ハジマーリ 6
振り返るとスローンがいた。
いつもと変わらぬ調子で尋ねてくる中、両手に握られている大ぶりの包丁が異彩を放っている。
腰には更に長い包丁、いや剣がぶら下がっている。
その包丁は普段、家畜を捌くための物なのだろう。
随分と使い込まれているように見える。
しかし困った。
スローンの気配にカクさんが気付いた様子は無い。
手練れなのだろう。
「知ってるか? 人間って不味いらしいぜ。どうせ捌くならこのウォーウルフなんかどうだ?」
軽口を叩いてみてもスローンは眉一つ動かさなかった。
どうするべきか考えながらスローンと睨み合っていると、スローンの背後に人影がある事に気が付いた。
ハナさん。
それにマホちゃんもいる。
薬でも飲まされたのか、ぼんやりと立っているだけだ。
いつもの威勢がない。
トロンとした目つきをしたまま下を向いている。
そんなマホちゃんをハナさんが抱きかかえているような形だ。
彼女は意識の無いマホちゃんの首に手を当てている。
「やっぱりあんたもそうなのか」
今のハナさんに表情はない。
ただ虚ろな目をこちらに向けるのみだ。
「動かない方が良い。下手に動けばこの娘を捌く事になる」
そう言ってスローンは包丁をマホちゃんに向ける。
ハナさんの手に包丁が当たり、鮮やかな赤が一筋流れた。
俺は歯噛みをする事しか出来なかった。
どれだけ神に与えられた力を持っていても出来ない事はある。
マホちゃんを助けられない今の状況なんか、まさに良い例だ。
「ここでお前達を捌いてウォーウルフの餌にしても良いんだが、ゴンベエが広場まで連れて来いとうるさいんだ。大人しく来てもらう」
選択肢がない。
カクさんを見る。
首を横に振るとカクさんが頷いた。
今は従うほかない。
スローンが先導する形で連行される。
ハナさんが最後尾で俺とカクさんを監視していた。
捕虜の気持ちを味わいながら、村の中の広場までやって来た。
広場では村の人間が俺達を待っていた。
別にそんな風に待ってもらわなくても良かったのに。
これから祭りでもあるのか。
そんな軽口を叩きたくなった。
村人からすれば今から俺達の処刑と言う祭りが始まるのだ。
皮肉にも程がある。
人だかりの前に放り込まれる。
それに合わせて村人が輪を作る。
完全に囲まれた。
辺りを見渡す。
俺達を囲んでいる人間の手にはもれなく武器が握られている。
その様子を見ると、やっぱり村中がグルだったのだと知った。
ウォーウルフを飼って人を襲わせる。
人を襲って持ち物を奪う。
相手が相手なら捕まえてどこかに売り出す。
使えなくなったウォーウルフは解体して金にする。
そんな所か。
えげつない。
しかし、効率的な金の稼ぎ方とも言える。
将来の参考にさせてもらおう。
「しかし、初っ端から嫌な所に来ちまったな」
それもこれもシンが悪い。
あの野郎、元から俺達をここに集めるつもりだったな。
次に会ったらフルボッコだ。
「ユウさん」
人の輪の外。
演説壇のような少し高い所に村長がいた。
スローン親子と意識の無いマホちゃんもそこにいる。
「貴方は知り過ぎた」
村長は嘆き悲しむように言った。
「おいおい、何の事だ?」
隠すつもりは無かったが、とりあえずうそぶいてみた。
「この小娘の事ですよ」
「え?」
マホちゃん?
何の事?
何も知らないよ?
