⑤
血を流して倒れている弘子の元へ、縁は駆け寄った。
トイレの中に入った縁はすぐに異変に気付いた。
「うん?この臭い……」
縁はすぐさま弘子の脈を確認した。
すると、ようやく桃子と、小林もトイレ前に到着した。
桃子と小林は中の様子を見て、驚愕した。
桃子は目を見開いき、小林は叫んだ。
「ひ、弘子ぉーっ!」
「縁……これは?…」
桃子と小林がトイレに入ろうとすると、縁が大声で言った。
「入るなっ!」
縁の大声に桃子と小林は怯んだ。
縁は続けた。
「小林さんは、今すぐに救急車をっ!そして、桃子さんは警察を……それとホテルの出入口を封鎖するように、すぐにホテルの責任者にっ!」
「あ、ああ…わかった」
桃子はそう言うと、走ってこの場を去り、縁の指示通りにした。
小林は呆然として呟いてる。
「弘子…弘子………弘子…」
縁は言った。
「小林さんっ!弘子さんはまだ生きているっ!しっかりしてくれっ!」
縁の声に我に帰ったのか、小林は慌てて携帯で救急車を呼んだ。
弘子は左の腹部と右肩から血を流している。
縁は自分の着ていたシャツを破り、それを肩にくくりつけて、肩の止血をした。
腹部は残りのシャツを傷口に押さえつけて、懸命に止血をしている。
出血量からして、2箇所とも動脈を傷つている訳では無さそうだか、放っておくと危ない。
止血していると、縁は何かに気付いた。
「ん?ブレスレットが一つしか無い……」
縁の言うように弘子の手首にはブレスレットが一つだけあった。
弘子は確かにブレスレットを3つしていたはずだ。
しばらくすると救急車が到着し、救急隊員に担架で運ばれて行った。
小林もその後を追った。
縁は言った。
「後は医者に任せるしかないな…」
そう言った縁の姿は血まみれだった。
縁はトイレから出ようとすると、足元に財布が落ちているのに、気付いた。
縁はその財布を、指紋が付かないように、ハンカチを使って拾った……弘子の財布だ。
「現金が抜き取られている……」
縁が言うように、財布の中身はカード類を残して、お札だけが抜き取られていた。
縁はその場に財布を置き、トイレを出た。
縁はトイレの入口の隅で震えている、女性客に聞いた。
「トイレには入りましたか?」
女性客は黙って首を横に振った。
すると、桃子が戻って来た。
「縁っ!小林婦人は?」
「今、救急車で運ばれたよ……」
「そうか……まだ生きているのだな…」
桃子は少しほっとした表情だ。
縁は言った。
「これだけの騒ぎなのに……あまり野次馬がいないな…」
桃子は言った。
「責任者に頼んで、野次馬対策をしてもらった。で……何かわかったか?」
縁は言った。
「その話は警察が来てからするよ……」
数分後、地元の警察がようやく到着した。
現場に到着した警察はさっそく、現場検証のために、鑑識がトイレに入った。
すると、鑑識ではない二人のスーツ姿の刑事が、縁たちに聞き込みをした。
二人いる刑事の内の一人が言った。
「京都府警の轟です」
轟刑事は背が高く、肩幅も広い……黒のスーツを羽織っているが、無精髭のせいで、清潔感はあまりない。年齢は30代後半といったところだ。
すると、もう一人の刑事も言った。
「京都府警の川村です……よろしゅう…」
川村刑事は腰が低そうな人物で、見た目は定年前の刑事と、いった感じだ。
轟刑事が言った。
「現場を検証したが、財布の中身が空でしたわ……物取りの線が濃いかも…」
川村刑事は轟刑事の言葉に黙って頷いている。
縁は言った。
「決めつけは良くないですよ……確かに財布の中身は空でしたが、弘子さんは高価なネックレス等も身に付けていました。物取りなら、何故それを残すのですか?」
二人の刑事は縁の言葉に呆気にとられている。
縁は続けた。
「それに、時刻はまだ午後3時……こんな時間に強盗なんてしますか?」
轟刑事は憮然とした表情で言った。
「何や君は?子供が何を……」
縁は続けた。
「ホテルの責任者に頼んで、ホテルの出入口を封鎖しました……」
轟刑事は言った。
「何を勝手な……」
「すぐに硝煙反応をとって下さい……」
川村刑事は縁に聞いた。
「それは病院から聞いて、犯人が銃を所持してるのは知ってるけど……」
「俺が、トイレに入った時に微かに硝煙の臭いがしました……犯人が内部の人間の場合、硝煙反応が出る可能性があります…」
轟刑事は興奮気味に言った。
「そんなん、君に言われんでもわかってるわっ!」
川村刑事は轟刑事に言った。
「まぁまぁ、川村……それにしても君…何者や?」
すると、桃子が言った。
「ふふふ…凄いだろ?うちの縁は」
川村刑事は言った。
「何や?あんた……」
桃子は偉ぶって言った。
「私か?私は天才推理作家の小笠原桃子だ……そして、彼がその助手の新井場縁だ」
縁は頭を抱えた。
