迷子勇者
「ふむ、旨い」
簡易的な串に兎の肉を刺して火にくべながら、すでに焼けている物を頬ばる我らが勇者。
旨いのはようございました、と言いたいが私を狩りの道具として用い、さらには串を作るのにも使うなどと、最悪でございますねと喋れるものであれば申し上げたい。
ナイフがあるのだからそちらを使えと思う。
「そう言えば、ここどこだ?」
無鉄砲に走りつづけ、迷ったのですよ!と誰でもいい、つっこんで差し上げて欲しい。
私がつっこめるなら私がやりたいところではあるが、私は意識だけの存在、無理である。
「ま、いいかー。歩けばどこかに行けるだろ。それより肉肉っと!んぐっ!な、生だ!焼けてない!」
先ほど火にくべたばかりのものをどうやら食べてしまったらしい。
つくずく、馬鹿である。
「はぁ、もういいや、結界張って寝るか」
ふてくされてそのまま草の上に寝てしまった。
救いようのない馬鹿はそのまますやすやと寝てしまった。
彼が寝たその時、茂みの奥で音がした。
「はぁはぁ、ここまでは奴らも追ってこないだろう。ひとまず、休まなければ体力が持たん」
満身創痍の女性が寝ている勇者のそばの茂みから出てきた。
「ん?焚き火に肉?人は居ない?何だこれは」
恐る恐る騎士風の女が辺りを確認しながら焚き火へ近ずく。
実際、目の前に勇者がいるのだが、勇者が張った結界の効果により、見えていないようだ。
因みに、普通の結界に姿の隠蔽効果などないのだが、そこは勇者使用の出鱈目結界である、何故か姿まで消えているようだ。
「ふむ、人の気配もない、ならこれを頂くとしよう。流石に限界だ」
焚き火にくべられた兎肉を手にとり、食べ始めた。
何とも、豪快な女騎士である。
「うむ、少々焦げているな。まぁ、文句を言える状況でもない、食事ができるだけありがたいと思わねばな」
焚き火の光に照らされて、女騎士の若干やつれた表情が見える。
「少し、寝るか」
焚き火が弾ける音とともに彼女は眠りにつくのであった。
「ふんが~ぁあぁ、よー寝た」
朝、日が射し始めたころ、勇者が起きた。
「そうだ、とりあえず結界解除っと」
指をはじいて結界を消し、もそもそと起き上がる。
「ふむ、兎肉が女騎士になってるな」
昨夜、兎肉が放置されていた場所には、勇者が知らない女騎士がいた。
「兎肉って、女騎士になるんだなー、ってんなわけねーよ!誰だよこいつ!」
「煩いな、朝から~」
「煩いじゃねーよ、おめー誰だよ!」
「む、人に名を訪ねる時は自分から名乗るのが礼儀だろう、貴様こそ誰だ」
まだ寝ぼけているのか、勇者が目の前に現れたのに、警戒すら忘れている。
本当に騎士なのであろうか?
「ちっ、そうだな。俺は勇者、シグだ。名乗ったぞ、次はおめーのばんだ」
「はっ、私としたことが!貴様!追ってのものか!」
「て、おいおい寝ぼけてんじゃねーよ!」
「くっ、寝ぼけてなどおらぬ!で、お主は追ってか?」
「ちげーよ、俺はお前の目の前で寝てた勇者だ。結界張ってたから気がつかなかっただろうが昨日からいたぞ」
「結界で人が消えるわけなかろう!それに勇者だと?勇者は王のお側に控えて居られるばすだ、そのような嘘などはくとは、やはり追っ手の者だな!死ね!」
いきなり立ち上がり、腰に据えた剣を取り出そうとする。
「あ、あれ?剣がない?あれ?あれれ~」
涙目になりながら、腰にあった筈の剣を探す女騎士。
見た目は如何にも威厳漂うクールビューティーなのたが、行動や仕草は実に可愛らしい。
そしてぶっちゃけると、どうやら天然のようである。
「ん?剣ってこれか?金になりそうだから貰ったぞ?」
なかなかに高価そうな剣を手でもて遊びながら勇者はニヤニヤ笑っている。
本当に勇者なのか疑いたくなる。
「か、返せ!わ、私の剣だぞ~!」
「やなこった、こちとら財布もない地図もないで困ってんだ、これは街にでたら売る!で、宿代にする!」
「ゆ、勇者のすることではないではないか!やはり嘘だったのだな!この盗賊め!」
「違う!盗賊じゃない!迷子の勇者だ!無一文のな!」
「・・・・・言ってて恥ずかしくないのか?」
「言うな、悲しくなってくるから」
どうやら、おつむの弱い二人が出会ってしまったようである。