いや、マジで。
「貴方がやって来た日の事だ。村の者がこの娘を連れてきましてね。見た所、かなりの値が付きそうだ。これは稼げそうだとその日は喜んだものです。ああそうそう、何でも道端で気持ち良さそうに寝ていたのを連れてきたとか。あまりにも寝つきが良くて楽だったと言っていましたよ」
村長は面白そうに言った。
マホちゃん。
それは無防備すぎるよ。
「それに合わせるようにユウさん。貴方が来ました。それもウォーウルフを狩ったと言って。驚いた。ただの人間がウォーウルフを四頭も狩るなんて信じられない。ただ、その様子を見ていた者が言うには魔法の装備を持っていると言うじゃないか」
シンに与えられた装備の事だな。
神の装備だよ。
急に現れたり消えたりすれば魔法の装備に見えなくもないだろうけど。
「ピンと来た。高く売れると。だからウォーウルフが死んだ分の損失をその装備を頂いて補償してもらおう。そう思いました。だからその翌日、貴方をシンピノ森に行かせた。そこで村の者の手に掛かってもらおうと思った訳ですね。ただ、これも上手く行かなかった。この娘が我々の知らぬ内に脱走してシンピノ森に逃げ込んでいた。しかもそこで貴方達は意気投合をした。その上、商品として売ろうと考えていた娘が実は魔法使いだった事まで分かった。想定外も甚だしい」
あの戦闘が意気投合した風に見えるんだったら、お前らの目は節穴だな。
村長が思わせぶりに大きく溜息を吐く。
「ユウさん。貴方、森の事で嘘の報告をしましたね。私はね、恐ろしかったんですよ。貴方に私達がしてきた事がばれた上、売ろうとした魔法使いの娘と手を組んでしまったのだと知ってね」
「こんな目に遭うのなら嘘の報告なんかしなかったぜ」
これ、本音だからね。
そもそもあの時点では何も知らなかったんだ。
あの時の嘘がこんな大事になるなんて知っていたら、俺は迷わずマホちゃんを森を荒らした犯人にしたのに。
「ただ、これは逆にチャンスでもあった。魔法使いの娘、器量は良いし実力もある。商品としては一級品だ。貴方の装備も中々の値打ち物と見える。急を要するが、万事上手く行けば一攫千金。そう考えました」
「それでカクさんがやって来た所を見計らって俺達を分断したと」
「ええ。そこの大男の到来も想定外だったが、しかし作戦開始のチャンスでもあった」
「確かに。おかげで俺達は今、こうして捕まっている。マホちゃんもあんた達の手の中だ。作戦成功じゃないか」
「そう。これでようやくウォーウルフの損失が賄える」
村長が不敵に笑った。
「しかしながら貴方達も運が悪かった。だから最期はせめてもの餞別を差し上げます」
村長が手を叩くと、輪に亀裂が入った。
そこをハナさんが通る。
「村一番の美人にして猛者。彼女の手に掛かるのなら男としては本望でしょう」
ベッドの上で彼女の手に掛かるのなら本望なんだけどなぁ。
手取りナニとり介錯されるのなら最高だ。
ただ、こうやって文字通り介錯されるのは御免こうむりたい。
「カクさん」
声を掛けるとカクさんがこちらを見た。
「カクさんの声はどこまで届くの?」
カクさんは首を傾げた。
「眠った相手には届くの?」
カクさんが目を見開いた。
こちらのしたい事が伝わったようだ。
そして首を横に振った。
「そっか」
ハナさんは一歩、また一歩と確実にこちらとの距離を詰める。
そして俺達は対峙した。
「ハナさん。止めるなら今だ。今ならまだ間に合う。俺達をキレさせたらダメだ」
うーん。
悪役が言いそうな事をさらりと言ってしまったぞ。
もっと格好良く説得するつもりだったんだけど。
「ユウさんこそ、止めるなら今の内ですよ。最期くらい潔い方が男らしいと思います」
あれ?
それは普段は男らしくないって事かな?
