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元勇者、コンビニアルバイトの面接を受ける

世界を救った。

本当に、それだけの話だった。


かつて俺――勇者レオン・アルヴェインは、剣と魔法が支配する大陸エルディアを旅していた。

空には飛竜が舞い、森には魔物が潜み、王都では冒険者たちが酒場で次の依頼を語り合う。

人々は魔王軍の脅威に怯えながらも、それでも必死に生きていた。


俺の仲間は三人。


聖女クロエ。大斧使いのドワーフ、ガルド。そしてエルフの魔導士、セシル。


俺たちは王命を受け、各地の迷宮を攻略し、魔王軍幹部を討伐しながら旅を続けた。

灼熱砂漠で炎帝竜を倒し、海底神殿で古代魔術を封印し、最後には魔王城へ乗り込んだ。


死ぬほどきつかった。

ガルドは三回死にかけたし、クロエは過労で倒れたし、セシルはずっと俺に「脳筋」と言っていた。


それでも俺たちは勝った。


魔王を倒し、仲間たちと別れ、王に感謝され、国中から英雄扱いされて――


そして俺は、死んだ。


最後の記憶は、祝宴の帰り道だった気がする。酔っていた。たぶん馬車から落ちた。

あまりにも情けない最期である。


で、次に目を開けた時、俺は「佐藤悠斗」という名前の、十七歳の高校生になっていた。

異世界転生ではない。逆だ。


エルディアから、日本に転生した。


最悪だった。

まず魔力がない。

試しに火球魔法を使おうとして、深夜の公園で三十分ほどポーズを決め続けたこともある。

結果は、静電気が指先でパチッと鳴っただけだった。

通りすがりの犬に吠えられ、俺はそっと帰宅した。


もっと困ったのは、この世界で勇者という職がないことだった。

どうやらこの世界には魔王は存在しないらしい。

空を飛ぶのは無害な鳥だし、魔物なんてもってのほかだ。

だが、向こうで培った知識だけは残っていた。

薬草学の知識で体調管理はできたし、魔物解体で鍛えた包丁さばきは料理にも役立った。

読み書きや計算も、王国で叩き込まれていたおかげで問題ない。

なんとか、この世界でも生活はできていた。

一つ問題があるとすれば高校では完全にぼっちだということだ。

そりゃそうだ。

突然中身が三十路の元勇者になった男子高校生なんて、まともに会話できるわけがない。

クラスメイトが盛り上がっているゲームや恋愛の話も分からない。つい敬語になる。

体育では無意識に身体強化しようとして転ぶ。


地獄だった。


転生先の佐藤悠斗は、母子家庭だった。

母親は昼も夜も働いていて、家にはいつも疲れた空気が漂っていた。


そんなある日、母親が申し訳なさそうに言った。


「悠斗、もし余裕あったら……バイトとか、できる?」


その顔を見て、俺は初めて理解した。

この世界では、金がなければ生きていけない。

王様も教会も、討伐報酬も存在しない。

働かなければ、飯も装備も手に入らないのだ。


つまり――クエスト制ではなく、常設ミッション。


ブラックすぎる。


とはいえ、高校生でも雇ってくれる場所など限られていた。

飲食店は怖かった。注文を覚えられる気がしない。

工事現場は年齢で無理だった。

そんな時、駅前で見つけた。


「コンビニスタッフ募集」

二十四時間営業。

時給一二四〇円。

未経験歓迎。

仕事内容:レジ打ち、品出し、掃除


レジ打ちというものがよくわからないが、仕事内容を見ているうちに俺にもできそうだと思った。

魔物の素材整理に比べれば商品の陳列は単純だし、王都で物資管理を任された経験もある。

ルールさえ覚えれば戦える世界だ。


完全になめていた。


かつての俺は、王国最強の勇者だった。聖剣アークレイを振るい、竜種を単独で討伐し、魔王軍四天王を三日で壊滅させた男だ。

身体強化の魔法で城壁を飛び越え、炎帝竜のブレスを正面から斬り裂き、瀕死の仲間を高位回復魔法で救ったこともある。

王都では子どもたちが木の枝を振り回して俺の真似をし、吟遊詩人は酒場で俺の武勇伝を歌っていた。


そんな俺は、今面接を受けるためにコンビニに向かっている。

自転車を漕いだだけで息切れする。

落差がひどい。


火球が出ない。回復魔法も使えない。剣技も使えない。

いや、正確には身体は覚えてるのに、この世界の人間の体が貧弱すぎて再現できない。

まあいい。

この世界ではそんなものは必要ない。

とりあえずはこの平和な世界を楽しんでみようじゃないか。


自転車を漕ぐこと、15分。

古びた建物に、オレンジの看板が頼りなくひかっている。

ここが、「ミラクルマート」か。


「えーと佐藤くん、週4は入れる?」

店長と名乗る男は「山本」というらしい。

四十代くらいの男で、少し腹が出ていてくたびれたネクタイを締めている。

店長は優しい顔で言った。

だが俺には分かった。

この男、相当の実力者だ。


目の下に濃いクマ。死んだ魚みたいな目。なのに笑顔。


歴戦の戦士だ。


「や、やれます……!」


こうして俺は、コンビニ店員になった。


俺は最初、この世界を舐めていた。

だが数日で理解した。

この世界には、魔王より恐ろしいものがある。


「労働」だ。

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