31.ニノンさんの隠し事
格子に編んだ竹組みに鏝で土をかぶせる作業中のわんにゃんズを横目に、作業が終わった部分を魔法で硬化して回る。
ふむ、やはり圧縮なしで硬化すると水気が抜けてひび割れるな。けど塗り重ねれば大丈夫、だと伝統建築のテキストには書いてある。信じましょう。
魔物避けの土壁なら圧縮かけた後に硬化でいいんだけど、家の壁を圧縮すると骨材に負担かけそうで怖いからね、できるだけテキストに従うことにしました。
土の善し悪しがイマイチ見分けられないので多少不安ではあるけど、木骨が支えてくれるからいきなり倒壊って事態はないでしょ。
仕込んでいる漆喰がまだ熟成中だから仕上げまでは間に合わないけど、見た目さえ気にしなければほぼ出来上がりが見えた。
それ以外だと窓か。板ガラスがまだ製造できないから戸板でふさいぐだけ。まあ採光用だし、雨が降ったら暗いけど我慢我慢。
魔法で焼いた素焼き坩堝でガラス溶かそうと温度上げたら坩堝が爆発したからなー。ガラスの融点って確か1000度以上だからね、耐火材料の研究が課題だ。
ともあれ今日中に1部屋は完成させねばならぬ。明日はいよいよニノンがやってくるんだから。
――ニノンを招くことが決まってからしばらくはうかれながら日々の作業をしていたけど、昨日になって突然気付いたんですよ、私の居住スペースがないと怪しまれるんじゃね? と。
家の形がなかった頃に来たマレンコフへの言い訳は『穴掘ってそこで暮らしてた』で済むけれども、ここまで家の形ができているのに私の居住スペースが穴、ってのは不自然。ニノンに見栄を張りたいという思いもある。
ニノンならハウスに招いてもいいんだけど、彼女は組織への報告義務があるからねー、秘密を明かしてしまうと組織にもバレるから隠しておいた方がいい。
というわけでニノン来訪に合わせて1部屋を優先的に作業中。ベッドやテーブル、イスといった家具も素朴デザインな製品の召喚で一通り揃えた。ふふ、明日が楽しみだな。
◇
「こんにちは。話は聞いてますか?」
ヒューマンが経営する宿のカウンターで符丁のハンドサインを見せながら問う。
チラとした視線で顔を確認された。ここは以前ニノンと別れた時に使った宿で、店主も私を覚えていたようだ。
「ああ、お前だったのか。前と同じ部屋を用意してある、鍵は……これだ。わかってると思うが部屋以外でフードを外すなよ、部屋に入ったらすぐ戸締まりしろ」
ダークエルフ御用達とバレると宿の評判が下がってしまうので注意を受けた。まあ組織が定期的にカネ入れてるみたいだから、リスクとリターンを勘案してその辺は許容範囲と割り切ってるんだろう。
思うところはあるけどわざわざ事を荒立てる必要もないし、従っとくか。
「心得てます。では」
表面上は冷静を保ちつつ内心ではウキウキしながら部屋に向かい、ニノンを待つ。
そういやもう半年近く経ったんだよなー、本当に楽しみだ。
しばらくまんじりとした時間を過ごしていると、扉が符丁のリズムでノックされた。
扉を開けるとフードで顔を隠した女の子が一人。スッと部屋に入り、戸締まりを確認。そこでようやくフードを外した。
「お久しぶりですっ! アミラお姉さまっ!」
そう感慨深げに言いながら私に飛び付くニノン。ああ、やはりいいモノですね、ニノンのお胸は。
ちょっとゲスい思考に捕らわれつつ、顔を見て応えようと身体を離すと間髪入れずに頭をホールドされ、唇を奪われる。
「?? んん~!」
いきなりの事で混乱しちょっと抵抗してしまうと、ニノンは首に腕を回し足を絡める華麗なテクニックで私の抵抗を抑えこむ。
あ、気持ちよくなってきた、などと思っているとニノンが拘束を解いてくれた。
「ふう……。ふふふ、再会したら今度は自分からしようって思ってたんです。これでおあいこですね、お姉さま!」
……いえ、私の負けです。とは言えない。お姉さまの矜持見せてやるぜ!
