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天才・新井場縁の災難  作者: 陽芹 孝介
第一章 古き善き都 京都
11/71

……午後5時……




事件が発生してから時間が随分経った。

事件の恐怖からはまだ誰も解放はされていない。

刑事に言われた通り、事件関係者はビリヤード場で待機している。

そんな時、ようやく刑事が戻ってきた。

川村刑事は縁を呼んだ。

「新井場さん……ちょっと……」

縁は川村刑事の元へ向かった。

桃子は縁を心配そうに見ている。

縁は言った。

「どうでしたか?刑事さん…」

川村刑事は頭をかいて、言った。

「あんさんの言う通りやったわ…」

「では……」

「鑑識が発見した数は……19個やった…」

縁は親指と人差し指で顎を摘まんだ。

「やはり……」

轟刑事は言った。

「ほんまに、これで犯人がわかったんか?」

「ええ……わかりましたよ…」

二人の刑事は顔を見合わせた。

縁は言った。

「後、確認ですが……目撃情報は?」

川村刑事は言った。

「まだや……」

「そうですか……」

そう言うと縁はビリヤード場にいる皆に言った。

「皆さん……犯人がわかりましたよ…」

縁の言葉に皆が反応した。

桃子が言った。

「わかったって……本当か?縁…」

「ああ……わかった……」

絵莉が言った。

「いったい誰なん?」

「それを今から説明します…」

縁は刑事二人を含めて、皆に話始めた。

「これは偶然起きた、強盗殺人未遂ではありません……小林弘子さんを狙った殺人未遂です…」

ホテル支配人の大塚が言った。

「どう言う事なんです?」

縁は言った。

「僕がまず最初に引っ掛かったのは2点……犯人は何故、現金だけを持ち去ったのか……高価なネックレスは持ち去らずに、現金だけを……」

轟刑事が言った。

「ネックレスは……足がつきやすいからや、ないのか?」

「その可能性も確かにあります……そして、もう一つ……何故、白昼堂々とこんな事をしたのか?」

二つ目については皆が黙ってしまった。

確かに縁の言うように、白昼堂々と強盗を行うのはリスクが高い……そんな事をするのは矛盾している。

縁はついては。

「それらの事から、僕は内部犯の可能性を考えました…」

川村刑事が言った。

「でもそれだけやったら、ちょっと弱いなぁ…」

「確かに確証を持つまでは至りません……しかし、目撃情報が今になっても出て来ないので……僕は確信しました、犯人はホテル内にいると…」

桃子が言った。

「どう言う事だ?」

縁は桃子に言った。

「だって…外には相当な数の人がいるんだぜ…誰も怪しい人間の存在に気が付かないはずがない…」

しかし川村が言った。

「儂らもそう思ったけど……しかし、内部の人間やないんや…」

縁は言った。

「硝煙反応が誰からも出なかった……」

川村刑事は驚いた様子で言った。

「何や……知っとったんか?」

「はい、随分前から…」

轟刑事が言った。

「でも君が、硝煙反応が出た人間が犯人やって、言うたんやぞ!」

「確かに……しかし、硝煙反応は出なかった。硝煙反応が出ない以上、犯人は外部犯……しかし、目撃情報は一切ない……明らかに矛盾しています……」

轟刑事が言った。

「何が言いたいんや?」

縁は言った。

「犯人は硝煙反応を消したんですよ…」

轟刑事は鼻で笑った。

「はんっ!アホか……拳銃を使ったら必ず硝煙反応は出るんや…」

「確かに……言われるように、トイレには微かに硝煙の臭いが残っていました」

轟刑事は憮然として言った。

「ほな、硝煙反応は出るはずやっ!」

「しかし、体に付着させなければ、硝煙反応は出ません。犯人はある方法を使って……硝煙反応が体に付かないようにしたんです」

川村刑事が言った。

「どうやったんや?」

「これを見て下さい……」

そう言うと縁はポケットからスマホを取りだし、少し操作した。

そして、縁は皆にスマホの画面を見せた。

そこにはトイレで撮った用具入れの写真があった。

縁は言った。

「用具入れに……掃除用のゴム手袋と、ビニールシートがありました」

絵莉が言った。

「それがどうしたん?」

縁は言った。

「僕は弘子さんを見て違和感を覚えました。撃たれていたのは、肩と腹部……殺す気なら頭を狙うはずですが……」

川村刑事は言った。

「確かにそうや……それに当たった箇所も離れてる……」

縁は説明した。

「からくりはこうです……犯人はビニールシートに腕が通るくらいの切り込みを入れ、ゴム手袋をした手で銃を持った…」

皆はいつの間にか縁の話を聞き入っている。

縁は続けた。

「そして、その手をビニールシートの切り込みから突き出し、弘子さんを撃った…」

轟刑事は言った。

「そうか……それやったら、硝煙はビニールシートに付いて、体には付かん…」

桃子も言った。

「ビニールシートで視界が遮られているから……正確に頭を狙えず、肩と腹部になったのか」

縁は言った。

「これで硝煙反応は何の意味も無くなりました……すぐに用具入れにある、ビニールとゴム手袋の硝煙反応を……」

「わかった」

轟刑事はそう言うと現場のトイレへ向かった。

川村刑事は鑑識に連絡した。

連絡を終えた川村刑事は縁に言った。

「ほな、犯人はだれや?」

縁は言った。

「犯人はゴム手袋とビニールシートを用意できる人物になります」

