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ゆるゆる冒険記  作者: 久遠マキコ
ハジマーリ
1/42

プロローグ

 起床。

 登校。

 授業。

 帰宅。

 食事。

 入浴。

 就寝。

 このルーチンで繰り返される代わり映えのない毎日。

 不満はある。

 もう少し何かあっても良いんじゃないか。

 そう思う時がある。

 けれど口には出すまい。

 これが幸せというものなのだから。

 これ以上を望むのは贅沢というものだ。

 あ。

 そう言えば宿題するの忘れてた。

 明日、写させてもらおう。

 借りてたゲームも返さないと。

 いつもと変わらない明日を想像しながら、やがて微睡に包まれる。

 お休みなさーい。

 束の間ブラックアウトした意識だったが、ある瞬間から確かに自分に意識がある事に気付く。

 周囲は靄が掛かったように判然としない。

 やがて意識がはっきりとしてきた。

「やあ」

 目の前には見知らぬ人間。

 時々、こういう事がある。

 夢か。

「そう、夢だ。しかし、夢でないとも言える」

 こういう意味の分からない事を言い出す人間が突然現れるのも夢の特徴と言える。

「自己紹介をしよう。名前は、そうだな…シンと呼んでくれれば良い。この世界の創造主。君達が言うところの神だ」

 目の前の自分を神だとのたまう男をガン見してみるが、やはり面識はない。

「君の事は知っているよ。佐伯勇生だね。君の夢にこうして現れたのには理由があるんだ。少し話を聞いてくれないか」

「話? 嫌だよ。さっさと消えてくれ」

 夢の中で男と話す趣味は無い。

 俺の夢の産物なら女神で登場するべきだ。

「本来なら、この世界の人間の前に現れる事はしない。ただちょっと緊急でね。君に世界を救ってほしいんだ。いや、違うな。厳密にはこれから起こる世界の崩壊の危機に立ち向かってほしいんだ。そのお願いと言うか、準備と言うか…。とにかく君と話がしたくて、俺はこうしてここに現れた訳だ」

 俺の願いも虚しく、シンと言う自称神が語り始めた。

「何と言うか、少年漫画的だな」

 強制イベントか。

 仕方ない。

 話を聞くくらい付き合ってやるか。

「茶化すなよ。元々は俺の責任だったんだ。だけど俺が動くと、どう頑張っても今以上に状況が悪くなる。しょうがないからその世界の住人に協力をしてもらう事にした訳だ。そして俺は君を選んだ。おめでとう。君は選ばれた人間。特別だ」

 え、何。

 突然現れた男の尻拭いをさせられるの。

「申し訳ないけど、そう言う事になる」

「嫌だよ」

 当たり前だろ。

「うん。まあ、そう言う返事が来て当然だ。でもね、君の都合なんか知った事では無いんだ」

 どうにも腹の立つ神様だな。

「とりあえず君を異世界に飛ばすから」

「は?」

「君の他にも二人ほど異世界に飛ばすから、三人で協力して俺の所まで来てくれないか」

「だから嫌だって」

「三人の中で君だけ力を持ってないから力を与えよう。生き抜くための力だ」

「いや、マジでふざけんなって」

「無事に旅を乗り越えたら、元の世界に帰そう。そしてその力を使って君の世界を守ってほしい」

「嫌だって言ってんだろ」

「大丈夫。力と一緒に力についての知識も与えるから」

「話を聞けーい」

 夢の中くらい俺の好きにさせろって。

「じゃあよろしくね」

 よろしくじゃねえよ。

 言いたい事だけを言うと、自称神が姿を消した。

 周囲の景色がぼやけ出し、やがてブラックアウトした。

 次に浮遊感を覚えた。

 気持ちの悪い感覚が下腹部をなぞる。

 しかしその感覚もすぐにおさまり、重力を感じるようになる。

 意識が頭に収まるのが分かった。

 首筋をくすぐる感覚に鳥肌が立った。

 あまりのむず痒さに目を開け、身体を起こす。

 風が頬を撫でる。

 青い臭いが鼻孔をくすぐる。

 視界の先にはまだ青い麦が風に揺られ、陽の光を反射していた。

 んん?

