ハジマーリ 7
ハジマーリでの話はこれでおしまいです。次回はひと月後くらいに更新できると思います。
「これで終わりか」
マホちゃんが意識を取り戻した。
ウォーウルフはまとめて食料になった。
旅の仲間が三人揃った。
当初の目的は果たされたと言えるだろう。
だがこれで一件落着させてはいけない。
「あっちを何とかしないとな」
壇上の戦いは終わった。
しかし広場の戦いはまだ続いている。
村人同士の戦いである。
あれをどうにかしないとすっきりしない。
「カクさん。あれはどうしようもないの?」
カクさんが首を縦に振った。
どうしたもんかね。
カクさんの呪い。
これをどうにかできれば晴れて一件落着だ。
少し考えてみるか。
有効範囲はカクさんの声が届く範囲。
意識の無い人間には効かない。
解呪は不可能。
これ、本当なのか?
情報源は全てカクさんだ。
あくまで主観での話でしかない。
ここはその外の世界。
何かヒントがあるんじゃないか。
例えばシン。
あの神様野郎、俺の世界が危なくなるから俺に力を与えるとか言っていた。
そもそも俺の世界の何とかさせたいのなら、俺に力を与えて終わりのはずだ。
じゃあなぜ俺は旅をしなくてはいけないんだ。
そこに何か意味があるはず。
三人。
異世界。
力。
境遇。
「…ふむ」
さっぱり分からん。
ただ何かあるのは間違いない。
勘がそう言っている。
「マホちゃん」
「むが?」
必死にウォーウルフに齧り付いていたマホちゃんが頬を目一杯に膨らませてながら反応した。
「魔法で村の人間の意識を奪う事は出来る?」
「相手が人間で、しかもこの規模は残念だけど無理ね。そんな芸当、普通の魔法使いに求めないでよ。効果が均一な魔法を同時に複数展開するなんて繊細な作業、普通の魔法使いには無理よ」
んぐんぐんぐ、と咀嚼して肉塊を呑み込んでから言った。
確かに。
そんな繊細な事は無理そうだもんな。
仕方ない。
気は進まないが、俺が何とかする以外に方法は無さそうだ。
「カクさん。マホちゃん。そこの三人を壇の下に集めて」
「何をするのよ。危ないじゃない」
「まあ良いからさ」
そう言って白目を剥いた村長と意識の無いスローンとハナさんを台から降ろしてもらう。
「さて、どうしようか」
ダメで元々。
失敗してもしょうがない。
それでも敢えて考えよう。
要するに寝ている相手には効果が無いって事だろ。
それは聞こえなければ問題が無いという事か。
いや。
寝ていると言っても外界の刺激は常に受けている。
声は届いているはずだ
条件はそうじゃない。
聞いたという認識が発動条件か。
そこを消してやれば良い。
聞いたという認識を消す。
記憶を消せば良いのか。
丁度良い魔法思い付いた。
ああ。
でもこれは嫌だな。
やりたくないな。
でも思い付いちゃったもんな。
これ以外に方法なんか無いよな。
…。
やるか。
「じゃあ行きます」
ああ。
嫌だな。
本当に気が進まない。
でもやんないとな。
溜息。
覚悟を決めて魔法を発動させる。
「ノミカイゴ!」
強制的に対象を二日酔い、そして健忘症にしてしまう魔法。
恐ろしい能力だが、真に恐ろしい所は別な所にある。
「何これ! くっさ!」
そう。
この魔法にかかった人間は酒臭くなるのだ。
そりゃあ飲み会後だしね。
村人全員にこの魔法をかけると必然的に村中が酒臭くなる。
予想はしたが、これは酷い。
思わず吐きそうになる臭いだ。
「我ながら恐ろしい魔法を思い付いたものだ」
「うるさい! しょうもないにも程があるわ! 何とかならないの?」
「無理。だってこれはそういう魔法だから。アルデヒドが分解されれば臭いも治まる」
「うええ。じゃあ早く出発しましょうよ。ここにはもう用もないんだし」
「そうすっか」
カクさんに視線を送るとカクさんはただ頷くだけだった。
そこから何かを読みとる事は出来ない。
「気に病むなよ」
カクさんはやはり頷くだけだった。
ただ、文句を言うように小突かれた。
痛かった。
俺達は宿に置いてあった荷物を取ってからすぐに旅を始める事にした。
俺がこの村にやって来た時に使った門から村を出る。