「自分で天才って言うなよ……それに、俺はいつからあんたの助手になったんだ?」
桃子を見て川村刑事は言った。
「そう言えば……あんたの事、最近テレビで見たわ…」
しかし、轟刑事は鼻で笑った。
「ふんっ……小説と実際の事件は違うぞ…」
桃子は激昂した。
「何だと!貴様……私たちはこれまで数多くの事件を解決してきたんだぞっ!」
縁は桃子を抑えた。
「まぁまぁ、桃子さん……。それより刑事さん、とにかく硝煙反応を……銃声が聞こえなかったので、おそらくサイレンサー付きの銃でしょう……。因みに僕には硝煙反応が出るかもしれません、トイレに入って弘子さんを応急処置していたので」
川村刑事が言った。
「すると、君以外の人間から硝煙反応が出たら、容疑者の可能性が高いわけやな…」
縁は言った。
「はい…しかし、外部犯の可能性も捨てきれませんので、付近に厳重警戒を…」
轟刑事が言った。
「また…勝手な事を……君に言われんでもわかってるわ……」
縁は言った。
「それと……川村刑事…」
「何や?……」
「着替えたいのですが……」
川村は血まみれの縁を見て言った。
「ああ…かまへん、着替えてきぃ……その代わりすぐに戻ってきてや…」
「ええ、もちろんです…」
そう言うと縁は自分の部屋に戻った。
部屋に戻った縁は色々考えた。
「おそらく内部犯だな……どう考えても白昼堂々、強盗するのは……おかしい」
縁は着替え終わり、現場に向かった。
「しかし、いったい何故弘子さんが?……気になるのはバー店の順ちゃんと呼ばれる男……弘子さんの知り合いのようだが…」
縁が現場に戻ると、事件の関係者らしき者たちがいた。
バーテンダーに、バーテンダーを平手打ちした女性客……それに、桃子に……スーツ姿の年配の男性がいる。
おそらくは……ホテルの責任者か……。
縁に気付いた桃子は手を振った。
「縁…こっちだ……」
縁は桃子の隣に行った。
轟刑事が言った。
「では一人づつ伺います…まずはあなた名前と年齢は?」
バー店は轟刑事に聞かれて少し動揺しながら答えた。
「及川順矢27歳……このホテルのビリヤードバーの従業員です」
「あんた、被害者と知り合いのようですねぇ」
「はい、大学時代の友人ですけど…」
「なるほど……あの時間は何処に?」
「店の奥で夜の仕込みをしていました……」
轟刑事は手帳にメモをしている。
轟刑事は女性客に言った。
「では、次はあんた……第一発見者の…」
女性客は言った。
「中村絵莉、24歳……」
「このビリヤード場に何をしに?」
絵莉は激昂した。
「はぁ?私を疑ってんの?」
川村刑事がフォローした。
「すんませんなぁ……一応決まりなんで、気ぃ悪ぅせんといて下さい。あんさんからは硝煙反応は出んかったから……犯人やないと思うけど、一応な……」
絵莉は表情は不機嫌そうだが、仕方なく答えた。
「そこのバーテンの順ちゃんに会いに来たんや……でも順ちゃん、カウンターに出できてくれんから……」
轟刑事が言った。
「それで?」
「トイレに行ってから、帰ろうとしたら……女の人が倒れてたから、思わず悲鳴をあげたん……」
現場の状況を思い出したのか……絵莉の表情は怒りから、恐怖に変わっていった。
轟は納得したのか、次の人物に話をした。
「次は……あんたや…名前と年齢は?」
話を振られたのは、スーツ姿の年配の男性だ。
「はい…大塚真五と申します……年は60歳です…」
「あんたは……このホテルの支配人ですね…」
「はい、私はずっと支配人室にいたんですが、そこの女性に言われて……ホテルの出入口を封鎖していました」
大塚は桃子を見ると、刑事たちもなっとくしたようだった。
「以上か……」
轟刑事がそう言うと、桃子が言った。
「私たちは、いいのか?」
轟刑事は言った。
「あんたらはもうええ……さっき聞いた」
桃子は少し残念そうにした。
そして川村刑事が言った。
「それでは、申し訳ないですが……しばらくこの場で待機しといて下さい…」
そう言うと二人の刑事は現場を離れた。
すると、支配人の大塚は言った。
「どうしてこんな事に……」
みんなの表情はそれぞれ暗い。当然だ、今さっきこの場所で強盗事件が発生したのだから。
縁は現場であるトイレに行った。
それを見て桃子も後を追う。
「待て、縁……私も行くぞ…」
縁はトイレの入口でトイレを見渡した。
入口から見て個室の部屋が4つに用具入れが一つ、対面に大きな長方形の鏡があり、前に椅子が4つある。
中央には、弘子の血痕が生々しく残っていた。
桃子が言った。
「婦人は無事だろうか?」
縁は言った。
「肩の弾丸は貫通していたが……腹部は貫通していなかったから、おそらく体内に残っている……」
「大丈夫なのか?」
「出来るだけの事はしたよ……後は祈るだけだ…」
桃子は寂しそうに言った。
