているでしょう?」

「だーかーら、剣なんだから、砕いてどーするの」

 

 呆れたようにため息をこぼしながら、クロエは頭を抱える。

 しょうがないじゃない、といじけるルドベキアを、はいはい、と適当にあしらいながら、クロエはいいことを思いついた、とでも言いたげな表情をする。


「にしても、ルーちゃんは一途だよねぇ」

「……どうしたのよ、いきなり」

 

 クロエの急な一言に、ルドベキアは訝しげに眉を寄せる。


「だってさぁ、そんなにぼろぼろになっても、あいつのことを諦めてないでしょ? おまけに、あいつの愛剣まで引っ張り出してきて。しかも、ただ会いたい、ってだけでここまでしてるし、私にはそんなに誰かを一途に想うのは、無理かなー、って」

 

 からかうように、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、クロエがそんなことを言う。

 それにルドベキアは一瞬で顔を真っ赤に染めながら、がた、と音を立てて後ずさる。


「そ、そそそんなことないわよっ? べ、別にあの人に会いたいのは、ただ一発、殴ってやりたいからよッ!」

「ふふ、だからそれが一途なんだよー。普通、そんな理由でこんなことしないよ? やっぱり、ルーちゃんは可愛いねぇ」

「ち、違うわよッ! だ、誰があんな人のこと。ただ何も言わずにいなくなったあの人に、文句を言ってやるために――」

「はいはい、わかったから。ほら、この子の調整、終わったよー」

「だ、だからっ!」


 にやにやと笑みを浮かべつつ、クロエは大剣のメンテナンスが終わったことを伝える。

 そんな彼女に、なんだか負けたような気がして、ルドベキアは羞恥に頬を染めた。


(違うったら違うのよ。あの人のことなんて、ちっとも、そんな……)


 ぐるぐると、思考が回る。

 思い浮かぶのはあの人と一緒に過ごした日々。


(いつもいつも、私に面倒な仕事を押し付けてくるし、馬鹿にしてくるしっ! で、でも、たまに優しくしてくれたり、頭を撫でたりしてもらうと……って、ち、ちがう!)


 相当混乱しているようだった。

 見事に心を乱されており、相手のことを想っていない、という言葉の信憑性は皆無である。


「そ、そもそも、私は殺戮兵器なのよ? そんな私には、そんな感情を抱く資格はないわ」


 混乱していたから、ルドベキアは地雷を踏んでしまった。

 しん、と凍てつくように、静寂に包まれる。

 その異変にルドベキアは、クロエが真剣な、氷のように凍てついた目で見つめてきていることに気づいた。


「ルーちゃん」

「な、なによ」


 いつもの明るい口調とは異なる、クロエのどこか冷徹さを感じさせる低く、鋭い声に、気圧されてしまう。

 その瞳の奥には、どこか寂しさがにじんでいるようにも、見えた。


「あいつは、そんなことを気にするような奴だったかな? ぼろぼろになってまで想ってくれる人を、そんな理由で無下にできるような奴だったかな? あいつはとっても真っ直ぐで、身内にはすごく優しくて、そんなとんでもない、馬鹿なんだよ?」


 クロエの言葉に、息がつまる。


「あいつを好きでいてくれる人なんて、ほんの一握りなんだよ。だから、だからさ。あいつのことを想っているルーちゃんが、あいつを貶めるようなこと、言わないでよ」

「そう、ね」


 あの人はそんなことを気にするような人ではないのだから。

 たとえ相手がどんな罪を犯していようと、私のような兵器であろうと、気にせず受け入れてくれるような、そんな優しい人なのだから。

 ――はっ、んなこと、どーでもいいんだよ。

 なんて言って、笑うのだ。

 おかしい人だけど、そんな人なのだ。


「でもまぁ、あいつを探すためだけにこんな遠くまで旅をすることになるなんて、あのときは思ってもみなかったけどねぇ」


 たはは、と苦笑しながら遠い目をするクロエに、そうね、とルドベキアは相槌打つ。


「私のわがままに付き合わせて、ごめん」

「あ、気にしなくていーの。どうせ、あのまま軍に残っていても、いいことはなかったと思うし、私にはこうして気ままに旅をしているほうが合ってるんだよ」

 