すると、轟刑事がトイレから戻ってきた。手にはビニールシートとゴム手袋があった。

縁は支配人の大塚に言った。

「支配人……あれはこのホテルの物で間違いないですか?」

大塚は目を凝らして言った。

「はい、ゴム手袋は…ハッキリしませんが、ビニールシートはこのホテルの物です……角に『ホテルB1』と記載されています。あれは、私が書いた物です……」

縁は言った。

「つまり、犯人は……あのビニールシートの存在を知っていた人間になります……そうですよね?」

縁はゆっくりと指を指して言った。

「バーテンの及川順矢さんっ!」

皆の視線は一気に順矢に集中した。

順矢は目を見開いている。

絵莉は言った。

「ウソやろ?……順ちゃんが?……ウソやろ?」

順矢は苦笑いで言った。

「ちょっ、ちょっと待ってや……俺が犯人やて?……勘弁してや…」

川村刑事は言った。

「あんさん……害者と知り合いやろ?」

順矢は激昂した。

「ふざけんなやっ!弘子の知り合いなだけで、犯人扱いかいっ!?」

絵莉も言った。

「そっ、そうや!それだけて順ちゃんが犯人て……あんた、適当な事言うとったら……許さんで!」

順矢は縁に言った。

「そうやっ!お前が言うとったんは、状況証拠やろ?決定的証拠があるんか!?」

縁は動じずに言った。

「ありますよ……そこに…」

縁は順矢のズボンの裾を指差した。

順矢は言った。

「はぁ?お前、何言うてんねん?」

「だからそこですよ、あなたのズボンの裾の折り目の中に……あるものが入っているはずですよ…」

順矢はしゃがんで裾を探りながら言った。

「はぁ?何やねん!こいつ………えっ?」

順矢は何かを発見した。

「これは…………」

川村刑事が言った。

「及川さん……見せてもらえますか?」

順矢は強く握っている手を、広げた……。

順矢の手のひらには、パワーストーンが1個乗っていた。

縁は言った。

「見ての通り、パワーストーンです」

桃子が言った。

「それは小林婦人がしていた…」

「ああ、そうだよ……弘子さんが着けていた、『ラピスラズリ』9月の誕生石だよ…」

川村刑事が言った。

「なるほど……害者のそばに落ちとった、球の内の一つか……それがバラバラになった時、床を跳ねてズボンの裾に入ったんか……」

絵莉が言った。

「順ちゃん…………」

順矢はこの期に及んで高笑いをした。

「あははははは……アホか…俺は弘子の知り合いやぞ、俺が弘子のパワーストーンを持ってて、それをたまたまズボンの裾に落としたんや…こんなもん証拠になるかっ……」

縁は言った。

「それはあり得ないんですよ……」

順矢の表情は強張った。

「何やと?」

「鑑識さんの話によると……現場にあったのは19個だったそうです…それと僕が持っている1個で球の数は20個……」

縁はハンカチにくるまっていた球を見せた。

順矢は言った。

「それが、どないしてん?」

「弘子さんは験担ぎや、おまじないを熱心にする人です……」

桃子が言った。

「そうか……数か…」

縁は口角を上げて言った。

「そう……桃子さんの言う通り、一般的にパワーストーンのブレスレットは球を整数7の3倍の21個を使います、バランスよくパワーストーンの効果を出すために……」

縁は続けた。

「つまり、験担ぎに執着のある弘子さんが20個という数を、使うわけがないっ!」

縁は畳み掛けた。

「よって、あなたの持っているそのラピスラズリが……弘子さんのブレスレットの21個目の球なんですよっ!」

順矢は顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちた。

縁は轟刑事に言った。

「轟刑事、店の奥を調べて下さい……まだ拳銃があるはずです…」

「よっ、よし!わかった……」

そう言うと轟刑事は店の奥へ向かった。

地面に手をついたまま順矢は言った。

「あの時……ブレスレットがバラバラにならんかったら……」

縁は言った。

「そうとは限りませんよ……あなたのズボンのからラピスラズリが出なかった場合は……違う証拠を示そうと思ってましたから…」

順矢は言った。

「違う……証拠?」

「お札ですよ……おそらくあなたは、強盗に見せかけるために、弘子さんの財布からお札を抜き取った。そして、それを自分の財布に隠しておく…」

「その通りや……」

縁は言った。

「しかし、そのお札には細工がしてある」

桃子が言った。

「ターバンか……」

「そう……お札には一枚一枚、ターバン折がされている……つまり、あなたの財布からしわくちゃのお札の指紋を調べれば…」

川村刑事が言った。

「小林弘子の指紋が出るわけかぁ…」

順矢は言った。

「はは……どっちにしろ、あかんかったか……いつから俺を怪しんでた?」

「トイレでゴム手袋とビニールシートを発見した時です……しかし、確証をもてたのはそれを見てからです」

順矢は言った。

「それ?」

縁は順矢の左手首を指した。

「ええ……その『モルガナイト』を…」

順矢は言った。

「そうかぁ……これかぁ……結局外せんかったなぁ……」

川村刑事は言った。

「動機はなんや?」

順矢は立ち上がって言った。

「しいて言うなら……このモルガナイトやなぁ……」

そして、順矢は犯行に至った経緯を話始めた。


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