32.ニノンさんの事情
ちょっと短め
「……姐御がおかしくなった」
「なに言ってんだ、姐御がおかしいのはいつものことじゃねえか」
「そうだけどそうじゃねえ、アレは特別におかしいだろ!」
そう言いながら私を指さすわん太。
全部聞こえてるぞ、お前ら。まあおかしい事やってる自覚はあるから反論はしないけど。
指し示す先にいる私が何をしているかというと、15m程の高さに組んだ櫓に登っては飛び降りる、という奇行を繰り返している。2m位の高さから始めて現在約5m。
うん、着地の衝撃を緩衝するために開発した魔法は思った通りの効果を発揮してる、この飛び降りを繰り返していれば調整の感覚をつかむのも早そうだ。
あれから5日。すでにニノンは帰途についたが、私は納得していない。この奇行もこれからの計画の第一歩なのだ。
◇
「どういうことですか! 拷問なんて誰に!」
興奮する私に対して、ニノンの反応は落ち着いたものだった。
「あ、やっぱり怒ってくれるんですね、嬉しいです。でも、だから隠しておきたかったんです。けどバレたから事情を話しますね」
そう言ってニノンは説明を始める。
曰わく、組織の人間は嘘発見器的な真偽の魔術に抗する訓練を受けているため、重要な事実確認をするときは拷問して抵抗力を落とし、真偽にかけるそうだ。
ただ普通は組織も各員を信頼して滅多な事では拷問しない。余程の重大事でなければ行われないそうだ。
当初隠したのはこの習慣を知らなないであろう私がニノンが傷ついた事で責任を感じないようにしたかった、というのだ。
「私も拷問されるのは初めてで痛かったですけどたまに聞く話だったし、お姉さまがそんなことまで必要な人だって解ったから嬉しかったんですよ」
などと笑顔で応えるニノン。対する私はこれまでの言動や行動を振り返り、後悔にさいなまれて無言で視線を落とす。
ああ、マレンコフに開拓現場を見せるんじゃなかった、ニノンに帰還の予定を話すんじゃなかった、連絡員にニノンを指名したのも間違いだった、そもそもニノンに手出ししたからこうなったんじゃないか? などなど思考がグルグル廻る。
しばらく無言が続く。お茶もすっかり冷めてしまった。心配そうに見つめるニノンに対し、私は声をかけた。
「ニノン、痛い思いをさせてしまってすみません。でも、これからは私が守ります。組織に戻らずずっとここに居ませんか?」
後悔しても先には進めない、これからのことを考えればこれがベストな選択なはずだ。
「え? それはちょっと……」
「なぜです? 他の恋人が気になりますか? 私だけでは不満ですか?」
「いえ、確かに気にはなりますけど、お姉さまなら二人だけでもいいと思ってますよ」
「ではなぜ?」
「だってお母さんがいるから……」
ああ、そうか。組織としては家族が人質にもなるんだな。でも。
「お母さんとは折り合いが悪いんじゃないですか?」
自分でもどうかと思う言葉が思わず出てしまった。ニノンは少しうつむきつつも気丈に答える。
「そうですね。でもたまに優しくしてくれることもあったんですよ。それに私の周りはお母さんがいない子ばっかりでしたから、お母さんが居ることをうらやましがられてたんです。だからお母さんは大事にしないといけないんです」
……ニノンの意志はわかった。彼女の母親が人質にされる危険性もあるし、彼女の意志を尊重しよう。
「わかりました。お母さんの事もごめんなさい。でも、そうなるともう私に関わらない方がニノンの為になると思います」
「どうしてそうなるんですか~」
「だって私のせいで拷問されたんですよ?」
「だ・か・らっ、痛かったけど嬉しかったって言ってるじゃないですか! お姉さまが別れたいなら仕方ないですけど、私から離れるつもりはありませんよ?」
無論私もニノンと別れたくない。どうすべきか……。そんな事を考えつつ無言でニノンを見つめているとニノンが反応する。
「はあ~。この話はこれで終わりっ! さっきからおいしそうなお菓子が食べられなくて我慢してるんです。早く食べましょうよ、お姉さま」
あからさまな話題転換だがせっかくの再会の場面だ。後で話す機会もあるだろうから乗ることにしよう。
「え、ええ。お茶も冷めてしまったから淹れ直しますね」
「お菓子食べたら宿の続きしましょうね、寝台もあるし。そうそう、いいもの持ってきてるんですよ」
そう言いながら取り出したのはバナナ的な何か。
え? なんだって?
◇
幸い『バナナ的な何か』で私の精神状態が揺らぐことはなく(まあ似てなかったし)、良いようにニャーニャーなかされた。……ニノン、恐ろしい娘。
落ち着いてから見たニノンの指は形成外科的にほぼ完璧と思える処置で、リハビリを続ければ問題なく動かせるだろう。私がいじってもリハビリの必要はあるのでそのままだ。リハビリの方針だけ伝えたところ、大体同じ事を言われたそうだ。
結局その後は良いようにされた気恥ずかしさとニノンの『触れるな』オーラを感じた事もあって例の話題を出すタイミングが掴めないまま帰還の時間となってしまう。
何事も無かったように機会があればまた指名する約束をしてレドラの支部前で別れた。支部に入って我慢できる自信がなかったからだ。
しかしこの問題を解決する決意はすでに固めている。今はまだ計画が固まっていないから自重してるだけだ。
ちなみに、牢獄に監禁してたわんにゃんズは収容所に戻るまですっかり意識の外にあったので解放した時は文句タラタラだった。
メシも娯楽も用意してやってたんだから丸1日くらい耐えろよ。でもシモの処理だけは正直スマンカッタ。