 楽しいしっ、と満面の笑みを浮かべてくるクロエには、敵いそうにない、とルドベキアは苦笑をこぼした。

 わがままなルドベキアに付き合って、ずっと一緒に旅をしてくれている。

 そんないつもそばにいてくれた彼女の存在に、どれほど助けられただろう。もしクロエがいなかったら、こうしてここにいることすら、できなかったかもしれない。

 だから、ルドベキアはとてもクロエに感謝している。

 もっとも、恥ずかしいからと口にはしていないけれど。


「それにさ、私もあいつに言ってやりたいことの一つや二つ、三つかな? はあるから、ルーちゃんほどではないにしろ、会いたいとは思ってるし、いいんだよー」

「なら、あの人に会ったら一緒に文句を言えばいいわ」

「ふふ、それも面白そうだね。あいつの困った顔を見るのも、いいなぁ」


 二人であの人の困っている様子を思い浮かべて、笑い合う。

 あの人と会ったら、クロエと二人でたくさん文句を言ってやるのだ。そして、どうすりゃいいんだよ、と困るあの人をからかって、クロエと一緒になって笑う。そしたらきっと、あの人はむっとしてこちらの頭を乱暴に撫でるのだ。

 そんな懐かしい日々を取り戻せたらいいな、と頬を緩める。


(……そもそも、そんな未来を掴むためにこうして旅をしているのよね)


