【番外:01】錫羽良和輝と篠良木朱熹
番外編です。
零の婚約者候補の
錫羽良和輝と
篠良木朱熹の話です。
零を紫原学園に送った後、俺は都内にある零の自宅へ行った。
零が留守の間、家の管理は俺がやる事になっている。
零の自宅に行くと、普段、零の自宅に止まられる事のない見慣れた赤いスポーツカーが止まっていた。
「あいつか……」
零の見送りには来ない癖に零がいない時に来る。
俺は乗ってきた車をいつもの場所に止め、零の自宅に踏み入れる。
扉が予想通り開いていた。
中にいた人物の予想通りだった。
「何している、朱熹」
その人物は主のいないリビングのソファに身体を預け、テレビを見ていた。
「あ、おかえり、和輝」
「『おかえり』じゃない。なぜいる。今日は撮影だろ」
色素の薄い茶色の髪を肩がかかるぐらいまで伸ばし、前髪も瞳を隠す程、伸びている。
前髪に隠れながらも、藍色の瞳が存在感を出している。
彼――篠良木朱熹はモデルである。
元々、朱熹の親が跡取りとして、業界に慣れてもらおうとモデルデビューさせたら、爆発的人気が出た。
いまだに彼が表紙を飾る雑誌の売れ行きは他のモデルの倍である。
その人気からドラマや映画の出演オファーが来ているが、全て断っている。
「早く終わったから、来たの。
零ちゃんは……あぁ、今日から学校か」
「そうだ」
「寂しくなるねぇ」
俺達4人は予め零の父方の祖父である学さんから今回の事に関して聞いていた。
自分が動くと、確実に零にばれるからと、手続き等を全部俺達に押し付けた。
零の仕事が楽になったとはいえ、俺達は忙しい身。その場で仕事の押し付け合いが始まった。
「僕がやりたかったけど、病院の方で連続オペあるから、無理なんだ。
みんな、ごめんね」
とニコニコしながら、一番年上の遥さんが言う。
遥さん、忙しいのは分かるが、毎回「やりたかったが」を使っていないか?
「私もこの時期は撮影で出張多いから、パス」
朱熹は持ってきていた雑誌のチェックをしながら、片手をヒラヒラと振る。
朱熹、お前の場合はやりたくないんだろうが。
「で、何やるの?」
梁は一部の人間に可愛いと言われる目で俺を見る。
梁、お前話を聞いていなかったのか……いや、梁に期待した俺が馬鹿だったか……。
「梁、お前は何もやるな。自分の仕事に集中しろ。
朱熹、お前の所で保管している零の写真を何点か出しといてくれ。手続きで必要なはずだ。
遥さんは零の診断書書いて下さい。一応、主治医ですから。
後は俺がやっておく」
「和輝、ありがとう!」
「さすが和輝、頼りになる~」
「和輝君、頑張って」
いつもの事だが、最終的に俺が全部やる事になった。
それから転校当日までが大変だった。
学さんから「零には内緒で」と言う難題を突き付けられ、バレないように準備をした。
零は人より警戒心が強いから、何か些細な事でも気付いてしまう。
内緒事は常時、零の近くにいる俺がやるべきではないのだが、適任者がいないから、仕方がない。
そう思いながらやってきた。そのおかげか、零にはばれず、この日を迎えた。
「あ~、行く前に会いたかったな~」
朱熹は持っているワイングラスを揺らしながら、言う。
いつも小言言われるから会いたくないと言っているのにこういう時だけ会いたいと言う。
「だってさ、紫原だよ?
