【短編版】キューピッドさん〜天使と恋の行方〜
「じゃあね。また明日……僕は行くかどうかはわからないけど、学校で」
「はい!お、おやすみなさいましろ先輩」
ましろに送ってもらい、自宅に帰った諸星すみれは、ましろに買ってもらったピンク色のうさぎのぬいぐるみを抱きしめて階段を駆け上がり、自室のベッドへダイブした。
「ましろ先輩……」
うさぎのぬいぐるみを抱いて、すみれは初めてのデートの余韻を噛み締めている。もう手は繋いでいないのに、まだ身体が熱い。心臓の音がドキドキする。
「……ましろ先輩は、あたしのことが……」
好き、と言いかけて言葉を飲み込む。ましろはあの動画を消すことを条件として今日一日付き合ってくれただけのこと。決してすみれが好きで付き合ったのではないことは、ましろを脅したすみれ自身が理解している。
「でも……、ましろ先輩、あんなことやこんなことをいっぱいしてくれた……」
すみれはにやりと笑う。ましろは幼なじみの望月来夢が好きなのではない、と予測して。
「……ましろ先輩、本当に好きな人がいないのかしら……?」
人の恋心がわかればいいのに……、と思いながらすみれは眠りについた。
◇◇◇
「おーい。ましろくん、お弁当持った?」
「ちゃんと持ちました!」
「あわわ、私のですごめんなさい!せっかく作ってもらったのに!」
鵜久森に言われ、ましろが鞄の中を確認すると、隣の林檎が慌ててお弁当箱を鞄の中へ入れる。
「こうしてあたし、ましろ、うぐ、来夢、林檎……5人揃って学校に登校するのって、もしかして初めて?」
坂道で振り返りながら、先頭を歩く綺羅々がにんまりと笑顔を作った。
「ましろくんが今まで自主学習だったり、テスト期間で誰かが早めに登校したりでなかなか揃わなかったもんね」
今日は5人揃っての初登校ということで、鵜久森は5人分のお弁当を早起きして用意していた。
「えへへ。お弁当サンキュー。うぐ」
「え、い、いや、それほどでも……」
綺羅々からお礼を言われ、鵜久森は照れくさそうに頭を掻く。
「はぁ……。今日も学校か……。自主学習していた分、登校するのってなんだかまだ慣れないなぁ……」
「ましろさんったら、クラスメイトの顔もろくに覚えてないみたいで。少しは私のようにクラスに馴染む努力をすれば良いものの」
ましろの横で来夢がさらりと金髪を靡かせながら愚痴を溢した。
『ましろが学校に行くのは反対だなぁ。僕をこんなところに閉じ込めて持ち歩かないといけないって……』
「ペットがOKな学校ってないから仕方ないね」
ましろが背中に背負った通学鞄の中からラプスの声が聞こえる。
「一応持ち歩くことにしたけど、学校で物語が顕現することってあるのかなぁ」
『学校じゃなくても帰り道にとか、あるかもしれないだろう?』
重いんだけど、と一言付け加えてましろはため息を吐く。
「ましろさん、朝からため息ばかりじゃダメですよ!もっと明るく元気に振る舞いましょう」
「林檎……」
「ほら。キャンディをどうぞ」
「ありがとう!」
林檎に塩キャラメル味の飴玉を貰い、ましろはすぐさま口に含む。
「学校じゃあ自分の好きなタイミングでお菓子が食べれないのも難点だよ」
口をもごもごさせながら不満を言うましろ。
「まあまあ。休憩時間はこまめにあるし、こまめにお菓子が食べられるだろ?」
『ましろったら教科書机の引き出しの中に置きっぱなしで、鞄の中身はお菓子だらけなんだけど』
「キャンディもいいけど、最近駄菓子にもハマってて」
「そういう問題じゃありませんわよ」
◇◇◇
「……こんにちは。あれ?すみれちゃん……」
放課後。ましろがオカルト研究会にあてがわれた教室を訪れると、諸星すみれと杉裏聡が教室の隅の席に向かい合わせで静かに座っているところを目撃した。
なにやらA4サイズほどの白い紙に複数の文字や数字を書いた用紙を机の上に広げている。その用紙の上で、すみれはアメジスト色のガラス玉の振り子を垂らしていた。
