8.くそ野郎がここにも
私がキースの家に住むことになってから、まず初めに、カイルがこちらの世界の服を一通り揃えてくれた。
トップスは袖口にリボンがあしらってあるシャツや少し長めの丈の裾を紐で縛って、バルーンシルエットにするカットソーなど。
ボトムスはガウチョパンツっぽい物やゆったり感があり、ふくらはぎ辺りでギュッと締めるサルエルパンツっぽい物などだった。
動きやすい服がいい、とリクエストしたのだが、こういう服はこちらの世界だと一五歳ぐらいまでの子供なら男女問わず着ている物らしい。
そして、女性はもう少し女らしい服を着るようになるそうだ。
……私、一八歳なんですけどね、
話の流れでボソッとそれを言うと、キースもカイルもとても驚いていた。
あれだって。一五歳ぐらいに見えてたんだって。
ないよね。私、もう大学生だよ。
こちらの世界の見た目年齢に疑問を感じた私は、キースとカイルにも年齢を聞いてみた。
キースは二十歳。カイルは二十二歳だった。
……うん。確かに見た目より年齢の方が若く感じるな。
キースはなんか偉そうだから私より五つぐらい上かと思ったし、カイルは優しいお兄さん臭がハンパないから二十五にはなってると思ってた。
そう思うと私が十五に見えてたのも、ちょっとわかる。そうだね、キースの五つ下だと思えば私は十五だ。
そうか、私ってこちらの世界だと子供っぽいんだな。
元の世界では子供っぽいなんてことはなかったと思う。
確かに、大人っぽいね、と言われるタイプではなかったが、私より童顔は腐るほどいたはず。
しかし、世界が変われば基準も変わる。
こちらの世界ではちょっと童顔なのかもしれない。
私は開き直って、こちらの世界で子供服の部類に当たるその服を堂々と着る事にした。
子供服でもいいじゃない。
だって十五に見えるらしいし。
まあ、用意された服が私の感覚だと子供服じゃないから、あんまり恥ずかしくもなかったしね。
そうして、外見もすっかりこちらの国に適応して早二週間。
キースとカイルは話してくれた通り、シフトのやりくりをして、できるだけどちらかが家にいるようにしてくれた。
キースに教わる事はほとんどなかったが、カイルは色々と世話を焼いてくれ、少しずつこちらの世界にも慣れ始めた。
そういえば、二人にはもう敬称をつけていない。
キースについては言わずもがな。敬称をつけるほどの尊敬も愛着を持っていない!
そして、カイルは兄という設定であったため、敬称をつけるとおかしかったからだ。
最初は、こんなに優しい天使を呼び捨てなんておこがましい、とオロオロしていたが、最近はさらっと呼び捨てできるようになった。
もちろん慣れたからというのもある。
けれど、一番の理由はイケメン天使だと思っていたカイルの裏の顔が見えたからだ。
気づいたのは一緒に暮らし始めて四日ぐらい経った頃。
カイルの女性問題に巻き込まれ、そこからカイルを見る目が変わった。
一度、あれ? と思うと次から次に色々な事に気づいて、もはやカイルが天使には見えなくなっていた。
まあ、そもそもカイルが天使に見えたのだって、イケメンで優しかったから、という第一印象のみだもんね。
私の勝手な思い違いだ。それはカイルに非はないと思う。
今朝早く、キースはごはんを食べ、出かけていった。
そして、多少の時間差があり、夜勤明けのカイルが入れ違いで戻ってきたのである。
固いパンと何種類かの野菜を煮込んだスープ。
簡単だけど、普通においしいメニューをブランチのような時間帯に食べている。
食べ終わった後は寝るのだろう。
私はカイルと適当な話をしながら、玄関の辺りを掃除していた。
暖かい、春のような陽気だ。
平和で穏やかな時間を過ごしていると、それを壊すかのようなノックが響いた。
コンコン
木の扉が来客を告げる。
「……誰か来ましたけど。」
「うん。俺、食べてるから。」
この家は来客が少ない。しかし、こうして時折訪れる来客はあまりいいものではなかった。
できればカイルに出てほしい。
嫌な顔をしてカイルを見てみたが、サラっとかわされた。
