#11 ケイタの告白
※語り手:ケイタ
杏ちゃんと会えなくなって、世界から色がなくなった。
中学を卒業したあと、高校には行かなかった。定職にも就かず、フラフラするだけの日々。
でも、お金には困らなかった。助けてくれる女性は常にいたから。
「夜の相手もこなす、かわいいペットでいるのは簡単だったな」
「なによ、それ」
杏ちゃんは眉をひそめた。
「さっきの彩華は、その頃の知り合いだよ。飼い主っていうのかな」
実際に犬の首輪を買ってくるような、イカれた女だ。
転機は18歳のとき。渋谷で葉山さんに声をかけられた。アイドルにならないか、って。
その瞬間、思い出した。
――アイドルになって、杏ちゃんと結婚する。
目標ができたら、少しはがんばれる。元々、器用で運動神経はいいからね。
気づいたらdulcis〈ドゥルキス〉のメンバーになってた。
あっという間だったな。
生活は激変した。でも、だからといって、満たされることはない。
「つまらない毎日でも、夕焼けを見ると杏ちゃんを思い出した。それだけで、少しだけ気持ちが温かくなったんだ」
――会いたい。
そう思ったのは、不思議なことじゃない。
数年前には想像もできなかったほど、お金を手にした。
「人の情報は、お金で買えるって知ってた?」
「どういうこと?」
「杏ちゃんのことは、なんでも知ってるよ」
カクテルを飲む杏ちゃんの手が、ピタリと止まった。
琥珀色のライトがゆらゆらと反射している。
今夜は全て話す。そう決めていた。
隠し事をしたまま、綺麗な杏ちゃんには触れられないから。
杏ちゃんがバッグから電子タバコを取り出す。
「吸っていい?」
「うん」
杏ちゃんが愛煙家なのも知っている。
好んでいる銘柄も、少し前まで禁煙していたことも。
目の前で吸う姿を見るのは初めてだけど。
「調べたの?」
「うん」
「どこまで?」
「田中祐介さんと結婚して、離婚したところまで――かな」
「最新情報じゃない」
ふわりと吐き出された白い煙が、杏ちゃんの顔を霞ませる。その隙間に見える瞳は、ひどく穏やかだった。
「まったく、ずいぶん悪い子になったわね」
――違うよ。
ボクは最初からいい子なんかじゃなかった。杏ちゃんが知らなかっただけだ。
「杏ちゃんが離婚したのは、ボクのせいだ」
「え?」
「旦那さんの浮気相手、どんな女だった?」
「――まさか、ケイタ」
驚きで目を見開く杏ちゃん。ボクは視線をグラスに落とした。
飲み会で知り合った女の子が、たまたま杏ちゃんの旦那と同じ会社勤めと知ったとき――悪戯心に火がついた。
うまくいかなくても、それはそれで構わなかった。他にも方法はあるから。
『財務部の田中って男を落とせたら、キミと一度だけ寝てあげるよ――』
結果は驚くほど、簡単でうまくいった。
バーカウンターに重い沈黙が落ちる。氷の溶ける音だけが、やけに大きく耳に障った。
「次に邪魔なのは、アイツだ。小山君だっけ?」
今日も杏ちゃんの隣でデレデレしてた。あんなのが、毎日毎日、杏ちゃんの隣にいるなんて耐え難い。
「杏ちゃんの隣は、もう誰にも渡さないよ」
ボクは杏ちゃんの指先から煙草を掠め取った。
フィルターには、淡いリップが色づいている。
そこへ、そのまま口づける。
杏ちゃんのすべてを飲み込むみたいに、肺の奥まで深く吸い込んだ。
「ごめんね、悪い男で」
たっぷり吐かれた霧の向こうで、杏ちゃんが目を細める。
「本当にね」
そう言って、杏ちゃんは微かに口元を緩め、煙草を奪い返した。
「怒ってる?」
「怒ってないよ」
「ボクのこと、嫌いになった?」
「バカ。いくつになったのよ」
杏ちゃんは淡々と語る。
「私が離婚したのは、ケイタのせいじゃない」
「でも、ボクが――」
「ハニートラップがなくても、遠くない内に終わってた。誰かのせいだとしたら、私と祐介の問題」
それは、怒られたり責められるより痛い。完全な部外者だという拒絶だった。
「そんなことより――」
杏ちゃんが、ゆっくりと電子タバコのスイッチを切る。
「嘘はつかないで、答えてほしいの」
煙が消えた後、射抜くような強い視線がボクを捉えた。
「今回の仕事、ゲンキライブ企画に決まったのも、ケイタの計画なの?」