「貴方の好きな人は……もーー、……まさか。貴方、望月先輩のことが好きなの?!」
「ななななんでそうなるんだい!?」
杉裏聡は席を立ってバンッと机を叩いた。
「確かに望月先輩は金髪で綺麗な顔立ちで可愛いけど……、瓶底メガネの貴方には不釣り合いよ」
「瓶底メガネは関係ないだろう!?」
騒いでる2人に、ましろはそっと近付いて声をかける。
「ーー2人とも、何をしてるの?」
「ましろ先輩!?」「月影先輩!?」
ゴホンと咳払いし、杉裏聡がメガネをくいっと上げて説明する。
「この女が「キューピッドさん」をやりたいっていうから、協力していただけです」
「ああ……、こっくりさんの別バージョンだっけ」
「そう。それです!でも全然デタラメで当たらないです!」
「デタラメなんて失礼な……!貴方の好きな人は望月先輩で合っているはずだわ……!」
「ちーがーうー!!」
「ふふ……。本当だったら来夢、どうするんだろう?」
まるで他人事のようにましろは微笑み、手を顎に当てて不敵な笑みを溢す。
「……ま、ましろ先輩!!」
「なんだい、すみれちゃん」
「ま、ましろ先輩をその……、占ってみたいんですけど……、ダメ、ですか……?」
視線は手元に、もじもじとしながら諸星すみれはましろにお願いした。
「……うーん。前にも言ったけど、こういうの、あまり興味がないんだよね」
「うう……」
「でも、折角だし付き合おうか」
「!!あ、ありがとうございます!!」
すみれの表情がパッと明るくなり、ましろを見上げる。ましろは聡が座っていた椅子を引いて座った。
「ボクは座るだけでいいの?」
「はいっ!あとはあたしがやるので、見守っててくれれば……!」
すみれは意気込んで紙の上に再び振り子を垂らす。
もし、先輩に好きな人がいたらどうしよう。あたし以外の人だったらどうしよう。
そんな不安が残るまま、すみれは震えた声で問いかけた。
「キューピッドさん、キューピッドさん……。月影ましろ先輩の好きな人は誰かしら……?」
すると、直立不動だった振り子がゆらゆらと揺れ始める。
「……!?」
ましろは小さく息を呑み、すみれの様子を伺った。すみれは振り子の揺れに意識を集中させている。振り子は紙の上を移動し、文字を伝えた。
「……い……な……い……!」
すみれの表情が安堵に包まれると同時に、ましろは眉を顰めた。
「今の……、風で揺られた……、とかじゃないよね?」
「ええ!キューピッドさんのお導きです!」
「こんなのデタラメだって!さっきも自分で動かしていたに違いありません!」
「メガネ……。貴方、オカルト研究会のくせにやけに現実的よね……。違うって言ってるでしょ」
「あはは……。あの、僕、用事を思い出したから失礼するよ」
ましろは側に置いていた鞄を持ち上げ、すみれと聡に背を向ける。
「あっ……、ま、ましろ先輩……!!」
「また来るよ。明日かどうかはわからないけど」
◇◇◇
「ーー今の、どう思うラプス?何か気配を感じた?」
『ああ。微かだけど物語の気配を感じたよ』
人気のない屋上で、ラプスがましろの鞄の中から顔を出す。
「うーん。狩るにしても、姿が見えない。これは今のままじゃどうしようもないし……。困ったなぁ……」
『全く。ましろはすぐ物語が領域展開する前に狩りたがるんだから。今回は暫く流して成長してから狩る方向でいいと思うけど』
「やりたくないけど、そうなっちゃうか……」
◇◇◇
「ーーはい。ではキューピッドさんについてご説明いたしますわ」
アーバン・レジェンドの食堂。食後のガトーショコラをみんなで食べながら、来夢の説明を聞く。
「もともとはコックリさんから派生したもので、そのやり方はコックリさんとそっくりなものから全く別のものまで複数存在していますの」
来夢は白い紙にひらがなと数字が書かれた紙と、ハートが描かれた紙を用意している。
