④
……午後2時…ホテルB1ビリヤード場……
縁と桃子が約束の時間にビリヤード場に到着すると、小林夫妻は既に待っていた。
小林は二人を見つけると、大きく手を振った。
「小笠原さんっ!新井場さんっ!こっちこっち……」
小林に手招きされて、二人は小林夫妻が待つビリヤード台へ向かった。
縁は小林夫妻に言った。
「お待たせしましたか?」
弘子は笑顔で言った。
「いえ、私たちも今来たところですよ」
「では、さっそく始めましょう…」
そう言うと小林はキューを4本持ってきた。
小林は言った。
「ナインボールでいいですか?」
縁は返事した。
「はい、ナインボールでやりましょう」
ナインボールとはビリヤードのルールで、簡単に言うと1~9番のボールを無地の白い球を使い、順番にポケット…穴に落としていき、最後に9番ボールを落とした方が勝ちと、いうルールだ。
小林は手慣れた様子で球を菱形に並べた。
「ブレイクは……じゃん拳で決めましょうか…」
ブレイクとは菱形に並べられたボールを白い球で弾く事だ。
縁は言った。
「わかりました……桃子さん」
縁は桃子にじゃん拳を勧めた。
「任しておけ」
桃子は気合いを入れて、じゃん拳に挑んだ。
相手チームは弘子がじゃん拳をするようだ。
桃子と弘子の二人はじゃん拳をした。
じゃん拳の結果、桃子が勝利したので、ブレイクは縁と桃子のペアがする事になった。
「じゃぁ、桃子さんブレイクを……」
縁にブレイクを促されたが、桃子は首を横に振った。
「私はまだいい……ブレイクは縁がやってくれ」
「えっ!桃子さん、ブレイクやんないの?……まぁ、俺はどっちでも構わないけど…」
そう言うと縁はキューを持って構えた。
経験者の雰囲気を出している縁は、キューを構えた姿も実に様になっている。
縁は勢いよく球を弾いた。
縁に弾かれた球は、きれいな音を響かせて、台の上で散った。
散った球は数個ポケットに入って行った。
小林は思わず声を上げた。
「上手いっ!」
縁は気にせずプレーを続けた。
順番にポケットに球を納めていき、残り3つになった。
縁のビリヤード姿に小林夫妻は思わず見とれてしまった。
「残りは……6・7・9か…」
そう呟くと縁は白い球をコーナーに向けた。
6番の球を狙うには9番が邪魔をしているので、コーナーを使い9番を避けて当てなければならなかった。
縁は慎重にショットした。
白い球は見事9番を避けて6番を捉えた。
白い球に弾かれた6番はポケットを目掛けて転がって行った。
しかし、軌道が少しずれてしまい、6番は残ってしまった。
小林夫妻は「おしいっ!」と言い、縁に賛辞を送った。
「凄いですねっ!勝負を挑んだのは間違いだったかな…」
小林は興奮しているが、縁にとってはこれくらいは、朝飯前だった。
縁は祖父からビリヤードも、叩き込まれていた。
球の軌道を計算したり、戦略的な遊びができるとして、ビリヤードを叩き込まれた。
ビリヤードだけではなく、チェスや将棋、オセロやインドアのゲームに……サッカーやバスケといった球技も幼少期から、やらされていたのだ。
縁は謙遜した。
「まぐれですよ……」
すると桃子が自慢げに言った。
「縁は普段、こんな物ではないぞ……私なんか一度も球に触れないくらいだ…」
「何であんたが自慢してんだ?」
ここで縁がミスをしたので、プレーは小林夫妻に移った。
「弘子からやってみな……」
小林に促されて弘子はキューを手にした。
「私……下手なので、笑わないで下さいね」
弘子は恥ずかしそうに、ショットした。
打った球は6番を何とか捉えたが、ポケットに納める事は出来なかった。
弘子は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい…あなた…」
「いいんだよ……楽しむ物なんだから…」
小林は弘子を慰めた。
