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7.キース……さん。

 あまり感じのよくない交流を終え、私も自分の事を話したいと思った。

しかし、私は名前がわからないわけで……。


「あの、私、……名前が。」


 二人の顔を見て、眉を八の字にする。

名前が思い出せないって意味がわからないよね。

いきなり不安そうになり、おかしな所で言葉を区切った私をカイルさんは少しの間、ん? と優しい目で見ていた。しかし、何か合点がいったようで、ああ! と急いで話をしてくれた。


「ごめん。言い損ねてたけど、この世界に来た君のような子は名前がわからなくなってしまうんだよ。」

「え!? そうなんですか? 」

「うん。例外なく。」


 そうなのか。

いや、よくわからないけど、そうなんだな。


 他の人そうだったなら、それはきっと仕方のない事なのだろう。

日本人的思考の私には『みんながそうだから君もそうなんだよ』と言われると『そういうもんなんだな』と納得できた。


 ベッドで眠れずに悶々としていたのだけど、それは仕方のない事だったんだ。

私の頭がおかしくなったり、また精神攻撃を受けたりってわけではないんだ。


「でも、名前がないと不便だよね。」


 確かに。

誰かに呼ばれる時や、自分を紹介するときに困ると思う。

しかしキース……さんは、うんうん、と頷くを私を冷たい目で見ながらに辛辣に告げた。


「名前など必要ない。」


 低い声が響く。


 ほほー……。

私みたいなヤツには名前なんかいらん、そういう事か。

ほほー。


 右頬がヒクっとなる。


「おいとかお前で十分だろ。」


 なんだろな。この人。

なんなんだろうな、この人!


「十分なわけないよ。名前、必要でしょ。」


 カイルさんが飽きれた顔で素早く突っ込んだ。

そして、こちらへニコリと笑ってくれた。


「本当に中身が嫌なヤツでごめんね。」


 まったくですね。


 私にはそれを否定するだけの好材料がない。

だってね、初対面でこんなに悪意を持たれて、それでも『いいえ、本当はいい人なのでしょう? 』と言える人がいるだろうか。

それなんて聖女! 私には無理!

なんだこの人? という黒い気持ちはくすぶり続けている。


「キースが名前を考えるわけもないから、俺が考えてもいい? 」

「あ、それはまあ……変なのじゃなければ。」


 どうやら、今この場で私の名前(仮)が決定するらしい。

カイルさんは私の姿を観察しながら少し考えた後、そっと言葉を続けた。


「そうだな……シャオなんてどう? 」


 なんだか、男の子みたいな響きの名前を提案される。

明らかに日本人的名前ではない。

まあ、こちらの世界で日本人的名前である必要はないのだし、仮名としてはその方がいいのかもしれない。


「シャオ、ですか? 」

「うん。別の国の古い言葉で子猫って意味なんだけどね。」


 カイルさんが優しい目でこちらを見ながら、名づけ理由を教えてくれた。


 え?子猫?

私って猫っぽいの?


 しかし、なんだが不思議な名づけ理由でポカンとカイルさんを見上げてしまう。

すると今まで名前なんて要らん、と言っていたキース……さんがニヤニヤと笑った。


「いいんじゃないか。ぴったりじゃないか。」


 言葉は別におかしくない。

だけど、その表情と人をバカにしたその声音。それが全てを台無しにしている。


「まさに汚い野良猫だな。」


 そして、悪意を込めまくってこちらに言葉を投げた。


 ……ふぁー! ふぁぁぁぁあああ!!


