5.おかしいヤツだと思うよね
私は一大決心をして自分の状況を話した。
これから先のイケメンの反応――頭のおかしいヤツだと思われる、気持ち悪がられる、ゴキブリのように扱われる――を考えると怖いけれど、それでも話さないといけない。
私にはこの世界の事が何もわからないからだ。
この世界の治安が良いのか悪いのかはわからないが、猿ぐつわで手足を縛られ、身の危険を感じるのは今日限りにしたい。そして、できれば私の状況を知っている人に助けてもらいたい。
地下室であった出来事を考えるに、イケメンはなにか警察的な役割の事をしているんだろう。
これはまさに頼るにはぴったりの人だ。
イケメン自身が助けてくれなくても、イケメンが所属している組織的なものが少しでも私を気にしてくれないだろうか。そして、あわよくば、この世界での生活を保障してくれないだろうか。
そんな虫のいい考えもあり、イケメンに自分の考えを話す事にしたのだ。
きっと最初は信じてくれないだろうけど、ダメで元々。
もしイケメンがダメでも、わかってもらえる人を探して行くしかない。
そんな私的にはかなり重大な、清水の舞台的な気分で自分が異世界人であることを告白したんだけど。
「うん、そうだろうね。」
なんとイケメンはあっさりと肯定してくれたのだ。
……え?
あまりにも早く信じてくれ、思っていた反応と違ってかなり戸惑う。
「あの、あのっ。冗談とか頭がおかしくなったとかじゃなくて、本当の事なんです……! 」
「うん。わかってる。」
えー。
本当にわかってくれてる?
適当に聞き流してるだけじゃないの?
あっさりしすぎて逆に疑いたくなる。
上目遣いでイケメンをじっと見た。
イケメンは私の猜疑心いっぱいの目を見て、少し困ったように笑う。
「この国はね、君のようの子が異世界からくる事は珍しくないんだよ。」
そして衝撃の発言をした。
「え? そうなんですか!? 」
びっくりして声が大きくなってしまうのも許してほしい。
だって、それ、すごい事だよね?
「うん。だから少し変わった格好も君が言葉が話せないのも、異世界から来たんだろうって思った。」
そうなんだ。
私を助けてくれたあの時から、私が異世界から来たってわかってくれてたんだ。
「こんな事件に巻き込まれる子は少ないんだけどね。」
イケメンが苦笑する。
「でも、君が先に話してくれて良かったよ。あんな目にあって十分怖かっただろうに、これ以上不安にさせるような事をどうやって伝えたらいいか困ってたんだよね。」
そしてニコッと笑った。
うん。私、異世界人です! って言われるのも困るだろうけど、君、異世界人だよ! と言うのも困るだろう。
「そうですよね。何なの? ってなりますよね。」
「うん。異世界って言われても困っちゃうよねぇ……。」
少し砕けた言葉がイケメンの心情をより伝えてくる。
「だから、ここに来るまで不安そうなのはわかったんだけど、なかなか気の利いた言葉が言えなくて。ごめんね。」
「あ、いえ、そんな……。」
申し訳なさそうな顔。慌てて、いいです、いいですと手を横に振った。
だって、イケメンはずっと私に声をかけてくれてた。
私が馬をそわそわと撫でている時にかけてくれてた『大丈夫』という言葉。
あれは私の不安をわかった上で、それを和らげようと話してくれていたんだよね。
「とにかく大丈夫だから。」
イケメンがまた『大丈夫』と言ってくれる。
「君には家もなく、保護者もいないって事はわかってる。一人で放り出したりしない。ここでの生活もちゃんと保障するからね。」
私が不安にならないように『大丈夫』と言ってくれる。
その事に心がポッと温かくなった。
いっぱい恥ずかしい事があって何度もドキドキしたけれど、その時の感じとは違う。
もっと奥の方がじんわりと熱をもつ感じだ。
「はい……。ありがとうございます。」
胸の奥が温かくて。
そしたら急に鼻がツーンってして、眉が勝手にキュッと寄ってしまう。
「すいません……っ。なんか、ちょっと、……安心したら、あの……っ。」
涙が出てしまって……。
必死に止めようと唇をかんでみたり、深呼吸をしてみたりしたんだけど、後から後から涙が出てくる。
怖かった。
私、怖かったよ。
一度気づいてしまったら、余計にそれが心を波立たせる。
「大丈夫。」
ボロボロ泣いて、嗚咽まで出てしまう私はめんどくさいと思うが、イケメンは優しく優しく声をかけてくれる。
「大丈夫だからね。」
「……っ。」
その言葉で余計に涙が出た。
このままワーッと泣いてしまいたい。
でけど、初対面の人の前でやってはいけない、と心が訴えた。
波立つ心を必死で抑えながら、なけなしのプライドを必死で寄せ集める。
そして、私はゴシゴシと目を擦りながら、イケメンに話かけた。
「こ、この家、は……っ?」
声も裏返るし、変な所で嗚咽が入るけれど、気にせず続ける。
イケメンは困ったような顔をしていたが、私の様子には触れずに、疑問に答えをくれた。
「この家はキースの……あー、俺は、この街の警ら隊に入っててね、その隊長の名前がキースなんだけど、そいつの家なんだ。」
「たっ、……隊長さんですか? 」
また喉がヒクついて変な音になってしまう。
「うん。今はまだ後始末があるから帰ってないけど、帰ってきたら君に話があると思う。」
「はい……。」
「とりあえず、キースが帰って来るまで時間があるし、少しでも休んだ方がいい。ベッドに移動しようか? 」
「はい、っわ、わかりました。」
まだ溢れてくる涙をゴシゴシと手で擦る。
イケメンはイスから立ち上がると、こちらへ手を差し述べた。
ま、また抱っこするの!?