そうだね、食べてるね。
それに扉に近いのは私だね。
仕方なく、そっとドアノブに手をかける。
カチッという音とともに鍵が開き、私はその扉をゆっくりと押した。
今日もまた私の受難が始まったのだ。
「……っ! あなたが、カイルの妹ね?」
扉を開けた先にはきれいなお姉さんが何か思いつ詰めたような顔で立っていた。
そして、こちらを見て悲しそうに顔を歪める。
っほーらね。
やっぱりね。
予想通りで泣ける。
「どうして……どうして、私じゃダメなの?……っ。」
お姉さんはそのブルーのきれいな瞳からポロポロと涙をこぼした。
そのきれいな顔が涙に濡れ、同情心を煽る。
いや、待ってほしい。
泣きたいのは私である。
「あの、そんなに思いつめず……。どうしたんですか? 」
「……っ。私、あなたに何かしたかしら? ごめんなさい。でも、わからなくて。」
「えっと、私はあなたに何かされた覚えはないですよ。」
なんだか、お姉さんは私に対して謝りたいらしい。だけど、謝る理由はわからないらしい。
いや私も謝ってもらう理由がわからないのだけど……とにかくその目から流れ出る涙をハンカチでそっと拭った。
最近、泣くお姉さんがよくいらっしゃるせいか、ポケットに常備されているのだ。
お姉さんは私の行動にびっくりした後、どうして? と肩を震わせた。
「でも、カイルは……あなたが私を気に入ってないから、結婚できないって……。」
……おい。
首だけ振り向いて、ダイニングテーブルに座っているカイルを見る。
悠々とスープを啜っている。
「私……カイルに何人も女の人がいるのは知ってたの。けれど、私には一番優しくしてくれて……。でも、あなたがこの街に来てから、全然会ってくれなくて……それで……っ。」
「……結婚して欲しいって言ったんですね。」
「っ。」
感極まったのか、お姉さんの目から一斉に涙が出てくる。
そうだよね。不安になるよね。
もう、自分の物にしてしまいたくなったんだよね。
わかるよ。
わかるけど、この男と結婚しても絶対に幸せになれないよ!
「あの、兄が何を言ったのかわかりませんが、私があなたを嫌ってるとか、そういうのはないですから。」
「……っ、そうなの……? 」
お姉さんの目がゆらゆらと揺れる。
「兄は女の人に正直ではないんです。誠実でもありません。偽りと甘い言葉を吐いて、どうにかできたらそれでいいと思ってる人なんです。」
カイルに聞こえてしまうだろうけど気にしない。
むしろ聞こえたなら行動を改めて欲しい。
「私はあなたの結婚を応援できません。でもそれは、私のためでも、兄のためでもなく、あなた自身のためです。」
しっかりまっすぐに目を見て話す。
そのブルーの瞳に私の思いが届くように。
こんな男、犬に食わせちまいなよ。
そんな私の思いが届いたのか、お姉さんは目を白黒させている。
まあね、妹(仮)からのまさかの兄批判だろうからね。
これで、このきれいなお姉さんが恋の病から脱し、新しく誠実な人と付き合ったらいいと思う。
きっと他人に言われてすぐに止められるような物じゃないだろうけど、それでも何か少しでも感じてくれたらいい。そう思ったんだけど。
「やあ、アンジュじゃないか。」
今、出てこなくていい、優しい声が後ろから響いた。
……ごはん食べ終わったんだな。
お姉さんはまさかカイルがいると思わなかったようで、恥じらうように顔を伏せた。
カイルは私を押しのけると、そっとお姉さんを抱き寄せる。
お姉さんは一瞬苦しそうな顔をした後、カイル……と嬉しそうに名前を呼んだ。
「うちの妹に泣かされたの? ごめんね。でも、大丈夫だよ。」
耳元でゾワゾワするような甘い声をかけている。
お姉さんはとろけるような笑みを浮かべて、カイルをギュッと抱き返した。
……いや、お姉さん。よく考えて。
泣かせたのはカイルだ。私じゃない。
そして、何も大丈夫じゃないと思うよ。
カイルは少し体を離して、お姉さんの目元をそっと右手の人差し指で拭う。
そして優しく笑った。
