6 スタンド・アップ
6 スタンド・アップ
G・Wが明けて、富士雄は前期の生徒会選挙に立候補した。
秋桜学園では、五月の上旬に意思表示をし、中旬に中間テストがあり、下旬に結果発表をし、月末ごろに演説からの即日開票となり、生徒会役員が決まる、という流れになっている。
会長、副会長、書記、会計の四名が選ばれる。
任期は前期が六月から十月末日で、後期は十一月から五月末日となっている。
会長と副会長は決まっているようなものなので、対抗馬は出ず、信任投票になるであろうことは、みな了解している。
書記と会計がどうなるのかが、選挙の見どころとなっていた。
現在の書記である相場美優は立候補をしなかった。
本格的に学業を優先させたい意向のようだ。
その情報が学園に回ると、後釜を狙った何人かが立候補をし、富士雄と争うことになった。
会計も、現職の会計、竹成陸が再選を狙っていたが、やはり何人かと競う形になった。
部活動、特にスポーツで秀でた成績を修めた者や、テストで常にトップクラスの成績を残す者が、名乗りを上げたのだ。
果たして誰が選ばれるのか?
みな中間テストに向けて大学進学に向けて勉強に励むなかで、気もそぞろになっていた。
だが、竹成には余裕があった。
竹成もまた、テストのトップクラスの常連であり、部活では全国大会への出場を有望視されるチームのキャプテンを務めているのだ。
そして何より、前回の選挙では得票率で二位に四十パーセントの差をつける六十パーセント以上の票を集めたという実績があるのだ。
人となりも、憧れの生徒会長と遠巻きに視線を送られることが多い観音と違い、誰にでも分け隔てなく接する親しみやすい生徒会会計の陸さん、という評判が強い。
実際に評判通り、クラスや部活の垣根を越えて誰にでも話しかけて優しくするし、性別や、年齢の上下に関係なく気を配った接し方をする。
その人望で、生徒会に入ったのだ。
「僕もクマゴロー君って、呼んでもいいのかい?」
「君はつけなくていいです」
「じゃあ、クマゴロー。改めて自己紹介させてもらうよ。僕は会計の竹成陸。よろしく」
差し出された手を、富士雄は握り返した。
竹成は握力が強いのだろう、力をこめたようには思えなかったが、瞬間的に軽く息を飲むくらいにがっしりと握られた。
望月はまだ慣れないのか、
「クマゴローってあだ名、悪いけどやっぱりまだ笑っちゃうわ」
と顔をほころばせた。
たしかに、富士雄は熊というよりも、小熊猫といったほうが似合う風貌なのだ。
クマの後にゴローと持ってくるところも、令和の今においてはどこか的外れな感じがして、それが望月を思わずくすくすと笑せる要因になっている。
生徒会室の窓からは、校庭に出て遊んだり話をしたりしている生徒たちの姿が見える。
昼休みの時間なのだ。
なぜその時間に生徒会室に集まっているのか?