「私は村のために生きています。土地を切り拓いて村をここまで村を大きくしたのはお父さんとゴンベエさん。あの人達のために生きると決めたの。悪い事だって事は知っています。でもお父さん達がやると言ったのなら、私はそれに従います」
ハナさんがカクさんを見つめた。
「それが例えお慕いする方をこの手に掛けるのであったとしても」
それは大層な決意だ。
「つまり俺達を殺すと?」
ハナさんは静かに頷いた。
この様子じゃ、何を言っても無駄なのだろう。
分かっていた事だけど、説得は失敗だ。
そもそも説得なんて形にすらなっていなかったけど。
好きな人を殺す。
辛い決断だ。
でも俺には分からない。
どれだけ辛くても苦しくてもやらなければならない事がある。
そう言って何かを成し遂げようとする人がいる。
綺麗だ。
美談だ。
でもそれは本当にする必要があるのか。
それが結果的に失敗に終わるとしたら尚の事。
楽して最終的に成功できるならそれで良いじゃないか。
苦しい思いをしなくて済むならそれで良いじゃないか。
辛いならいっその事、逃げてしまえば良いじゃないか。
「残念だけど、俺達が負けるビジョンが見えない」
どうあっても俺達が勝つ。
これはきっと確定事項だ。
「それは凄い」
「ハナさん。俺はね、楽して成功するならそれで良いと思うんだ」
「何の話をしているのですか」
「まあ聞けって」
そう。
聞いてくれ。
これからあんた達の生活を壊す男の話だ。
「苦しいなら逃げれば良いじゃないか。辛いなら目を逸らせばいいじゃないか。どれだけ頑張っても、一生かけても成功しない事もある。絶対に勝てない相手に戦いを挑む必要はない。俺達と戦わない代わりに村を守れるなら、好きな人間を殺そうとするくらいなら、ウォーウルフの四頭くらい安いもんだ。違うかい」
「この状況で随分と上から目線なのですね」
「だって俺達、勝つから」
「私、そういう上から目線の方って好きになれません。死んでその性格を直してきてください。そうすれば私、貴方と一緒になっても良いわ」
「そりゃあ残念だ」
カクさんに視線を送る。
カクさんは逡巡していた。
「良いんだよ。解き放ってやろうぜ。ハナさん、一目惚れだってよ。カクさんの呪いのせいじゃない。だから良いんだ」
そうじゃないんだよな、きっと。
あの時、俺とカクさんの会話をハナさんは聞いていたはずだ。
カクさんもそれは分かっている。
でも言うぜ。
きっと俺のこの気持ちもカクさんは分かっている。
それを承知で俺は言う。
他ならぬ俺達が生きるために。
「悪いけどさ、俺はここで死にたくはないんだ。俺達がやろうとする事は褒められる事じゃない。カクさんのしたくない事かもしれない。でも最悪じゃないはずだ。カクさん、あんた何のためにこの世界に来たんだ? そのためには苦しい事もしなくちゃ。やってみろよ。俺にも何か出来るかもしれない」
矛盾してるかい?
