世界でたった一人の
きっと来てくれる。
いつもの愛しい笑みと共に。
聞き慣れた「ただいま」を「お帰りなさい」と返すの。
ねぇ、早く帰ってきて。
眠い目を開けて、カーテンはそのままで、ぐっすり寝てる彼を起こさないように部屋を出る。
洗濯物を回して、朝ご飯をつくって、今日も一日が始まる。
起きてきた彼は寝ぼけ眼で、「おはよ」って私を抱き締めるから、「顔洗ってきなよ」と照れながらも突き離して、洗面台へと促した。
朝のニュースを見ながら、天気と占いをチェックして、今日は最下位だと項垂れながらも、ご飯はしっかり食べて、仕事に行く準備を済ませる。
「いってらっしゃい」のハグを求める、私の前では甘えん坊な彼に、『仕方ないなあ』って思いながらも 頬を緩ませる私は、玄関でぎゅっと抱き締める。
感情を隠せない、素直な彼が笑顔で、扉を開けて「いってきます」と駆けて行った。
掃除や洗濯を済ませて、今日は彼の誕生日だから、ちょっと奮発しようかななんて、買い物に出掛ける。
お腹に宿る、小さな命と共に。
聞いたら驚くだろうな。
目を丸くしながら、感動して、男だからって泣くのを堪える彼の表情が浮かぶ。
この子が彼の誕生日のサプライズの主役なの。
そっとお腹に手をあて、耳をあて、小さい鼓動を一緒に感じようね。
冷めた料理の数々、伏せられたグラス。
仕事は早めに切り上げると約束したのに、いつもの帰るメールはまだ来ない。
残業があったのかな、それでも、遅すぎると思うのは気のせいなの?
不安に駆られたそのとき、携帯電話の着信音が鳴る。
きっとあなたからの電話だと、慌てて出たけれど、聞きなれない声で私は名前を呼ばれた。
その後に告げられた事実を、私は受け止められず、思考が停止した。
――ご家族の方が、亡くなりました
何もかもが真っ白に染まって、視界が涙で歪むことも知らず、返事をする前に私は、家を飛び出した。
走ってはいけないと、産婦人科の先生に言われたことを忘れて、無我夢中であなたの待つ病院へと向かった。
嘘だよね、あなたが私たちを置いていくはずないよ。
得意のジョークで笑わせてくれたり、時には真剣に何度も告白してくれたり、互いに喧嘩したときだってあなたは、ごめんねと、素直になれない私の悪いところも受け止めてくれて、それなのに私は……
ねぇ、起きてよ。これからはあなたが求める前に、いってらっしゃいのハグをするから。
ねぇ、目を覚ましてよ。あなたがずっと夢見てた、『パパ』になるんだよ。
どうして、こんなにも冷たいの。
お願いよ、誰よりも愛するあなたが居ないなんて、もう二度と会えないなんて!
……おかしいよね。
あなたは目の前で眠ってるのに、「会いたい」とこんなにも思うよ。
あの笑顔をまた、私に見せてほしい。
もしかして、あなたのことだから、これもジョークなのかな。
医者の「残念です」なんて言葉も、白い布で隠されたあなたの顔も、隣で泣いている義父母も、すべてがあなたの演出通りなんでしょ。
その布を上げれば、してやったりといった顔をしたあなたが起き上がって、「驚いた?」って聞いてくるんでしょ。
それなら、わざと乗ってやろうじゃんなんて、臆病な私が無理やり、あなたの顔を見る理由をつくって、そっと上げれば……
今にも起き上がりそうなあなたが、安らかに、眠っていました。
泣いたってあなたは、帰ってこない。
わかってるのに、どうしても止められない。
もっとあなたに好きと伝えればよかったと、後悔することも多くて。
一緒に子供を育てようねって、約束したあなたは、もうこの世界にはいないんだって、まだ実感がわかないよ。
だって、今朝まではいつも通り、一緒に過ごしてたのに、なのに、どうして……
……母親は強く生きなくちゃね、わかってるのに。
二人で育てるはずのこの子の父親は、もう此処にはいないんだ。
辛い、苦しい、そんな言葉じゃ、足りない。
この胸を抉るような痛みが、一生続くのかな。
――それでも、私は、歩いていく。
小さなこの子と、手を繋いで。
パパの分の愛情も、この子にいっぱい注ぐために。
この子をずっと、幸せにするために。
一人でも立派に、育ててみせると、天国にいるあなたに誓うよ。
あれから、この子は元気にすくすく育って、あなた譲りの優しさを、私に分けてくれるの。
この目とか、足の指とか、眉が濃いところも、とってもあなたに似てるよ。
小さい手を握って、今日も一緒に公園に行くの。
お友達もできて、砂場でお山を作って、すべり台を滑って、一緒に遊んだよ。
鬼ごっこで転んだけれど、泣かなかったんだよ、えらいでしょ。
写真で笑っているパパを、この子が枕の側において、そっと布団も掛けて、私たちは家族三人で寝ているよ。
この子は私より、パパっ子なの。
あなたはこの広い青空の、どこかで見ているかな。
この子の成長を一緒に、見守ってね。
世界でたった一人の、私の大切な旦那さん。
世界でたった一人の、愛しい我が子のパパ。
小説を読んでいただき、ありがとうございました。
後悔のない生き方なんて、できないと思う人はいると思います。
ですが、その後悔を少しでも減らすことはできると、私は考えます。
おこがましいかもしれませんが、この小説が、日々を大切に生きるきっかけとなれば、嬉しいです(*^^*)
気分を害してしまったら、ごめんなさい。