上
愛人視点。愛人もいろいろ考えてる。
幼いころから自分で考えるということが苦手だった。
だけどきっとここまで何もかも他人に委ねるようになったのは、恋をしてからだ。
嘉納斎は王様だった。
誰もが憧れ手を伸ばすけれど、誰にも捕まえられない至高の存在。
そんな王様とあたしが付き合うことになるだなんて、誰にも予想できなかったに違いない。別に王様にとって付き合うのは誰でも良かったんだろうと思う。王様は深く傷ついていた。血を流しながらも気丈に立ち続けるための存在が必要だった。そしてそこにいたのがあたしだった。きっとそれだけの理由だ。
王様は付き合い始めてからあたしの存在を個として認識し始めたようだが、あたしは違う。あたしは手が届かないと知っていながらずっと王様に恋をしていた。
だから気まぐれでしかないとわかっていても、王様の気まぐれがほんのちょっとでも長く続くようにと願わずにはいられなかった。
王様が何に傷ついていたのか、あたしは知らない。
ただ、そこには王様の親友である竜崎もかかわっているのだとぼんやりとした噂だけが流れていた。
王様はあたしに従順さを求めた。
何も考えず、ただただ王様に従うだけの存在。まるでペットみたいね、と揶揄されたことすらあったけれど、あたしからすればちょっと違う。ペットは愛玩の対象だけど、あたしは別に愛玩物として見られているわけじゃない。ただただ流れに身を任せているだけのくらげのような存在だろう。
こんなことをいうと、なんて王様はひどいのかと思われるかもしれない。
けれど王様はちっともひどくはないのだ。
王様は自分のためにあたしを利用しているつもりはこれっぽっちもないのだ。あたしを「アイシテイル」と思っている。だからとてもやさしいし、時には不器用な感情の発露を見せることすらある。あたしはそれを甘受する。
歪な恋愛関係であってもあたしたちは上手くいっていた。王様はいまだに傷ついたままだったけれど、あたしがいることで傷を直視せずにすむ術を身に着けたらしく、いっそう王様はあたしに従順さを求めた。あたしは王様にただ従い、自分で考える必要などなにもなかった。
あたしは自分で考えることをやめたけれど、愚かな人間になったつもりもない。王様がいつか結婚するであろうことは当然予測していたし、その際、王様の隣に立つのがあたしじゃないことくらいわかっていた。隣に立ちたい、と望むことすらない。あたしは王様の隣に立つにはふさわしくない。ただ王様の三歩後ろくらいの影に紛れて立っていられればそれで満足だ。
そうして王様が結婚した相手は、王様の隣に立つのにふさわしい存在だった。
王様と同じくらいぴかぴかと輝く女性。王様の背負っている「嘉納」という荷物を理解し、それを一緒に持つことができる女性。
彼女は宮園家のご令嬢らしい。宮園といえばあたしでも知っている。あたしは決して上流階級の出身ではなかったけれど、御曹司やらご令嬢やらが集う学園にこれでも在籍していたのだ。宮園という名前くらい聞いたことがあった。
宮園は嘉納と同じくらいの力を有するだけでなく、古くから続く家系でもある。しかも周囲のひそひそ話から推測するに、外側だけのお人形じゃなくて、中身もきちんと伴ったご令嬢らしい。何人かがご丁寧にあなたなんかとは大違いね、と教えてくれた。割とよくあることだ。
彼女たちはあたしと斎が駄目になればいいと思って、腹いせまぎれに教えてくれたのだろうけれど、あたしにとっては素晴らしい知らせにしか聞こえなかった。だって、公の場に必要なのは斎の隣に立てる女性だけれども、斎が斎であるために必要なのはそんな女性じゃない。自分で歩くことができる女性では、きっと斎の傷を刺激するだけで斎に安らぎをもたらすことはできないだろう。
斎はきっと拒絶するだろうから。
あたしは斎の傷の理由を知らないけれど、いっしょにすごした時間は伊達じゃない。斎は自立した女性が苦手なようだと気づいてからは、いっそうあたしは斎に従順になり、ひとりでは立てない女になった。もう、この恋をあたしはなくせないのだ。
そんななか、宮園のご令嬢との婚約が正式に決まった斎は硬い表情であたしに別れを切り出した。
予想していたとはいえ、頭の中が真っ白になった。
あたしが婚約パーティーに招待されるわけがない。だけれど、あたしが斎をつなぎとめておくためには、もう一度どうしても斎に会う必要があった。
だから斎の親友である竜崎に頼んだ。彼はあたしの味方にはならない。けれど、泣き続けていれば面倒くさがって会場に連れて行ってくれることくらいはしてくれるだろうとの予想は当たり、あたしは無事に会場に入れた。
あとは簡単。
斎だけを見つめればいい。
あたしはずっと斎だけを見つめてきたのだから。
長くなったので上下編で。下を近いうちにアップしたいなー。