3.理想のディストピア
俺はニートになりたかった。何故か。
大きい声では言えないが妄想の時間を確保したかったのだ。
妄想していたのは社会の仕組み。どんな統治システムを築けばどんな結果になるか、などなど頭の中で延々とシミュレートするのが至福の時間であった。
シミュレートのネタとして古代から現代に致るまでの統治システム、王政・帝政・共和制・封建制・共産主義・全体主義等の利点・問題点を調べ、さらに兵器や産業など技術知識を仕入てこの時代にこのシステムや技術があったらどうなったか、などなど妄想を始めると様々なシチュエーションが無数に分岐し良いところで自由時間が途切れてしまう。故に時間が欲しかったのだ。
自分でもかなり特殊な趣味をしてると思うが、好きなものは好きだからしょうがないんだぜ。
なお、考察の結果を論文だのブログだのに残すことは一切なく妄想そのものが目的だった。
マンガや映画などの娯楽作品もシミュレートのネタとして重宝しており、ディストピア物は大好物だ。
女神様がディストピアの統治システムに興味深々のご様子だったため、俺の考えた表面上は理想郷になるディストピア統治システムを延々と解説した。いやー、日本じゃ同好の志が居なくてこんな話はしなかったからノリノリですよ。もう。
基本方針は科学技術や魔法・魔術を発展させ、民衆に楽させることで従順に統治できる愚民化政策を行う。権力に就く者はパブリックサーバントたることを強制する公の奴隷(命令違反に懲罰を与える魔法があるそうな)にすることで汚職撲滅! 差別意識は基本幼い頃からの教育で矯正していくが、手っ取り早くしたいなら思想改造(洗脳)みたいな手段もあるよ。などなど、思いついたことを適当に話した。
もちろん独裁。ただし無謬の独裁者でないとすぐに崩壊するだろう。
ディストピアにすっかりご満悦の様子の女神様。ちょくちょく『理想郷』じゃないですよと訂正いれながら話を進めるも、表面上の利点に目が行って欠点を認識してなさそうだ。
うーん、AE世界は文明レベル低そうだし、そういう環境なら魅力を感じるのかな。トマス・モアの『ユートピア』は今の価値観ならディストピアそのものだしね。
さて、女神様の目標はディストピアに決まった。良いのかなぁと思いつつ、女神様の決定なので何も言わないでおく。
次に問題となるのは達成手段である。時間的余裕は千年単位で残っているそうだが、今の女神様は神罰も落とせず神託も無視され直接介入が出来ない。何もしなければ改善の見込みもない。
「となると誰か代理人、んー、神の使いだからこの場合は使徒か。そういう人材を遣わして実現するしかないんじゃないですかねぇ。天使とかいないんですか?」
「いるけど今の私じゃ送れないわ。下界の者に比べ存在が大きすぎて神罰落とすより力が要るもの。それに天使だとディストピアを築くのに要るっていう技術の発展に役立たないんじゃないかな。基本脳筋だし」
「天使って脳筋なんだ……。じゃあ下界の人から選ぶしかないですね。迫害を受けてた種族が強大な力を得て独裁者になり、種族間の和解を進めるってのが理想の展開ですが」
「魔力の成長限界があるから強大な力を与えるのは無理」
「成長キャップって外せないんですか?」
「ここで創造した体なら天使並みに成長出来るけど……。これだわ!」
女神様の思いついた案は天使並みに成長可能な被迫害種族の体を造り、魔法その他の知識を詰め込んで下界に送る。成長したら各地を征服し独裁者として君臨する、というものだ。うん、いいんじゃないでしょか。
最も迫害されているのはダークエルフ。俺は好きだけどなぁ、女限定で。エロい感じがた堪らないじゃないか。
残る問題は成長までの安全確保と科学技術知識の伝授だな。
体に大きな力を与えすぎるとそもそも送れなくなってしまうので本末転倒、かといって弱いとすぐ死んでしまい意味がない。
レベルアップを待たないとまともに使えないが、魔法・魔術の知識も詰め込むのでこれも送る際の抵抗力となる。
送り出せる限界値はダークエルフ成人女性程度の身体能力(身体強化魔法標準効果付)と、そこそこ強い程度の魔物を退治できるダークエルフ30歳(ヒューマン年齢なら15歳)程度の魔力だそうだ。
修羅の国AE世界じゃ安全確保の方法がないとかなり不安だな。
「いつでも入れるシェルターがあればいいんですけど、なんか魔法道具ないんですか?」
「あるわよー。時空間魔法を駆使したハウス兼ストレージボックスの腕輪。ハウスは異空間だからシェルターになるでしょ。
保有魔力に応じて広さや容量が増えてくし、内部の時間経過を調整する機能も付いてるの。魔力が天使並みになれば島くらいの空間楽に作れるわよ。でも能力もう少し削らないとセットで送れないかな」
「そりゃ凄い。魔力は削りたくないから身体能力ですかねぇ。魔法で身体強化したヒューマン男性程度の能力ならいけますか?」
「それなら大丈夫」
「じゃそれで。あー、盗難と紛失の危険もあるか
。いつでも手元に戻せる魔法とかは?」
「あるけど付与するならもう少し能力削らないと無理よ。身体強化したヒューマン女性くらいね。まあ弱い魔物を狙って倒していけばすぐ伸びるでしょ」
あと怖いのは中途半端に強くなった時の嫉妬。シェルターがあってもふとした拍子に暗殺される危険もある。人心を惹きつける手段があればいいんだけど。
そういや某宗教が医療伝道やってたな。欠損部位を再生したりすれば崇められて手出し出来なくなるんじゃなかろうか?