相変わらず長閑な風景が広がっている。
歩いてしばらくすると風が吹いた。
そよ風ほどのものだが、それによって草が揺られ、青い匂いが鼻孔をくすぐる。
何も知らないのであればとても居心地が良い。
ただ、あの村の真の顔を知った後だとあまりぞっとしない。
スローンは、あるいはゴンベエは何を思ってウォーウルフを使って盗賊のような事をしていたのか。
生ぬるい世界に浸っていた俺にはどうも実感が沸かない事ではある。
想像するに、答えはきっと生きるためだ。
自分達が生きるために他の何かを犠牲にしてきたのだろう。
その中で生きてきた彼らにとってこの場所はどういった意味を持っていたんだろう。
この風景は罪悪感で打ちのめされた心を慰めるためのものだったのだろうか。
振り返って村の方を見る。
遠くから見ると何の変哲も無い場所だ。
あるいはもしかしたら…。
止めだ止めだ。
「まあ、俺には関係の無い事さ」
そうとも。
何も関係ないのさ。
所詮、俺は旅人。
一時、身体を休めるためにあそこを立ち寄ったに過ぎない。
それにこんな事、どこにいたとしても少なからずある事だ。
よく見れば分かる。
それを知らないのはただそれを見ようとしていないだけ。
「ああっ!」
マホちゃんが何かを思い出したかのように素っ頓狂な声を上げた。
「どうした?」
本当にどうしたんだよ。
せっかくおセンチになっていたのに。
雰囲気ぶち壊しだよ。
「どうしたじゃないわよ。ローブよローブ! 置いてきちゃったじゃない!」
「ああ。そう言えば」
小屋から取ってくんの忘れたや。
「知ってるの? 教えて!」
ウォーウルフが飼われていた小屋に会った事を教えるとマホちゃんはそのまま村の方へ引き返して行った。
「うわぁ。めっちゃ速い」
俺も一緒に行った方が良いよな。
二日酔いにさせているとは言え、スローンなんかそんなのお構いなしな気がする。
マホちゃんなんか野兎みたいに瞬殺されるに違いない。
「あれ? カクさんどうしたよ」
カクさんは何か気掛かりがあるような顔をしてマホちゃんが走って行った方を見ていた。
「俺も忘れ物」
「あ、もしかしてあの球?」
そう言えばあれも宿の裏に置きっぱなしだった。
「ああ。あれも機竜だ。便利だが、厄介な事に回収しないと再利用できない」
「じゃあ行ってきなよ。マホちゃんが心配だし、代わりにあの子を見ていてやってくれ。俺はここで待ってるからさ」
「そうか」
そう言うとカクさんも物凄い速さで村の方へ行った。
「留守番か」
この調子だと、合流するまで二十分くらいかな。
「よし。寝よう」
疲れた。
良い感じに木陰が出来ている場所を見つけたのでそこへ行って横になる。
目を瞑る。
さらさらと風に揺られる草の音が良い子守唄になる。
地面がほんのりと温かく、寝るにはうってつけだった。
意識がどんどん底に沈んでいく。
生まれて初めての戦闘。
そりゃあ疲れるか。
すぐに思考が鈍くなり、言語化できなくなる。
全身を微睡が包み込んだ。
意識と言うものを認識できるようになると薄く暗い霧が一面に広がっていた。
夢だ。
「そう夢だ。しかし、夢でないとも言える」
聞き覚えのある台詞。
「またお前か」
シン。
俺達三人をこの世界に送り込んだ張本人。
「良かったじゃないか。無事に共に旅をする仲間を見つけられて。後は無事に俺の所まで来る事が出来れば、その時には元の世界に帰してあげよう」
「話を聞いてもらおう」
この前はこいつが話してばかりだった。
今度はこっちの番と行かせてもらおう。
聞きたい事がいくつもあるんだ。
「時間は少しならある。良いよ。聞きたい事があるのなら聞いてごらん」
「なぜ俺達三人なんだ?」
「というと?」
「なぜこの組み合わせなのかという事だ。そもそも俺がこうやって旅をしなくてはいけない理由は何だ」
「そう言う事か。でもそれについては君自身、何かしら答えに辿り着いているのだろう」
「そうだな」
俺。
マホちゃん。
カクさん。
皆、何かしら事情を抱えているんだ。
俺はこれから来る世界の危機に立ち向かうために力を与えられた。
だから俺にとってのこの旅は得た力を自分の物にするためのものだ。
