成長しないわたしたち
「痛いっ」
髪がミシリとなる強さで引っ張られて私は振り返る。
ニタリ顔で嗤う成一がいた。
こいつはいつからこんな顔で私を見るようになったのだろう。
「やめてくんない?こうゆうの!」
語気を強め、睨みつける。
成一はニヤニヤしたまま髪に指をすべらせる。
「離してっ」
成一の手を強く払いのける。
こいつは幼馴染で昔は本当に可愛くていい奴だった。
高校に入って疎遠になったかと思えば会うたびに小さな嫌がらせが始まった。
学校で会うたびに髪を引っ張り、天然パーマをバカにしてくる。
お前は小学生かと最初は相手しないでいた。
最近は私のおかしな噂を流しているらしい。あまつさえ憧れの人の耳に入ってしまった。
「変な嘘広めるのはやめてよ」
「何の話?」
「あんたが私の噂広めてるんでしょ!」
「へぇ、どんな?」
「私が遊んでるとか、誰でも色目使うとか」
「なんで俺だと思ったわけ?」
うっと言葉が詰まる。証拠なんてない。
「私の胸に星型の黒子あるって噂、知ってるのあんたぐらいよ!!」
にやり顔から一転して成一は眉間に皺を寄せた。
「そんな話広めてないし、聞いたことない。」
聞いたことのないような低い声で言う。
声は怒気を含んでいてビクッと身体が竦む。
小さい時は私よりも高い声で、こいつの方がよっぽど女の子らしかった。
いつの間にこんな知らないやつになっちゃったんだろう。
無言のまま俯いた私の右手を成一は掴む。
「朝日と付き合うのか?」
憧れていた人に昨日告白された。
噂のこともあって答えは保留にしていた。
「なんで知ってるの?」
「やめたほうがいい」
「あんたに関係ない」
成一の目は深く黒く、いつものからかいを含んだ瞳とは違っていた。
その目が耐えられなくて視線を逸らす。
「いつも小学生みたいな嫌がらせしてバカみたい。いい幼馴染だと思ってたのに。今のあんたには関わりたくない!!」
右手を掴んでいた手が強まると、引き寄せらせた。
ガチンっと唇がどうしがぶつかり離されれる。
頭まで血が駆け上る。次に動いたのは手だった。
「だいっきらい!!」
乾いた音が響き、そのまま走り去った。
それから高校を卒業するまで成一を避け続けた。
朝日くんとは保留のまま自然消滅となった。
憧れの人からの告白を忘れるくらい、あの出来事が頭を占めていたのは事実だ。
そのまま県外の専門学校に入り就職と同時に地元に帰って来た。
あの出来事を冷静に思い返せるようになったのは最近だ。
成一の嫌がらせは、小学生のそれとおなじで好きな子に対するものだったのだろう。
いやあ私モテモテ。
今だにあのときのキスが最初で最後なのは申告しよう。
噂を流していたのは成一じゃなかったらしい。
朝日くんを想う女子の暴走だったとか。
製菓店で働き始めて三年がたつ。
今日は試作を持って実家に帰る。
斜め向かいの成一の家は暗い。
あいつは東京の大学に行ったという話だし、成一のおじさんの赴任におばさんが付いていったまま無人のはずだ。
スッと無人の家に車が止まる。
扉の閉まる音とともにスーツの男が出てきた。
へらへらした雰囲気はそのままだが高校の時と比べものにならないぐらい男っぽい。
目を合わせたまま通り過ぎ家に入ろうとしていると、大股で歩み寄り手を握られる。
「逃げないでよ」
「逃げてないよ。うちに入るだけ」
「久しぶり、くらいの言葉ぐらい欲しいな」
「久しぶり、じゃ」
手を払うがまた掴まれる。
「まだ怒ってるの?」
「はぁ、怒ってないよ。冷蔵庫にケーキ入れたいの離して」
30分の保冷剤をいれたケーキが気になって仕方が無いのは本当だ。
ついでに、この男から危険な匂いがプンプンする。
「じゃあ、離すから後でうちに来てよ」
「行くわけないじゃん」
「なんで?」
「嫁入り前の女がおいそれと独身男性の家に入れません」
成一はふと考えた後、笑みをもらす。
「うれしいなぁ、意識してもらえるなんて。」
「いや、一般常識だし」
「幼馴染でしょ、俺ら。安心、安全。」
至極にこにこ言う。
「いや、普通の幼馴染はあんな事しないし」
「え?あんなことってどんな事〜?」
こいつバカにし出したな、だんだんムカついてきた。
私はそのまま掴まれた腕を引き寄せると唇に勢いよくガチッと合わせた。
「こうゆう事!!」
するりと手が離れ、その隙に扉を閉めた。
そのまま放心状態の成一が残された。
口の中には以前と同じ血液の味がした。
初投稿です。お目汚しすいませんでした。