それはインター・ハイ予選を控えた竹成が、午後からの練習に遅れることなく参加したいと申し出て、それをみなが受け入れたからだ。
この時期に部長でありキャプテンである竹成が練習に参加できないのは、大きな痛手になる。
「どうだい? 全国に行けそうかい?」
と観音が訊いた。
「そう簡単にはいかないだろうけど、実力を発揮できたら、面白いよ」
「部活と勉強を両立させて、そのうえ生徒会の会計までやるなんて、私から見たらスーパーマンだわ」
と相場が言った。
「スポーツ推薦で大学に行こうと思わずに勉強もするところがすごいですね」
と富士雄は率直な感想を言った。
「僕はどちらも好きなんだ。仲間と力を合わせて上達するために日々トレーニングを重ねて、それが実ったときの快感。毎日コツコツと勉強して知識を増やして、それが点数という結果になって表れたときの快感。それを得るために努力するのが、人よりちょっと好きなだけさ。ただの変わり者だよ」
卑下ではなく、堂々と答えた。
ただの変わり者と書いて立派と読むんじゃないかと、富士雄は思った。
「じゃあ、まだ少し時間はあるが会議も終わったことだし、お開きにしようか」
「そうね」
「うん。お疲れさま」
「お疲れさま」
観音に望月が賛同し、相場と竹成は退室していった。
「お疲れさまでした」
と、相場と竹成に続いて退室しようとした富士雄の背中を、観音と望月は微笑んで見つめていた。
富士雄はその足で屋上へと向かった。
まだ昼休みではあるのだが、もう少しで終わってしまうため人出は少し減っていた。
富士雄はちょっとした有名人なので、ひとりが気づくとふたり、三人、五人、八人、ついには全員が気づいて声をあげたり視線を送ったりしたが、囲まれはしなかった。
これでは見られないな、と富士雄は用事を済まさずに屋上を後にした。
そして放課後に出直してきた。
案の定、人はおらず、富士雄は安心してドアを閉め、学生服の内ポケットから封筒をひとつ、取り出した。
なかからさらに四つ折りにしたレポート用紙を取り出して、広げた。
小学校でもいじめられました。
中学校でもいじめられました。
高校生になっても、くさい、くさいと毎日いじめられています。
もう限界です。
さようなら。
その文字を、富士雄は過去のものだと笑い飛ばせるようになっていた。
はじめは破いて捨てようかと思っていたのだが、ごみ箱は空で、よほど細かく破かなればこれを読まれてしまう危険性もあると破こうとした段になって気がついた。
しかしライターなどで燃やして捨てようにもライターを持ってはおらず、学校にそのようなものを持ちこむわけにもいかず、学校のどこかや道ばたに破いたものを捨てるのもそれは気が引けた。
逡巡した結果、レポート用紙を封筒にしまった。
はあと小さくため息をついた。
「それは遺書だったのだね」
「はっちゃん⁉」
富士雄は思わずびくりと体を震わせた。
いつの間にか真後ろに立たれていたのだ。
「まあ、慌てる気持ちもわかる」
笑顔というよりは思いやる顔で、はっちゃんは横に座り、富士雄にも座るように手で促した。
富士雄はおとなしく従った。
「いじめられて死を選んだり、引きこもりになった人を情けないと吐き捨てるのは、知性と心のない最低の人間のすることだと私は思うのだが、どうかな?」
「同感です」
と富士雄は答えた。
はっちゃんは満足そうに二度、肯いた。
そして続けた。
「破こうとしたということは、必要がなくなったと、生きることを選んだと、そういう意味だね?」
「……はい」
富士雄がわずかに躊躇ってから返事をしたのは、本当はまだ死にたいという気持ちがあるから、迷いがあるから、痛いところを突かれたから、ではない。
「生徒会の面々は、どうだい?」
「はい。まだそんなに言葉を交わしたわけではないんですけど、みんないい人たちです」
「笑った」
とはっちゃんはにっこりとした。
それを見た富士雄は、言葉の意味を探ってから、また笑った。
「そうか、そうか。うん、うん。……では、私も意外と忙しくてね、行かなければいけないんだが、クマゴローはどうする? もう少し余韻に浸るかい?」
「いえ、帰って勉強したいです」
「うん。学生の本分は勉学に励むこと。部活動に勤しむこと。高校生でいられる時間は、たったの三年間だ。青春時代を生きるクマゴローにエールを送らせてくれ」
そう言って立ち上がり、はっちゃんは
「クマゴローの人生に、幸多からんことを!」
と老人とは思えない声量で叫んだ。
富士雄は感激した。
はっちゃんは満足そうに笑い
「行こうか」
と屋上のドアを開けた。
屋上へと続く階段を降りたところで、富士雄は左に、はっちゃんは右に、わかれて歩き出した。
ふたりとも、真っ直ぐに前を見ていた。
2025年も終わろうとしていますね。
次は一月二日の予定なので、フライングさせていただきます。
新年あけましておめでとうございます!
では、また。