正直、なぜ俺が、という疑問は残るが、それを考え出したらキリがない。
こんな風な事情がマホちゃんやカクさんにもあるに違いない。
マホちゃんは分からない。
カクさんは力を得ると同時に受けた呪いを何とかするための旅であるはずだ。
「ただ、俺はお前自身の口から聞きたい」
「じゃあ俺はこう答えないといけない。俺の居城まで来る事だ。その時、全てをつまびらかにしよう」
要するに何も答える気が無いって事じゃないか。
「まあそう言うな」
「言ってねーし。思っただけだし」
「他にも聞きたい事があるのだろう?」
「そうだな。ハジマーリについてだ」
「ああ。あの村ね」
「なぜ俺達三人をあそこに集めた? あの村をどうにかしたかったのか?」
「いや、偶然じゃないかな。特に思惑があった訳ではないと思うよ」
どうだか。
こいつの言う事は信用ならん。
「お前はどうしようもない犯罪まがいの事をして村を発展させようとするハジマーリをどうにかしたかった。こういう仮定を置こう。そこに丁度良くこの世界を旅する三人が現れた。今、お前は世界の神だ。何でも出来る。この時、神の力を振るうとして、この三人にはどんな方法を用いて村をどうさせるんだ?」
「ああ。仮定の話は良いね。それはあくまで仮定であって真実じゃない」
「その通りだ。その仮定の話に乗って答えてくれよ」
「その仮定に従うのなら、旅の三人には何とかして村の人間にその犯罪まがいの事を出来なくさせて欲しいと思うかな。しかも村での生活が続けられる範囲で片を付けて欲しい」
「そうか。そう思ってくれるのなら、良かった。まあこれからは好き勝手にやらせてもらうけどさ」
「それで良い」
「じゃあ次。変身」
装備を展開させた。
「おお。何だ。出るじゃん」
「次に聞きたい事はその装備の事?」
「違う違う」
鞘から剣を抜き、構える。
「今すぐ俺を元の世界に帰してくんない?」
そう言って、シンに斬り掛かる。
「おい! ちょっと!」
流石のシンも慌てた様子だ。
薙ぐように剣を振るう。
しかし剣はシンを捉える事は無かった。
シンは想像しているよりも俊敏な動きをして俺の攻撃を避けた。
「いきなり切り掛かるなんてあり得ないだろ!」
それが素なのか、少し乱暴な口調で俺を諌めた。
「うるさい! いきなりこんな異世界とか訳の分からない場所に飛ばしやがって。それこそあり得ないだろ!」
溜りに溜った不満をぶちまけながらシンに攻撃を続ける。
「俺は元いた世界にいたいの! あのぬるま湯な感じが好きなの! 俺の世界に危機が迫ってる? 俺に力を与えた? じゃあそれで良いだろ。別に俺をこんな場所まで飛ばすなや!」
何度剣を振るってもシンの身体に届く事は無かった。
スローンとは違う。
スローンは分厚い壁みたいなものがあった。
対してシンは薄い紙切れに斬り掛かっているみたいな感触。
ぬらりくらりと躱される。
腹が立つタイプだ。
ふざけた事をする割にはかなりの実力者だ。
「リバウンド!」
「おっと…」
身体の動きが鈍くなった所に素早く斬りこむ。
「面倒だな」
シンが悪態を吐き、手をこちらにかざした。
次の瞬間、持てないくらいに剣が重くなった。
思わず剣を手放す。
「危ないだろ! 流石の俺でも死ぬぞ!」
「じゃあ俺を元いた世界に帰してもらえませんかね。ダイエット」
即座に魔法で剣を元の重さに戻し、それを掴む。
しかし次の瞬間にはシンが再び剣の重量を増やした。
「…」
よほど俺に剣を握らせたくないらしい。
「だから俺の所まで来たら帰してやるって」
「今が良い」
「それは無理」
「何でだよ」
「今、お前を帰すと別な世界が崩壊する」
「それが何だよ。俺には関係ない」
「俺には関係がある。それにその余波でお前がいる世界も崩壊する」
「は?」
「そういうものなの。世界っていうのは」
何それ。
いや、待て。
こいつが嘘を吐いている可能性もある。
「それが本当であると言う証拠は?」
「世界を壊して確かめるか? 俺にとってお前は重要だ。お前を殺す事だけはしない。だからお前がどうしてもと言うのなら、元の世界に帰してやろう。ただそこでお前は自分の世界の崩壊を見る。全て壊れるぞ。何もかもだ。ただ俺はお前を殺させやしない。だから世界の崩壊が始まったら俺はすぐにお前をこっちに連れてくる。それで良いか?」