「何これ」

 いやいや。

 おかしいって。

 さっきベッドに入ったんだよ。

 日本の一般家庭の平均的な男子高校生が自宅で寝ていたんだよ。

 いや待てよ。

 夢かこれ。

「いやいや。夢じゃないって」

 セルフツッコミ。

 夢ではない。

 こんなに意識がはっきりしている。

 五感が感じる感覚も夢のそれと違う。

 夢が作り出したものではない。

 本物だ。

 つまりあれか。

 あの夢に出てきたシンとかいう自称神様。

 あれも本物だったという事か。

「ふう…いやいや」

 落ち着け。

 えっと?

 つまり?

 ここは?

 異世界?

 マジで?

「…まぁ、何とかなるか」

 俺は世界の危機に立ち向かうために神に選ばれた存在らしい。

 ならばすぐに野垂れ死ぬような場所には飛ばさないだろう。

 主人公補正だ。

 それがあると願おう。

 それに見た所、ここは穏やかな土地のようだ。

 野宿をしても死ぬような事はあるまい。

 よし。

 俺、大丈夫。

 当面は死なない。

「これからどうしたもんかね」

 とは言え、衣食住がしっかりしないと安心できないのも事実だ。

 とりあえずは現地の人間に接触するのが先決かな。

 辺りをもう一度じっくり見渡す。

 実に長閑な場所だ。

 人一人もいないが、目の前には畑がある。

 という事はこの近くで畑を耕す人間がいるという事だ。

 村か町か、とにかく人がいる場所が近くにあるに違いない。

「うーん。今日の作業は終わってるみたいだな」

 誰かいないかと思い、畑まで近づいてみても、働く人の姿は確認できなかった。

「とりあえず、歩こう…しかしこれ、ダサいよな」

 人でなしの神のようだけど、最低限の装備はくれたようだ。

 衣服。

 靴。

 ダサい事に目を瞑れば、どれも身体にフィットして動きやすい。

 寝巻よりマシと思おう。

 でもその内なんか買わないと。

 この姿で知り合いに会ったら恥ずかしい。

 いや、知り合いはいないか。

 そんな事を考えながら歩く。

 コンクリートで舗装されていない道だ。

 均されているとは言え、歩く度に凹凸を感じる。

 風に乗ってやって来る香りは木々のものばかりで排ガスのようなものは一切感じられない。

 見上げる空は薄く青い。

 昨日まで見ていた空よりもずっと澄んでいる。

 これが本来の空なんだ。

「昔は日本もこんな感じだったのかね」

 歌って耕すアイドルグループが出ているテレビでこんな風景を見る。

 田舎は今もこんな感じなのかもしれないが、少なくても俺の身近でこんな所はない。

 新鮮だ。

 生きてるって感じがする。

 ゆったりとした風を身体に受けながら土の上を歩くのは気持ちが良い。

 将来は農家もありかもな。

「それにしても異世界ときたか」

 与えられた力を考えると、ここは剣と魔法の世界か。

 そう考えると胸躍るものがある。

 何度か休憩を挟みつつ歩く。

 人も集落も未だ見えない。

 陽は天頂まで登った。

 もう昼だ。

 腹減ったな。

 そう思い、何か食べる物を探していた時の事だ。

 風の中に獣のような臭いが混じり始めた。

 家畜でも飼っているのだろうか。

 とにかく、向かうべき方向は間違っていなかったようだ。

 そう思ったのも束の間。

 すぐに違和感を覚えた。

 どれだけ見渡しても小屋が無い。

 羊でも放牧されているのかと思ってみてもここには畑しかない。

 獣臭さは徐々に強くなる。

 物音。

 森の方からだ。

 これも徐々に大きくなっている。

 視線の端にある草が数枚、不自然に舞った。

「ん?」

 出てきたのは犬だった。

 大型犬だ。

 ちょっとした人間くらいの大層立派な大型だ。

 血走った目に流れる涎。

 いつ襲ってくるか分かったものじゃない。

 凶暴なのは一目瞭然だ

 再び物音。

 今度は後方からだ。

 断続的に、しかしリズムよく同種の犬が数匹現れた。

 完全に囲まれた。

「野犬っているのね…」

 安全じゃねえ。

 滅多に野良犬を見ないものだから野犬なんて存在しないのだと思っていたが、よく考えれば日本がおかしいくらいに衛生的なんだ。

 これが普通なんだ。

「わんわんお、わんわんお、わんわんお…」

 どれだけ軽口を叩いても緊張がほぐれない。

 周囲を取り囲む犬はすぐにでも襲い掛かってきそうな感じだ。

 ヤバいね。

 犬ってもっと可愛いものじゃないの?