「コックリさんに似ているものは、白い紙にひらがな五十音と0から9までの数字、そしてハートが描かれた紙を用意し、部屋の窓を開けて紙の上の10円玉に指を置き「キューピッドさん、キューピッドさん、おいでください」と唱えてキューピッドさんを呼び出すと、キューピッドさんが10円玉を動かし、様々な質問に答えてくれるというものですわ。但し、本人が目の前にいないと質問には答えてくれませんの」
「なるほど……。すみれちゃんはキューピッドさんを更にアレンジしたもので占っているんだね」
ガトーショコラを一口食べて、ましろは占われた時のことを思い出す。
「好きな人を当てる占いかあ……。僕ならお断りするなぁ。好きな人って他人にあれこれ言うようなものじゃないし」
「?」
鵜久森がかちゃりとフォークを置いてチラリと綺羅々を見る。綺羅々は何のことか分からず、首を傾げた。
『まずその「キューピッドさん」が顕現するまで、噂を成長させないといけなくなるかもしれない』
「それって、すみれちゃんに占いをやれってこと?」
『そうなるね』
「恋占いなら、女子にはすぐに流行りそうな気がしますけど」
林檎がジュースのストローを摘みながら言う。
「それでは、私たちみんなで諸星さんの占いを広めてあげれば良いのではなくって?」
「うーん。僕としては面倒事になる前に、今すぐ狩りたいんだけど……」
「それは無理なのはわかっているでしょうに」
「だよねー……。とほほ」
◆◆◆
「あのー、オカルト研究会ってここですか?」
「そうだけど、部外者が何か用?」
「とっても良く当たる恋占いをしてくれる子が居るって聞いて……」
(……まさかメガネが……、いえ、ましろ先輩が……?)
部外者が来ても本を読んで知らんぷりを決め込んで居る杉裏聡を他所に、諸星すみれは出来る限り丁重に対応する。
「……それはたぶん、私のこと。いいわ。貴方のこと、占ってあげても……」
「本当!?」
はしゃぐ部外者をチラリと見て、杉裏聡は再び本に視線を戻す。
やっぱり、自分が占いが出来ると言い広めているのはメガネじゃない。
(ましろ先輩……。ありがとうございます……!)
趣味を今こそ生かすべきと考えたすみれは、喜んで部外者を教室の隅の席へ案内した。
◇◇◇
「うーん……」
『どうしたんだいましろ。そんな難しい顔をして』
晴れ渡る空。ましろは人気のない屋上で中庭の様子を見ていた。
中庭には恋を成就させるという噂のある大樹が存在している。その大樹の下で、ましろに挨拶をしてくれるあの男子クラスメイトが、今女子生徒に告白されている瞬間だった。
「いいんだか、悪いんだか、よくわからないや……」
フェンス越しにその様子を見ていたましろは、プリン味のチュッパチャプスを舐めて首を傾げる。
『仕方ないじゃないか。今回はまだ実体がない物語が相手なんだ。噂を広めて顕現する段階まで物語を育てないと』
「でも、昨日来夢が言っていたよ。キューピッドさんの正体が死んだ女の子の霊だったパターンもあるって。……すみれちゃんを危険な目に遭わせるのはダメだよ」
『それは……、顕現するまで敵の正体は僕にもわからないさ。そう心配しなくても、いざという時こそましろが彼女を守ればいいだけの話だろう?』
「簡単に言うけどさ、ボクは後方支援型の能力なんだけどな」
『またまた、そう言って。なんだかんだでやり過ごして来たのを幾度も見て来た僕が言うんだから少しは自分を信じなよ』
「はあ。今回は守り切れるか自信がないよ……」
クラスメイトの男子生徒の反応を遠目で見る限り、告白の返事はOKだったようだ。2人は手を繋いで校舎の方へ戻って行く。
「……やっぱり、手を繋ぐってそういう感じの時にすることなんだね」
『今更かい!?ましろ、この前してたじゃないか』
「なんでラプスがそれを知ってるのかなあ?」
『あっ……!痛い!やめて!動物虐待!』
ましろはラプスを拳で挟み、左右でぐりぐりと回して力を入れる。
「この前のすみれちゃんとのデート、ラプスだけでつけてたのかい?」
『いてて……、ら、来夢も一緒だったよ!』
「2人で……、いや1人と1匹でボクが擬似デートするところを見て楽しかった?」