 苦笑しながら、ルドベキアはそっと天井へと視線を向ける。

 何とはなしに、煤けて、壊れかけた壁を見つめながら、そっと息をつく。


「やっぱ、あいつのことが心配?」


 クロエがこちらの顔を覗き込みながら、訊いてきてくれる。


「ん、やっぱり半年も音沙汰がないと、ね」

「あいつの情報もちょっとづつだけど集まってるし、生きてるってことだよ。その情報を統合すると、あいつが向かったのは、やっぱり東の境界の辺りかな」

「何も情報がないよりはいいけど、ここまで情報が少ないと、本当にこっちで合っているのか、不安になるわね」

「はは、しょうがないよ。そこは地道にやっていくしかないって」


 クロエは苦笑しながら、諦めたように肩を落としている。


「それでも、ルーちゃんは行くでしょ?」

「ええ、もちろん」


 何のためらいもなく、どこまでも真っ直ぐにルドベキアはそう告げる。

 そんな彼女の返事に、クロエは微笑むと、ニヤリと口を歪める。


「さぁて、ルーちゃんがあいつへの愛を再確認したところで――」

「――っちょ、クロエっ! 私は別にっ」

「はいはい。あいつのことが大好きで大好きでたまらないんだよね?」

「~~ッ、もうっ!」


 恥ずかしくなったのか、ルドベキアはふんっとそっぽを向いた。

 そんな拗ねてしまった彼女に、クロエは「ごめんごめん」と苦笑しながら謝る。けれど、許してなるもんか、とルドベキアはそっぽを向くばかり。

 そんな穏やかなひととき。

 どこにでもあるような、それでいてこの世界ではあまりない穏やかな時間。

 それを壊すように、閃光とともに衝撃が地面を揺らした。


「っ、ルーちゃん」

「わかってる!」


 壁に立掛けてあった対装甲ライフルを背負い、メンテナンスの終わったばかりのあの人の愛剣を手に、カウンターの裏から飛び出す。

 そのまま窓際まで駆け寄ると、危機感知系の機構を全開にする。



『――目標を確認。敵機を汎用型・迎撃機『GPR‐1256 リロ』と判断。

 ――他機体への警告。発信済みと判断。

 ――距離七百二十メートル。西方面より大型の機体がこちらに向かって進行中』



 どうやら、厄介な機体に見つかったらしい。それでこちらを狙ってきているようである。

 さきほどの攻撃は、警報を鳴らしているリロによる爆撃だったようだ。


「クロエっ。迎撃態勢っ!」

「えー、逃げるんじゃないの?」

「もう見つかってるし、これ以上増やされたらたまったものじゃないっ! 七百メートル先にこっちに向かってる大型の機体が一機」


 感知に引っかかった情報をクロエに伝えながら、窓の縁に足をかける。


「え、ちょっ、ルーちゃんっ?」

「――行ってくるッ!」


 縁を蹴って、そのまま警報を鳴らしている機体へと向かって剣を振りかぶる。

 こちらに気づいたリロが、機銃の銃口を向けてくる。

 ルドベキアの瞳には、その銃口の奥で銃弾に火が灯される瞬間が映り込む。それは真っ直ぐに、彼女の頭を狙っているもの。

 瞬く火花。撃ち出される銃弾。

 それをしかと瞳に捉えながら、くっと体を捻り、回避する。


「ハァッ!」


 着地とともに放たれた遠心力を乗せた大剣による一撃は、円筒型の本体を打ち据える。

 ぐしゃり、と中央からひしゃげる機体。

 そのままなら、ひしゃげるだけで済んだかもしれない。けれど、それは彼女たちの前では赦されない。ルドベキアはグローリアの柄にあるトリガーに指をかけると、ためらいなく引き絞る。

 弾ける炸裂音。

 空薬莢とともに、撃発による推進力が剣をリロの機体へと押し込める。そうして振り抜かれた大剣に、リロはその円筒型の機体を分断されることとなった。


(……次ッ!)


 敵機を倒したというのに、ルドベキアの表情に喜びはない。

 なぜなら、先ほどからこちらに向かってくる機体の発する波長には覚えがあったから。

 警戒のレベルが最大値に振り切れる。



『――目標を確認。距離五百メートル。

 ――外見的特徴から、先の機体と同一と判断。

 ――特徴より、敵機を旧式重戦闘用機『DRG‐102 ドラグーン』と推測』



 悪夢の再来である。

 先ほど、手も足も出なかった化け物の。



『――データベースより、敵機装備は特殊装甲、及び五〇口径の機銃が二機。

 ――全足先に、装甲と爪を確認。

 ――大型のレールガンが一機搭載されている模様。再装填までのラグは、三〇秒。

 ――迎撃を、開始します』



 思考に流れる無機質な声とともに、情報をまとめて処理する。

 たとえ、敵が何であろうとクロエのいるこの状況ではやることは一つしかない。


(――作戦実行。これより、敵機を迎撃するッ!)


 心に焔を。

 けれど、思考は氷のように冷静に。

 そう言い聞かせて心を落ち着けると、すっと目を細め、背負っていた対装甲ライフルを構える。肩越しにスコープを覗き、敵をその視界へと収める。

 それは、徘徊性の蜘蛛を思わせる外見をしていた。

 鋭い爪を地面に突き立てる細長い四本の脚に、頑丈そうな装甲に包まれた大きな本体。そこに主砲である『RG‐Y207』を載せ、四つの無機質な硝子の瞳が世界を睥睨する。

 四足の蜘蛛、そんな表現が相応しい。

 そんなドラグーンの機体をスコープ越しに見つめながら、そっと照準を合わせる。

 ――狙うのは、旧式の機体によく見られる、脆弱な関節部。

 かつての技術力では、機動性と耐久性を兼ね備えることは難しかった――などと、割とどうでもいい情報が検索に引っかかる。

 それらをまとめて思考の端に破棄しながら、トリガーに指をかける。


(――……ここッ!)