この小林という男性は優しい人間のようだ。
そして、桃子の番になった。
縁は言った。
「なぁ、桃子さん……なんか考えがあるって、言ってたけど…」
桃子は言った。
「私はお前に惨敗してから、考えたんだ」
「何を?」
「どうしたら縁のようなショットを打てるのか……そして、わかったんだ」
縁は興味津々で聞いている。
桃子は言った。
「お前の撃ち方を……真似すればいいと…」
縁は驚いて言った。
「はぁーっ!?そんなんで上手くなるわけないだろ」
桃子は気にせず、キューを握った。
「まぁ見ていろ……」
桃子はキューを構えた。
縁と同様に桃子の構えも様になっている。細い腕に、スタイルの良い体つきの桃子がキューを構えると、妙な色気があった。
そんな桃子の構えを、周りの他の客も見ている。
ビリヤード場の注目の的となった桃子は、勢い良くショットした。
……数分後……
桃子の表情は明らかに不機嫌だ。
「何故だ?何故、球が真っ直ぐ飛ばないんだ?」
縁は呆れて言った。
「当たり前だろ……撃ち方を真似ただけで、上手くなるわけないだろ…。細かい角度の調整や、キューを球に当てる位置とか……色々考えて撃たなきゃいけないんだぜ……」
桃子は言った。
「小林夫妻……少し休憩したいのだが?」
小林は言った。
「え、ええ…構いませんが……」
「10分後に戻ってくる……。行くぞ、縁……」
「また、勝手な事を……」
縁の言葉を気にせず、桃子は縁を連れて、台から離れた。
台を離れて、縁は言った。
「あんまり勝手な事を言うなよ……」
「勝手ではない、作戦会議だ」
「何が作戦会議だよ……」
縁を無視して桃子は言った。
「あそこにあるカウンターバーで、少し作戦会議しよう」
桃子の視線の先には、ビリヤード場に備え付けてあるカウンターバーがあった。
席に座ると男のバーテンダーが尋ねてきた。
「いらっしゃいませ……ご注文は?」
「ソフトドリンクありますか?……あっ!」
縁はバーテンダーを見て何かに気付いたようだ。そのバーテンダーは、先程ショッピングモールの前で女性と揉めていた男性だった。
縁の表情にバーテンダーは反応した。
「何処かで会った事ありました?」
このバーテンダーはおそらく地元の人間だろう。イントネーションが関西弁だ。
縁は慌てて言った。
「いや、会った事はないけど……」
桃子が言った。
「さっき、平手打ちを喰らっていた男だな……」
「ばかっ!ストレート過ぎるよっ!」
バーテンダーは全てを察して、苦笑いした。
「はは、まいったな…見られてましたか……」
縁は桃子の失礼を謝罪した。
「なんか、すみません……」
「いえいえ、気にせんといて下さい……あれは嫌でも目立ちますわ…」
バーテンダーは顎髭を生やしていて、デザインパーマをあてた髪を、お洒落にセットし、タキシード姿も似合っている。簡単に言うと、イケメンだ。
気をとり直してバーテンダーは言った。
「えっと…ご注文は?」
縁はメニューを見て言った。
「じゃあ、このフレッシュジュースを二つ…」
バーテンダーはフレッシュジュースを準備した。
縁は桃子に言った。
「あんまり失礼な事言うなよ……バーテンさん、困ってたぞ…」
「何だ、ほんとの事だからいいじゃないか……」
「そういう問題じゃねぇよ……」
そうこうしてる内に二人にフレッシュジュースが届いた。
するとバーテンダーが尋ねてきた。
「あのぉ…お客さん……」
縁が言った。
「どうしましたか?」
「いや、あのご夫妻とは……お知り合いで?」
バーテンダーは小林夫妻の事を言っているようだ。
「知り合いって言うか……たまたま京都で知り合ったんですよ。それが?」
バーテンダーは言った。
「いえ、僕…奥さんの方と知り合いなんですわ……」
どうやら小林が言っていた知り合いとは、このバー店のようだ。
桃子が言った。