『楽しむとかそういう目的じゃなく、僕らは物語が現れないか心配してこっそり後をつけていただけだよ!』
「本当にー?」
『本当だって!』
ましろのぐりぐり攻撃から、ラプスはようやく解放された。
『ひゅー。ましろは滅多に怒らないけど、怒ると怖いなぁ』
「別に怒ってないよ」
ラプスに言われ、ましろはすんっとそっぽを向く。
『来夢には僕が吐いたこと、黙っておいてよ』
「言われなくても。話がややこしくなるから言わないよ」
「来夢が諸星すみれの手をましろが握るのを羨ましがっていたよ?」
「昔は来夢の手を握っていた時もあったから、それででしょ」
ましろはコロコロとチュッパチャプスを口の中で転がす。来夢の件に関しては、あまり興味がないようだ。
『やっぱり、人間って僕が思ってるよりもずうっと複雑だなぁ』
◇◇◇
アーバン・レジェンドのみんなが諸星すみれの占いを広めてから、3日ほど経った頃。
「ねぇ!高坂さんもキューピッドさんやらない?」
「え?!」
放課後、クラスメイトの女子生徒に呼び止められ、林檎は驚きを隠せなかった。
「キューピッドさんって……」
「知らないの?今女子の間でめっちゃ流行っててー。オカルト研究会の子がキューピッドさん上手いらしいけど、かなり順番待ちになるから、みんな自分で試しにやってみようってなってさー!」
「ご、ごめんなさい。今日は用事があって」
「そっかー。残念。また今度ねー」
「は、はい!」
(ましろさんに伝えないと……!)
◇◇◇
「……どうやら、少し予想外の展開になってきてるみたいだね」
林檎と合流し、オカルト研究会の教室へと続く女子生徒の長蛇の列を見ながら、ましろは呟く。
「すみれちゃんだけじゃない。多くの生徒を巻き込むことになった」
「これほどオカルトなんてマイナージャンルに興味がある人が増えるなんて、流石の私も予想外ですわ」
「来夢」
来夢はお手上げといった状態でましろと林檎に合流する。
「しかも自分たちでそれをしようなんて」
「来夢さんも誘われたんですか?」
「ええ。もちろんお断りしましたわ」
「オカルトだから流行ってるって言うよりかは、恋のおまじないの延長って感じで女子に流行っているんだと思うよ。男子では率先してやろうってなってないし」
「……このままいくと、いつ行方不明者が出てもおかしくありませんわよ」
『たぶん、今晩くらいに行方不明者は出そうだね。物語の気配もだいぶ強まってきたことだし』
ラプスは能天気なことに、寧ろ嬉しそうにましろの鞄から首を出す。
『ふふふ。また今回もお腹いっぱいになるまで粒子回収が出来そうだ』
ペロリと舌舐めずりするラプスを、ましろは頭を押して鞄の中へと埋める。
「すみれちゃん……」
遠目だが、占っている最中のすみれの姿が目に入る。彼女が行方不明になるところを黙っていることしか出来ない自分たちに、歯痒い思いを感じるましろであった。
◆◆◆
(ましろ先輩には、夜中に出歩かないように言われてるけど……)
そろり、そろりと忍び足で、両親にバレずに家の中から外に出ようとするすみれ。
時刻は午前2時を過ぎたあたり。
昨日の放課後、杉裏聡に協力してもらい、占いの整理券を配った。その整理券に書いた待ち合わせの時刻は午前3時。
(スピリチュアルな力が強まる時刻……。ふふふ……これで、占えることも増える筈……)
ゴスロリ服に身を包んだすみれは、静かに家のドアから外に出て鍵を閉めた。
「月も綺麗ね……。占うには絶好の機会だわ……」
◆◆◆
翌朝。
「ーー諸星すみれ?そういや今日は来てないな」
「そう……。教えてくれてありがとう」
すみれのクラスを訪れたましろは、すみれが学校に来ているか確認をした。案の定、行方不明になっているようだ。
『うん。物語の領域展開を確認。ーー朝から昼は人の目につくから、動くなら放課後か夜だね』
「わかってるよ」
『随分と彼女のことを気にかけているじゃないか。心配なのかい?』
「当たり前だよ」
