#9 夜のオフィスに鳴る電話、再び
再び訪れた、MICOプロダクションの会議室。最終プレゼン、これで案件が決まる大事な日。
前回よりも豪華な顔ぶれに腰を抜かして不戦敗になりそうだ。
マネージャーの葉山さん、事務所やライブの関係者などスタッフ数名、メンバーからは、ケイタ、ジュン、コウキの3名が揃っている。
「あら、和泉さんは?」
簡単な挨拶を済ませると、葉山さんから質問が入る。小山君は緊張からか、額の汗をふきながら答えた。
「和泉も伺う予定でしたが、急遽、その、予定が入ってしまいまして」
「急用、ですか」
葉山さんの表情が曇る。
うちの仕事より大事な仕事がそちらにあるのか?と、言いたそうだ。曖昧な回答は好まないタイプだろう。
「和泉の息子さんが体調を崩してしまい、今日は伺うことができませんでした」
「あら、お子さん……?」
意外そうな表情をした。
「いいじゃん、別に。杏菜さんが、しっかり話してくれたら問題ないでしょ」
ケイタが言った。
部屋に入ってから、1度も私を見ない。
あの日の夜見せた切ない顔、意地悪に笑う顔、そして今の顔。どれが本当の彼なんだろう。
「早くはじめようよ。ボクたち、この後は歌番組の収録あるし」
しっかりしろ。
いまは仕事に集中だ。和泉さんに『絶対決めてくる』と豪語したんだから。
プロジェクターに3D画像が映し出されると、室内の視線が一斉にそこへ集まる。
「シャンパングラス?」
「なるほど、おもしろいな」
期待のこもった声が上がった。
「今回のライブコンセプトは『祝祭』と伺いました。ファンと祝う最高の乾杯をしませんか?」
私の合図で、小山君が会議室の照明を落とした。
「こちらが、演出イメージのデモ動画です」
プロジェクターに映し出されたステージ映像。
dulcis〈ドゥルキス〉の代表曲が流れ出すと同時に、客席のペンライトが一斉に反応した。
細かな気泡のような光が、透明なシャンパンを満たしていく。
金色の光は、青、赤、ピンク、紫、そしてオレンジ色へと、曲に合わせて静かに変化していった。
「会場との一体感がいいね」
コウキが低く呟く。
「工場は中国ではなく、インドネシアを予定しております」
「このサンプルと同等の品質は保証できますか?」
葉山さんは、試作品のペンライトやアクリルスタンドを手にした。小山君がすぐに切り返す。
「品質と納期厳守には、絶対の自信があります」
小山君は思った以上にしっかりと受け答えをしていた。
新卒の時の、頼りなかった印象はもうない。
葉山さんは軽く頷く。
「ゲンキライブさんに頼んで良かった。最後にそう思えることを期待しています。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、はじめて笑顔を見せた。
「よろしくお願いします!」
私と小山君が同時に立ち上がり、頭を下げた。
「はは。すごいね。2人とも息ぴったりですね」
ジュンが笑いながら言うと、コウキも頷いた。
「何かを作るには、チームワークが大事だからな。ケイタも異論はないだろう?」
「――うん、いいんじゃない」
ケイタは面白くなさそうな表情をしている。
「自分は杏菜先輩と一緒に仕事ができて、幸せです!」
「ちょっと、小山君。そういうの、場所をわきまえてちょうだい」
さっきまでのピリついた空気から一転し、会議室は和やかな雰囲気に変わっていた。
ただ、ひとりを除いて。
その後 少しだけ雑談をして事務所を後にした。
「それでは、今後ともよろしくお願いいたします」
退室するまで、ずっと仏頂面の顔をしていたケイタは、 最後まで、私を見ることはなかった。
その瞳はガラスのように色が無い、冷たさを感じさせた。
◆◆◆
最終プレゼンを終え、大成功の報告を会社に持ち帰った。
社長自らスーパーで人数分のビールを買ってきて、社内はすっかりお祭りモード。
和泉さんにも電話で報告をするととても喜んでくれた。お子さんの体調も良くなったそうで一安心だ。
この数日の疲労からか、みんな酒の回りが早かったようだ。
ほろ酔いで早々に仕事を切り上げて帰って行った。
「杏菜さん、まだ帰らないんですか?」
「経費精算だけして帰る。さっきMICOプロダクションへの手土産で買った羊羹のレシート、なくしたら困るから」
「お疲れさまでした。また、改めてお祝いしましょう」
「うん、小山君もがんばったね」
「はい!」
経理のシステムをログアウトしたときには、社内には誰もいなかった。
久しぶりに軽い足取りで家に帰れそう。そう思った時だ。
またしても、会社の代表電話が鳴る。
――まさかね。
いや、でも、きっとそうだろう。 電話に出ずに 帰るという選択肢もあるが……。
「 お電話ありがとうございます。ゲンキライブ企画です」
『……杏ちゃん』
――やっぱり。
「ケイタ?」
頭の中では、圭太君なのかケイタなのか。
『杏ちゃん、助けて』
「どうしたの?泣いてるの?」
声が震えていた。それは、あの日聞いた怯えた少年の声に思えた。
『この前のお店にいるから、来てよ』
「六本木のお店?」
『会いたいんだ。杏ちゃんに。会いたくて、会えないと、死んじゃいそうだよ』




