③
……翌朝…ホテル内レストラン……
昨晩の約束通り、小林夫妻と朝食をする事になった縁と桃子は、バイキング形式の朝食を堪能していた。
小林夫妻はニコニコして楽しそうに食事をしている。
二人は大変仲が良さそうで、優しそうな夫と、清楚な妻といった感じだ。
ただ弘子は清楚な雰囲気と裏腹に、身に付けている装飾品が少し目立っていた。
ネックレスに、数種類のブレスレットなど、高価そうな物を身に付けている。
4人での話は、意外と盛り上がり、話題は縁の年齢になった。
すると小林は縁の年齢を聞いて驚いていた。
「17歳ですか……私はてっきり大学生だと思っていましたよ…」
妻の弘子も言った。
「新井場さん……大人っぽいですからね」
桃子は鼻で笑った。
「ふんっ、縁が大人っぽい?言っておくが、縁には食い気しかないぞ」
縁は桃子の言い草に腹を立てた。
「そんな言い方しなくてもいいだろっ!」
弘子は話を変えるように言った。
「でも……小笠原さんが、あの小笠原桃子さんだったなんて……」
小林も言った。
「いやぁ……驚きましたよ、最近凄い賞を獲られたんですよね……テレビで見ましたよ」
桃子は得意気に言った。
「聞いたか縁?……私は有名みたいだぞ」
「何をはしゃいでんだ……」
弘子が言った。
「それにしても凄いですよ……文才があるから、獲れたんですよ」
縁は言った。
「弘子さん……あまり乗せないで下さい」
小林が言った。
「弘子の言う通りですよ、才能がなければできませんよ……」
桃子はニヤニヤしている。
「おいっ!縁……聞いてるか?」
「顔にしまりがないぞ……」
縁の言うように、桃子は嬉しさのあまりしまりの無い表情をしている。
縁は言った。
「それにしても、ここのバイキングは美味しいですね……朝なのにいっぱい食べてしまいそうですよ」
小林が言った。
「そうなんですよ、私もここのバイキングが忘れられなくて……新婚旅行も京都にしたんですよ」
縁は言った。
「では以前もこのホテルに?」
「ええ……弘子の知り合いが、このホテルで働いているので……その縁で一度このホテルに泊まりに来た事があったんです。なぁ、弘子……」
急に振られたからか、弘子は少し驚いた表情になった。
「えっ?ええ……そうね…」
そんな弘子を、小林は気にする事無く言った。
「新井場さん達はどうして京都に?」
「僕はこの人に、無理矢理連れて来られたようなもんです」
すかさず桃子が言った。
「おいっ!聞き捨てならないな……」
「何だよ、だいたい合ってるだろ?」
「お前が食べ物に釣られたのだろ…」
二人の掛け合いに弘子はクスクス笑っている。
「二人とも仲が良いんですね」
小林も同意した。
「うん、二人ともお似合いですよ」
縁はすかさず否定した。
「あの、言っておきますけど……そう言うのでは無いんで……」
確かに仲は悪く無いし、お互い嫌ってる訳でも無い。
そもそも嫌い合っていたら、二人で京都なんかに来ない。
しかし、よく間違われるが……恋人同士では無い。
実に奇妙な関係だ。
テーブルの料理が無くなった。
まだ食べ足りない様子の小林は、妻の弘子に言った。
「弘子、何かとってきてやろうか?」
「ええ、そうね……もう少し貰おうかしら」
「よしっ!じゃあ、適当にとってきてやるよ」
そう言うと小林は立ち上がり、追加の料理をとりに行った。
小林が料理をとりに行くと、弘子は縁と桃子に謝罪した。
「すみません、朝食を無理に付き合わせちゃって……あの人、けっこう強引で……」
弘子の申し訳なさそうな表情を見て、縁は言った。
「いえ、気にしないで……」
桃子も言った。
「食事は大勢でした方が美味いし、何より楽しいからな…」
弘子は嬉しそうに言った。
「そう言って頂けると……ありがとうございます」
少しその場はしんみりしてしまった。
縁はしんみりした場の空気を変えようと、弘子に言った。
「弘子さん…装飾品が好きなんですか?」
「えっ?ええ……やっぱり目立ちますか?」
「まぁ、少し…」
弘子は笑顔で言った。
「ほとんどの装飾品にパワーストーンが付いてるの」
「パワーストーンですか……」
「私……おまじないとか、験担ぎが好きで…これ見て下さい」
そう言うと弘子は財布を取り出した。
ブランド物で二つ折になっている女性用の財布だ。
弘子は財布からターバン折をされている、一万円札を出した。
弘子が取り出した一万円の福沢諭吉は、きれいに頭をターバンで巻いているようだった。
縁は言った。
「これも、験担ぎで?」
「ええ……財布の中のお札は、全部こうして、1回折るの……おかげで財布の中のお札は全部しわくちゃだけど…」
弘子は少し照れ笑いをしている。
桃子は感心した。
「験担ぎか……私も何かするかな」
縁は言った。
「何のために?」
「決まってるだろ……小説のためだ」
