35.潜入
レドラから飛立ち1日200kmペースで夜間飛行を繰り返した4日目の未明。
目標上空高度10,000ft(約3,000m)で滞空して30分、目標近辺の監視を続けているが人の注意力がもっとも散漫になる午前4時という時間もあってか近辺の警備に見つからずに潜入する目処はついた。
離陸前に装備の点検は済ませてある。得物は取り回しの良さを重視してM4A1、ピカティニーレールには銃身下部にゴム弾装填のM26 MASS(5発ショットガン)、上部に不可視光レーザーサイト、照準はダットサイトを付けている。今は小銃ケースの中だ。
後は交換マガジンにフラッシュバンと催涙弾、念のため破片手榴弾、と。かさばるから1セットしか着けてないけど着地後に安全ならもう数セット召喚したいな。
『それじゃ行ってきます』
『ええ、頑張って』
女神様と会話を交わしてからパラモーターのハーネスを外してダイブ、しばらく夜の闇に溶けるような感覚を味わっていると5,000ft(約1,500m)で高度計が警告音を鳴らす。リップコードを引くと背中のパラシュートが開き、ガクンと減速の衝撃を感じた。
開傘に問題なし、目標も視認、屋根に降りる自信もある。よし、やるぞ。
◇
結局、操作しやすいパラシュートを背負って上空からダイブする事でピンポイントランディングを達成し、その後は勘が鈍らない様1日1回フライトしつつ、土魔法で壁だけ作った仮想目標施設にてわんにゃんズとシムニッションFX弾(ペイント弾)で襲撃訓練をした。
魔法だとはずみで虐殺ってしまいそうなので本番でも銃を使う予定。5.56mm弾なら貫通して致命傷になりにくい、らしいので事後に治癒して回ろう。
わんにゃんズに「弾に当たらず捕まえたら胸揉んでいい」と報賞を提示した所、結構いい訓練になった。なお、胸は揉まれてません(ゾンビ行為は厳正に処罰、蛍光色のシミでわかるっつーの)。
訓練の成果に概ね満足出来るようになった頃には目安の1ヶ月が経過、そろそろカチコミかける時期だ。
目標である組織の本部は標高800m程、カルデラ外輪山のある程度開けた稜線にある。
ふもとの内側のカルデラと外側の白砂な草原は若いダークエルフが魔力を得るための狩り場だ。たまに湖の中の中央山から噴煙が上がるが大規模噴火は150年ほどない。
組織はこのカルデラ地帯を現地の王に金を納めて借りているそうな。人口密集地からは遠く、噴火の恐れがあり、長距離輸送してペイする鉱物もない。白砂は水をはけるから農地にも適さず、カルデラの先は直ぐに海岸。
安くない金がゴミみたい土地から毎年入ると現地政府も喜んで貸している模様。王領なのに代官すら寄越していないので実質自治区扱いだ。
1ヶ月前にこの情報を聞いた時、潜入は空からが最も確実性が高いと判断した。実際、近辺に驚異となる飛行系魔物が居ないため対空警戒は全くないそうだ。
第一標的は頭領イアサント、こいつの奴隷化だ。失敗した場合は強襲に切り替えて力で解らせる。虐殺も視野に入るので出来れば避けたい未来である。
頭領1人を奴隷化しても目的は達成出来ない。組織運営は頭領含めた有力者5人の合議制、頭領は組織をまとめ上げた初代の血脈で権威はあるが独裁者ではなく、集団指導体制の議長的役割らしい。
とはいえ頭領を奴隷化出来れば彼に残りを呼び出させ、不意打ちで5人とも奴隷化すればいい。これなら人的被害なく目的を達成出来る。
方針は固まってるし、本部施設の配置も頭に入れた事で強襲になっても対処できる自信もついた。後の気がかりは万一の場合のわんにゃんズの処遇だな。
正直解放しても最寄りの人里レドラまで無事にたどり着けないだろう、何せ直線距離で800kmだ。収容所で自活の道を探ってもらう事になる。
農業は……、壁の中でもイモならイケルか? でも連作障害で長くは保たないしそもそも種イモがない。となると魔物狩りか。
うーん、近代兵器を召喚しても意味はないし、こっちで普通の武器じゃ無理なんだよな~。せめて強力な遠距離武器があれば。
ん? 強力な遠距離武器ならバリスタ作ればいいんじゃね? 設計は資料にある適当なクロスボウを拡大すればいいから楽だ。
大八車みたいな台車に乗っければ移動砲的に運用できるし射手、装填手、運搬員×2の4人1組でチーム組めば2チームで連携も出来る。壁の上から撃てばほぼ安全。ダミーで買った大工道具もあるから矢の作成やメンテナンスもOK。完璧だ!
