13 夏の思い出
二話連続で掲載します。
そして次、月曜日で最終回です。
お読みくださった方々全員に、
ありがとうございます! と言わせていただきます。
では、そうぞ。
13 夏の思い出
それは夏休み前のことだった。
「八月に望月君が誕生日を迎えるのだが、それを生徒会のメンバーでお祝いしたいんだ。どうだろう?」
生徒会室で会議を終えてから、観音が言った。
「その日は正確には誕生日ではないのだが、望月君の誕生日には別にパーティーが開かれるのだ。私は参加できるが、クマゴローと正木君はできない。しかし仲間外れになどしたくもない。そこで別の日に仲間内だけでの誕生日会を、というわけだ」
「それはうれしいですけど、僕、どんな服着て、どんなプレゼント持っていったらいいんですか?」
「プレゼントなんていらないわよ。服も普段着でいいわ。誕生日会って名目で、遊びたいだけなのよ」
「望月君が所有している別荘へ行って、海へ行ったり、バーベキューをしたり。きっと楽しいぞ。できれば一泊のスケジュールを組みたい。こっちの都合を押しつけるようで悪いが、クマゴロー、正木君、どうだろう?」
「悪いことなんてありませんよ。親に許可は取らないといけませんが、行きたいです」
「私も。噂に聞いていて、憧れだったんです。望月さんの誕生日会。うれしいなあ」
突然もたらされた夏休みの青春っぽいイベントに、富士雄は素直によろこんだ。
指折り数えて、その日になった。
九時に迎えの車が行くということだったので、自分を拾ってその足で別荘へ行くものだと富士雄は思っていたのだが、来たのは望月家行きのロールスロイスだった。
八時半には準備を終えて待っていた富士雄は、軽く面食らった。
後部座席のドアを開けて微笑む執事に礼を言って、車に乗りこんだ。
車は望月の屋敷へと富士雄を連れて行った。
そこでみなと合流し、あらためて車に乗り、別荘へと向かった。
金持ちだとは知っていたけど、目の当たりにすると迫力あるなあ。
富士雄はぽかんとした。
車中ではゲームをして、みなで笑った。
携帯もできるTVゲームなので、そういうものを観音や望月がする様を見るのは、新鮮な驚きがあった。
しかも意外とうまいのだ。
観音と富士雄が隣り合って座り、望月が観音の前に、その隣に正木が座っていた。
夏だからなのか、女子はふたりともスカートの丈が短く、見たらいけない、見たらいけない、と富士雄は努めて目線を下げないようにした。
別荘に着いたのは、二時間弱後だった。
日差しは強かったが、東京の暑さとはまた違った爽快感というか、解放感とかいうものがあった。
別荘に着いて車を降りると、百メートルほど先に海が見えた。
「うわあ、海」
正木の声は感動のそれだった。
富士雄も、声には出さなかったが、いい眺めだと思った。
「お昼の後に、泳ぎに行きましょう」
「バーベキューって、僕、初めてです」
「大丈夫。やり方を教えるよ。簡単だ」
「とりあえず、荷物を置いてからにしましょう。部屋に案内するわ」
「望月さんちの別荘。ワクワクする」
「たいしたことないわ。期待するとがっかりって結果になるわよ」
そう言って望月が先頭に立ち、四人は別荘に入っていった。
やはり正木が一番に歓声をあげてはしゃいだ。
たしかに、広々としていて佇まいに威厳があった。
富士雄などは、何から何まで高そうだ、と口をぽかんとした。
「部屋は二階になるわ」
望月はすっと案内し、自分に割り当てられた部屋に入った富士雄は、一度ゆっくりとなかを見渡した。
清潔にされていて、ベッドのシーツも真新しく見えた。
実際に新しいのだろう。
触れてみると、心なしか高級な感じがした。
荷物を置いて部屋を出ると、正木と顔を合わせた。
正木が隣の部屋で、向かいふたつが観音と望月だ。
富士雄はいまだに正木との距離を測りかねていたが、正木は意識してか無意識にか、一歩踏みこんできた。
「早く行こう。バーベキュー、手伝わないと。ご馳走になるだけじゃ悪いじゃない」
富士雄の左腕にそっと触れて、促した。
自分の矮小さを感じて、踏みこんできてくれた正木の人柄に感謝した。
そうだ、固くなくていいんだ、富士雄はそう思った。
正木の後ろについて階段を駆け下り、外に出た。
夏。
青空。
太陽。
海。
風。
バーベキューといったらメインはやはり肉。
富士雄が今まで食べてきた肉と丸ひとつは値段が違う霜降りの牛肉が焦げる音、匂い。
やり方を教わって、見せてもらって、富士雄は不慣れな手つきで肉を網に乗せた。
それだけなのにみんな笑顔になった。
肉、肉、海鮮、野菜、肉。
肉、肉、海鮮、野菜、肉。
炭酸ジュースで富士雄はむせったのだが、それすらも笑いに変えるのはバーベキューの魔力か。
満腹になると椅子に座って休んだ。
その間も会話は続いた。
当たり前と言えば当たり前なのだが、意外と言えば意外だったのが、観音も望月もジ〇リアニメのBDを全部持っているという事実だった。
一番は?
