④
桃子はニヤニヤしながら言った。
「縁は今晩予定は?…空いてるか?」
縁は嫌な予感がした。
「な、何だよ?…また俺を、訳のわからん古びた屋敷や、変な伝説がある田舎に連れて行くつもりじゃ…」
桃子は表情崩す事なく言った。
「その言いぐさは少し引っ掛かるが…まぁいい。そんな事より、今晩美味い物…食べたくないか?」
縁は桃子の言う『そんな事』で、これまで散々な目に合っている。しかし、今回はどうやら違うようだ。
縁は言った。
「何だよ?何か食わしてくれんの?」
桃子は満面の笑みだ。
「ああ、勿論だとも…。縁には日頃世話になってるからな、私の受賞記念も兼ねてディナーでもしようじゃないか」
店の奥から話を聞いている巧は呟いた。
「またか…」
巧が呟くように、桃子が縁を食事に誘ったり、何処かに招待する時は…たいてい何かある。
縁は頭も切れて、賢いが……縁はおそらく、今晩のディナーで頭がいっぱいだ。
案の定縁は言った。
「ディナーか…洋食?和食?それとも…中華?」
巷では天才だの、スーパー高校生だの言われているが、こういうところは、まだまだ子供だ。
桃子は言った。
「今晩…そうだな、7時に縁の家に迎えに行く。ディナーの場所は、『ホテルユリネ』の最上階のレストランだ」
縁は目を丸くした。
「何ぃっ?!ホテルユリネの最上階のレストランって…ま、まさか?!」
桃子はニヤリと言った。
「そうだ…『レストランジョア』だ」
縁は感動のあまり、言葉が出ない。
縁が感動するのも当然で、『レストランジョア』とは、多くの芸能人や著名人御用達の五ツ星レストランだ。
この町一番のホテルの最上階に位置し、出てくる料理は相当な値をはる、文句なしの高級レストランだ。
巧は呟いた。
「ますます怪しい…」
そんな巧の心配をよそに、縁は興奮している。
「桃子さんっ!スーツか?スーツでいいのか?」
縁の反応に満足した桃子は、笑顔で縁に言った。
「そうだ、高級レストランだからな…それ相応の格好でなければ、門前払いだ」
そう言うと桃子は立ち上がった。
「では、縁…7時に迎えに行くからな」
縁にそう言うと桃子は、縁の分も会計をすませ、喫茶店を出ていった。
巧は縁に言った。
「お前…また引っ掛かったな…」
縁には巧の言葉は耳に入っていないようだった。
「たっくん、どんな料理かなぁ…美味いんだろなぁ…。俺、行った事無いから…楽しみだよ…」
縁は今晩のディナーで頭がいっぱいだ。
巧は呟いた。
「ダメだ…こりゃ…」