「そうだ」

 今こそもらった力を使う絶好の機会じゃないか。

 変身。

 そう叫べば力を発動できる。

 さあ!

 今こそ変身だ!

「…」

 いや。

 無理だって。

 恥ずかしいって。

 逡巡をしている間にも犬の群れは徐々に距離を狭めている。

 やがて目の前にいた犬の一頭が飛び出した。

「無理無理無理! 変身変身変身!」

 食われる。

 死。

 その本能的な拒絶が頭を覆い尽くす。

 気が付くと恥も外聞も無く叫んでいた。

 犬の鋭い牙が眼前に広がる。

 世界が急激に速度を落とした。

 ぐぁっと犬の口が開かれる。

 唾液が飛び散る。

 全て緩慢。

 見える。

 でも力は?

 発動しない?

 あれ?

 もしかして死ぬ?

 死。

 嫌だ。

 こんな死に方、嫌だ。

 あの野郎。

 人を異世界に飛ばした挙句、あっという間にあの世行きとかシャレにならないぞ。

 死ぬのは嫌だ。

 クソ。

 あっさり死ぬなんて御免だ。

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 そうだ。

 抵抗しよう。

 道連れにしてやるんだ。

 一頭くらいは道連れにしてやろう。

 腕の一本はやる。

 だからその脳天は砕かせろ。

 決めた。

 それだ。

 痛いんだろうな。

 死にたくはないよな。

 死にたくないな。

 これでもし生きていられたら俺、格好良いよな。

 そう、格好良い。

 この状況で生き延びられたら最高じゃん。

 心臓が早鐘を打つ。

 よし。

 腹を括れた。

 さらば俺の腕。

 犬の口に合わせて右腕を差し出す。

 しかし、俺の腕の動きも緩慢だった。

 間に合わない。

 動け。

 もっと速く。

 これじゃあ手をぱっくり食われて終わりだ。

 右腕に牙を食い込ませて殴る作戦が出来ない。

 速く。

 もっと速く。

 やがて世界が本来の速度を取り戻す。

 瞬間。

 衝撃。

 ああ。

 こんなミスをして死ぬなんて。

 格好悪い。

 ガチン。

 しかし、次に聞こえてきた音は肉が裂ける音ではなくどこか金属的なものだった。

 犬は鋭い牙を突き立てている。

 右手に握られた一振りの剣目掛けて。

 何が起こったのか理解出来ると、途端に力がみなぎってくる。

「ありがとう神様! 信じてた!」

 犬を振り払うように右手を力一杯振り回す。

 周囲にいた犬が揃って吠え始める。

 剣。

 胸当て。

 マント。

 靴。

 額当て。

 力の発動と共にそんな装備が現れた。

 これが神から与えられた力の一端。

 デザインは相変わらずダサい。

 しかし神が造った装備だ。

 性能は一流だ。

 与えられた知識がそう言っている。

 俄然、希望が湧いてくる。

 ぐるりと一周、その場でゆっくりと回る。

 全部で五頭。

 せっかくだから力を一通り使ってみるのも悪くはない。

「よっしゃ、行くぜ!」

 先程噛みついてきた犬に目標を定める。

 大きく踏み込めば間合いに入る距離だ。

 力強く踏み込む。

 薙ぐようにに剣を振るう。

 犬は顎の関節を境に上下に分断された。

 犬が力なく崩れ落ちる。

 軽い。

 剣はまるでプラスチックのバットを振ったみたいに軽い。

 そしてしっくりくる握り心地だ。

 後ろを向き、残りの犬と向き合う。

 残りの四頭は警戒しているのか、迂闊に飛び掛かってこない。

「そっちが来ないなら、こっちが行く」

 もう一度、同じ動作を繰り返した。

 踏み込んで間合いに入る。

 剣を振るう。

 犬が倒れる。

 結果は同じだ。

 残りは三頭。

 装備の力は十分把握できた。

 残った犬の内、二頭が揃って飛び掛かって来た。

「アゴハズレ!」

 次は魔法だ。

