#4 仕事のために抱かれますか?
電話で指示されたお店は、六本木にある会員制のバーだった。
見るからに高級そうな、セレブ感たっぷりな店の前。
やっぱり引き返そうとしたときに、中から怖そうな黒服が出てきた。入口にカメラが付いているのだろう。
「加賀様ですね。伺っております。こちらへどうぞ」
ケイタに言われた通り、黒服に会社の名刺を見せて名乗ると、すぐに中へ入るよう促された。
仕方ない、覚悟を決めるか。
シェイカーを振るバーテンダーからチラリと視線を投げられる。
ガラス張りの廊下を、さらに奥へと入っていく。
やばい店だったらどうしよう。嫌なニュースばかりが頭をよぎる。
セキュリティカードで開くドアの先、個室らしいドアが並んでいる。
「こちらです」
重いドアが開く。
カラオケを楽しんでいたのか、dulcis〈ドゥルキス〉の最新曲が大音量で流れている。
ベッドみたいな大きなカウチソファ、そこに座っていた若い男女が、一斉にこちらを見た。
明らかに、この空間に私は異物だった。
「やっと来たね」
ケイタはリモコンを操作し音を止めた。途端に静寂が訪れる。
「来てくれて嬉しいよ。さぁ、入って」
自然に腰に手を回されて、部屋の中へと促された。
毛足の長い絨毯に足を踏み入れる。
「あ、みんなはさっさと帰ってね。今夜の主役はこの彼女だから」
蚊でも払うみたいに、手をひらひらとさせる。
声のトーンは低くはないのに、なんだか冷たく聞こえる。
「え、あの、私はすぐ帰りま――」
「いいから座って」
男性たちはケイタに軽く声をかけ部屋を出ていくが、女性たちはハッキリと私に敵意を向け、顔面に「邪魔者め」と書いていた。
その中のひとり。
どこかで見たことのある顔だと思ったら、「胸キュン」ケイタ初主演の映画のヒロインだ。元アイドル、いまは女優という肩書だったはず。
「プライベートでも仲がいいんですね」
「うーん、まぁね」
そういえば、ケイタは共演者キラーとか週刊誌に書かれていたような……。あくまで噂とうことなのか。
室内には私とケイタのふたりになった。
「夜遅くに急に呼び出してごめんね」
まるで仔犬のような笑顔で、ケイタが微笑んだ。
「お酒は飲めるよね?シャンパンどう?」
ケイタは私をソファーに座らせると、ガラス棚からフルートグラスを取り出した。
テーブルに置かれたワインクーラーには、高そうなボトルが冷えている。
「いえ結構です。仕事のお話ってなんでしょうか?」
「まぁ、いいじゃん。とりあえず飲もうよ」
ケイタは片手でボトルを持つと、シャンパンをグラスに注ぐ。
黄金色に小さな泡が美しく輝いた。
その慣れ過ぎた手つきに違和感を覚える。
ボトルの持ち方、注ぎ方、身のこなし。これって――。
「ケイタさん、ホストの経験でもありますか?」
「うん、事務所に入る前に少しね。杏菜さん、もしかしてホストクラブによく行くの?」
「仕事の付き合いで時々ですが……。ケイタさん、さぞ、売れっ子だったんでしょうね」
「まぁ、それなりかな。はい、どうぞ」
グラスを受けとる。
ケイタは私の隣に座ったが、肩が触れるくらいの近さ。
いよいよ、ホストクラブみたいな状況だ。
「大丈夫だよ、変な薬は入ってないから」
「笑えませんね」
「じゃあ、素敵な姫の来店に――乾杯」
姫ってガラじゃないけどな。
お酒には負けない自信がある。
仕事のための接待や飲み会は散々経験してきたから。
とりあえず、一杯だけはいただこう。
ゴクリ。
「……おいしい」
最近は仕事が忙しく、お酒を楽しむ余裕もなかった。
「よかった。何か食べる? お腹空いてるんじゃない? 遅くまでおつかれさま」
確かにお腹は空いた。お昼もコンビニのサンドイッチだけだった。
「クライアントの前で言うのもなんですが、この仕事が決まるか必死なんです」
「あはは、それは大変だ」
「そんな他人事みたいに……。せっかくですから、ケイタのご意見や要望、聞かせてください」
本人を目の前にしているのだから、情報ゲットをして会社に持ち帰らないと。
「特にないかな」
「ない?」
「なんでもいいよ、杏菜さんに任せる」
「でも、ケイタさんが今回のグッズ担当だと、葉山さんがおっしゃってましたよね」
ライブの演出や構成、衣装、グッズは、できる限りメンバーが考えていると聞いた。
今までは年長組のアラタやコウキが主導で行っていたが、今回はケイタにやらせたいと。
「ボクはみんなと違って、結成当時のメンバーじゃない。途中からグループに加入したからね。下積みの経験もなくデビューしたから、古参のファンには好かれていないんだ」
事前情報としては確認済みだ。
ダンス経験もなく、渋谷でスカウトされてすぐデビューが決まったらしい。
「ファンへの好感度アップのために、形式上はそういうことにしたいだけ。事務所の方針でね」
アイドルも色々あるらしい。
「だから、さぁ――」
ふいにグラスを奪われる。
「今夜、ボクの相手してくれるなら、ゲンキライブ企画に決定するって、葉山のお姉さんに伝えてあげるよ」
「――え?」
ソファに押し倒されたと気付いたのは、鏡張りの天井に、自分の姿が映ったからだ。
「あーあ。よりによってスキニージーンズか」
ケイタの手が私の足を滑るように撫でられた。
「細い足には似合うけど、脱がしづらいよね。次はスカートで来てよね、さっとできて楽だから」
「な、何の話ですか」
「わかってて来たくせに」
「これ以上は、笑えませんよ」
「別に、笑わせようなんて思ってないよ」
私の両手首をしっかりとつかみ、ケイタは言った。
それは、悪魔のような笑顔だった。
「大人しく抱かれたら、お仕事が決まるなんて、簡単でいいじゃん」