――出発前、わんにゃんズにお篭もりして作った移動バリスタ4台分の部材と図面を渡し、10日帰らないなら解放と言い渡す。
家が完成したことで空いた牢獄には、元から粉なので品質が変わらない小麦粉を召喚し半年分ほど詰め込んでおいた。これでバリスタに慣れる前に餓死する事もなかろうて。
わん太は他の奴らに事情を話していなかった様で、事態が把握できていない他のメンバーは困惑顔だ。
……これは、どうしようか? まあわん太にも考えがあるんだろう、任せて旅立つとするか。
「ではわん太、早ければ4、5日で戻りますけど万一の場合はよしなに」
「いや、俺じゃ無理だな。姐御じゃねえとここは維持できねえから早めに帰ってきてくれ」
あのさ、私だって戻って来るつもりだけど万一ってあるでしょうが? などと思うものの良い言葉も浮かばず微妙な間を醸していると声がかかる。
「よくわかんねーけど戻ってこいよ。まだ胸揉むのは諦めてないからな」
「そうだぜ、あんな生殺しじゃ納得できねえ。続きやろうぜ」
口調こそ茶化した調子だが、奴らの表情には不安と私への心配が窺える。ああ、うん。こういう表情されると逆らえないな、ケモミミついてるからなおさらだ。男だけど。
「……わかりました、必ず戻ってくるので待っててください。でも胸は揉ませませんよ」
そこだけば無理。あの報賞も嘘だから。
◇
そろそろ近いな、自分の周りに沈黙の魔法を掛けて……ここでフレア、よしドンピシャだ。
やわらかに目標の屋根に降り立つ。と同時にカッタウェイハンドルを引いてパラシュートを分離、風を起こしてパラシュートを飛ばすと10数秒後には稜線の下に消えていった。
まあ見つかってもここの人間には緑の布にしか見えないだろうけど、発見される要素を減らすに越したことはない。
気配察知や千里眼で確認したところ誰かに気づかれた様子はない。が、一応姿勢を低くして装備を整え直す。胸に着けた予備傘を外し小銃ケースから得物を取り出してコッキング。残る装備も召喚して身に着ける。あ、そういえばガスマスクは久しぶりだな。
屋根はタール板葺きなので充電丸ノコで切断して潜入。屋根裏は梁が巡っているだけでもちろん待ち伏せもなかった。
さて、ここは頭領の居館で間違いないはずだが、念のため千里眼で確認……お、こいつか?
事前情報通りの部屋で、寝台に眠る頭領らしき人影を確認。見た目はヒューマン年齢で30歳というところ、ダークエルフは見た目が若い期間が長いので実年齢は外見からは見分けがつかないが、他の特徴も情報通りなので間違いないだろう。
街のダークエルフは夜に活動する人が多いが、本部詰めの人は『仕事』がないので警邏などの一部を除き朝起きて夜眠る普通の生活をしている。
彼も寝台でお休み中、といっても夜明けまで1時間半だからグズグズしてられない。
高さがないから四つん這いで部屋の上まで移動して、丸ノコで天井板を切断。
お邪魔する前に部屋の6面に遮音の幕を張る。奴隷化した後は声で命令する必要があるので沈黙を解除しないといけないからだ。
でわでわ、準備も出来たしお邪魔しますか。
天井の穴から飛び降り着地する。
その瞬間、寝台の布団が跳ね上がりその影から投げナイフが飛んできた。
ちょ、おまっ、沈黙まだ解除してないのに何でやねん!