との正木の問いに、観音はもの〇け姫、望月はとなりの〇トロ、と答えた。
ちなみに、正木は千と千尋の〇隠しで、富士雄は天空の城〇ピュタと答えた。
富士雄が、初めて見た五、六歳のときは、ナ〇シカは巨神兵より王蟲のほうが怖かったというと、満場一致だった。
あれはトラウマになるな、という観音にみんな共感した。
そんな話をしていると腹もこなされ、それじゃあと水着に着替える運びとなった。
いったん部屋に戻って出てくると、女性陣はやはり着替えに時間がかかるようでしばらく観音と富士雄のふたりだけになった。
「クマゴロー」
「何ですか?」
「望月君の水着姿、あんまりじろじろ見るなよ。ちらちらなら許す」
「見ることが前提なんですね」
「見るだろ?」
「はい」
富士雄も男だ。
美女の水着姿を見たくないわけがない。
水着に着替えた望月と正木が登場すると、ふたりは少し赤くなった。
しかし、それは束の間。
海水浴といっても、泳いだり、波打ち際でビーチボールをしたり、浮き輪で浮かんだりするのではなく、沖のほうに行って、ウェイクボードをするのだそうだ。
富士雄は、セレブだなあ、と驚きと感心の入り混じった感想を持った。
女性陣が水着の上にTシャツとハーフパンツを着こんでしまって、少しがっかりした男性陣も同じように着こんで、さあ、ウェイクボードだ。
富士雄は勿論、正木も初めてで、観音と望月も、さすがにそんなには経験がなく(それでも初めてではないのが驚きだが)、うまく乗れて笑い、転んで笑った。
二時間余りで浜辺に戻って女性陣がTシャツとハーフパンツを脱ぐと、観音と富士雄はばれないようにグータッチをした。
ウェイクボードは思いの外体力を使うスポーツで、富士雄は望月の使用人が用意したパラソルの下で、レジャーシートに寝転がった。
望月と正木は日焼け止めを丹念に塗り直していた。
観音はクーラーボックスからミネラルウォーターを取り出し、キャップを開けてごくごくと小気味よく喉を鳴らせて飲んだ。
徐々に海水浴客が減っていって、富士雄たちも望月の別荘へと引き上げた。
せっかくの一泊旅行なのだからと、富士雄は勉強道具を一切持っては来なかった。
勉強のことを忘れて遊び楽しむ日があったっていいじゃないか。
六時にディナー(望月家の場合は晩ご飯ではなくディナーだ)、八時から花火とシャワーで砂を流した後で聞いた。
まさか打ち上げるのか?
富士雄は思ったが、さすがにそれはと首を振った。
五時過ぎの海に目を細めながらぼんやりとしていると、聞こえるはずのない波の音が聞こえた気がした。
そうしているうちに、どうやら眠ってしまったようだった。
瞼をあげたとき、三人が笑いながら自分を覗きこんでいていっぺんで目が覚めた。
「何ですか?」
「ぎりぎり間にあった」
と観音が言った。
「何がですか?」
三人の視線の先を見てみて、驚いた。
どこから持ってきたのか、熊のぬいぐるみを抱かされて寝ていたのだ。
その写真が写ったスマートフォンの画面を見せられて、やられた、と富士雄は笑った。
「消してくださいよ」
「いいや、これは一生ものだ。さあ、もうそろそろディナーだ。なかに入ろう」
どうやら望月と正木も撮っていたらしく、くすくすと笑っていた。
笑われた富士雄は、うれしいことではなかったのだが、悪い気もしなかった。
すぐにディナーのメニューは何だろうと、そっちのほうに興味を持っていかれたのだった。
望月家の用意したディナーには、星をもらったレストランと遜色のない料理が並んだ。
と言っても、富士雄は星をもらったレストランになんて行ったことはないのだが、美味しい、とそれは一口目から思ったのだ。
観音や望月は勿論だが、正木もテーブルマナーは慣れたものだった。
唯一危うい富士雄は、聞くは一時の恥と、これはどうやって食べるんですか?
