【12話】朝から一騒動
あの後、私は明日の食事の準備(主に下ごしらえ)をし、部屋に置かれている荷物を整理した。
整理が終わった頃には0時を過ぎていた。
睡眠時間が1時間でも大丈夫な生活をしていた私にとって、まだ起きていられるが、一応、健全な学生生活を送る為、シャワーを浴び、就寝した。
転校1日目としては、まぁまぁの生活であろう。
翌日、私は5時に起床し、その足でシャワーを浴び、身支度を整える。
HRの開始時刻は8時ちょうど。今日の授業の支度は終えている。後は朝食と昼食の準備だけだ。
「しかし……これか……」
私は目の前にある物を見て、溜息をついた。
昨夜、弁当箱を見つける為、キッチンの棚と言う棚を見た。しかし、一般的であろう弁当箱は出てこなかった。
代わりに出てきたのが私の目の前にある重箱だった。
なんで重箱があるんだ……普通ないだろ……。
私は重箱を隅々まで見た。昨日見つけた時はあまりよく見ていなかった。
よく見たら、一般的な重箱ではないようだ。しかし、市販されている重箱でこのような重箱は見た事ない。
こんなものを置く奴となると、一人しかいない。
ケルヴィンめ……試作品を置いていったな。
昼食の弁当作りは後回しにし、まずは朝食を作る事にした。
さずがに重箱を黒屋が持つとは思わないしな。私も遠慮したい所だ。
朝食が出来上がる頃、黒屋が個室から顔を出した。服はまだ着替えておらず、上半身は裸体で下は寝間着用と思われるズボンをはいている。
どうやら匂いで起きたようだ。
「……早いな」
「そうか?」
時計は6時25分頃を指している。
寮から校舎まで徒歩10分、支度に20分、食事に20分かかるとすると、7時に起きないと時間に余裕がない。
そう考えると、早くはない方だと思う。
「……」
黒屋は何も言わず、浴室へと入っていった。
浴室の脱衣室に唯一洗面台があるので、顔を洗いに行ったのだろう。
私は昨夜から食卓として使っているテーブルに朝食の用意をした。
黒屋が朝からどれぐらいの量を食べるか分からないので、普通より少し少なめにしておいた。
朝は食べない奴もいるからな。
用意し終えた頃に黒屋が浴室から出てきた。髪が濡れているので、シャワーを浴びたのだろう。カラスの行水並みに早いが。
しかし、髪を乾かさないのはどうかと思う。最悪、風邪をひくからな。
「黒屋、髪を乾かしてこい」
「面倒だ」
……私が朱熹であれば、罵声を浴びているな。遥だと、10分の説教だろうか。
そんな事は今はどうでもいいか。それより黒屋の髪をどうにかするか。
私が考えている間に黒屋は席について朝食をとろうとしていた。
「待て」
「気になるなら、お前が乾かせばいいだろ」
そう来たか。黒屋は我儘以上だな。こういうのを『俺様』と言うのだろうか。
さすがに乾かすまで面倒は見られない。気になるが、気にしないようにしよう。
私も席に着き、朝食を食べる。
そういえば、昼食について言わないといけないな。
「黒屋」
「……なんだ」
「昼食なんだが、重箱しか弁当箱になる物がなかったんだが、それでもいいか?」
「……」
さすがの黒屋も黙るよな。
「……重箱は何個ある」
「1個だ」
重箱が複数あるのは弁当屋などだろう。正月ぐらいしか使わない家庭もあるからな。
「…………はぁ」
なぜ黒屋にため息をつかれないといけない。私の方がため息をつきたいくらいだ。
「重箱でいい。お前が持って行け」
「黒屋が持って行け」
「なんでだ」
なんでとはお前のクラスでの立ち位置を考えろ。
ほとんどの生徒が私と黒屋が同室だと知らない。
そんな中、転校翌日に転校生と不良が仲良くしているのはどうかと思う。
「私は購買で買う」
「二人分作ってあるだろ」
昨日、見ていたか。下ごしらえの時、視線を感じていたが、気付かない振りしていたからな。
「黒屋が誰かと食べればいい」
「そんな奴いない」
「なら、黒屋が買って食べるか?」
「誰がそんな事言った」
これは平行線になりそうだな。妥協点がないから、まとまらない。
「お前が弁当を持っていって、俺と一緒に食えばいいだろ」
それが嫌だから、他の案を提案しているんだ。
それぐらい察しろ。
「それとも、お前は俺と食うのが嫌なのか?」
「嫌だったら、この場で一緒に食事をしないが」
「なら、いいだろ」
「……」
黒屋と言う人物が分からない。
不良と言うのはこういうものに変化したのか?
私の知る『不良』はもっとこう威嚇的で排他的なんだが……。
「零?」
黒屋に名前を呼ばれて、私は黒屋の顔を見た。
この学校に来て、生徒に初めて名前で呼ばれた。
貴弌や百衣は私の名前を知らない。まともな自己紹介をしなかったから。
昨日、毬から紹介された時に名前も一緒に告げられたのを覚えていたのだろう。
「なぜ、名前で呼ぶ」
「お前の苗字を呼びたくないからだ」
そういえば、うちの道場で通っている一部の奴にくそ爺を尊敬してか、苗字さえ口にするのが憚れると言う思考を持っていた。
黒屋もそう言う人種なのか。そうは見えないが、あまり突っ込まない方がいいかもしれないな。
「そうか」
「嫌か?」
「何が」
「昼を一緒に食べる事」
……なんでそこに戻るんだ!