①
……ある日の午後2時……
縁は近くのコンビニから自宅に帰るために、歩いていた。
相も変わらず、外は暑い………猛暑日で気温は30度を超えている。
この百合根町には、公園やグラウンド、川や小さな池などが多数あり、自然と接した町作りをコンセプトにしている。
自然が多いためか朝から蝉の鳴き声が、騒音のように鳴り響く……その蝉の騒音が暑さを余計に際立たせる。
縁は呟いた。
「暑い……干からびそうだ……」
コンビニで購入したアイスキャンディーを頬張りながら、縁は思わず呟いていた。
アスファルトから放たれる、陽射しの照り返しを耐えながら縁は歩いてる。
すると、大きな屋敷が見えてきた。
縁の住んでいる家だ。
縁の家は近所では有名な豪邸で、大きな豪邸に母と縁の二人で住んでいる。
家に近づくと正門の前に誰かが立っていた。
近づくにつれ、その人物の容姿や性別が確認できた。
「うん?あれは……確か……」
正門の前には縁と同い年くらいの女子が立っていた。
黒のロングヘアーを後ろで束ねており、ノースリーブの白いワンピースを着ている。
縁はその女子に声をかけた。
「やっぱり……雨家さんだ」
縁の声に気付き、縁に手を振るのは……縁のクラスメイトの雨家瑠璃だった。
瑠璃は言った。
「新井場君……よかった、ちょうど会えて……家が大きいからびっくりしちゃった」
瑠璃は縁の家の大きさに驚いていたようだ。
縁は言った。
「どうしたの?俺に何か?」
瑠璃は少し険しい表情になった。
「うん……ちょっと相談があって………聞いてくれる?」
縁は家に入ってゆっくりしたかったのだが、深刻そうなクラスメイトを放っておく訳にもいかない。だと言って家に連れ込む訳にも行かない。
縁がそうこう考えてると、瑠璃が言った。
「ここじゃ……あれだし……」
縁は言った。
「そうだね……場所変えよか?でも何処がいいか……」
瑠璃は言った。
「すぐ近くに喫茶店あったよね……確か『風の声』って言う……」
「えっ!風の声?……」
縁は少し戸惑った。
その様子を見て瑠璃は言った。
「えっ?都合悪い?」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「じゃあ、決定ねっ!行きましょっ!」
縁が相談に乗るとは、一言も言っていないのに、瑠璃は風の声に行く気満々だ。
縁は思った……嫌な予感がする……。
縁と瑠璃は少し歩いて喫茶店風の声に到着した。
縁は恐る恐るドアガラスから店の中を覗いた。
店内には客が一人も居らず、店主の巧が暇そうにテレビを見ていた。
縁がドアを開けると、巧は言った。
「いらっしゃい……って、何だ縁か……」
暇そうな巧に縁は言った。
「何だはないだろ、何だは……てか、相変わらず暇そうだな……」
「仕方ないだろ……時間的に……って、誰かと一緒か?」
巧は縁の後ろにいる瑠璃の存在に気付くと、カウンター席にに座るように、縁に言った。
「とりあえず入れよ……外は暑いから……」
巧に促され、縁と瑠璃はカウンター席に座った。
瑠璃が言った。
「新井場君の知り合いの店なの?」
「うん……まぁ……」
巧が言った。
「縁もすみに置けないなぁ……女の娘連れて来るなんて……」
「変な事事を言うなよ……たっくん、俺…アイスカフェオーレ……雨家さんは?」
「じゃあ、私も同じで……」
巧はニコニコしながら言った。
「は~い、少々お待ち下さ~い……」
アイスカフェオーレを待つ中……瑠璃が言った。
「それにしても新井場君の家って大きいねっ!お金持ちなんだ……」
「別に俺が金持ちな訳じゃ無いよ……俺のじいさん…祖父の家だから……」
縁がそう言うと、瑠璃の表情は曇った。
「そっか……おじいちゃんの……」
縁はさほど変わった事を言った覚えは無いが、瑠璃の表情を見て少し気にした。
「雨家さん?」
すると、巧がアイスカフェオーレを2つ持ってきた。
「ごゆっくり~」
縁は言った。
「とりあえず飲もうよ、冷たくて美味しいよ……」
瑠璃は黙って頷いた。
二人がアイスカフェオーレをのみ始めた時だった。
店の入口が開き、一人客が入ってきた。
「マスターっ!アイスカフェオーレとイチゴパフェを……ん?縁……」
縁はその聞き覚えのある声に耳を逸らした。縁の嫌な予感は的中した……客は桃子だった。
桃子は巧を手招きした。
「マスター、ちょっと……」
桃子に呼ばれて巧は言った。
「どしたの?先生……」
桃子は小声で話した。
「縁がいるじゃないか……」
「見ればわかるでしょ、それがどしたの?」
桃子は指を指した。
「あの娘は何だ?」
桃子の様子を見て、巧のいたずら心に火を着けた。
巧はニヤリとして言った。