それでも良いじゃん。
俺みたいにシンから何か面倒くさい使命を押し付けられたんじゃないのか。
それに首を縦に振ったから今があるんじゃないのか。
カクさんが目を瞑った。
そして目を開ける。
目が合った。
これはやる男の目だ。
確かな意思が宿っていた。
「ハナさん」
「何ですか」
「悪いね。反撃と行かせてもらうぜ…変身」
装備を展開する。
立ち上がる。
俺達を囲む村人が殺気立った。
揃って武器を持ち上げられると怖いんだけど。
「ユウさん。この娘がどうなっても良いのかな」
余裕の表情で村長が悠然と言った。
「良いね。どうなっても」
村長の眉が露骨に歪んだ。
売りに出すんだろ。
だったらどうせ殺せないよな。
「さあカクさん。言ってくれや!」
カクさんは立つと一歩前に出た。
「俺の声を聞け!」
途端、村の女達の様子が変わった。
持ち上げた武器が力なく降ろされる。
様子を見て、男達が不審がった。
「俺に選ばれたくは近くの男を殺す事なく倒してみせろ!」
静寂。
次の瞬間、女達が声を上げた。
それから女達が近くにいる村の男に襲い掛かった。
次にカクさんはハナさん声を掛けていた。
「あの娘の拘束を解け」
ハナさん。
悪いね。
あんたの恋は叶わない。
そして俺達はその気持ちを利用させてもらう。
悪く思わないでよ。
こんな俺の気持ちなんてもう伝わらないのだろう。
ハナさんはとろんとした表情でカクさんを見つめる。
それから頷くと、すぐに行動を起こした。
ハナさんは壇の上まで一直線に駆け上がり、スローンに襲い掛かった。
状況が掴めていないスローンは味方であったはずのハナさんに攻撃され、咄嗟にマホちゃんを手放し防御に回った。
その隙にカクさんがマホちゃんを受け止める。
一瞬でこの距離を詰めるんだから、本当、化け物みたいな身体能力だ。
ハナさんやカクさんみたいに常人離れをした動きが出来ない俺はゆっくりと壇に近づいた。
「な、何をした」
村長に向き合うと、村長は余裕の表情を崩さない努力をしながらそう言った。
眉が引き攣っている。
狼狽してるのが丸分かりだって。
「別に何もしてないさ。ただカクさんってば男前だからさ、村の女が放っておかなかったんだろ」
「そんなはずは…。村の人間は皆スローンに教育されている、騎士団仕込みの戦士だ。そんな事、そんな事あり得ない!」
「おい、素が出てるぜ?」
そう言ってやると村長はもう取り繕う気もないのかあからさまに嫌そうな顔をした。
それにしてもスローンってば元騎士だったの?
そりゃあカクさんが気配に気付かないなんて事もあるかもしれない。
「後はマホちゃんが起きれば万々歳だな。さて、これまで世話になっていて悪いんだけど、あんたにはここでやられてもらう」
一歩、踏み出す。
相手は丸腰。
勝敗は決したも同然だ。
鞘から剣を抜く。
また一歩、距離を詰める。
間合いに入った。
振りかぶる。
切り掛かる。
しかし手に伝わったのは肉を切る柔らかい感触では無く堅い金属的な感触だった。
俺の剣をスローンの剣が受けていた。
スローンが押し返してくる。
数歩、後退。
「ゴンベエ。落ち着け。俺達がこの三人を倒せばまだ何とかなる。村人だって正気に戻るだろう。だからお前はあれをやれ」
「良いのか。折角…」
「早くしろ」
スローンの言葉を受けると、持っている杖を高く掲げてから村長が逃げ出した。
剣を構えながら村長の行方を見る。
その視線の先にハナさんが倒れていた。
「おいおい。殺したのかよ。実の娘だろ」
「いいや。実の娘でもなければ殺してもいない」
「あっそ。それで、俺達に勝つ気?」
「勝つともさ。そこの娘はゴンベエの魔法で眠っている。だから俺はお前とそこの大男を倒せば良い。腐っても騎士だ。流れの者に負けるほど落ちぶれちゃいない」
その言葉と共にスローンが向かってきた。
迎え撃つ。
相手は歴戦の戦士。
それもかなりの手練れだ。
