8.クロイヌ
スライム狩りも2ヶ月半が経過する頃になると魔力量も格段に増え、魔力だけならそろそろ標準的ダークエルフの基準に近づいているとのこと。今では生石灰使わなくても魔法一発で落とし穴の中身を焼却でき、それでも魔力が6割残る。ヒャッハー! 汚物は(略)。
使える魔法も増えており、特に重宝なのが千里眼。といっても現状では1km程度しか遠くを見ることはできない。スライム集結地帯の捜索には便利だが、より重要なのが近くも見通せること。透視機能付きで体内含め好きな所を見られるのである。視点は効果範囲内なら自由に設定でき「俺の後ろに立つな」ごっこも可能。対物スケールも大体30倍顕微鏡程度。目をつぶれば千里眼の視界に専念できるし、ディスプレイを見るように普通の視界に重ねることもできる。
自分の体の生体観察にこれほど重宝する魔法はない。動いてる人間のMRI映像を観てるようなもんだ。医療知識の学習に大いに役立っている。ああ、タブレットでさんざん画像や映像を見ているのでグロ耐性はすでに付いてました。スライム灼くのもグロかったしね。
治療に必要になると思われる念力や空間魔法も効果はまだ限定的ながら使用可能にはなっている。治療の第一歩として、訓練と実益を兼ねアレの血の処理を空間魔法で行った。子宮内を観ながら剥離組織だけを直接外に転移するのだ。最初は肉を削らないかドキドキだったが、少量づつ進めて空間把握のコツをつかみ、念力で周辺を保定しつつ脈動にあわせた対処が可能となってからは失敗する要素はなくなった。まあ、多少削れても回復魔法で直せるんですが、やっぱり怖いじゃない? 痛そうだし。
身体能力の強化は後回しになっていたけど、半月前からトレーニングを始めている。まず身体強化魔法を現在の限界までかける。するとわずかに限界値が上がり、次回の身体強化魔法で効果が上がる。基礎能力も徐々に上昇していきダメージ耐性も高くなる。初期値の持続時間はおよそ5分。これも強化が進めば延びる。必要魔力はわずかだが、次回の強化までおよそ4時間程度肉体側でクールダウン期間が必要なためそう一気に上がらないのがもどかしい(魔力は限界まで使っても20分で回復するよ)。
なんで今までやってなかったかというと、強化した状態である程度動かないと限界値上昇効果が得られないから。どこに沼があるか分からない土地で下手に動けない。しかし今ならはまっても楽に抜けられるし、大体テニスコート2面分くらいの地盤を固めることも可能なので訓練フィールドが確保できるのだ。ただしすぐ水が侵入するため、フィールド維持は固めて1日が限界。
うーん、そろそろ湿原から移動した方がよさげ? スライム退治での成長効率は目に見えて落ちてるし、狩り場を移動しながら落とし穴と訓練フィールド形成するの面倒になってきたし。いやヒキコモリ狩猟法は楽だけど変化がないというか……飽きた。ここはニートの楽園ではあるけど、成長が実感できるとより先に進みたい欲が出るものなのです。
「女神様、成長速度も鈍ってきてるんで、そろそろ別の土地へ移動しませんか?」
「半年から1年くらいを見込んでたのに早いわねー。でも確かにそろそろ良いか。身体能力がかなり不安だけど……。湿地じゃあ上げるの大変なのよね?」
「効率は悪いですねー。フィールド作る手間とか、狭いフィールドでの運動とか」
「じゃあ移動したほうがいいかな。でもここからじゃ下界間での転移は行使できないのよ。自力で行ってもらう事になるけど、ダークエルフが単独で移動してるとねぇ……。嫌われてるから」
「あー……なるほど。ところでダークエルフが嫌われてる理由ってなんなんですか?」
「暗殺者や密偵として活動してる人がほとんどだからね。貴族や富豪をパトロンにした組織で。やってることは政敵や他国の要人暗殺とか、細かい仕事だと徴税官に帯同して農村の隠し食料探ったりとか。組織を養ってる者以外全種族の民衆からまんべんなく嫌われてるわ。『黒犬』って呼ばれてるわよ。あ、犬や狼の獣人はただの『犬』が蔑称」
「……ダークエルフが迫害されてるのって自業自得なんじゃ?」
「うーん、確かに自由人で構成してる暗殺組織は大抵ダークエルフで固まってるから、その組織で新しいことができれば改善の可能性はあるけど。でも最初のきっかけは奴隷狩り時代に『暗殺向きの能力だし肌の色が唯一違う』と特に汚い仕事を任されて、それ以降は暗殺以外の教育されてないから、ってのもあるのよね。まだ国の奴隷として暗部を担っている人も多いし、解放されたダークエルフは当時の若いコばかりで前世代から種族伝来の魔術の教育を受ける機会がなかったの。崩壊直前の帝国内部の暗闘でベテラン暗殺者は使いでがあったみたい。他を頼ろうにも普通は種族ごとの伝来魔術を他種族に教えない。もちろんヒューマンは『亜人』に魔術を教えない。でも生きなきゃならないからできる仕事として暗殺者。互助するために組織を作ったけど組織に縛られてる人が大半、ってところね」
「……本当に救いがないですね。けど私と同程度の魔法が使えるなら冒険者で生計立てられるんじゃないですか?」
「コーヘイは私の刷り込んだいろんな魔法を高い効率で使えるから例外。あなたはダークエルフの外見した成長中の天使みたいなものだもの。魔力量は同じでも普通のダークエルフは速度偏重の身体強化魔法以外は使えないし、使える魔術も人相手の暗殺用や精神作用系ばかりだからねー。だから魔物相手だと暗殺者の技術や魔術で対抗する事に限界があるの。小物相手が限界で本人がなんとか飢えない程度の稼ぎね。冒険者は問題起こして組織を追い出された人が多少やってるけど、子供を養えないと種族として滅んでしまうでしょ。だから生まれながらに魔法の素養がある一部を除いて本当の冒険者として活動するのは難しいわね」
「自力で現状打破するのはほぼ不可能ですね、それ。何とかしたいもんです。といっても今の私で権力者に手出ししたら逆に狩られますが」
「そう。だから権力者には何があっても手出しはしないように。嫌だろうけど権力に従順な『黒犬』を演じなさい」
「わかりました。でも出自とかどうやって説明したもんですかね?」
こうして今後の計画を検討した結果、移動はするが人里近くは目指さない事となり、適度な魔物生息地まで20日程度の日程が組まれた。普通の種族なら転移陣のネットワークを使えば3日程度でいけるとか。途中1カ所だけ間道に関所があるが、あまり重要拠点ではないようで寝静まった頃に門を超え、沈黙の魔法を使いながら抜ければバレないとのこと。また、生息地近くには冒険者が集まる町があるが、魔物が少ないため冒険者も少ない森とそれに続く山を通れば迂回可能だそうだ。
基本方針として「人は避ける」、「フード付のローブで頭と体を隠す」、「誰かを見たら逃げるか隠れる」。……やだー対人恐怖症の人みたいじゃないですかー。
それでも出会ってしまった場合は「冒険者になるため組織から抜けた、元の所属組織は成約上言えない」で通すしかない、という見通し。うーん、面倒そうだから人は避けないとな……。