「彼女なんじゃないの~」
桃子は目を見開いた。
「何だとっ!?」
巧と桃子のひそひそ話の様子を見て、縁は呟いた。
「何を言ってんだ?」
桃子は言った。
「縁のやつ……私に黙って、許せんっ!」
巧と話している桃子を見て、瑠璃は言った。
「すっごい綺麗な人だね……」
縁は知らんふりをした。
「そっ、そう?」
すると、桃子は縁と瑠璃の元へやって来た。
「縁、今日も暑いな……」
縁はとぼけたふりをした。
「あっ、桃子さん……来てたの……」
瑠璃は言った。
「新井場君……知り合いなの?」
桃子は口角を上げて言った。
「知り合いも何も……私と縁は誰よりも固い絆で結ばれている」
縁は呆れて言った。
「何を言ってんだ……」
瑠璃は呆気にとられている。
「そっ、そうですか……」
桃子は更に言った。
「ああ、そうだとも……互いに誰よりも理解し合っているのだ」
縁は頭を抱えた。
「はぁ~……」
桃子は縁の隣に座った。
「縁に用があるなら、手短にな……」
桃子が現れた事により、場の空気は奇妙な物になった。
縁は空気を変えるように言った。
「で、雨家さん……相談って?」
『相談』と言うフレーズに桃子は反応し、聞き耳をたてている。
瑠璃は口を開いた。
「私の……おじいちゃんの事なの……」
「おじいさんの?……」
瑠璃は言った。
「おじいちゃん……20年前に死んじゃったんだけど……」
「俺たちが生まれる前だな……」
「うん……そうなんだけど、実は……」
瑠璃は何故か煮えきらないでいる。縁は言った。
「実は……どうしたの?」
「おじいちゃん……殺されたの……」
瑠璃の衝撃的な言葉に、縁は少し戸惑った。
「殺されたって……」
「22年前におじいちゃんは、強盗に殺された事になってるの」
「事になってる?」
「うん……犯人捕まってないんだ……」
犯人がまだ捕まっていないとは、物騒な話だが……縁が言った。
「それで相談って?俺に犯人を探せって事?」
瑠璃は苦笑いをした。
「ううん……できたらそうしたいけど、そうじゃないの……これを見て」
瑠璃はハンドバッグから一枚の写真を出した。白黒の家族写真だろうか……。
写真の中央に椅子に腰を掛けた和服の女性、その左隣に着物姿の男性が立っており、その回りを子供が数人囲っている。
瑠璃は言った。
「おじいちゃんと、おばあちゃん……回りの子供は私のお母さんと、親戚の叔父さん叔母さんよ……」
瑠璃は縁に写真を手渡して言った。
「写真の裏を見てほしいの……」
縁は写真を裏返した。
何か書かれている。
『我道は茨なれど…我子孫には花道を歩かせる…』と、書かれた詩だった。
縁は言った。
「これは?」
「法事の時にこの写真を見つけて、お母さんに聞いたら……おじいちゃんが、殺された場所の机の上においてあったって……」
中々複雑そうな話に、縁は少し考えて言った。
「おじいさんの、真意が知りたいと?」
「うん……あの時いったい何があったのか……本当に強盗に殺されたのか……」
縁は言った。
「その言い分だと、警察の話に納得がいってないみたいだね」
瑠璃は言った。
「そう言う訳じゃ無いけど……変な感じがして……」
「変な感じ?」
「うん……確かに…部屋は荒らされていて、金品は無くなっていたんだけど……」
「けど?」
「密室だったの……」
聞き耳をたてていた、桃子が言った。
「密室……」
縁は冷たい視線を桃子に向けた。
「何をこそこそしてんだ……」
縁は思った。
確かに…普通の強盗なら部屋を密室にする必要は無いが……この相談を受けるのかどうか……。
すると、先程までこそこそしていた桃子が言った。
「縁……この依頼、受けるぞ」
縁は言った。
「何勝手に決めてんだよ……」
桃子は言った。
「亡き祖父を想う孫娘……健気ではないか……」
「あのなぁ……」
「そんな娘の想いに答えなければ……人で無しだ……」
「酷い言われようだな……」
「それに密室ときた……私の出番だ」
「どの口が言ってんだ……」
桃子は瑠璃に言った。
「君、名前は?」
いきなり名前を聞かれて、瑠璃は少し戸惑った。
「えっ?あ、雨家瑠璃です……」
「瑠璃か……良い名だ……君の相談は、この小笠原桃子と新井場縁が承ろう……」
縁は頭を抱えた。
その様子を見て巧は笑っている。
瑠璃の表情は明るくなった。
「ほんとですかっ!?ありがとうございますっ!」
縁は言った。
「あんた……また勝手に決めて……知らねぇぞ……」
桃子は言った。
「私と縁が組めば、こんな物は問題では無い……」
「はぁ……わかってねぇな……」
縁の心配をよそに、桃子は自信とやる気で道溢れていた。
縁は嫌な予感しかしなかった。




