18.アミラさん疲れる
「ニノンさん、とりあえず離れてもらえますか?」
「はーい、わかりましたぁ」
首にからめていた腕を戻し離れるニノン。それでも笑顔をキープして好意を示してくれている。いや、正直もったいないという思いも無いわけではないが、展開が早すぎて考えが追いつかない。作戦タイムを要求する!
「えーと、少し落ち着きたいのでもう一度ひとりにさせていただけますか? 落ち着いたらあの部屋に向かいます」
「ふむ、いいでしょう。といってもニノン以外の連絡員をご希望ですとかなりお待ちいただくことになりますよ。あらかじめお知りおきください。ほらニノン、行きましょう。アミラ殿とはまた後でゆっくりお話しできますから」
「そんなぁ、アミラお姉さまはニノンのこと嫌いですか?」
「いえ、嫌いではないですよ。いきなりのことで驚いているだけです。落ち着いたらまたお話ししましょう」
「わかりました! 待ってますねー」
こうして2人は去っていった。疲れる……。
『……と、こんな感じですが、どうしましょっか、女神様』
『いっそのこと手をだしたら? 向こうは好いてくれてるんでしょ? アミラの状況改善にも役立ちそうだし』
なんちゅう無責任なことを言いますかね、この女神様は。
『えー、だってあからさまな美人局ですよ。私も興味ないわけじゃ無いですけど、もし関係したらワレ、なに組織の女に手ぇ出しとんじゃい、と難癖付けられる未来がありありと見えるじゃないですか。それに会ってすぐにあんなに好意を示してくれるのも怪しいと言えば怪しいです』
『女の子相手でも猜疑心は薄れないのね。まあアミラの言うこともわかるけど、一目惚れってのもあるわよ』
『で、情に流された私は組織に捕らわれて裏の仕事をする事になるわけですよ。それはゴメンです』
『う。それは困るわね』
相談の結果、ここに留まるのもリスクが高いということもあり、ニノンさんの同行で手を打つこととなった。ただし『お手だし厳禁』である。お手だしさえなければ難癖付ける口実はないのだ。今のところカバーストーリーの穴を突くような様子もないしな。
しかしあの元日本人には馴染みの薄いボディコンタクト攻撃を交わし続けるのは骨が折れそうだ。
◇
「もう、アミラお姉さまはいつになったら普通にお話ししてくれるんですか? 私の方が年下なんだからもっと砕けてくださいよっ!」
「だからこれが私の素の話し方だって言ってるじゃないですか……」
グルックを発って10日。ニノンさんのおかげもあって順調に行程を消化中である。ダークエルフの移動に慣れているだけあって大変助かる。が、疲れる。ニノンさんとの会話に疲れる。接触に疲れる。
このニノンさん、一部の転移陣でのダークエルフ独特の手続き(贈賄)や、町の拠点での伝言・伝令などルーチンワーク的な仕事はきっちりこなす。けど、それ以外のことはしない。第一印象通りのお仕事ぶりである。そして隙あらば私と個人的な接触を深めようとする。腕にからみついたり(これはあきらめて好きにさせてる)、毛布に潜り込んだり(もちろん追い出しました)。
失礼を承知で言えば、伝ゼークト分類による『無能な怠け者』さんである。なるほど連絡将校にぴったりだね。
しかし侮れない。聴取能力は高いのだ。私の個人的な好みや過去の話を巧みに聞き出そうとしてくる。といっても組織のための情報収集というよりは、私のことを詳しく知りたいという気持ちが伝わってくる。本当に好かれていると考えてよいのではなかろうか。
でもねえ、下手に話して墓穴掘る訳にもいかないのでまともにお答えを返していないのですよ。ニノンさんが知ったことは組織も知るだろうし。結果ニノンさんが不満を訴え、何かしら進展が実感できるようなことをたくらむ機会が増えるのですよ。夜這いとか。
『お手だし』より『お手出され』の危機だね。ちなみに一度組織の拠点で指定の面会者に改善を要求したが、要約すると監視には好都合なので我慢して、との回答。どうも『お手だし』しても気にしない様子ではあったが、油断はできないので『お手だし厳禁』は継続中。夜這いもきつく言いつけたらなくなりました。
そんな状況の中、今回は私の言葉遣いを変えて一歩先に進めたいと考えているご様子。無理だよー、丁寧キャラ以外はボロが出るから無理だよー。女の話し方なんて中身おっさんの私には無理だよー。
「強情だなー。でもいつか落としますよー。たまに私の体をなめるように見てるのはわかってるんですからね!」
「……ごめんなさい」
しょうがないね、中身おっさんだもんね。性格も結構好きですよ。疲れるけど。