「ぐぬぬ」
「そしたらお前はこの先ずっとこの世界にいてもらう。どれだけ転生しても、どれだけ長い時間を過ごしてもこの世界から出さない。それで良いなら帰してやるよ」
「悪魔の証明まがいの事を言うな。くそっ」
分かったよ。
降参だ。
そう脅されては何も出来ない。
どうやら俺はこのまま旅を続けるしかないらしい。
覚えていろよ。
こいつの望まない事をしながらこいつの所まで行ってやる。
「分かれば良いんだ」
「本当に腹の立つ奴だな」
「神だからな。今回はここまで。それじゃあ、また会おう」
俺はもうお前には会いたくないよ。
少しずつ霧が深くなる。
やがて何も見えなくなるのと同時にどこからか声が聞こえてくる。
始めは意識しなければ聞こえないくらいの声はどんどんその音量を増していく。
「勇者!」
重い瞼を開ける。
マホちゃんは俺の顔を覗き込むようにしながら頬をぺちぺちと叩いている。
「おはよう」
もう帰って来たのか。
もう少しゆっくり帰って来ても良かったのに。
いや。
もっと早く帰って来てくれればあの野郎と顔を突き合わせる事も無かったのか。
上体を起こし、伸びをする。
あれ?
「何か焦げ臭くない?」
「い、いや? 気のせいじゃない?」
マホちゃんは動揺している。
「いや、焦げ臭いって」
「そんな事ないわよ!」
ぺちん、とマホちゃんが俺の頬をはたいた。
何だ?
どうした?
何があった?
カクさんを見ると、カクさんはある方向を指差した。
その方を見ると雲が立ち込めている。
「?」
違うな。
煙だ。
しかも村の方じゃないか。
マホちゃんを見る。
「違うの。私のせいじゃないの。悪いのはあのおじさんなの。急に襲い掛かってきて、怖かったの」
スローンの奴、二日酔いでもやっぱり襲い掛かって来たか。
「でもそこの男が私を助けてくれたわ」
「それで何で煙が立ってんのさ」
「べ、別に咄嗟に魔法で村を焼き払うとか、そんな事ある訳ないじゃない」
あ、そう。
焼き払っちゃったの。
「ちょっと、笑わないでよ! 私だってやり過ぎだとは思ってるの。反省してるんだから」
これは良い。
例えば、どこか村とか街とかに寄る度に破壊活動して行ったらどうなるんだろう。
異世界の人間がシンの創った世界を壊して歩く。
シンの奴、どう思うかな。
あいつ、意外と俺達をすぐに元の世界に帰したくなるんじゃないか。
名案だ。
「よくやった」
「え?」
「いやいや。ナイスだよマホちゃん。次からもやっていこう。異世界焼き討ちツアーだ。くふふ。これは面白くなってきたぞ」
「…あんた、やっぱりクズね。本当に勇者な訳?」
「勇者が善行ばかりすると思ったら大間違いだよ」
決めた。
異世界焼き討ちツアーはともかくとして、目的地に着くまでとことんシンに嫌がらせをしていこう。
人をぬるま湯から大冒険の世界に飛ばしたんだ。
これくらいの報いは受けてもらおう。
起き上がり、尻に付いた草を落とす。
「よっしゃ。じゃあ行くか」
「ちょっと待って」
「ん?」
「この男、さっきからどれだけ話し掛けても返事もしないんだけど、どうなってんの?」
ああ。
「名前はカク。訳あって話せないんだ。通訳は俺がするから心配しないで。大丈夫、悪い奴じゃない」
「何それ」
「皆、それぞれ事情があるのさ。マホちゃんにも何かあるだろ?」
「まあ、そりゃあね?」
「なら良いじゃん。そこそこ長い旅になるんだ。お互いの事は道中で知って行こうぜ。それよりも早く次の村まで行こう」
シン。
俺達をこの世界に連れてきた事を後悔させてやる。
自分の行いが間違いだったって教えてやる。
首を洗って待ってろよ。
絶対、後悔させてやるかな。
「急に張り切るんじゃないわよ。あっ、ちょっと待ってってば!」
愉快な仲間との旅が今、始まった。
基本的に2~4週に1回程度更新したい。できるだけ定期的に更新したい。そんな感じです。
wordで書いたものをコピペしています。見づらい部分もあるかと思いますが、ご了承ください。