 照準が合った瞬間、ルドベキアはトリガーを引いた。

 雷鳴のような咆哮を響かせながら、大口径の狙撃弾が撃ち出される。

 一条の閃光となり、音速を超えて飛翔した銃弾はドラグーンの四本ある脚のうち、一本を根元から喰いちぎる。

 ちりん、と空薬莢が地面に触れた。

 それを確認することなく、再装填。再び手にしたライフルが咆哮を上げる。

 けれど、二発目はドラグーンがこちらの狙撃に反応し、急旋回したことにより、頑丈な装甲に傷をつけるだけに終わる。


「クロエっ、援護ッ!」

『あいよ、無理はしないよーに』


 通信機から、クロエの心配する声が聞こえる。

 それにルドベキアは思わずそっと頬を緩めて、すぐに意識を切り替える。


「わかってる。あいつは、ぶち壊す」


 わかったと言いながらも、わかっていないようなことを言いながら、地面を蹴った。

 ルドベキアの瞳に映るのは、残った三本の脚の爪を地面に突き立てるドラグーン。

 こちらに向けられたレールガンの銃身が、ばちッ、と紫電を纏わせる。彼女の全機能が警鐘を鳴らした。すぐさま反転すると、横へと全力で身を投げ出した。

 刹那。

 ルドベキアのいた場所へ雷鳴とともに、音速を超えた一条の雷光が突き抜ける。

 それは背後の建物を貫き、瓦礫を消し飛ばしてゆく。たとえ、対爆撃の装甲だとしても、あれを喰らうのは致命的なものになるだろう。

 ごろごろと転がりながら衝撃を逃がしつつ、腿のホルスターから銃を引き抜き、発砲。

 装甲に弾かれる音を耳にしながら、手榴弾を放り投げる。

 そのまま乗り捨てられた車の影に滑り込み、衝撃に備えた。

 かん、と装甲に手榴弾が触れる音。手榴弾が爆ぜる。


「――――」

 

 世界が揺れる。

 そう思わせるほどの衝撃が地面を揺らし、瓦礫を砕きながら、爆風が吹き荒れる。

 衝撃が振動となって体を揺らすけど、立ち止まるわけにはいかない。

 物陰から爆風にさらされて、動きを止めたドラグーンへと肉薄し、手にした大剣を振りかぶる。剣の重さにものをいわせた一撃を叩き込み、それがドラグーンの機体を揺らす。

 けれど、やはり力任せに叩きつけた攻撃では、装甲にうすらと傷がついただけで、大したダメージにはならない。

 しかも、ダメージを受けていないどころか、右足の鋭い爪を振りかざしてくる。それを後ろに飛んでかわすと、左足の爪が迫る。

 大剣を跳ね上げてそれを弾くと、その勢いのままにドラグーンの胴へと斬り込んだ。

 けれど、引き戻された脚の装甲に、その一撃は防がれる。

 そのまま脚ごと砕くッ、と剣の機構を起動しようとして、思考が脳内へと直接に警鐘を響かせる。

 何かを忘れている。

 ドラグーンの装備は、この脚の装甲とレールガン、そして――。

 ゆっくりと世界が流れる。

 こちらに照準される機銃の銃口。それは死の宣告。


(――避けられない)


 そう悟るほどに、至近距離からの銃撃。油断していたつもりはないけれど、不利な状況に焦り、気づかないうちに思考が単調になっていたらしい。

 ゆったりとした世界の中、こちらに向けられる銃口をぼんやりと見つめながら、走馬灯のように思い出される、懐かしい夢に酔う。




『――なぁ、ルドベキア』

 

あの人は煙草を咥えながら、黄昏を見つめる私に声を掛けてくる。


「どうしたの?」

『……いや、こういうの見るの本当に好きだよな、って』

「そう? まぁ、私はあなたの見せてくれる、すべてのものが好きなのよ?」

『そうなのか?』


 彼は驚いたような表情をする。


「ええ、いつもあなたの見せてくれるものは美しくて、どこか儚いんだもの。何も知らなかったころの私には、それはとても大切なものに感じられたの。だから、これからも私にきれいなものをたくさん、見せてね?」