ウォーウルフなんかとは比較にならない程強かった。
剣の一振りが早く、そして重い。
胸当てが頑丈さを上げる。
靴が俊敏さを上げる。
額当てが動体視力を上げる。
そんなアシストがあって初めてまともに戦えている状況だ。
神の装備が無ければとっくに死んでいる。
そのレベルの攻撃だった。
素人プラス神の装備。
これで得られる力しか持っていない俺ではスローンには勝てない。
早々に悟った。
出来るなら逃げ出したいがそれは出来なかった。
その隙を与えてくれなかった。
スローンの攻撃は激しさを増し、どんどん防戦一方に追いやられる。
後退。
スライド。
下がり過ぎるな。
壇から落ちるぞ。
スローンの攻撃を受ける。
受け続ける。
時折、大振りの攻撃が飛んでくる。
ヒヤリとしながらもそれを捌く。
そして反撃。
簡単にあしらわれた。
再びスローンの猛攻。
自分の立ち位置を僅かに変えながら耐えるのが精一杯だった。
そしてそのジリ貧の戦いも少しずつ戦況が変化する。
ヤバい。
疲れた。
いくら神の装備を身に纏おうとも基礎体力だけはどうにもならない。
足が鈍る。
腕が重い。
握力が無くなる。
そしてその時がやって来た。
スローンの猛攻に耐えられず、俺の手から剣が零れ落ちた。
「終わりだ!」
スローンが叫んだ。
ここだ。
「ダイエット!」
俺も負けずに叫んだ。
スローンの動きに異変が生じた。
剣の重みに負けたかのように振り上げた腕がスローンの意思とは無関係に後方へ大きく持って行かれたのだ。
ダイエット。
文字通り、相手の重量を減らす魔法だ。
スローンは急激な体重の減少に身体が追い付かず、剣を振れなくなった。
「カクさん! 交代!」
そして少しずつ自分の立ち位置を変えたおかげで今や俺の真後ろにいるカクさんに戦闘の交代を要求する。
カクさんが俺の前に躍り出た。
「スローン! 体重を返してやるよ。リバウンド!」
今度は重量を増加させる魔法を唱えた。
ダイエット。
リバウンド。
二つで一つの重量制御魔法だ。
俺との戦闘とは一転して、今度は急激な体重の増加で思うように身体を動かせなくなったスローンがカクさんの攻撃を何とか受けるという構図になった。
「スローンの事はカクさんに任せてマホちゃんを何とかしよう」
スローンは言っていた。
マホちゃんは村長の魔法で眠っていると。
だったら俺が取るべき手段は一つだ。
「マホちゃーん。朝ですよー」
俺は背中のマントを取り外し、マホちゃんに布団を掛けるようにマントを掛けた。
あらゆる魔法を防ぎ、効果を打ち消すこのマントを被せれば目を覚ますはずだ。
「ん…」
「流石は神の装備」
「もっとスライム食べなくちゃ!」
そんな一言と共にマホちゃんが目を覚ました。
「あ、勇者。おはよう。朝ご飯は? スライムまだある?」
自分が置かれている状況に無頓着すぎる。
「いや、うん。そうだね」
「あれ? 何ここ。外?」
「外だね」
「どうして外にいるの?」
ああ。
状況の説明するの面倒臭いな。
「簡単に言うとだね、マホちゃんは魔法で眠らされて、どこかに売りに出される寸前だったのを俺とカクさんが助け出したって訳さ」
俺の言葉を聞いたマホちゃんは数秒俺をじっと見つめ、それから驚きの表情が顔いっぱいに広がった。
「ああっ! 思い出した! そうよ、隕石を見に行って貴方が隕石の中にいた男を運び出そうとした時に意識が無くなったの! え、何? スライム食べ放題って夢だったの?」
マホちゃんはくそぅと悔しそうに歯噛みした。
悔しがるポイントはそこか。
迂闊に魔法に掛かった事が悔しんじゃないのか。
この子、本当に魔法使いなのか。
「スライムなら旅が終わるまでに飽きるほど食べられるよ。それよりも俺達はこの場をどうにかして、さっさと旅をはじめなくちゃいけない。いつまでもこんな村にいる訳にはいかないし」
「そうはさせない! その娘とその装備を頂くまではこの村にいてもらう!」
