#12 私に執着する理由
「グラスも空いたところだし、場所を変えようか」
私の質問に答えるより先に、ケイタは私の後方に視線を動かすと、ニコリと笑顔を見せた。
つられて振り向くと、いま入店したばかりのらしい、2人組の男性がカウンター席に座ろうとしていた。
「こんばんは、ご無沙汰しています」
ケイタがテレビで見せる、屈託の無い笑顔で挨拶をする。
「これはこれは、人気アイドルのケイタさん。驚いたなぁ。ちょうど、お会いしたいと思っていたところです。もしよければ、お連れの方もご一緒にどうですか?」
50代くらいの大柄な男性が、テーブル席を指差した。
ケイタとの話に集中していて、まったく気づかなかったけど、いつの間にか店内は人が増えていた。深夜0時の金曜日。こういった店は、これからがコアタイムなのだろうか。
「ありがとうございます。でも、そろそろ帰るところでして」
そう言うと、私に目線だけで立ち上がるよう促した。よく分からないけれど、ケイタにとって『歓迎しない相手』だということだろう。
「ああ、そうだ。初の海外ツアーの件、伺いましたよ。今回はご一緒にお仕事できると思っていたので、とても残念です」
「情報が早いですね。とてもいいデザイナーに出会えたので、今回はそちらにお願いすることにしました」
「ほう、どのような方か気になりますな。ぜひうちにスカウトしたい」
「どうでしょうね。伝えておきますよ」
ん?その話の内容って。
「それじゃあ、行こうか。加賀さん」
ケイタに名字で呼ばれるのは初めてだった。
私も軽く会釈をすると、ケイタは私の肩を抱いたまま、歩きはじめた。
私をエスコートする仕草も、少し見上げる立ち位置も、当たり前だけど、圭太君の面影はない。大人の男だ。
「ねぇ、さっきの人って……」
「その話の続きは、うちでしようか?」
黒服に見送られ店を出ると、タクシーが停まっている。いつの間に呼んだのだろうか。
「帰るなんて言わないよね」
最後まで話を聞かなければ、どうせ今夜は眠れない。
「大事な答えを聞いてないから」
「乗って」
「変なことしたら、顔面に正拳突きするからね」
「わぁ、それは楽しみだな」
ケイタは運転手に行き先を告げると、タクシーは静かに走り出した。
◆◆◆
六本木からタクシーで15分ほど走ると、ケイタの自宅に着いた。
でもそこは、数時間前にいた、dulcis〈ドゥルキス〉の所属事務所、MICOプロダクションのすぐ裏手に位置する、マンションだった。
「悪さをしないようにって、事務所の近くに住まされて、まるで監視されてるようなものだよ」
「それなのに、仕事関係者を部屋に入れちゃっていいの?」
「構うもんか」
ケイタがリビングの扉を開く。
「広い部屋ね」
「物がないから、そう見えるだけだよ」
確かに、リビングの真ん中には、大きなソファーが置かれているだけで、他に目立つ家具は無い。主婦が憧れるアイランドキッチンのカウンターには、なんの調理器も調味料も見当たらない。
整理整頓とか無駄な物が無いということではなく、生活感のまるで無い部屋だった。
「家賃も高そうね」
「低層階の1LDKだから、このマンションでは安い間取りらしいよ」
それでも、私の給与より断然高そうだ。ここに住みたいと思えるかどうかは別の話だけれど。
大理石の床はひんやりして、カーテンも壁紙もモノトーンで統一されているから、お洒落だもは思うけど、暖かみはゼロだ。
「何か飲む?」
ケイタが冷蔵庫を開ける。チラッと覗くと、飲み物くらいか入っていないようだ。
「いらない。長居をするつもりはないなら」
「嫌われるだけのことをした自覚はあるけど、素っ気ない態度はやっぱり悲しいや」
ミネラルウォーターのボトルを開けると、一気に半分を飲み干した。そして、今夜はひとり分のスペースを開けてソファに並んで座った。
「今回のライブグッズの作成に、ゲンキライブ企画を押したのは、ジュンだよ。ボクじゃない」
ジュンはdulcis〈ドゥルキス〉のメインボーカル。
黒髪に切れ長の目、クールビューティと称されるジュンは、K-POPアイドルのような雰囲気で、ファンからは『ジュン様』と呼ばれている。
そんな彼が、なぜ弱小デザイン会社を知っていたのか。
「ジュンが猫好きだってこと知ってる?」
「いいえ。この2週間でグループの情報はたくさん集めたけど、そんなネタは無かったと思う」
「本人、必死で隠してるからね」
「ジュン様の猫好きと、今回の仕事の何が関係するの?」
話の本題がズレている。このまま、誤魔化すつもりだろうか。
「猫のしっぽを知ってるよね」
「猫カフェの経営会社のこと?」
「杏ちゃんの会社、そこの仕事を受けてたよね」
昨年のことだ。
急な作成依頼があった。
はじめて聞く『推しネコ』なんてものに驚いたけど、実際に人気者の猫に会いに行くと、アイドルさながらのオーラがあった。
売上の一部を保護猫活動団体に寄付すると聞いた。
「ジュンが、その猫カフェの常連なんだ」
たくさん猫がいるから、作成する品数が多い割に生産数は少ない、でも単価は上げられない。手間がかかった割に、薄利少売で、ビジネスとしてはいまひとつだった。
でも、たくさんの猫ファンから反響があった。SNSに投稿されたり、会社へ直接メールで声が届いたこともあった。
「アクスタから愛を感じるって、ジュンが熱弁してた」
「ジュン様が私のアクスタを?それは、すごい嬉しいかも」
思わず私の声のトーンが上がる。
「良かったね」
反対に、ケイタは少しだけ拗ねたようにトーンが下がった。
「ゲンキライブ企画が、杏ちゃんの勤め先だって気付いたけど、だからって、仕事のことに私情を挟むほど子供じゃないよ。グッズ担当がボクになったことも含めて、今回のことは、本当に偶然」
小さな案件でも、真面目にやって良かった。
「さっき店にいた人は、コンサート運営会社の偉い人だけど、転職希望するなら、伝えておこうか?あんまりオススメできる人柄じゃないけど」
「パワハラしそうな方よね。遠慮しとくわ」
うちの会社も、時代的にギリギリなところはあるけどね。
「他に質問は?なんでも答えるよ」
あの日、私たちが最後に会った日からのこと。元夫の浮気性相手のこと、仕事が決まったこと。
たくさん話を聞けた。正直、お腹がいっぱいで消化不良なくらい。
「じゃあ、最後にひとつ」
腑に落ちないことは、ひとつある。
「どうして、そんなに私に固執するの?」