『……なら、俺の故郷に行ってみるのもいいかもな』

何気なく彼が口にした一言に、きょとん、と私は呆けてしまう。

「え? あなたの故郷?」

『ああ、畑くらいしかない田舎だが、景色だけはいいからな』

「い、行きたいっ!」

 

 彼は自らのことを話したがらない。

 だから、こうして彼のことを知る機会が手に入るなら、と気づいたら食いついていた。


『そうか? 何にもねぇぞ?』

「それでもっ、約束よ?」

『ああ、こんなんでいいなら、約束だ』




 ああ、そうだ。

 まだ、こんなところで、諦めるわけにはいかない。

 あの約束を。

 あの愛しい人と交わした、夢を。

 だから、だからッ、


「……――ッ、あぁああああぁッ!」


 心に、焔を灯せッ!

 装填されたショットジェルへと、撃鉄が打ち付けられる。

 脚部のカートリッジが炸裂し、その衝撃を余さず推進力へと変換する。それに身を任せ、地面を蹴った。

 地面を踏み砕き、ルドベキアの体は上空へと跳ね飛ばされる。

 彼女のいた場所へと銃弾の嵐が吹き荒れた。それを視界に捉えながら、上空でくるくると回転しながら体制を整え、大剣を大上段へと構え直す。


「セェイッ!」


 遠心力に身を任せ、すべてを込めた一撃を叩きつける。

 それを再び、ドラグーンは脚の装甲で受け止めると、機銃の銃口を向けてくる。そんな二番煎じ、誰が喰らうというものか。

 冷静に銃口を見つめながら、ギャリ、とルドベキアは剣を前へと滑らせる。

 体が前へと倒れ込むに任せ、ドラグーンの装甲の上を転がり背後に着地すると、その回転のまま大剣をドラグーンの横っ腹に叩きつける。

 その衝撃で装甲が振動する。

 剣を叩きつけた体勢から、脚部のカートリッジを炸裂させた。

 世界を揺るがす咆哮とともに、振り上げられたルドベキアの豪脚がドラグーンの腹の装甲を捉え、ドラグーンの機体を浮き上がらせる。

 それを視界に捉えながら、そっと何も持っていない左腕を、しなる弓のように引き絞る。

 キィイン、と白煙を上げながら、彼女の左腕は主の意思を忠実に再現しようとすべての機能を起動する。


「――つらぬけぇッ!」


 気合の声とともに放たれた、渾身の左ストレート。

 その拳はドラグーンの装甲を砕き、その勢いのままドラグーンを吹き飛ばす。装甲の破片を撒き散らしながら吹き飛ぶドラグーンのほうへと、脚部のカートリッジを起動。炸裂。

 アスファルトを踏み砕きながら、一瞬で吹き飛ぶドラグーンへと肉薄する。

 初撃は蹴り上げ。

 浮かび上がったドラグーンへと、彼女の肘が打ち下ろされて再び地面へと叩きつける。するとルドベキアの脚が降り抜かれ、再び機体を浮かび上がらせた。

 装甲を軋ませながら、ドラグーンは最後の足掻きと言わんばかりに、レールガンに弾丸を装填。銃身に紫電を纏わせながら、振り上げるとその雷光をルドベキアへと叩きつけた。

 けれど、そこに彼女の姿はない。

 ルドベキアの群青色の瞳と、ドラグーンの瞳が交錯する。

 ドラグーンの無機質な瞳には、上空で大上段へと脚を振り上げながら、黒曜石のような美しい黒色の髪を、翼のようにはためかせる少女が映る。


「――Auf Wiedersehenようなら


 空気を切り裂いて振るわれた踵落としが、ドラグーンの背中の装甲へと落とされる。

 ドラグーンは回避しようとするけれど、脚に彼女の大剣が突き立っており、動けない。

 そして、天を割くような轟音とともにドラグーンの機体が地面へと叩きつけられると、アスファルトに放射状の亀裂が走った。

 ギギ、とドラグーンの装甲が悲鳴を上げる。

 背中の装甲が一番厚い――と、どこか冷静に判断を下す、思考回路。

 それに構わず、脚部のカートリッジを炸裂させる。

 振り下ろされたしなやかな脚へと、その衝撃はしかと伝わり、一撃の重さを増す。

 ――撃発。

 ルドベキアの足がドラグーンの装甲にひびを入れ、排気口から火を噴き上げる。

 ――撃発ッ。

 装甲を砕き、足先が沈み込む。

 ――撃発ッ!