「そうか……無事だといいがな…」
「それより桃子さん、どう思う?」
「どうって?」
「犯人だよ……強盗だと思うか?」
桃子は表情を険しくした。
「今のところは、何とも言えないな…」
縁は言った。
「おそらく警察は、ホテルに残っている他の人間の硝煙反応を調べているだろうけど……ここにいる人間はどうだった?」
桃子は言った。
「私も含めて硝煙反応はでなかったよ…」
「だろうね……だとしたら、絵莉って人は白だよ…」
「何故だ?」
「第一発見者の彼女が犯人だったら硝煙反応はでるよ……それを確かめるために、トイレに誰も入れなかったんだから…」
「なるほど……」
感心している桃子をよそに、縁はトイレを調べ始めた。
縁は用具入れを開けた。
中は整頓されている様子はなく、ゴチャゴチャしている。
中を見て縁は何かを見つけた。
「これは?……ふっ、なるほど……」
縁はそれらをスマホのカメラに納めた。
次に縁は血痕が広がっている箇所を調べた。
桃子は血痕を見て少し立ちくらみをしている。それ程に弘子の出血量が多かったのが伺える。
「何か手がかりは……ん?これは……」
縁はハンカチを使いそれを拾った。
「パワーストーン……」
縁は青く輝くパワーストーンをハンカチにくるんで、保管した。
縁と桃子はトイレを出た。
縁はそのまま絵莉の元へ向かった。
「あの、少しいいですか?……」
絵莉は縁に言った。
「ああ……男前のお兄さんか……何や?」
「あの時、バーテンさんを平手打ちした理由はなんですか?」
絵莉は苦笑して言った。
「何や……刑事みたいやなぁ……まぁええわ」
絵莉は話出した。
「私な…順ちゃんと付き合っててん……」
どうやら恋人同士だったようだ。
「せやねんけど……忘れられへん女がいるから、別れてくれって言ったんや…」
桃子が言った。
「浮気か?」
「ううん……そやない……その女が久しぶりに京都に来たから、気持ち伝える言うて…」
縁が言った。
「それでモールの前で……」
「そう…あの時は興奮して、平手かましたけど……やっぱり私順ちゃんが好きやから、謝って考え直してもらおうと思って…」
桃子が言った。
「それでここに来たのか……」
「そうや……でも、あかんな…。順ちゃんのあの顔見てたら、順ちゃんの忘れられん女って、あの撃たれた人やろ?」
桃子が言った。
「よくわかったな……」
「そらわかるわぁ……私はずっと順ちゃんを見てきたんや…」
順矢をずっと追っていたからこそ、絵莉は言えるのだ。
順矢は弘子の事が好きだと。
絵莉は順矢の事が好きだからこそ、順矢の好きな人がわかってしまう……絵莉からすれば、やりきれないだろう。
……30分経過……
桃子はビリヤード台に腰をかけて、ボールを転がしたりして遊んでいた。
他の3人も時間をもて余している感じだった。
縁は順矢の様子を見ていた。
「惚れた女か……」
惚れた女は既に、他の男の妻になっている。ドラマなどでよくある話だが……。
その時だった、順矢が髪をかき上げた時にそれが見えた。
「あれって……」
その時桃子が誤って、ボールを床に落としてしまった。
ボールはコンクリートの床を、コーンという音を鳴らして跳ねた。
それを見て縁は言った。
「そうか……」
そう言うと縁は勢いよく走り出した。
縁が走った先はビリヤード場出入口で、縁が出ようとした時に、戻ってきた二人の刑事と遭遇した。
縁は言った。
「あっ!刑事さんたち……」
川村刑事が言った。
「ん?どうしたんや?」
「目撃証言はありましたか?」
轟刑事が言った。
「君には関係ないやろっ!」
川村刑事は轟刑事を抑えた。
「まぁまぁ轟……ええやないか…。残念ながら今のところは……あらへんなぁ…」
「やっぱりそうですか……少しお願いが?」
「何や?…」
縁は川村刑事に頼み事を言った。
それを聞いた轟刑事は激昂した。
「何やとっ!?何でそんな事をせなあかんねんっ!」
縁は言った。
「大事な事です…鑑識に聞いたらすぐにわかるでしょ?」
轟刑事はさらに怒った。
「そんな事を言うてるんやないっ!何で、それを君に指図されな…いかんのやっ!」
川村刑事はまたもや轟刑事を抑えた。
「まぁ落ち着け……。確かに君の言う通り簡単やけど、それでほんまに犯人がわかるんか?」
縁は言った。
「ええ……」
川村刑事は言った。
「よしっ!わかったっ!儂が聞いたる……ちょっとすまんけど、引き続きこの場で待機しとってくれ」
轟刑事は言った。
「いいんですか?川村さん……」
「かまへん……事件が解決するんやったら…何でもええやないか…」
川村刑事がそう言うと、轟刑事は仕方なさそうに従った。
縁は桃子のところへ戻った。
桃子が言った。
「いったいどうしたんだ?縁……」
縁は言った。
「これで………」
「ピースは揃った……」