『心配もほどほどにしないと来夢が焼くよ』
「なんでそこで来夢が出てくるのさ」
ましろはガリッと口の中の飴玉を砕いた。すみれが行方不明になるのをただ待つことしか出来なかった自分に苛立ちを感じて。
『ましろにしては、随分と焦っているね』
「暫く放っておいてくれないかな?またぐりぐりされたい?」
『はいはい。わかったよ』
◇◇◇
「僕らのクラスの女子も、何人か行方不明になってる」
昼休み。屋上で鵜久森たちと合流したましろは情報交換をしていた。
「居なくなったのはなずなっち、早見さん、りえりーだよ」
行方不明になった女子生徒と仲が良い綺羅々があだ名で呼ぶ。
「そういやりえりーが言ってたっけ。整理券が配られたって」
「整理券?」
「そ。順番待ちに対応する為だってさ。でもその時刻が午前3時だっていう……。ほんとに行ったんだね。深夜の学校に。深夜の学校ってなんか怖くない?」
「学校じゃなくても深夜の建物は割と怖いです……」
黎明館で経験済みの林檎は語る。
「じゃあ物語の領域展開地点に向かうのは放課後にしようか」
「うぐに賛成ー。林檎もでしょ?」
「は、はい!まだ明るいうちに向かう方がいいかと!」
「じゃあ、アーバン・レジェンドに帰らずにこのまま向かうとしましょう。ましろさん、代表してアーバンさんには連絡を入れておいてくださいまし」
「はいはい。お菓子は鞄の中ので足りるかなぁ」
ましろはゴソゴソとスマホを探しながら鞄の中のお菓子のストックを数える。
「まぁ、今回はアーバン・レジェンド全員揃ってでの物語狩りですから、楽勝でしょう」
「慢心はよくないと思うよ来夢。まだ敵がなんなのかすらわからないんだから」
『ましろの言う通りだよ来夢?なんなら今回は来夢が1番苦戦するかもしれない』
「わ、私はそんなヘマするような真似は致しませんことよ!」
拗ねたようにふいっとそっぽを向く来夢に、やっぱりボクが頑張らないとダメかなぁ、と密かに思うましろであった。
◆◆◆
「それじゃあ、行くよーー」
放課後ーー夕暮れ時に差し掛かってきた頃。人気のない校舎の裏通りに集合したましろ、来夢、林檎、鵜久森、綺羅々の5人は物語の領域展開内に向かう。
ましろが人差し指を何もない空間に向ける。スペルカードを顕にさせる要領で意識を人差し指に集中させると、何もない空間に波紋が広がった。
次の瞬間、ぶわりと視界と景色が変わる。
「何この感じー!?ゲームで見る魔界か何かー!?」
おどろおどろしい空と校舎の雰囲気を見た綺羅々が声を上げる。
「気を引き締めて進まないとね」
前衛の僕が先頭を切るよと、スペルカードを顕にして双剣を取り出した鵜久森が前に出た。
「ラプス、敵の気配はどういう感じかな?」
『オカルト研究会の部室と、屋上と、3-B組の教室が一際強い気配を感じるよ』
「3-Bってうちらの教室じゃん!?」
「どうします?ボクはオカルト研究会の方が気になるけど、鵜久森さんたちはそっちの方が気になるだろうし……」
「この人数だと、二手に分かれるにしては少々危険かもしれませんわ」
「それじゃあ、3-B組、屋上、オカルト研究会の順番で回ってみるのはどうでしょうか?」
「……ましろさん?」
「……仕方ない、それで行こう!」
焦る気持ちを抑え、ましろは始めに3-B組に行くことを決断する。
◇◇◇
「キューピッドさん、キューピッドさん、おいでませ……おいでませ……キューピッドさん、キューピッドさん……」
「なずなっち、早見さん!?」
ましろたちが3-B組を訪れると、教室の片隅でA4サイズの紙を机の上に広げ、10円玉に指を添えて言霊を唱える女子生徒2人を発見した。
「……ダメだ。意識が何処かに飛んでるみたい」
双剣を腰の鞘にしまった鵜久森が、彼女たちの目の前に手をかざすが反応がない。
「りえりーは?うぐ、りえりーが居ない!」
「屋上に行ってみよう!」
◇◇◇
「りえりー!!」
綺羅々にりえりーと呼ばれる女子生徒は屋上のフェンスの外に立っていた。女子生徒は、空中に浮かぶ少女の霊と話をしている。