「いえ、脈がないわけじゃないんだからうれしいです。いつか褥を共にましょう」
「それはあきらめてください」
「えー、なんでですかあー」
ああああ、疲れる……。
◇
行程15日目の夜、行程は約半分まで消化した。今日は個室が割り当てられたのでハウスにて女神様との報告会。毛布には背嚢などをつっこんで人の膨らみを偽装している。
「とまあ、最近のニノンさんとのやりとりはこんな感じですね」
「それは本当に手だしした方がいいんじゃないの?」
「まだ言いますか。確かに私も彼女のことは嫌いではない、というか好きですし、好意には好意で返したいです。でも監禁・洗脳の恐怖に耐えられませんよ」
「アミラにとっていい刺激になると思うけど。いざとなったらいつもみたいにハウスに引きこもればいいじゃない」
「今回は通過するだけですけど、いつかこっちに戻っていろいろやらないといけないんですよ? その時組織から逃げた過去があると目を付けられて大変やりにくくなると思いますが、よろしいですか?」
「そうか、確かにそうよね。でも本当にいい機会だと思うんだけど。まあ肉体的接触は避けるとしても精神的関係を深めるのはいいんじゃないかな。例えばニノンがどうしてアミラを好きなのか聞いてみたら?」
む、それは確かに興味ある。あと『お姉さま』呼びの意味とか。
「そうですね。機会があれば聞いてみましょう」
◇
「そういえばどうして私のことを『お姉さま』って呼ぶんですか?」
なんとなく会話が途切れたのでふと思いついたように聞いてみる。
「え? だってアミラお姉さまは確実に年上じゃないですか、年上はみんなお姉さまですよ」
ああ、そういう意味だったのね。納得。でも確実に年上ってほどか?
「それほど年も離れてないように見えますけど」
「え? もしかして……。ううん何でもないです」
えー、気になるなあ。まあツッコむのは地雷踏みそうだからやめとくか。次なる疑問もついでに聞いとこっと。
「ニノンさんは私のどこが気に入ったんでしょう? ああ、私もニノンさんのことは好きですよ。気兼ねなく接することができて、おまけに好いてくれてるんですから」
「本当ですか! わあ、うれしいな。じゃあ今夜は大丈夫ですね?」
「それは却下です。それよりどうして私が好きなんですか?」
「やっぱり最初に会ったときの印象が大きいです。一目惚れってやつですね。もちろん今はもっと好きですよ。丁寧に接してくれたり、いろいろ気遣いしてくれるところが大好きです。いろんな人と接してきたけどその中でも5番目くらいかな」
おおう、恋多き女の子だね。でも確か彼女両方いけるんだよな。
「それは光栄ですね。でもニノンさん男とも関係するんですよね、子育ての環境は大丈夫なんですか?」
「えーと、私、子供はできないから……」
しゅん、とうつむくニノンさん。にしても不妊か、確約はできんけど解決の手段があれば。
「私は治癒師です、もしかすると子供を産めるようになる方法があるかもしれません。なにか思い当たることはないですか?」
「ありますけど、言うと嫌われそうだから……」
「体のことで嫌ったりしませんよ。言ったでしょう、私は治癒師です。ダークエルフを嫌ってる冒険者も癒してたんですから」
「……わかりました、話します。私、ヒューマンとの『あいのこ』なんです。だからダークエルフともヒューマンとも、もちろん他の種族とも子供はできないんです。年もまだ30ですよ。普通のダークエルフなら40手前くらいに見えると思いますけど」
そう言ってますますうなだれるニノンさん。なるほど……。遺伝的問題だと解決はちと難しいな。でも地球には生物学的キメラなんかもあるし、おそらく子を成すのは不可能ではないんだよな。
「……私は『魔法使い』ですから、もの凄く低い可能性ですけど、なんとかなるかもしれません。でも、今は無理です。出来てもかなり先になりますね」
「え? 本当に?」
「もしかしたら、ですよ。あまり期待されると困ります」
「それでも希望が持てるってことですよね! 今まで子を残せないからせめてみんなの記憶に残りたい、って思って一目惚れした人ほとんどに迫ってたんです。でも相手は子供を残さないただの遊びだってわかってたから、ちょっとだけ寂しかったんです。ああ、普通の恋ができるなら素敵だな」
うーん、勢いで可能性の問題を語ってしまったが、なんとかして実現しないといけない流れになってしまった……。でも喜んでくれてるならいいか。
「そうだ、魔法ならアミラお姉さまとの子供も出来るんじゃないですか?」
えっと、多分絶対に不可能という訳じゃない、と思います。