そんな話をしていると、小林が戻ってきた。
弘子は慌てて財布を片付けた。
小林は弘子が財布を片付けたのに気付いた様子は無く、持ってきた料理をテーブルに置いた。
小林は席に着いた。
「話は盛り上がっていますか?」
縁は答えた。
「ええ、そこそこ……」
「今日のご予定は決まってますか?」
桃子が答えた。
「私たちは、予定は未定派でね……特に決まっていない」
小林は笑顔で言った。
「そうですか……では、良かったらこの後、ビリヤードでもどうですか?このホテル、ビリヤード場もあるんです。外も暑いですから……」
桃子は少し考えて言った。
「ふむ、面白い……では、ペアで対決はどうだろうか?」
「何を勝手に決めてんだ?」
小林は桃子の意見に乗った。
「いいですねぇ……勝負といきますか」
桃子はニヤリとした。
「私の腕前に驚くなよ……」
縁は言った。
「だから、何を勝手に決めてんだ」
「何だ、縁……嫌なのか?」
「嫌じゃないけど、あんたビリヤード出来ないだろ…」
桃子は得意気に言った。
「いつの話だ……私をだれだと思っている?」
小林は二人の様子を見て言った。
「何か問題が、ありましたか?」
桃子は言った。
「いや、問題ない……是非ともあいてになろう……」
「ほんとに大丈夫か?」
すると弘子が言った。
「あなた……午前は少し買い物がしたいわ」
それに縁が答えた。
「では、午後からにしませんか?昼食は各自で済ませて」
小林は言った。
「そうですね……うん、そうしましょう」
こうして昼食後にホテルのビリヤード場に集まる事に決まった。
集合時間は午後2時で、縁と桃子のペアと、小林夫妻のビリヤード対決をする事になった。
朝食を終えて、小林夫妻と別れた、縁と桃子は少し外を歩く事にした。
昨日に引き続き、今日も日差しが強く、暑い。
照り返しの強い歩道を歩きながら、縁は言った。
「桃子さん……大丈夫か?」
「何がだ?」
「ビリヤードだよ……」
桃子はニヤリとした。
「ふっ……安心しろ、考えがある」
「考え?…何それ?」
「それは見てのお楽しみだ」
縁の表情は不安そうだ。
「何をもったいぶってんだ…」
桃子は話を変えた。
「それにしても……間近で見ると、迫力があるな…」
桃子の視線の先には、京都タワーがあった。
京都タワーは駅を挟んで、ホテルとは反対側の位置だったが…それでも肉眼で確認するには、十分だった。
縁は言った。
「迫力はあるけど……なんか地味だよ」
桃子は呆れて言った。
「お前にはわからないか……あのシンプルさがいいんだ…。何とも言えない味がある……そもそもあの京都タワーは………」
「なぁ…桃子さん……暑いから、アイスでも食わね?」
縁は京都タワーに興味は無いようだ。
桃子は少し…しょんぼりした。
「そっ、そうだな……ショッピングモールが少し先にある。そこで食べよう……」
二人は少し歩き、ショッピングモールに着いた。
ショッピングモールはかなり大型で、人ももの凄く大勢いた。
二人はモールの入口にある、アイス専門店でソフトクリームを購入し、近くのベンチに日陰を選んで座った。
ソフトクリームを食べながら、二人は町行く人々を観察している。
「暑いのに…よく来るよな……」
縁は感心しつつ、予想外の人の多さに少し圧倒されている。
桃子は言った。
「しかし、東京に比べれば……人の多さはまだましだ」
「まぁ、そうだけど……ここも大概だぜ」
すると人混みの中に見覚えのあるカップルがモールに入って行った。
縁が言った。
「あっ……小林さん達だ」
「どこだ?」
桃子も縁の言葉に反応し、小林夫妻を探したが、すでに人混みの中へと消えて行った。
どうやら縁と桃子の存在に気が付かなかったようだ。
しばらくすると桃子は何かに気付いたようで、縁に言った。
「おいっ、縁…あれ、見てみろ」
桃子に促され、縁は桃子の視線の先を見た。
視線の先には、なにやら揉めている男女がいた。
桃子は楽しそうにそれを見ている。
「悪趣味だな……」
縁にそう言われても桃子は視線をそらそうとはしない。
「若いって良いな……」
しみじみ言う桃子に縁は言った。
「いや、あれ……絶対俺たちより年上だぜ…」
縁の言うように、その男女は小林夫妻と同じくらいの年齢っぽい。
男女は桃子だけではなくて、他の人々の視線も集めていた。
すると、女性の方が男性をビンタした。
「あちゃぁ……」
桃子は目を閉じた。
ビンタをした女性はそのまま走って行ってしまい、男性はたたずんでいた。
しばらくすると、男性も我に帰ったのか、女性の行った方向へ何事も無かったかのように、歩いて行った。
桃子はニヤニヤして言った。
「面白い物が見れたな」
「何言ってんだ……それより俺たちも戻ろうぜ…暑くてかなわん…」
面白い物が見れて満足したのか、桃子もホテルに戻るのに同意した。