1 始まりの靴音
はじめましての方がほとんどだと思いますので、自己紹介を。
小町翔石と申します。
ちょっと調べればすぐにわかる、書くまでもないことかもしれませんが、
こないだまで『スマイル』という小説を投稿させていただいていた者です。
以後、よろしくお願いいたします。
今回の舞台は学園、主人公は高校生の男の子です。
お読みいただけたら、面白いと思っていただけたら、
感想を書いていただけたり評価ポイントをつけていただけたりしたら、
ひっっっっっじょうに嬉しいです。
つまらないと思われた方も、どこがつまらなかったを教えていただけたら、
今後に活かせるよう糧にするつもりです。
忘れるところでした。今回はできれば月・水・金と
週に三回投稿するつもりではいるのですが、
私のことですから忘れてしまうかもしれません。
さきに謝っておきます。すみません。
時間はざっくり午後六時台にさせていただきます。
頑張ります。頑張りました。よろしくお願いいたします。
では、どうぞ。
1 始まりの靴音
本格的なランナーではなく、医者に健康のために始めたほうがいいと勧められた五十代男性のジョガーのスピードで、熊谷富士雄は走っている。
決して遅刻をまぬがれるためではない。
部活の朝練に遅れないためでもない。
バスに乗れないためだ。
最寄り駅から学校まで、朝の六時から十分間隔で、朝の八時十分まで専用のバスが運行している。
だからと言ってバスを利用しなければしんどいような距離ではない。
走らなくても、歩いてだって訴えかけたくなるほどの不都合はない。
だが、バスがあるのに歩きや走りを選択する者はまずいない。
いや、「好き好んで選択する者」は、まずいない。
次のバスが富士雄の横を通過するまで、およそ五分。
ここまでくれば大丈夫か。
彼は歩きだした。
高級車で送迎されている一部の人たちの目にはどう映っているのかまでは、この時点では気を回せていなかった。
高級車からの目などは、バスからの目と比較すれば、彼にとっては些細なことであったのだ。
そもそも高級車にはスモークが貼られていて、目を見ようにも見えないのだから。
歩く。
歩く。
歩く。
その足取りは決して軽やかとは言えない。
目線も自然と下がる。
「ふう」
とひとつついた息は、疲れからか憂鬱さからか。
何かの気配を感じて、富士雄は顔を上げた。
その目の先には丁字路があった。
ちょうど信号が変わるところで、横断歩道にはお婆さんがいた。
いったい何が入っているのか、両手に大荷物を抱えていて、歩くスピードは当然、老人のものだった。
富士雄は駆け寄って声をかけた。
「すみません。すみません。荷物持つの、手伝いましょうか?」
「おお、ありがとうねえ」
お婆さんは突然の声に驚いてから、にっこりと礼を言った。
「これくらい、軽いです」
と荷物を受け取り、反対側の歩道にまで運ぶと、ちょうどそこで信号が赤になった。
「いやいや、助かった。ありがとうね。ここまでくればあと少しだから」
そう言うとお婆さんはポケットを探り、飴玉をひとつ突き出した。
富士雄はそれを遠慮せずに受け取った。
お婆さんの笑顔は心からの笑顔で、そういう笑顔を見せられた人も、自然、心からの笑顔になる。
飴は黒糖の飴だった。
お婆さんを見送り信号が変わるのを待っていた富士雄は、横断歩道の延長線上で休んでいる老人、今度はお爺さんを見つけた。
初めは気がつかなかったが、どうやら富士雄を見ているようだった。
(あれ、こっち見てない? いや、気のせいか? なんか少し笑ってるような……。いやでも……。話しかけられたりなんて、しないよな……)
と富士雄は逡巡しながら、なるべく目を合わせないように通り過ぎようとした。
すると
「お兄さん」
と案の定と言うべきか、そのお爺さんに声をかけられた。
面倒くさいことになるのかなと思いつつ、でも無視するわけにもいかないので、富士雄は返事をした。
「最近の若い者は、なんて言う気はないが、お兄さん、気持ちがいいね。朝からいいものを見せてもらったよ。今日は一日、気持ち良く過ごせそうだ」
そのお爺さんの笑顔も、心からの笑顔だった。
「その制服、秋桜学園だね。歩きながら、少し、話をしてもいいかい?」
断るにも断れない状況だが、富士雄が返事をする前に、よっこいしょとお爺さんは立ち上がり、富士雄の横に並んだ。
一六〇センチ、五〇キロ、若く見ても七〇歳は超えている。
杖を使ってはいるが足どりは比較的に軽め。
服装は若々しく、ハンチング帽をかぶり、ブルーデニム、白のTシャツの上に緑と青のチェックの半袖のコットンシャツを羽織っている。
靴は三本のラインが入ったスニーカーだった。
髭もきちんと剃られていて清潔感のある老人だったが、老人なので左の目じりに小さなしみがあったのは、やはり仕方のないことなのだと富士雄は思ったのだった。
初めは面倒くさそうだと敬遠していた富士雄だったが、お爺さんは押しの強いタイプではなかった。
ちゃんと富士雄の人となりを見て、それに合わせることのできるスマートさを持った『大人』だった。
だから富士雄は非礼を恥じ、お爺さんに好意を持った。
必然、口はよく回った。
その口が、止まってしまった。
なぜか?
「バスがあるのに、どうして歩いているんだい?」
と質問されてしまったからだ。
反射的に目を逸らし、しばらく考え込み、富士雄は答えた。
「僕は、バスに乗れないんです」
核心には触れないようにした答えだった。
が、それだけでお爺さんは理解した。
「そうか。ああ、そうだ。まだ名乗りもしていなかったね。私のことは、そうだなあ、はっちゃんと、そう呼んでくれたらいい。はっちゃんだ」
「僕は熊谷富士雄です。あだ名は特にないので、好きに呼んでください」
「うん。せっかくだからいいあだ名を考えたいのだけど、もう学校だ」
見ると校門があった。
富士雄は少し残念に思い、そう思ったことに小さな驚きを感じずにはいられなかった。
「私もいろいろとあって、毎日あそこにいられるわけじゃないから、次に会えるのがいつになるかはわからないが、次に会うときまでにいいあだ名を考えておくよ」
「はい。じゃあ、さよなら」
「さよなら」
一音一音を確認するようにはっちゃんは言って、足を止めた。
やはり笑顔だった。
富士雄はなぜか振り返ってはいけないような気がした。
それは何の根拠もない、ただ頭にふとよぎっただけの思いだったのだが、それは振り返りたいという欲求を強く押し留めた。
結果、彼は一度も一ミリも振り返らずに校門をくぐった。
こんな感じでスタートしましたが、どうでしたか?
高校生らしい「性」の話も出てくるので
一応R15にはしたのですが、中学生でも読んで問題はない
内容で進んでいくと思っていただけて大丈夫です。
では、また。