「下界の医療事情ってどんな感じなんですか? 病気とかの治療法は?」
「病気は生薬飲ませたあと体力回復の魔術をかけて本人の生命力任せねー。傷は心臓や頭が傷ついてなければ回復魔術で大抵直るわよ。さすがに千切れそうなのを直せるだけの魔力持ってる者はわずかだけど」
「俺の常識じゃ計り知れないな……。でも病気は魔法で治らないんですね。もしかして部位欠損も千切れた先がなくなると再生できない?」
「あら、よく分かるわね。あくまで傷を繋げるだけだから再生出来ないわね」
「地球では幹細胞という概念がありましてね……」
と、地球の医療事情、化学医薬品や手術で多くの病気が治療可能なことや、再生医療の概念を説明し、抑止力として機能するんじゃないかと提案した。
「素晴らしいわ。地球の管轄者に技術提供の交渉しないと!」
「あ、じゃあ医療以外に欲しい技術がいっぱいあるんで一緒に頼んでください。くれるか判らない
のもありますが、まずは希望内容の相談しましょう」
こうして地球の科学技術やAE世界の魔法について、ついでにニートの素晴らしさ(共感得られず)などの雑談を交えながら要求をまとめ、結果として地球の管轄者より以下の技術と行使可能能力の提供を受けた
◆現存の産業・医療に関する技術資料(日・英)
これらの技術資料は文字だけでなく、映像なども含んでいて、地球の神より贈られたタブレットで閲覧や検索できるようになっている。
資料は製品マニュアルから先端研究の論文まで網羅されているようだ。中には軍事機密な資料もあるが異世界だから大丈夫だよ。しかしすげーな。まだ見ぬダークエルフさんが理解するのに何年かかるんだ。
◆俺が記憶していた範囲の製品一式のコピー作成能力(制限付)
これは通ると思わなかった。女神様との雑談の中で、複製魔法があり原理は近くの空間にある元素を使ってコピーを造る、と聞いた。「じゃ地球の製品もコピーできるんじゃね?」と思い立ち、初めは「地球の全製品」のコピー作成能力を要求した。
要求がデカすぎて混乱していたのか、俺の記憶範囲に要求を下げると譲歩した気になったようで、あっさり承認され、女神様が読み取って伝えた俺の記憶から、地球の神様が元製品の構造をサクッと解析して提供してくれた。
これもタブレットに製品の一覧が収まっており、コピーしたいものを選ぶと複製魔法がタブレットから複製元の情報を読み取ってコピーできるようになっている。
ただし製品の価値に合わせて必要魔力が大きくなり、複製魔法の特性上どんなに魔力を注いでも最長3日間でチリのように崩れてしまう。
また、両手で持ち運べないものは異空間のハウス内でのみ複製可能という制限事項がついた。
それでも工業化を進める時に製品の実物は大いに参考となるだろう。
……一覧には核兵器や化学兵器もあるが、ダークエルフさんが気付くことは無い、と思いたい。
◆医薬品・医療機器のコピー作成能力(制限付)
これは俺の記憶範囲に医療知識が乏しかったので、医療資料を元に地球の神様が集めてくれた。
制限はその他製品と同じである。
再生医療については地球でも技術が確立してないし、体を創る魔法があるならそっちアレンジすれば? とのこと。
神のタブレットは契約者の魔力を動力とするため、他者には扱えない。契約の変更権限は女神様にあるので今は俺も使えるが。
「でもこれって壊れたらマズいですよねぇ。あと盗難紛失も」
「その板? そのものも送るの結構大変だけど、自動修復や帰還の付与もすると大分体の能力落とさないと駄目ね。具体的には身体能力が強化魔法なしの普通のヒューマン成人女性、魔力はヒューマン男性10歳児程度かな」
「それで魔物退治出来ますか?」
「シェルターに隠れながら最弱のスライムを狩り続ければなんとか」
ふむ。苦労をかけるが頑張ってくれ、ダークエルフさん。
「じゃあとは再生医療の方ですが、こっちじゃ体は作れるのになんで再生医療がないんですか?」
「人体創造は私しかできないもの。それに同じ人間の一部だけ創るっていう発想がなかったわ」
「それダークエルフでもできます?」
「人体創造はさすがに駄目だけど、腕とか臓器とか一部の創造ならできるようにするわよ。繋げる方法は知らないけど」
「ああ、例えば腕を切断した直後なら繋がるんですよね、同じ方法じゃ駄目ですか?」
「猶予時間は切断されてから出血が止まるまでね。それ以降は繋げても動かなくなるし、段々腐っていくから意味がないわ」
うーん、魔法の場合、時間が経つと神経と血管が繋がらなくなるんだな、多分。地球の医療技術なら繋げられるけど、手術室はハウス内しか設置できないから他人入れられないじゃないか。となると臓器移植もできないな。
空間魔法があるなら臓器の入れ替えはできそうだけど位置決めできないとな。透視、というか見たいところを見たいスケールで見られる能力があればいいな。あとは念力みたいな力で止血しつつ神経や血管を繋げる位置に誘導して回復魔法で繋げれば行けそう。ああ、神経や血管もどの部位用なのか鑑定できれば繋げるときに大幅に楽ができるぞ。全部やるとしたら処理が追いつくのか不安だな。思考速度も上げられるか?
などという考察結果を女神様に伝えたところ、それらは詰め込む予定の魔法にあるので問題なし。思考速度は初めから天使並みの超高速性能にするつもりだったそうな。しかも一部創造を除いて消費魔力は少な目なので早い時期に同時使用できる、とのこと。腫瘍摘出くらいなら早めにできそうだな。ダークエルフさんの安寧のため考察が間違って無いことを祈るぜ。
「もういいかな。それじゃあ体を創るわよー、公平の希望は最大限叶えてあげるから言ってみて」