 心の底からフツフツと何かが上がってきて、胸の中で絶叫がこだまする。

今、私のアーモンド型の目はかなりきつい目つきになっているだろう。

しかし、私のそんな表情の変化などお構いなしに、キース……さんはこちらをバカにしたように見ていた。


 その半笑いの口。

こちらの汚れている感じをしげしげと眺めるその目。


 すべてがムカツク。


「おい、キース! 」


 カイルさんが慌ててキース……さんを非難する。

そしてこちらをバツが悪そうに見た。


「ごめんね。そう言った意味で言ったんじゃないから。」

「……はい。」


 憮然と答えてしまうのも仕方ない。

だって汚い野良猫である。

かわいいかわいい、つぶらな瞳の子猫ちゃんではないのだ。


 眉を顰め、目が据わってきた私とそれをバカにしたように見るキース……さん。

私たち二人の様子を見て、カイルさんははぁーと溜息を吐いた。


 そんな疲れた様子のカイルさんを見ると、申し訳ないような気持ちになる。

いや、たぶん私が悪いんじゃないとは思うけど、ここは一つ、大人になろうじゃないか。


 私はこの世界に迷い込んで、この嫌味な男の家に暮らさざる得なくなった野良猫である。

雨露をしのぐ家と三食のご飯があれば、それさえも感謝しないといけない。


 自分の状況を自分に言って聞かす。

そうすると、心が少し落ち着き、思ったよりも明るい声が出た。


「シャオ、でいいと思います。」


 カイルさんのくれた名前に肯定の意を示す。


「いや、でも、キースのせいで嫌な感じになったでしょ? 別のにしよう。」

「いえ、シャオ、でいいです。」


 気を遣ってくれるカイルさんに『大丈夫』と伝える。

カイルさんは少し戸惑っていた。自分の発言に後悔しているのだろう。


「あの、シャオって響き、いいと思います。なんだかしっくりくるし。それに……。」


 こちらが大人になって折れたというのに、未だ不機嫌顔のままこちらを見ている男をチラリと見た。


「きっとカイルさんが何度名前を提案してくれても、キース……さんが、全部悪い意味を持たせるような気がするんで。」


 ほぼ初対面のクセに感じ悪くなってしまうが許してほしい。

だってそんな気がするから。

知り合って一時間も経ってないと思うけど、このキース……さんって男はそういう人な気がする。


 私のその言葉を聞いて、カイルさんはブッと噴き出した。

そして、アハハと声を立てて笑った。


「そうだね、そう。キースはそんな男だね。どうせ何言っても悪く言うんだろう。」

「はい。だから、気にしない事にします。」


 それに汚い野良猫だっていいじゃないか。

一生懸命に生きてたら色々ある。汚い野良猫だって必死に生きている。

そう思えば、キース……さんの言った言葉も悪意のある言葉にはならない。だって、猫は猫だから! かわいいじゃないか!


「じゃあ、名前はシャオで決まりだね。」

「はい。じゃあ、改めて。」


 コホンと咳払いを一つ。


「シャオと言います。こちらの世界の事は何もわかりませんが、がんばるのでよろしくお願いします。」


 そして、イスに座ったままペコリとお辞儀をした。


「うん。よろしくねシャオちゃん。」

「……ふん。」


 カイルさんがさっそく名前を呼んでくれる。

なんだかくすぐったくてふふっと笑ってしまった。うん。シャオって名前、嫌いじゃないよ。

あ、キース……さん? まあ、何か言葉を発しただけいいんじゃないかな。


「では、名前も決まったことで、これからの事なんだけど。」


 カイルさんが優しい声で、ここでの生活の事を話し始める。


「この家で暮らすのはいいとして、ここでは俺の妹として生活して欲しいんだ。」

「え? カイルさんの妹ですか? 」


 思っても見なかった提案にびっくりした。

なんで、妹にならないといけないの?  普通に知り合いでいいんじゃない?

よくわからなくて眉を顰める。

すると、カイルさんは私の疑問に答えるように話を続けてくれる。


「いきなりキースの家に女の子が暮らし始めたら、周りの人がびっくりするからね。いい年の男女が同じ家に住むと変な噂も立つし。」

「はあ……。」

「俺の妹ならここに住んでもそんなにおかしくないんだ。俺はここに入り浸ってるし、それなりに家も大きいから。俺の家はね、警ら隊の寮みたいなもんだから女の子が住む事はできないし。」