どこからかそんな声が聞こえてきた。
声のした方を見ると村長が大量のウォーウルフを連れて現れた。
「このウォーウルフの群れに掛かればイチコロだ!」
「マホちゃん」
「何よ」
「スライムよりも美味い肉がすぐに食べられるって言ったらどうする?」
「食べる!」
元気の良い返事でなにより。
「あの犬っころ。ウォーウルフっていうんだけど、滅茶苦茶美味かったぜ。今ならなんと、あの群れを全部焼いて食べても怒られません。しかも、マホちゃんを眠らせていかがわしい事をしようとしたのはあそこの爺です」
「うっそ! やる! やるやる! …え? いかがわしい? …いや、それよりも肉!」
色気より食い気か。
まあ、らしいけど。
「にっく、にっく、お肉!」
マホちゃんの目が輝き出す。
立ち上がり、呪文を唱える。
「彼方より此方へ! シロ! クロ!」
魔法陣の展開と共に猫が二匹現れた。
「あの者どもをどうにかしなさい!」
村長がウォーウルフに指示を出すのと猫が現れたのが同時だった。
マホちゃんが魔法を発動させるのが先か。
あるいはウォーウルフがマホちゃんに食らいつくのが先か。
おそらく後者だろう。
それは困る。
ならばウォーウルフの牙を抜いてやるしかあるまい。
「アゴハズレ!」
ウォーウルフの顎が一斉に外れた。
これであれはただの愛玩犬だ。
処理はマホちゃんに任せよう。
つーか群れのウォーウルフの顎が揃って外れるのってシュールだな。
「ナイス勇者! あれが焼けたらシロもクロも食べて良いからね」
マホちゃんの言葉に二匹の猫がにゃーんと答えた。
「来たれ火の軍勢。敵に相対せ。敗亡は許されぬ。死しても敵を討て。勝者は栄光の炎を焚け!」
呪文の詠唱が終わるとウォーウルフを包むように火柱が立ち上がり、一瞬にしてウォーウルフの丸焼きが出来上がった。
「ねえ。本当に食べても良いの?」
「え。あ。ああ。」
マホちゃんは村長の事などまるで目もくれずに近くにあったウォーウルフの丸焼きに近づく。
焼き加減が絶妙なのか、表面の毛皮だけは黒焦げだが、一皮むくと、綺麗に火が通った肉が姿を現す。
マホちゃんはそれに齧り付き、歓声を上げた。
「何これ! 塩も振ってないのにこんなに美味しいの! 勇者! 本当に全部食べても良いの! 勇者の分はいらないの?」
「いや、いいよ。全部食べて良いよ…」
むきゃーと歓声を上げてウォーウルフを貪るマホちゃんを尻目に村長が白目を剥いて気絶していた。
いや。
うん。
手塩にかけて育てたんだもんな。
一撃でやられちゃ堪んないよな。
しかもそれを目の前で食べられたら気絶もするよ。
「ご愁傷さん」
合掌。
「さてと」
次にカクさんの方を見る。
身体が重く、思うように動けないでいるスローン。
いつの間に武器が剣から包丁に代わっている。
その包丁の一振りもあらぬ方向に落ちていた。
対するカクさんは野獣のように獰猛で俊敏な動きでスローンを圧倒している。
勝敗は明らかだったが、スローンは諦めずに戦っている。
機竜とやらの力を使っていない所を見るとカクさんにはスローンを殺す気は無いらしい。
カクさんは包丁を振り回す相手に徒手空拳で闘っている。
マホちゃんも俺以上に場数を踏んでいる様子だ。
自分よりも幼い少女に劣っているなんて男としては恥ずかしいが、仕方が無い。
元いた世界が違い過ぎるのだ。
諦めよう。
俺はあれだ。
監督的ポジションに就いて二人に指示を出す役をやろう。
安全だし、一番おいしい。
それで行こう。
そんな事を考えている内に、カクさんがスローンの包丁を吹き飛ばした。
あっと思ったのも束の間。
思わず包丁を目で追ったスローンの顔目掛けてカクさんが拳を振るった。
スローンが崩れ落ちる。
勝敗が決した。
基本的に2~4週に1回程度更新したい。できるだけ定期的に更新したい。そんな感じです。
wordで書いたものをコピペしています。見づらい部分もあるかと思いますが、ご了承ください。