「家のなっ、なかなんで、歩いていきます。」
もう、大丈夫!
足も少しは楽になったから!
やだやだ、と首を振ると、イケメンは悪戯っぽく笑った。
「この国はね、家の中でも靴をはくんだよ? 」
そうだね。そういえばイケメンは靴のまま家に入ってるね。
でもいいの!
抱っこは恥ずかしすぎる!
必死で抱っこから逃れようとする。
「どうせ靴下、で、そとで、でましたっらっ。」
靴も靴下も変わらないよね?
変な声で、嗚咽も入ってしまったけど、精いっぱい笑う。
今まではイケメンに押し切られていたが、今回はそう? と困った顔をした後、伸ばした手を手招きに変えてくれた。
やったー! 笑顔で拒否! の姿勢が身を結びました。
「こっちだよ、気を付けてね。」
「はい。」
イスから立ち上がり、イケメンの後に続く。
座っていたおかげか、足も少しは休めたようで、あまりふらつくこともない。
ダイニングと台所のある部屋を出るとそこは廊下になっており、左右に何個かの扉があった。
そのうちの一つの扉を開け、中へと案内される。
その部屋にあったベッドに私を座らせると、イケメンはその正面に立った。
「着替えたいかもしれないけど、今はサイズの合いそうな服がないんだ、ごめんね。ベッドはそのまま入って大丈夫だから。」
「はい、わかりました。」
「いい? 寝られないかもしれないけど、ちゃんとベッドで体を横にするんだよ? 」
イケメンは母親が子供に言い聞かせるような声色で話しかけてくる。
きっと、私が泣きながらもイケメンを気にしてるのを察して、私を一人にしようとここに案内してくれたのだろう。
泣いてもいいけど、ベッドで横になっとけよ、と。たぶんそういうことなのだ。
「はい、だいじょ、ぶです。」
イケメンは何やらベッドサイドの明かりをつけ、扉の方に戻っていく。
「俺はさっきの部屋にいるから。」
そして扉の横の壁を何かして、部屋の明かりを消してくれた。
「あ、そうだ、忘れてたけど、俺の名前はカイル。カイル助けてーって呼べば、いつでも助けに行くから。」
顔は見えないけど、悪戯っぽい声音で自己紹介してくれた。
なんだそのヒーローみたいなセリフ。
まだ喉がヒクついているのに笑ってしまって、変な声がでる。
「おやすみ。」
そんな私の変な笑い声が聞こえたかはわからないけれど、イケメン――カイルさんはそっと扉を閉めて出ていった。
暗い部屋に少しだけ灯るベッドサイドの明かり。
私はドロドロになっていた靴下を脱いで、手早くひとつにまとめるととりあえずその辺に置いた。そして、シーツの間に体をもぐりこませると、頭まで一気に布団を被った。
まだ温かくなっていないシーツはひんやりとしている。
今日……わけわかんなかったな。
私はうつ伏せになるとギュッと体を丸め、膝を抱えた。おでこに枕がグリグリと当たる。
怖かったな。
じんわりと涙が浮かんだ。
でも、よくがんばった。
よくがんばったよ私。
うんうん、と頷く。
自分で自分を褒めて、さらにそれを自分で肯定する。
それでももっと実感が欲しくて、声に出してみた。
「がんばったよ……。」
布団な中に小さい声が響く。
こんなに私が自分のがんばりを繰り返す理由。
対価が欲しいのだ。
こんなにがんばったんだから、報われてもいいんじゃないか、と思うんだ。
元の場所に帰して欲しい。
今日の事は全部なかった事にして、普通の生活に戻りたい。
がんばったのだから、それが叶えられたらいいのに、と思う。
がんばったんだから大丈夫、報われる、と私は思いたいんだ。
はぁーと大きく息を吐く。
カイルさんはここでの生活は保障してくれると言ってた。でも、帰れるとは言わなかった。
異世界から来た人が他にもいると教えてくれたけど、その人たちがどうなったかも言わなかった。
帰れるのかな?
わからない。
カイルさんと話す時間はあまりにも少なくて、よくわからない事ばっかりだ。
とにかく話をしないといけない。
なんか隊長さん? も話があるみたいだから、その時にしっかり考えないと。
よくわからない事だらけだけど、ちゃんと考えて、自分の事は自分で決めないといけないから。
布団の中で丸めていた体を伸ばす。
そして、顔を横向きにして布団から出した。
吸う息が布団の中のモワっとした空気から部屋の少し冷たい空気に変わる。
そういえば、カイルさんに名前を教えてもらったのに、私は言い損ねてしまったな。
ふと、カイルさんのヒーロー発言を思い出す。
笑わず、ちゃんと自分の名前を言うべきだった。
思えば失礼なヤツだ。こんなに良くしてくれる人に名前を言ってないなんて。
次に会ったらちゃんと名前を言おう。
私は――です。と。
あれ?おかしい。
名前。名前を言おうと思ったんだよね。
私の名前。
私。私は――。
今、すごい事に気づいた。
私は自分の名前が、わからない。
思い出せない。