真夜中の雨
女は、キョロキョロと辺りを伺うと、仕掛けられた罠を避けるかのような慎重な足取りで、事務所に入ってきた。
ネットで9800円成で購入した「応接セット」の椅子の前まで来ると、安心したように、その椅子にドカッと腰を降ろした。
満面の笑みで、季穂亮太を見つめてくる。
うんざりした思いを隠し、亮太は、事務的に言葉を発した。
「…で、依頼は?」
「探しものなんです!」
テンションの高いその声に、亮太は、それまでの「価値観」が崩れていくのを感じた。
(小股の切れ上がった女辺りからの、亭主の浮気調査の依頼でもあり、あわよくばズッポシハメまくるくらいな…)。
「…探しものって」
「カコなんです」
「カコ? …って言われても。…で、何? 犬? 猫?」
オレの問いかけに、女は素に帰った。
キョトンとした顔が、オレを見返してきた。
「カコって、過去なんです。ペットの名前じゃなくて…」
「あの、「過ぎ去りし日々」の過去? 悪いが、ここにゃ、「タイムマシン」はねぇ。」
机と称す物置きに散乱する飲み屋からの請求書をかたしながら、亮太は言った。
その間中、「帰れ」のシグナルを、女に無言で送った。
帰るどころか、「ドン」とテーブルに置かれた紙袋の反響が、亮太の心中に響いた。
「一億あります。これでどうですか?」
「あぁ?」
何を言ってるんだ、このガキ。