それなりにレベル高いから、頭はいいし、イケメンも多い。
世の女性達を虜にする子のステータスとしては上出来。
零がひっかけて、何人かうちの事務所に入れるように画策しようかなって」
俺の心を読んだのか、ワインを口にしながら、自分の考えを言う。
朱熹の事務所はそれなりに稼いでいる。今まで何人か有名俳優や女優等を他の事務所から引き抜いている。
だが、朱熹の事務所出身で有名になったのは片手に数えられるぐらいだ。
そろそろ自分の事務所出身で人気者を出したいのだろう。
「それなら、自分の母校で勧誘活動すればいいだろう」
俺は朱熹の隣に座り、テーブルに置いてある使われていないワイングラスにワインを注ぎこむ。
「やだよ。
顔が第一で頭は二の次な学校なんて。
しかも、全部あのくそ学園長の好み。
二度とあんな学校に行くもんか」
「それには賛同するな」
俺と朱熹は同じ高校の出身だ。
親戚が学園長をやっている高校と言う事で仕方なく入学したが、最悪であった。
外見は綺麗だが、中身は汚れすぎていた。
高校時代の思い出が一番黒歴史であった。
朱熹も同じだろう。保育園・小学・中学・高校・大学全て同じ学校で同い年な俺達はほぼ一緒にいたから、思い出も共有している。
「はぁ~、零はいいなぁ~。
もう1回高校生やり直しなんて、そうそうできないよ」
「零は高校行かないですぐ大学だったから、やり直しではないと思うが」
「細かい事は気にしない、気にしない」
朱熹はいつもそうだ。細かい事は気にするなと言う。だが、俺にとっては気にする事だ。
一番零の近くにいる為、全ての事に過敏になる。
「――カズ」
朱熹の右手が俺の頬を撫でる。
俺は朱熹を見た。その瞳はギラギラと光っている。
「駄目だ」
「え~」
「えー、じゃない。
週末、零に会いに行くから、それまでに仕事を終わらせないといけない」
本当は零に仕事を持って行く事はないだろうが、現在進行しているプロジェクトは把握しているから、進渉状況を聞いてくるだろう。
それに答えられるように頭に詰め込まないと……。
「それって、週末まで仕事じゃん」
「そうだが?」
零が休みと言わない限り、俺には休みはないからな。副社長だが、身内には零専属の秘書と思われている。
「はぁ……零もそうだけど、和輝はもうちょっと遊んだ方がいいよ。
君達、根に詰めるタイプだから」
「オンとオフは切り替えている」
「切り替えているように見えないけど」
「切り替えている所を見せないようにしているからな」
「それじゃ、意味ないじゃん」
「零は気付くぞ?」
「私と零を一緒にするな。
全く、和輝と一緒だから、あの子まで無表情になっちゃったし……。
せっかくの女の子なのに着飾らないし、男子校に行っちゃうし、つまらない」
朱熹は男ではあるが、いる業界が業界の為か、服装等に関しては五月蝿い。
そして、服装に関して、一番無頓着なのは零だ。
服を選ぶのが面倒だからと、いつもスーツパンツ姿。部屋着は無地のTシャツかYシャツにジーパン姿。
朱熹が「もっとおしゃれしなさい!」と言っても、「そんな暇ない」と言って、仕事をする。
女性らしくないと言えば、女性らしくない。だが、そうしたのは俺達のせいでもあるから、あまり強くは言えない。
「ま、無表情のおかげで仮面も早々外れないし、学校でも楽しくやっているんじゃないかな?」
「……そうだといいが」
「あー、今回監視役いないもんね」
零と共にしない時は必ず監視役をつける。
零は表世界でも裏世界でも敵は多い。その為の人員だ。
今回は学さんから監視役禁止令を言い渡され、監視役はつけていない。
学さんの方で人をつけているだろう。
あの子は大事なものであり、大切な存在。
過保護とも言える俺の行動はすべて彼女を護る為であり、守る為ではない。
俺、否、俺達は彼女の盾。
全てを知る様で全てを知らない彼女を護る為の盾。
だから、彼女を愛そうと言う気持ちはない。
「学園生活、楽しいものだといいよね~」
「変な事に巻き込まれなければいいけどな」
変な事に巻き込まれて、正体がばれたりしたら、色々大変になる。
「その辺は無理なんじゃない?
零は本人が知らない間にトラブルに巻き込まれている事が多いから」
「……そうだな」
「そう気を落とさないでよ、和輝。
今日はパーッと飲もう!」
朱熹は俺をよく心配してくれる。嬉しくはあるが、時折、オーバーリアクションになるのがネックだ。
「あぁ」
俺はワイングラスに入れたワインを飲み干す。
零は今頃、寮で新しい生活を始める所だろう。
同室者が誰になるか分からないが、零は大丈夫だろう。
同室者は……心と身体が無事であればいいが……。
そんな事を思いながら、俺と朱熹はワインを飲む。
後日、飲んだワインが曰くつきのものだと知り、零に謝る事になった。
次回は10話までに登場した人物リストです。
その次に本編に戻ります。