「なるほど……小林氏が言っていた知り合いとは、君の事か……」
「ええ……旦那さんの方はあまり、知らんのですけど……奥さんの弘子さんは、学生時代の友人なんですわ」
縁が言った。
「そうですか……大学時代の?」
「はい……彼女、東京からこっちの大学に…京都で下宿してまして、大学卒業後に東京に戻ったんですけど」
桃子が言った。
「今もこうして友人関係でいれるのは、素晴らしいじゃないか」
バーテンダーは少し浮かない表情になった。
「ええ、まぁ……そうなんですけど…」
すると、バーテンダーは何かに気付いたのか、急に縁と桃子に言った。
「すみません……少し奥で夜の仕込みをするので…」
そう言うとバーテンダーは店の奥へと姿を消した。すると、奥から代わりの女性店員が来た。
縁と桃子がフレッシュジュースを堪能していると、縁の席から二つ空けた隣に、一人のギャル風の女性客がやって来た。
女性客は女性店員に言った。
「なぁ、順ちゃんは?」
「今、奥で仕込みをしてます…」
「何や……避けられてんのかなぁ……まぁ、ええわ…アイスカフェオレ頂戴」
縁は女性客を見て、思わず声を出した。
「あっ!」
女性客は縁の声に反応し、縁を見たが、縁はすぐに顔を逸らした。
女性客は縁に絡んできた。
「なんやあんた……私になんかようか?」
縁は思わず言った。
「いや別に……」
すると女性客は縁の顔をまじまじと見て言った。
「あんた……きれいな顔してるなぁ…。ええ男やないの…」
すると、桃子は女性客に言った。
「縁は男に手をあげるような、気の荒い女は苦手だぞ……」
桃子の言うように、女性客は先程バーテンダーに平手打ちを喰らわした人物だった。
それを聞いた女性は、思わず笑った。
「あははは……なんや見てたんかぁ…」
縁は言った。
「あの順ちゃんって、もしかして……」
「そうや、ここのバーテンや……さっきビンタした事を謝りに来てん……でも、私が来て奥に引っ込んだみたいやから、今は会いたないんやろな…」
すると桃子は言った。
「縁、そろそろ戻るぞ…もうすぐ10分だ」
縁は言った。
「そうだな、戻るか……」
すると女性客は言った。
「なんや、もう行くんかぁ?お兄さん私とお茶しようやぁ……」
女性客は縁の服を掴んだが、桃子が一蹴した。
「縁から手を離せっ!」
「なんや、ヤキモチか?」
「うるさいっ!人を待たしてるんだ…」
すると女性客は残念そうに縁の服を離した。
「なんや、残念……」
桃子はさっさと会計を済ませて、縁を連れてカウンターを離れた。
桃子は縁に言った。
「縁、嫌なら嫌とハッキリ言えっ!」
「何を怒ってんだ?…まぁ、でも助かったよ……けど、作戦練れなかったな…」
二人は小林夫妻が待つビリヤード台に戻ったが、弘子はいなくて、小林が一人で待っていた。
縁は言った。
「あれ、弘子さんは?」
「先程お手洗いに……」
「そうですか……では待ってましょう…」
……20分後……
「遅いな……」
小林が言うように、弘子はまだ戻って来ない。
縁が言った。
「確かに少し遅すぎますね……」
「すみません…」
小林がそう言うと、縁は言った。
「いえ、そうじゃなくて……体調不良でも起こしてるんじゃ…」
小林の表情はみるみる暗くなった。
その時だった。
「キャーーーーーーッ!!!」
ビリヤード場に女性の悲鳴が響き渡った。
縁は反射的に、悲鳴の方向へ走った。
桃子も後を続いた。
縁が走った先には……先程の女性客がトイレの前で座り込んでいる。
縁は言った。
「どうしました!?」
女性客は恐怖のあまり、顔がひきつっていて、顔色も悪い。
女性客は震えながら指差した。
縁はその方向を見て、驚きと同時に思った。
旅行前の予感が当たった。
そこには、腹部から血を流して倒れている弘子がいた。
まただ……。
桃子と行動を共にすると……。
事件が起こる……。