#10 オレンジ色の乾杯
先日と同じように、入り口で強面の黒服に出迎えられた。
相変わらず薄暗い店内、足元の間接照明が、艶めかしく光を放っている。革張りのソファ席からは、時折、男女の笑い声が聞こえる。
「あちらのカウンター席でお待ちです」
個室ではなく、バーカウンターの前を指差される。
カウンターの端に座っていた男女が1組座っている。
男性はカウンターに顔を埋めているが、ケイタだろうか。隣の女性が私に気づくと、
「ケイちゃん、いらしたわよ」
「う、うん……」
酔っているのかこもった声。髪をクシャっとかきながなら、ゆっくりと顔を上げた。
「大変ね、子供のわがままで付き合わされて」
女性はケイタの崩れた髪をそっと直すと、私へ微笑んだ。
胸元の開いたロングドレスに、夜会巻きと言われるヘアスタイル。夜の蝶であることはすぐにわかった。同性でもドキッとするような色気がある女性だ。
「杏ちゃんの前で触らないで」
女性の手を軽く払うケイタ。
「もう帰ってよ」
「言われなくても帰るわよ。でも、今度はうちの店にも来てよね。みんな喜ぶから」
不快感も出さず、ゆっくり余裕たっぷりな様子で椅子から立ち上がる。
「あとはよろしくね。杏ちゃん」
「彩華、うるさい!余計なこと言わないで」
彩華と呼ばれた女性はクスクスと笑うと、むせるような華やかな香りを残し、ヒールの音をさせて去って行った。
「来てくれないかと思った――」
彩華さんが座っていなかった方の椅子を引き、座るように促された。
「何を飲む?」
ケイタが軽く手をあげると、バーテンダーがやって来る。
その横顔は、普段のきらびやかなアイドルではなく、夜の世界の人に見える。
「テキーラ・サンライズをお願いします」
「いいね。ボクも同じのを作ってくれる?」
「かしこまりました」
バーテンダーがシェイカーを振る音が響く。
「キレイなオレンジ色」
ガラス張りのテーブル、下からの照明に照らされている。グラスの中、氷とオレンジ色のリキュールが混ざり、夕陽のようにキラキラと美しい。
「杏ちゃんの色だ」
「あんず色ってこと?」
「空がオレンジ色になると、杏ちゃんが学校から帰って来るんだ。ずっと、夕日が待ち遠しかった」
公園で会うと、いつも笑顔で駆け寄ってきた少年は、大人になり、目の前で寂しそうに微笑んでいる。
「だから、これはテキーラ・サンライズじゃなくて、テキーラ・トワイライトだな」
ケイタがひとりうなずく。
「はい、乾杯」
静かにグラスを重ねた。
「シャンパングラスのペンライト、すごく良かったよ」
「ありがとう。でも、昼間はそんな素振りなかったじゃない。目も合わせてくれなかった」
「みんながいる前で、『すごいね!』って、抱きしめても良かったの?」
「だ、だめに決まってるじゃない!」
「オレンジ色は、嬉しい時間が近づくサイン」
――そして、ケイタは過去を振り返りながら、少しずつ話し始めた。




