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19.アミラさん泣かれる

「そう、ですね。出来たらいいですね。ニノンさんの治療以上に可能性は薄いと思いますが」

「わあ、すごく楽しみです!」


 はしゃいだ様子を見ると心苦しいが、そもそも不妊治療が可能かどうかもまだ不確定だし、iPS細胞うんぬんの解説しても理解してもらえなさそうなので、私との子供については「絶対不可能ではないけどほぼ無理」と釘を差しておいた。例え出来たとしてもディストピア建設の目処が立たないと進められないしねー。


 会話中のニュアンスではヒューマンとの混血なことにナーバスな様子だったが、ニノンさんの育った環境はそれほど悪くはなかったようだ。ただ『望まれて生まれた子供』ではなかったので母親との関係はあまりよくなかった。そのため自分の体にはコンプレックスがあるとのこと。

 しかし周囲のお姉さま達にかわいがられて育ったため、人好きな性格か形成されたとか。組織には仕事中のトラブルが元で生まれる『あいのこ』も多いので、託児所のようなシステムがあるそうだ。ちなみに「そこのお姉さまにいろいろ教えてもらったから両方好き」だって。

 うーむ、こんなところにもクズな男の犠牲者が。性犯罪者への制裁はアレだな、うん。肉人形でも実習したしきっと生かしたままやれるだろ。



 その後、3日ぐらいは上機嫌だったニノンさん。ある時突然立ち止まってのたまった。


「あっ、アミラお姉さまって南大陸に行くんだっけ」

 ちっ、気付きやがった。じゃなくて、どうしようかな。戻ってくる予定ではあるけど、組織に伝えたカバーストーリーと矛盾するし。ええい、また嘘を重ねるか。


「……ええ、南大陸には必ず向かいます。遺言ですから。けれどそこで同胞に会えるとは思っていません。しばらくは探してみますが、駄目なときは戻ってきますよ」

「でも見つかれば戻ってこないんでしょ?」

 そう涙目で見上げるニノンさん。うわ、罪悪感が凄い。反則だよー、女の子の涙は。でもここで流されてはいけない。鋼の意志だ。

「そうですね。ただ可能性はこちらに戻ってくる方が高いと思ってます」

 微妙にヘタれたがまあ問題ない回答だろう。これ以上の譲歩はちょっと無理だなー。


「……アミラお姉さまの希望が叶わない時に、私の希望が叶う、ってことですね。すごく複雑な気持ちです」

 おおっと、そう取りましたか。いやその通りだけど「嘘です」とは言えないし。

「気にしなくていいですよ、元々あまり期待していた訳じゃないんです。一時いっときはお別れですが、また会う時まで待っていてください」

「わか、り、ましたぁ……」

 あああ、もう涙でぐしょぐしょだあ。反則だよお。



 その後、表面上は元のように接してくれるようになったけど、前と全く同じという訳じゃない。どこかに隔たりが感じられる。といっても好意は今まで通り示してくれるので「私の希望が叶わない」という点を気にしている様子。私は変化に気付かないフリしてますが、うーん、罪悪感。


 ニノンさんに北大陸へ戻ってくる可能性を打ち明けてしまったので、組織にもその旨伝えることにした。帰ってきたときに備えて勧誘計画とか立てられると面倒なので、戻っても組織に加入する意志がないことを明確に伝えるためだ。


 これまでに何度も会ってきた面会者はそれぞれの都市や地域を束ねる偉い人のようで、面会の目的は過去に組織に属していなかったかを確認する面通しのようだ。

 意志を伝える相手が偉い人なので話は早い。が、相手は海千山千の経験豊富な者である。直接的な表現こそないものの、要約すると「組織通さず仕事したらどうなるかわかっとるんか、んん?」と脅された。わかってますよ、そんなこと。「内容によっては協力もやぶさかではない」と答えときましたよ。まあ私が『魔法使い』であることは伝わっているので暴れられることを恐れて婉曲表現で言われてるんだろうね。


 と、情にほだされて弱みを見せてしまったが、これくらいならリカバー可能な範囲、と思いたい。まあ組織の幹部とそれなりに話せるような面識ができたことで将来役に立つこともあるかもしれないしな。前向きに考えよう。


 移動の行程そのものは順調に消化中。懸念はニノンさんとの関係だな。あー、軽はずみな言動で下手打ったー。



 ついに行程最終日の前日。明日1回転移すれば最も南大陸に近い町レドラに到着である。今日までの行程は28日間であった。約9000kmという距離を考えると早いのか遅いのか。もし飛行機なら飛行時間で半日だけどね。

 最後の面会で、残っていた銀と金のほとんどを組織に献上した(持ち運ぶには重すぎる量に驚かれたけど「魔法使いの秘密です」で通しました)。残りは銀貨50枚と金が約100g。こんだけ渡すんだから貸し借りなしだぞ、と暗に伝えて一応の了解も得られました(サインと拇印入り領収書受領済み)。量のことはちと迂闊だったがとりあえず一安心かな。


 割り当てられた個室でハウスにおこもりしようとしていたとき、扉がノックされた。ここに来て協定違反か? と多少イラつきながら扉を開けるとそこにいたのはニノンさん。一時お別れに納得してもらったはずだけど……。