 白くしなやかな脚が、ドラグーンの装甲を突き抜ける。

 物理的な衝撃とともに、瓦礫を巻き込みながら爆風が吹き荒れる。それはドラグーンの機体の爆発によるものであり、辺りへと白煙が立ち込める。

 煙が晴れると、そこには自らの三倍は大きな機体を足蹴にする、黒髪の少女の姿。



『――敵機の沈黙を確認。

 ――作戦終了』



「ふぅ、こんなものかしら」


 捲れたフードからこぼれた黒髪をかき上げながら、ルドベキアは息をつく。

 ドラグーンの機体の上にたたずみながら、流れる髪を風に任せてたなびかせている。

 気づけば、あんなにも降り続いていた雨も上がっており、それに頬を綻ばせる。


(……それにしても『心に焔を』かぁ)


 すっかり、あの人の口癖が染みついているなと、照れくさくなる。

 それはあの人がいつも戦いへと身を投じるときに、誓いのように呟いていた言葉。その言葉にどんな意味があるのかを訊いたとき、彼はこう答えた。

 ――いかなることも、焔にくべろ。

 この一言に込められた意味は、こうらしい。

 嬉しいことも、悲しいことも、等しく心の焔にくべる。

 そうしたら、どこまでも真っ直ぐに、決めた想いを貫くことができるから――と、彼が照れくさそうに言っていたのは、しっかりと覚えている。

 この言葉は、あの人なりの戦いへの向き合いなのかもしれない。


「あ、そうだ。クロエー、生きてる?」


 思い出したように、クロエと繋がっている通信機へと声を掛ける。


『……生きてる、よー』

「あ、生きてた」

『ひどいなぁ、もう。こっちからしたら、ルーちゃんが平然としてるほうが驚きなんだよ。怪我とかはない? 大丈夫?』


 声の様子からして、向こうは無事らしい。

 でも、クロエは真っ先にこちらの心配をしてくれるのだから、いい人すぎる。


「大丈夫よ。かすり傷はたくさんあるけど、致命的なものはないわ」

『なら、こっちに戻ってきてくれるかな? 最後の砲撃で階段が吹き飛ばされちゃってさぁ……降りられないんだよぉ』

「って、そういうことは先に言いなさいよッ! 今行くから!」


 クロエはどうやら、ビルの上階から援護をしてくれていたらしいものの、先ほどの砲撃で階段が吹き飛ばされてしまい、動けなくなってしまったらしい。

 ドラグーンの機体から降りながら、剣を回収し、背中に吊り下げた。

 背中に伝わるずっしりとした重みに、ふっと頬を緩める。

 見上げた先に広がるどこまでも澄んだ青空に笑みをこぼしながら、ばしゃ、と軽い足取りで水たまりを蹴った。

 ばさり、とコートの裾を翼のように広げながら、濡れた黒髪を美しく煌かせる。


(さぁ、行きましょう)


 あの人のもとへ。

 もう一度、愛しいあの人の隣に立つための、旅路へと。



                                           ――Fin.


 さて、いかがでしたでしょうか?

 この作品、もとはもっと静かなお話だったのです。けれど、色々といじっているうちに、気がついたら初期プロットとはかけ離れたお話となっていて……まぁ、なるようになれ! と書き進めたのものです。

「機械少女ってロマンがあるよねっ!」

 と、趣味全開で放り込んでみたりして、楽しかったですw

 

 ご感想、お待ちしております! ……お願いしますよー(泣) 

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