 神に与えられた知識は既に頭にある。

 力を発動している間、魔法が使えるらしい。

 使える魔法は無限。

 俺の想像力次第でどんな魔法でも使えるという。

 今、咄嗟に唱えた魔法は顎を外す魔法だ。

 昨晩、テレビですぐに顎が外れる猫型ロボットを見た影響なのは間違いがない。

 しかし、物は使いよう。

 噛みつく事が唯一の武器である犬に顎を外す魔法は効果覿面だった。

 顎が外れた二頭の犬は噛みつく事が出来ず、咄嗟の事で体勢を崩して地面に転がり落ちた。

 それをら捌き、残るは一頭。

 しかし、その一頭は恐れをなしたのか踵を返して逃げて行った。

 それを追いはしない。

 これに懲りたらもう襲ってはこないだろう。

 溜息。

 勝った。

 生きている。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 ヤバいって!

 マジで死ぬかと思った!

 怖かった!

「ふぉぉぉぉぉぁぁぁぁっ!」

「どうした!」

「ファッ!」

 叫び声を聞きつけてきたのかおっさんが二人、慌てて駆けつけて来た。

「あ、いや…デュフフ…」

 どうしよう。

 何て言おう。

 異世界から飛ばされたら急に野犬に襲われてテンパりました。

 いや、正直すぎるし格好悪い。

 定期的に叫ばないといけない病気なんです。

 いや、危ない人だから。

「これ、お前さんがやったのか?」

「ええ。返り討ちにしたんだけど、一匹取り逃しちゃって。悔しくてつい…」

 お。

 咄嗟に口から出た言葉にしては上出来なんじゃない?

「これを、お前さんが…?」

 しかしおっさん達は道端に落ちている犬の死骸の方が気になるようだった。

「何か問題でも?」

「いや。こいつ、ウォーウルフだぜ。ガセじゃないだろうな」

 ウォーウルフ?

 何だそれ。

「ガセじゃないよ。見れば分かるだろ。この犬ころが五匹、俺を囲むように出てきたんだ」

 おっさん達は顔を見合わせると顔を輝かせた。

 もしかして、意外と凶悪なモンスターだったりする?

「そうか! そいつは凄いな! それより見ない顔だな。旅でもしているのかい?」

 もしかして手練れの旅人に見られている?

「ちょっとね」

「そうか。なあ、良かったら俺達の村に来てくれよ。あのウォーウルフを倒した旅人だ。歓迎するぜ」

 良い気分じゃないか。

 それに好都合だ。

 情報に消耗品、それに食料。

 これからの旅に必要な物を調達させてもらおう。

 いや、その前に金が必要だな。

 何か小遣い稼ぎもしないと。

 そんな事を考えていると、おっさん達がおもむろにウォーウルフを担ぎ上げた。

「それ、どうするの?」

「捌くんだよ。肉は美味いし、毛皮は高く売れる。骨は装飾品だし、何よりこいつの瞳は宝石になる」

 何と。

 この犬、そんな高級品だったのか。

「良かった。軍資金が底を着きそうだったんだ」

「運が良かったな。だが、お世辞にも状態が良くない、一頭で恐らく三万ぐらいか」

 三万?

 三万円くらいの感覚で良いのか?

「三万か」

 相場が分からないが、ここは少し不満げな顔でもしておこう。

 漫画なんかだとここは相手が足元を見ている展開だ。

「なんだい、不満そうだな」

「正直、このサイズならこれくらいの値が付いてもおかしくないんじゃない?」

 手を広げておっさんに見せる。

「まったく敵わないな。良いよ、それで手を打とう」

 やはりと言うべきか、足元を見られていた。

「じゃあ、行こうか」

 とにかく軍資金はこれで調達できる。

 幸先が良い。

 良い旅になりそうだ。

2~4週に1回程度更新したい。できるだけ定期的に更新したい。そんな感じです。

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