「ええ。私も求められて光栄ですよ、ニノン」
あー、なんて月並みな返しなんだろう。もっとこう中二病的な歯の浮くセリフのひとつでも出てこないんだろか、などと顔に出さず後悔したが、ニノンはその言葉で喜んでくれた。チョロかわいいよ、ニノン。
◇
「おう、思ってたより早く出てきたな。半時(1時間)位は覚悟してたんだが」
部屋を出て二人でカウンターに向かうと、その奥に居たマレンコフから声をかけられる。
……あれから10分ほどニノンにイジられたんだけど、流石にこれ以上は私の家で、という説得で解放され今に至る。
なんか行為を憶測されてるようで恥ずかしいが、マレンコフは気にしてない様だし私も普通に対応せねば。
「再会の喜びは我が家で堪能する事にしたので。もう出発して良いですか?」
「家ってあの穴蔵か? ここを使った方がいいんじゃないか? あと半時くらいなら待つぞ」
あー、そういやマレンコフが来た時はわんにゃんズの牢獄しかなかったからなー。
「あれから家を建てたんです。まだ未完成ですけど、生活出来る状態にはなっているのでお気遣いは無用ですよ」
「早いな。……いや、お前なら魔法で何とかなるのか。ともかく解った、行っていいぞ。じゃあ嬢ちゃん、よろしく頼む」
そうニノンに声をかけるマレンコフ。
「はい! 任せてください!」
ニノンは元気に応えつつも私に絡めた腕は離さない。
いや、私としては嬉しいんだけどさ、組織人としていいのかい、ニノンさんや。マレンコフも苦笑してるぞ。
◇
「うわーっ! これがお姉さまのお家ですか。大きくて立派ですね!」
そうニノンは誉めてくれるけど、正直まだ施工中で骨組みだけの部分も残った何とも微妙な外観なんだけどね。でも8部屋平屋建てなので大きいといえば大きい。
なお、なんとか1部屋は仕上げを除いて完成しました。
「ありがとう。さ、こっちですよ。お茶とお菓子も用意してますから」
部屋に通し、土間で靴を脱いでスリッパに変える様に伝えると少し不思議そうな顔をされたものの素直に従ってくれた。
部屋のテーブルには用意した白磁のティーセットとお菓子。茶器を見たニノンは興奮して話しかけてくる。
「うわっ! 何ですかこの器! 真っ白で綺麗ですね、どこで手に入れたんですか?」
う、もしかして白磁器ってここじゃ珍しいのか? 後で女神様に確認するとしてこの場は誤魔化しとくか。
「故郷にあったものですよ。さ、お茶を淹れますから座って下さい」
椅子を引いて着席を促す。
「ありがとうございます! あ、お菓子もおいしそう」
「ふふ、お茶と一緒の方がおいしいからちょっと待ってて下さいね」
「あの、この器ってどうやって使うんですか?」
そうかティーカップの使い方も分からないんだな。初めてならソーサー持ちながらの方が飲みやすいかな、などとお茶を淹れながら考える。
「私が飲むのを真似すれば大丈夫ですよ。……さ、どうぞ」
お茶を淹れ終わり、私も着席してソーサーを持ちお茶を飲む。それをおっかなびっくりで真似するニノン。かわいい。あ、左手の小指立ってる。
「……どうしたんですか、お姉さま」
見つめた視線を感じたニノンが問いかける。かわいいから見とれてました、と言うのは恥ずかしいな~。
「小指立てて飲むんだな、と思いまして」
それを聞いたニノンが予想外の行動に出た。
乱暴に茶器を置き、左手を後ろ手に隠す。さらに引きつった声で叫んだ。
「なんでもないです! 全然大丈夫ですから!」
……いや、全然大丈夫じゃないだろ。予想外の行動に一瞬固まってしまったが、何かあった事は明確。聞き出さねば。
しばらく言え言わないの問答を繰り返したが、ニノンはあきらめて自白した。
「はあ~、お姉さまには隠せないですね。実は拷問を受けて小指落とされたんです。治癒されて繋がったんですが、まだ上手く動かせなくて……」
……なんだって?




