15.アミラさん町へ行く
ダークエルフでも大丈夫みたいだな。と、思っていた時期が私にもありました。
現在朝市でにぎわう町のメイン通りを進んでいるけど、なんというか、私の周りにエアポケットができている。例えるなら、そう、通勤電車の中に嘔吐物がある時のあの空間。私を見たときの町人の反応は、珍しい格好に気を取られる→顔を見る→目を背けるor舌打ち。大体こんな感じ。
まあ聞いていたこととはいえ実際に体験するとやはり堪えるね。ダークエルフがやってること考えれば嫌われてるのはわかるけど。ちなみにダークエルフは普通夜間に行動するか、昼間行動するときは衛士や騎士(騎乗士)に同行してるとか。視線はアレだがこのエアポケットは防御の上では好都合だがからひとまず安心しよう。
この町の種族構成は、今まで出会った限りではすべてヒューマン。冒険者でも他種族は少なく、居ても成長すると他の狩り場へすぐ移動するそうな。そういや治療中もヒューマンしか見てなかったな、と町を見て思い出しました。
忌避の視線を向けられながらも換金のために宝飾品を扱う商人の元へ歩を進めていると、エアポケットの向こうから声をかけられた。
「おーい、もしかして『仮面治癒師』か?」
「はーい、そうですがなにかご用でー」
声に顔を向けると冒険者らしき人がこちらにやってくる。エアポケットに入ろうとしたところで私は慌てた。
「待った! 2ヤード(1.8m)は離れてください」
近づこうとした冒険者を制止する。やはり怖い。
「おっと、そうだった。いや、仲間を助けてもらったのにまともな礼も言えなかったから改めて礼を言おうと思って呼び止めたんだ。それにしても仮面の下は美人だったんだな」
うわ、男に褒められてもうれしくない。寒気が走ったわ! まあ社交辞令で返しとくか。
「ありがとうございます。お仲間を助けられて私もうれしいですよ」
「仮面付けてないと言葉遣いも変わるんだ。そっちの方がいいぞ」
「町の外だと衛士もいませんからね。襲われないよう気を張ってたんです」
「そうだ、クレイ達と会わなかったか?」
「さあ、そういう人は知りませんが」
「あいつら最近見てないからもしかしてお前に返り討ちにでもあったんじゃないかと思ってな。となると魔物にやられたかな」
あー、心当たりあるわーありまくるわー。でもとぼけとこ。
「その人達と私がどう関係するんでしょう?」
「あいつお前のことを『逃げる黒犬なら弱いだろうから捕まえてやる』って言ってたんだよ。周りは止めたんだが」
そうか! 逃げると『弱い』と認識されるんだ。当たり前だけど盲点だった。抑止力としての力の見せ方が今後の課題だな。
「そうですか。幸い会わなかったのでよかったです」
「ま、会ったら返り討ちにしても良いぞ。『黒犬』とはいえお前は冒険者達の恩人に違いないんだ」
うーん、ナチュラルに差別発言してるが悪気はないんだろーなー。来るべきディストピアでの意識改革は大変そうだ。
「そうですね。襲ってきたときは生きたまま切り刻んでやりますよ」
「はは、大した自信だ」
ええ、ほんとにヤってしまいましたから。
「もういいでしょうか? 私行くところがありますので」
「おう、悪かった。改めてありがとうな。せっかく町に来たんだ今度は礼代わりにメシおごるぞ」
「町には転移陣で地峡に向かうために来たんです。残念ですがお別れですね」
「そうか、残念だ。ま、治癒できる冒険者はすぐ狩り場移るからしょうがないか。転移陣まで案内しようか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは」
こうして正直記憶にない冒険者と別れた。このアウェー感漂う中で気さくに話しかけてくれたことには感謝だな。親切を続ければ意識も変わって行くことはわかったけど、さっきの差別発言を聞くと先の遠さに目眩も感じる。さて、転移陣も商人も場所は女神情報でリサーチ済みだ。さっさと換金して予定を消化しよう。
◇
商人の所で女神相場情報を確認しながら丁々発止の交渉を延々と繰り返し、相場の9割程度で妥協して換金が終わった。3時間もかかったよ……。宝飾品なんてそうそう売れないから暇だけはありやがる。それに最初は「店に入るな! 用心棒呼ぶぞ!」から始まったからな。現物見せたら裏口から入れられてそこで交渉になったけど。
ダミーの背嚢に入っていて不自然でない量として銀は1/3を換金。銀貨436枚となった。銀貨30枚だけ手元に持ってあとは腕輪にストレージ。残りの銀と金はこの先必要に応じて換金する予定だ。
銀貨の価値は日本の感覚で2万円くらい。小銀貨は重量大きさがその1/10で2千円。銅貨は200円、小銅貨が20円。金貨は高額決済用なので小金貨は存在せず銀貨25枚分の価値で50万円ナリ。こう考えるとプチ金持ちだな。もっと魔力が上がれば経済戦争仕掛けられるぞー。
と、いってもここで欲しいものは特にないので移動の資金としてしか使わない。ここのメシは口に合わんのですよ。あの保存食に耐え続けた日々は忘れられん。
そんな金勘定をしながら歩き、昼も近くなった頃ようやく転移陣センターにたどり着いた。チケット売場で次の町への転移を申し出る。チケットは銀貨1枚と小銀貨2枚。銀貨2枚出して小銀貨8枚がおつりで戻ってくる。
待合室に案内され、次の転移まで待つ。時間は未定。なぜかというと転移には多くの魔力が必要で複数の魔術師が術を行使しないと発動しないが、発動すると舗装の石畳以外、陣の上にあるものすべてを転移するのでなるべく埋まるのを待つためだ。なお、予約という概念はない。ひたすら埋まるのを待つ。
とはいえ馬車2台が来れば陣はほぼ埋まる。そして馬車の転移需要は多い。その他の人はおまけなのだ。最低馬車2台があれば転移が行われ、陣1つにつき日に8回程度が平均だそうだ。
ちなみにここで働く魔術師は引退した冒険者が多い。魔力量が多いからだ。転移陣はそれぞれの町で3つか4つ、それぞれの陣で魔術師3~4人が必要で、一度魔力を使うと4時間から8時間ほどを回復に費やすためローテーションが組まれ1日で15人くらい必要。それが3、4セット必要なので魔術師の数はとても多い。そうそう、ヒューマン以外の種族をここで初めて見た。エルフと犬獣人だった。男なのでどうでもよかったけど。
そんな観察をしながら私は待合室の壁を背にして立っている。某デュークの模倣である。これ実際やってみると安心感あるわー。人が多いところでは生体感知だと接近がわかりにくいんだよね。後ろからの接近を絶てるだけですごくラク。今のところ人も少ないしね。
待合室に入って40分ほど。馬車2台が揃いようやく転移となった。転移陣に案内され馬車の横に立つ。外から見える陣は円形のラインが描かれているのみ。そのラインも轍で削れていたりしてくたびれ気味だ。
陣はイニシャライズの役を果たす『出発陣』と転移先を確定するマーカーの役を果たす『到着陣』がワンセット。この転移陣は無論『出発陣』である。ラインが削れていて不安を訴える者がいたが、あのラインは目安として引いてあるだけで石畳の舗装の下に本物の陣がある。私の魔術知識によると特に不安はないし、周りも落ち着いたものだ。
詠唱の声が聞こえようやく転移。光に包まれ、それ治まると壁に囲まれた『到着陣』の光景へと変化していた。やがて扉が開き馬車と客が出て行く。さー、トランジットだ。チケット買ってまた待つか。ああ、ついでに昼メシ食っとこう。