「せっかくのかわいい顔がこんなに涙に濡れてしまって……。こんな顔、他の人に見せたくないな。」
「……っ。」
「君の家まで送らせて? 」
玄関の外から明かりが入ってきて、琥珀色の瞳がキラリと光る。
とても魅惑的で、なんだかクラクラしてしまう色気が駄々漏れだ。
……これが送り狼。
午前中の気持ちのいい時間に、不似合にも現れた送り狼だ。
お姉さんは熱に浮かされたような顔でカイルの顔を見ると、こくんと頷いた。
カイルはそのお姉さんの肩をそっと抱きよせ、扉から出ていく。
しばらく行くと、ふと何かに気づいたように、私の元へ帰って来て、優しく笑った。
「あ、お昼は帰ってきてから軽く食べるね。」
それだけ言うと、またお姉さんの元に戻り、優しい笑顔で肩を抱く。
そして、二人は街の中へ消えていった。
気持ちのいい風が私の頬を撫でていく。
私は二人の背中を見送って、パタンと扉を閉めた。
虚しい。
なんだかすべてが虚しい。
カイルは正しく自分のイケメン具合を知っている。
そして、それを最大限使って遊びまくっているのだ。
私が助けてもらった時にあんなにドキドキした色々な行動だってカイルにとっては当たり前の事。そうやって何人も女の人を落としてきたのだろう。
私もほぼ落ちていた。
もう少しであのお姉さんの仲間に入っていたのである。
危なかった。
あんな報われない恋は嫌だ。
いや、肉体関係的には報われるかもしれないが、それって余計に悲しくなるだろう。
でも好きだから逃げられない。
つらいだろうな……。
あのお姉さんは他に女の人がいるのを知ってると言っていた。
でも、それでもいい、私が一番だ、ってそうやって自分を誤魔化しながら必死でカイルが振り向いてくれるのを待ってるんだろう。
お姉さんの事を考えると、心がムカムカした。
そりゃ、恋は自由かもしれない。
でも、だからって、人の心をそんなに弄んでいいのだろうか。
……いいはずない!
カイルが食べ終わった食器をダイニングテーブルから片付ける。
そして、シンクへ食器を入れた。
最近、カイルは私をダシにして女の人たちの要求を煙に巻く事が増えたようだ。
実際に私を一人にしないために、直帰する事が増えたらしいし、空いている時間も少なくなってしまった。
それ故、その事に不満を持った女の人が私からカイルを取り戻そうとこうして訪問するようになっていたのだ。
今回のこれで六人目である。
お茶をかけられたり、髪を引っ張られたりと色々とあった。
『妹だからって容赦しない』だとか『妹だからって何様なの? 』とか私にはまったく身に覚えのない事で糾弾されたりもした。
私はカイルと一切血がつながってない。
反対もしてないし、お姉さんたちがどうしようと基本的にはどうでもいい。
怒りや悲しみに染まったお姉さんたちに何度もそう言いたかったが言えるはずもなく、結局はカイルの不誠実な所を淡々と言うしかない。
しかし、言いすぎると『好きな人をバカにされた』、『やっぱり私たちを引き離そうと策略してるのね? 』と逆上されるので、本当に困った。
蛇口を捻り、水を出す。
そして、何かの草を編んで作られたスポンジ代わりの物で汚れた皿を洗った。
カイルは昼ご飯は食べに帰ると言っていた。
今からお昼までは二時間ぐらいしかない。
少し話してヤッたら、ほぼ終わりだ。
カイルはヤリに行っただけと思って間違いない。
二枚しかなかった皿は早々に洗い終わり、草でできたスポンジをギュッと手で握り潰した。
カイルは女の敵だ。
優しい笑顔を向けて『大丈夫』と言えば、何やってもいいと思ってるんだ。
乙女心を踏みにじって、最後には逃げていくようなヤツなんだ。
確かに優しいし、話していてもおもしろい。
きちんと礼を持って接してくれるし、一緒に暮らすには女関係以外では問題ない。
でも、女関係がくそだ。
そして、何よりも露払いに私を使っている所がいただけない。
めんどくさくなったら『妹が言ってるから』。それで終わりである。
まったく女の人と向き合うとしないその姿勢!
くそ野郎だ。
ここにもくそ野郎がいる。
……いつか痛い目にあえばいいんだ。