と質問して教わりながら食べた。
そんな富士雄を誰も疎ましくなど思わずに、ディナーは進んだ。
デザートを食べて終えて、見よう見まねでナプキンで口を拭ってから富士雄は言った。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。なんて言ったら、シェフに怒られちゃうわね」
と望月が笑って、みなも笑った。
「あああ、美味しかったあ」
正木は満面の笑みで背伸びをした。
給仕の方に飲み物の好みを尋ねられ、富士雄と正木はそれぞれ答えた。
望月だけでなく、観音の好みも把握しているようで、ふたりには飲み物を何にするか聞かずともすっと用意された。
「花火まで小休止しよう」
お腹がいっぱいになるほど食べたとき、それがとても美味しかったときならなおさら、人は無口になる。
余韻を楽しむためだろう。
この日、珍しく沈黙の時間が、それでも数分ではあるが、現れた。
その時間に色をつけたのは、やはりというか、観音だった。
観音はウェイクボードをやってみてどうだったかと、みなに尋ねた。
それをきっかけにして、また話に花が咲いた。
気がつくと、窓の外が黒くなっていた。
マグに残ったココアを飲み干して、富士雄は立ち上がった。
三人はすでに部屋を出ていて、給仕にご馳走様でしたと礼を言って、富士雄も部屋を出た。
東京とは比べるべくもなく大量の虫の声が四方から響き、夏を演出していた。
肌に虫よけスプレーをかけ、さあ、花火だ。
何故だろう?
花火をすると人は無条件で笑顔になる。
望月と正木の女性陣も、観音と富士雄の男性陣も
「きれいね」
「きゃああああ」
「きれいだ」
「おおおお」
と歓声を上げずにはいられなかった。
スーパーで売っている花火のセットと言っても、そこは望月家。
万札三枚分はあろうかという質と量の花火で、富士雄は、よく考えたら花火なんて小学生以来だな、と目を細めた。
「ドラゴン行こうか?」
「もう?」
「もう少し後にしようか」
という観音と望月のやり取りが三回を終え四回目が始まったときに、ドラゴン花火が着火された。
噴きあがる火花を見て、綺麗だと、そして迫力もあると、みな思った。
観音が笑った。
望月も笑った。
正木も笑った。
望月家の執事でさえも笑った。
そして富士雄も、笑っていた。
最後は四人で囲むようにしゃがんで、線香花火に火をつけた。
「しめは線香花火なのは、万国共通なんですね」
「クマゴローもそうなの? 正木さんは?」
「私も最後はこれに落ちつきますね」
「私と望月君は線香花火が落ちる前にひとつ、誓いを立てるのだが、それも万国共通なのだろうか?」
「誓い、ですか?」
と富士雄が言った。
「そうよ。私はこれを成し遂げるために尽力します。って心のなかで誓って、火種が落ちるのを見届けたら、不思議な力が背中を押してくれるの」
「いいですね。それ。私も真似していいですか?」
「もちろん」
「と言っている間にも火種が落ちそうだ。次にしよう」
そうして改めて線香花火を準備した。
「誓い、か。私は何を誓おうかな」
「改めて言われると、なかなかに迷うものですね」
「私はもう考えてあるよ」
「私も。ちなみに期限は来年の夏まで、だから。その間に背中を押してほしいこと、頑張りたいこと、それをひとつ、ひとつだけ心のなかで誓うの」
「逆夢みたいに、口にしたら不思議な力が消えてしまうとかってのは、ないんですか?」
と富士雄が訊いた。
「ある、ということにしたんだ。だから私は望月君の誓いを知らないし、私も誰にも言ってはいない」
「叶ったんですか? 誓い」
「ああ」
と観音は短く返事した。
「そうなんですか。僕は何を誓おうかな?」
「さあ、着火しよう」
「いやいや、待ってください」
望月と正木が笑った。
「サンタにプレゼントを願うのとは、勿論、違うんだ。自分が今目標にして努力していることを実現させるために尽力すると誓い、背中を押してもらう。クマゴローが今、一番に目指しているものは、何だ?」
「僕が目指しているもの……」
そう富士雄は自分に問うた。
そして。
「決まりました」
「正木君は?」
「私も、決まりました」
「じゃあ」
と四人の中央に観音が差し出したライターの火に、それぞれの線香花火を近づけた。
線香花火はぱちぱちと儚い火花を散らした。
それはとても美しかった。
ぽとりと、火種が落ちた。
余韻を、四人はそれぞれに味わった。
さあ、と後片づけをしていると、富士雄の耳に虫の声が響き、はっと動きを止めた。
気づいたのは富士雄のみのようだった。
霊感が強いがゆえに信仰心が強いがゆえに自分にしか見えない天使が、自分のために歌を歌ってくれているようだと思った。
夏の夜は深まり、いつまでも笑顔は絶えなかった。