「もしかすると今日が最後の夜だから、やっぱり思い出が欲しいです……」

 あ、うん。どうしよう。……いや、まだ組織のテリトリーにいることを考えるとお断りすべきだ。大変心苦しいが、鋼の意志だ。

「ごめんなさい。ニノンさんのことは本当に好きですが、やはり……」

「……わかりました。ではまた明日」


 そう言いながら涙をこらえた笑顔で去っていった。うわあ物わかりが良いのも考え物だ。ざ、罪悪感が。


 ハウスにこもってしばらく悶々とする。……こういう時は女神様と相談だ。

「……とまあ、こんな状況ですが、いかんせん?」

「アミラって実はただのヘタレじゃないの?」

 ぐ、確信を突かれた気がする。言い訳はいろいろ思いつくが根本的にはそういうことかもしれない。

「そう、かもしれませんね。そうか、うん」

「まあ今日はもう挽回できないと思うけど、明日は最後でしょ。男気見せなさいよー」

「はは、言ってくれますね。でも覚悟はできました。町を出る直前なら組織もとやかく言わないでしょう。そこで決めますよ」

「うん、頑張りなさい」



 最終日。少しうかない顔をしつつもいつも通りに振る舞おうとしているニノンさんと、昨日面会した幹部のえーっと、マ、マ、マチアスと共に転移陣で目的地の町レドラに赴く。マチアスは元々レドラの統括だが、私が宿泊する拠点にわざわざ出張していたそうだ。手間かけさせたね。


 到着したレドラは幾重もの壁に囲まれた城塞であった。地峡の最短部に位置し、地峡の東西約15kmすべてに壁をもうけ、さらに海側にもそれぞれ400mほど張り出させて魔物の進入を防いでいる。町は最も高い位置、地峡のほぼ中央にあり東西南それぞれ2.5kmほどの壁で覆われ、南大陸側に張り出している。

 壁は帝国末期に魔法使いや魔術師を大量動員して建設され、維持も魔術で行っているとか。他国からの援助はあるものの、ここを管轄する国はその維持費でなかなか大変だそうな。

 壁から先は3kmほど何もない荒野が広がり、その先に草原、森が広がっている。荒野はわざわざ人の手で設けたもので、クリアゾーンを確保する目的がある。私の活動拠点は草原から先になるけど、冒険者達は毎日通うのが大変そうだ。


 冒険者はベテラン中位からトップレベルか集う魔物防衛の最前線。治癒できる冒険者も多いので、仮面治癒師のような活動はあまりできそうもない。ま、経験も重なったので怪我の治癒はもうあまりやる必要もないけど、もしけが人を見かけた場合は治癒しておこう。襲われない限り。

 トップレベル相手だと魔力量でもまだ負けるから危険を感じたら多少不自然でもすぐハウスに引き込こもりだな。


 さて、いよいよお別れの時だ。マチアスに頼んで二人きりになれる場所を用意してもらった。本当は門を出てからにしたいが、門を出ると再入場に手続きがいるので町の中である。


「お別れですね、アミラお姉さま。道中楽しかったですよ」

 そう切り出すニノンさん。いやニノン。

「ニノン、あなたにだけ秘密を打ち明けましょう。でもこの秘密を組織や他の誰かに明かしたら再会はなしです。もちろん治療も。秘密を守れますか?」

「えっ……。はい、守ります!」

 困惑しつつもはっきり答えるニノン。


「南大陸には必ず行かなくてはいけないのですが、その後必ず北大陸に戻ってきます。いつになるかは未定ですが、必ずです。実は遺言って嘘なんですよ」

「そうなんですか。じゃあアミラお姉さまの希望が叶わないって悩まなくていいんですね!」

「ええ、ニノンのためにも必ず帰ってきます。ああ、秘密はできるだけ守って欲しいですけど、拷問されりしたら話していいですよ。だからこれ以上のことはまだ秘密です」

「気になりますが、聞きません」


「再会を願って、私の想いを行動で示します」

 そう言ってニノンのおとがいを軽く持ち上げる。一瞬驚愕の表情を浮かべるが、理解してくれたのか目を閉じるニノン。顔を近づけ、鼻と鼻がすれ違い、唇が重なる。


 4,5秒ほど唇が重なる時間が経過するとニノンの手が私の頭を確保した。続いて私の唇に進入する舌。そのまま口内に進入を続け、私の舌を探り出す。


 さ、さすが恋多き乙女。ええい、覚悟を決めたじゃないか、このまま行くぞ!


 ……そして私はニノンに蹂躙された。えっと、凄かったです。


「ふう、うれしかったですよ。アミラお姉さまから求められたなんて光栄です」

「……ええ、ニノンは素晴らしい女の子ですから」

「ふふ、再会の時はもっと楽しいことしましょう」

「お手柔らかに……」

 立場が逆転してしまったが、まあいい。私の想いは伝わったのだから。



 ニノンとはそのまま別れた。門の周囲は冒険者が多く、ニノンでは万一の事態に対処できないからだ。代わりにマチアスが監視の役を請け負った。


「では、同胞が見つからないようであれば戻ってきますので、そのときはよしなに」

「ああ、わかってる。勧誘もしないように根回ししとくから安心しな」

「助かります。では」


 振り返らず門に向け歩を進める。厚さ5mはある壁を越え、荒野に出た。さて、女神様に経過報告といくか。

『決めてきましたよ、女神様』

『そう、良かったわ。どうだった?』

『私が蹂躙されました』

『ふふふ、ヘタレのアミラにぴったりの相手だったわね』

『ええ、そう思いますよ』


 こうしてヒューマン領域と一旦お別れする事となった。

建設中の木間市タワーは中層階で無期限建設中止となりました。ご理解たまわりますようお願い申しあげます。

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