『しぬのって、こわいのね。……いっしょにきてくれる?』
「い、いや……。私、まだ死にたくない……!」
身体が勝手に動く、と言った感じだろうか。女子生徒の言動と動きが一致していない。女子生徒はフェンスにしがみつく素振りもなく、屋上から飛び降りようとしている。
「ーーっ、来夢ちゃん!!」
鵜久森が双剣を抜き、フェンスの一部を薙ぎ払う。来夢はスペルカードを顕にし、箒に乗って屋上から飛び降りた女子生徒の手を掴んだ。
『ほんとのこと、いってくれて、ありがとう』
「……キミがキューピッドさんの正体かい?」
ましろが問い掛けると、少女の霊は左右に首を振る。
『わたしはキューピッドさんとはちがう……。ただ、こうれいじゅつによって、おびきよせられたそんざい……』
「コックリさんも、キューピッドさんも降霊術に分類されるとは知ってはいるものの、実際に呼ばれたものを目にしたのは初めてですわよ……っと!?」
「手伝うよ来夢ちゃん!」
よたよたとバランスが取れてない状態で来夢が上昇している。鵜久森が女子生徒を抱え上げ、フェンスの内側へと移動した。
「よかった……!無事でよかったよりえりー!!」
気を失っている女子生徒の身体を抱きしめる綺羅々。ましろは少女の霊へと話しかける。
「キミには悪いけど、その粒子、回収させてもらうよ」
『すきにして……、わたしもかえれなくてこまっていたところだから……』
ラプスが口を開けると、少女の霊は粒子状になり吸い込まれていった。
「しかし、少女の霊が黒幕でないなら、オカルト研究会には一体何が……?」
箒を手にし、考え込む来夢。ましろはすみれに危険が迫っていると思い、走り出していた。
「とにかく早くオカルト研究会に行ってみよう!」
◆◆◆
「……」
「ーーすみれちゃん!!」
締め切られた教室の戸を乱暴に開けるましろ。教室の中央の机の上に、すみれは足を組んで座っていた。
「待っていたわ。月影ましろ」
「……すみれちゃん……?」
普段のすみれとは違う。上からの威圧感がその小柄な身体から放たれていた。何よりもーーすみれの背中には天使の羽らしきものが生えている。上空には光る丸い輪も。
「コスプレ?」
「失礼な!!コスプレじゃありません!!私は降霊術で下界に舞い降りた本物の天使です!!」
「てんし……?」
パチンと天使と名乗った少女が指を鳴らすと、ぶわりとした威圧感が5人と1匹を襲った。
『うわわっ!!?すごい物語の反応だよ!?今まで回収してきたものとは比べ物にならない!!』
「下等生物め、神々しい天使の粒子をそんじょそこらの物語と食べ比べようとはなんて下品な」
「天使って……!キミは一体……」
「私の名はアムール。ローマ神話の愛の神。もっとも、本体ではなくその力を数段階下げた分霊と言ったほうが正しくてよ。ふふ、リトル・アムールとでも呼びなさい」
「その愛の神様が、下界に一体何の用があるのさ……!?」
鵜久森は双剣を構え、いつでも戦闘になってもいい体制で問い掛ける。
「愛の神として呼ばれたからには、その恋を成就させなくては天界に帰るに帰れません。私が関わり、成就させてない恋はあとひとつ……、この私の憑代、諸星すみれの恋です」
「ーー!?」
天使リトル・アムールの宣言に反応したのはましろではなく来夢だった。来夢はましろを庇うように前に出て箒を構える。
「来夢?」
「ましろさんは下がっていらして。天使の目的はましろさんだと判明したのですから」
「そういうわけにはいかないよ」
「ーー戦闘になる前にお聞きしますが、月影ましろ……、諸星すみれを好きになる可能性は?」
「ーーボクがすみれちゃんに抱いている想いは、そういう想いじゃないよ」
「ましろさん……!!」
「どうして来夢がそこで驚くの?」
ましろの返答に、来夢はホッと胸を撫で下ろす。
「そうですかーーでは、私の愛の矢を受けてもらいますね!!」
