#13 小悪魔アイドルの罠にはまる夜
「杏ちゃん、抱きしめてもいい?」
「圭太君として?それとも、アイドルのケイタとして?」
「やだな。どっちもボクだよ」
「そうだね」
ケイタは笑いながら、私をぎゅっと抱きしめた。
「大きくなったね」
あの頃は、私の腕にすっぽりと収まるくらい小さな男の子だったのに。今は、私がその腕に収まってしまう。
背中に手を回すと、男性らしい筋張った身体のラインが伝わる。
「大好き」
ケイタの鼓動は早く、肩を抱く手は小さく震えていた。
「ずっと、ずっと言いたくて、言えなかった」
「私は、その気持ちにどう向き合えばいいのかな」
鳥は産まれて最初に見たものを慕う習性のように幼かった、圭太君が慕っていた私を、大人になった今も引きずっているだけではないか。
「理由なんていらないよ。刷り込みだと言うなら、そうかもしれない。でも、あの日からずっと想っていた自分の気持ちを、ボクは否定したくはない」
ふと、目の前にある、ケイタの左耳に付いているピアスに気づく。
「ねえ、この水晶玉」
金のリングに小さな水晶玉が付いている。瑪瑙だろうか。オレンジ色に焦げ茶色の縞模様。どこかで見たことがあるような気がした。
「覚えてるの?」
ピアスに触れると、ケイタが私の手の上から自分の手を重ねてきた。
「これ、もしかして、お守り?」
「良かった。これは覚えててくれたんだ」
事件の前日、私は近所の神社に行った。
『圭太君の小学校生活が、楽しくなりますように』
10円の願いは叶ったのだろうか。
学業守り、交通安全、子供向けの可愛いイラストのお守りもあったが、水晶が入った巾着型のお守りが目に留まった。赤、青、ピンク、色々な水晶を選べた。
夕焼け色の、水晶玉を私は手に取った。
圭太君に会うときは、いつも夕焼け空の下だったから。
弟が使った中古のランドセルに、買ったばかりの新しいお守りを付けた。あの日。私は圭太君の家に持って行ったんだ。
中学生がお小遣いで買ったお守りなんて、大したものじゃない。それなのに、ピアスに加工してまで、大事に身に付けていたというの?
どうして、そんなに想えるのだろうか。
「あの頃の、杏ちゃんのボクへの気持ちは、恋じゃない。そんなことは分かってる。当たり前だよ」
ケイタは私の手を自分の口元に誘導した。そして、
「杏ちゃんは、ひとつだけ勘違いをしている」
「ちょっと!」
ペロリと手のひらを舐められた。背筋がゾワッとする。手を引こうとしたけど、思いのほか、ケイタの強い力で阻まれた。
「ボクは確かに小さくて幼かったけど、たぶん、同年代の子供と比べたら、かなり早熟だったはず。ダメな母親の影響だけどね」
澄んだ瞳で見つめられる。
「あの頃から、ボクはちゃんと男だったよ」
「は、んっ!」
思わず変な声が出てしまい焦る。ケイタはニヤリと笑う。
「ずっと、杏ちゃんを抱く日を夢見てたから」
指先を咥えられて、軽く噛まれる。まさか、興信所で私のウィークポイントまでは、調べられていないはずだけど。
「このまま、大人しく抱かれちゃってよ。気持ちは後からでいい。先に身体から落とす。自信はあるんだ」
「へ、変なことしたら、アイドルだからって遠慮しないからね」
奪われた右手ほともかく、いざとなれば、蹴りも頭突きもできる。とはいえ、弱いところをペロペロされては、いまひとつ力が入らないのも事実。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
「なにを?」
「ボクも空手の有段者だよ」
「え?」
「好きな女を守れず、逆に守られるなんて、もう2度とゴメンだよ。これでも努力したよ。この前は、うっかり蹴りをくらったけど、もう油断しないよ」
ドサッ。
ソファに押し倒されたあと、私を見下ろしながらケイタは笑った。
「なんなら、手合わせしてからベッドに入る?ボクはそれでも構わないよ。負ける気がしないからね」
★お読みいただき、ありがとうございました。再会編はこれで完結です(_ _)