「なるほど。」


 そういう事なら、周囲の好奇な目からも逃れながら、私の安全を守れるかもしれない。

けれど、私とカイルさんが兄妹って言って信じるのだろうか。


 確かに、カイルさんは茶色系の髪と目をしており私と大きな意味では同じ色かもしれない。

けれど、カイルさんの髪は赤茶色で私はピンクブラウン。カイルさんの目は琥珀色で私はこげ茶である。よく見るとまったく色は違う。

そして何よりも顔が似てない。明らかに似ていない。

カイルさんのようなイケメンの血が私に入っていたら、もっと柔らかい、かわいらしくも美しい顔になったはずである。


 訝し気にカイルさんを見るとまあまあ、と苦笑していた。


「まあ顔は似てるとは言い難いけど、髪色や目の色は兄妹って言えば納得してくれると思うよ? ほら、髪も少しクセがあるしさ。」


 そう言って、耳元の髪をクルンと指で回した。


「田舎から出てきて、職を探してるってことで。俺の家には住めないから、隊長の家で厄介になってるってことにする。シャオちゃんも聞かれたらそう答えるんだよ? 」

「はい、わかりました。」

「よし、じゃあ今日からあの部屋は君の物だ。」


 カイルさんはそう言って、扉の向こうを顎で示した。

きっと私がさっきまで寝ていた部屋だろう。


「慣れるまではどちらかが家にいられるようにするから。その後は仕事で難しいかもしれないけど、それでも夜は必ずどちらかが君のそばにいるから。」

「……。」


 なんか、すごい事を言われた気がする。


 思わず無言になって考え込んでいると、カイルさんが優しい目でこちらを伺ってくれた。


「どうしたの? 」

「あ、なんでもありません。」


 慌てて言葉を出した。

わかりやすくウソをついてしまった。


 全然、なんでもなくありません。

だって、それってキース……さんと私の二人っきりになる時が多々あるって事ですよね?

すごい嫌です。すごい嫌。


 明らかに不満がある顔でキース……さんを見てしまう。

私が誰かに操られた可能性がある以上、一人にしておけないのもわかる。わかるけれど、この不機嫌の塊みたいな人と一緒にいるなんて、それなんて罰ゲーム……。


 そんな明らかに拒否を示している私の心を察したのか、キースさん……はものすごく怖い顔になってる。


 俺だってテメーとなんかいたくねーよ。

お前のせいだろうが。


 アテレコするならこんな感じだろうか。

すると、ふとキース……さんが何かを思い出したような顔をして、ニヤッと笑った。

何か楽しい事を思いついたらしい。


「そういえば、お前。あの地下室に助けに入った時に、暴漢の一人に蹴りを食らわしてたな。」


 いきなり昨夜の事を言われる。

その話の何がそんなに楽しいのかわからないが、ニヤついてとても嬉しそうである。


「あの時、カイルは既に暴漢の側面に回り込んで、お前の救出に向かっていた。多少暴漢が暴れた所ですぐに捕まっていただろう。」


 ……ほほー。


「つまり、あの蹴りはまったく無駄なものだったということだ。」


 ……。

私が一矢報いた! と興奮していたのはまったく無駄なものだった。そういう事ですね。

まあ、確かにそうかもしれない。

でも、あのくそ野郎が背中を向けた時、蹴りたい! と思ったのは仕方ないじゃないか。

そうだ、仕方ない、仕方ない。

無駄だったかもしれないけど、いいじゃないか。


 反論ができず、目が泳ぎながらも必死で自分を慰める。

しかし、キース……さんは、それでもまだ楽しそうに言葉を続けた。

 

「その蹴りで左肩を亜脱臼したらしいな。」


 本当に。

本当に楽しそうに言いますね。


「それを聞いて、世の中には自分を痛めつけるのが好きで、無駄な努力が好きな変わったヤツがいるんだなと感心した。」


 そこまで言うと、ははっと声を立てて笑った。

ここに来て、初めての破顔である。


「肩の亜脱臼はクセになりやすい。良かったな、無駄な努力のおかげだ。」


 黒い髪がサラサラと揺れる。

キリッとした力強い灰色の瞳がキラキラと輝き、引き締まった口元が楽しそうに笑った。

思わず見とれてしまうような、とても素敵な笑顔だ。


 でも、笑ってる内容がくそである。


 ……このキースという男、最低だ。くそ野郎だ。

私を攫ったヤツとはちょっと違う種類だが、明らかにくそ野郎だ。


 私は決めた。

もう二度と敬称なんかつけない。

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