天使リトル・アムールが飛び上がり、無数の愛の矢を解き放つ。林檎はスペルカードを顕にし、マスケット銃で1番大きな愛の矢を正面から撃ち落とした。
「ましろさん!!」
「炎!!」
無数に分かれた炎の矢が愛の矢を焼き、撃ち落とす。
「ほらほら、どうしました?そんな運動神経では、すぐに愛の矢に当たってしまいますよ?」
愛の矢の第二波が降り注ぎ、ましろは持ち前の運動神経をフル活用して避け切ってみせる。
「っ……!ダメだたんま!お菓子食べさせて」
「ま、ましろくん!!しっかり!!」
「ふふふ。やはり人間は弱いですね。分霊の足元にも及ばないなんて」
クスクスと笑う天使リトル・アムール。ましろは汗を拭い、リトル・アムールの憑代になっているすみれに呼びかける。
「っ……!すみれちゃん!!しっかりして!!キミはリトル・アムールの力でボクを好きにさせようなんて思っていない筈だ!!」
「……何の戯言を……う……、」
ましろの呼びかけにすみれが反応したのか、リトル・アムールが表情を歪め、頭を抱える。
「……ま……しろ……せんぱい……!」
「すみれちゃん!!」
『さっきは降霊術がどうのと言っていたね!憑代との接点を結びつける為に何処かに媒介がある筈だ!』
「怪しげに光を帯びたアレですわね!」
来夢はすみれの胸元に付けられたアメジスト色の振り子に狙いを定め星の矢を放つ。
「あ、あああっ!?」
脆いガラス玉で出来た振り子は最も簡単に砕け散った。
「や、やはり10円玉よりいいとはいえど、安物の媒介で降臨するべきではなかったわ!!」
「ははは、天使様が負け惜しみかい?」
「くっ!覚えてなさいよ人間ども!!次のチャンスで必ず恋の成就をさせてやるんだから!!」
捨て台詞を吐き、リトル・アムールの威圧感が消える。
「すみれちゃん!」
白い羽根が消え、空中に浮く力を失ったすみれの身体をましろが抱き止めた。
『天使の粒子なんて規格外を逃したのは惜しいけど、残り物には福があるかも、だね』
ラプスが口を開け、空間の綻びとなっていたガラスのような破片を吸い上げていく。
「……ましろ、せん、ぱい……」
意識が戻ったすみれの目尻に大粒の涙が浮かぶ。
「ご、ごめんなさい……、あたし、また……、せんぱいに、ごめいわくを……」
「ーー気にしないで、すみれちゃん……」
ましろはすみれの涙を指で拭った。
◇◇◇
「なによこれ、全く反応しないじゃない」
「そうだね……。ねー、カラオケでも行こ行こ」
かくして、キューピッドさんの広まりはこの日を区切りに収束していった。
「はあ……。僕としては本を読む安寧の地がまた取り戻せてよかったとして」
オカルト研究会で本を開く杉裏聡の視線の先には、ひとりで黙々とタロット占いをする諸星すみれの姿があった。
数日間続いた長蛇の列は何処へ消えたのやら。教室の静けさは保たれたままである。
ーー数分前。
『ごめんね、すみれちゃん。やっぱりオカルト研究会、ボクと来夢は幽霊部員ってことでいいかな?』
ましろに手を合わせてお願いされたら、諸星すみれとしては受け入れるしかなかった。
「……ましろ先輩……」
ふふふ、と諸星すみれは不敵に笑う。
「ましろ先輩に好きな人はいない……。なら、まだチャンスはある……!幼なじみがなによ……、一つ屋根の下がなによ……、逆に言えばそれだけ一緒に居ても、先輩のハートを掴めてないってことよ!先輩と居る時間が少なくなっても、めげずにアタックすれば……!」
不気味な恋のオーラを放つすみれに、杉裏聡はいつものことだとやれやれと肩を竦めた。
◇◇◇
『それにしても、今回はいつにも増して来夢がピンチだったね』
「あのさ、ラプス。ピンチだったのは殆どボクだったんだけど。なんで来夢がピンチだったのさ?」
「さ、さあ……?ラプスさんの気のせいではなくって?」
ギクシャクした動きで振り向く来夢。ラプスとの話しを打ち切って、ましろは背伸びした。
「さあて。学校はまた暫くお休みってことで、カフェの方でまた働いて、お小遣い稼がなくっちゃ」




