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吸血鬼怪談

大鳥居裏の吸血鬼

作者: H2O

「大鳥居の裏の小屋には、吸血鬼が住んでるんだってさ。」


噂好きの奥さんが私に言う。

うちの呉服店の常連客である彼女は来るたびに店先で噂話をする。

いつもどおり話半分に聞き流していたけれど、その次の言葉には興味をそそられた。


「そいつは願い事を叶えてくれるんだって。

でもその代償に血を吸われるって話だよ。」


奥さんはそう笑いかけた。


「わたくし、その方にお会いしたいわ。」


「あら百合子さん、勇敢だわ。」


「よしたほうが良いのでは。」


会話に入ってきたのは、うちで小間使いをしているたつきという少年だ。


「なんですの。

めずらしく口を開いたと思えば。」


「おれは百合子さんには危険だと思っただけです。」


たつきは普段無口でめったに笑わない少年だ。

父は彼を愚直な少年だと気に入っているけれど、何を考えているかわからない彼のことが私は少し苦手だ。

だから反対されたのが気に食わなかった。


「いやよ。

私はいくわ。」


「どうしても行くというなら、おれもお供します。」


学生服の襟から覗く首の包帯以外に変わったところもなく、目立つことを避けるたつきがここまで言うのも珍しかった。


「善くってよ。

お前もついてきなさい。」



 私はたつきを伴い、大鳥居のある山の方へと向かった。

なだらかな坂になっている山道に落ちた木の葉をふむさくさくとした音が響く。

半歩後ろをついてくるたつきが終始無言なのが落ち着かず、私は彼に「お前はあの噂を信じていないんでしょうね。」と意地悪く問いかけた。


「吸血鬼などいないと、そう思ってるのでしょう。

死んだ人間が吸血鬼になって蘇ることなどありえないと。」


「いいえ。」


意外な返事に私は彼を振り返った。

たつきは「吸血鬼はおります。」と答えた。


「やけに自信があるようじゃない。

まさか、吸血鬼にあったことがあるわけでもあるまいし。」


私はからかおうとするが、彼はひどく真面目な顔で「会ったことはあります。」と言うのだった。


「なんですって。

お前の会った吸血鬼はどんなでしたの。

化け物らしく、蝙蝠のように空を飛ぶのかしら。」


「いいえ。」


「それじゃ、鏡に映らないのはほんとう?」


「いいえ。」


「日の光を浴びると灰になるとか。」


「いいえ。」


「なによ。

それじゃぜんぜん吸血鬼らしくないじゃない。」


拗ねる私に、たつきは硬い声で「吸血鬼ですよ。」と言う。


「あれは人の生き血を吸う、死んだはずの人間でしたから。」



坂を登り切ると、赤く染まった木々の中に大鳥居が見えてきた。

鳥居の裏、紅葉の生い茂るその奥に、件の小屋はあった。

寂れた小屋の傷んだ戸を開けようとすると、「本当に行くのですか。」とたつきが私を止めた。


「いまさら怖気付きましたの。」


たつきは「そうではありません。」と相変わらずの馬鹿真面目な返事をよこす。


「百合子さんはここで引き返すべきではありませんか。

遊び半分で吸血鬼に関わってはいけません。」

 

「わたくしとて遊びではありませんの。どうしても願いを叶えていただかなくては。」


自分にはできないと馬鹿にされたようで、かっとなった私はまだ引き留めようとするたつきを無視して戸を開けた。

古びたその小屋の中は、整理整頓がされておらずやや汚れていた。

確かに人が生活していることを感じさせる荒れ方であった。


「おや、お客様だね。」


奥から男の声がして、足音が近づいてきた。

現れたのは薄汚れた着物をきた、痩せた男だった。

男の乱れたざん切り頭が貧しさを物語っている。


「どうぞこちらへ。

お茶をお出ししますから。」


男に促されるまま、私とたつきは中へと足を踏み入れた。

案内されたのは狭い四畳半の居間だ。

私たちは傷んだ畳に座布団もひかずに腰掛けた。

小さなちゃぶ台の上に、私とたつきの分の茶が並べられた。

ひどく古く、ヒビのある湯呑みであった。

向かいに腰掛け、男は問う。


「さて、君たちは俺になんのご用かな。」


「噂を聞きましたの。

ここにくれば、願いを叶えてくださると。」


男は怪しげに口角をあげる。


「では、その代償に何が必要かも知っているかな。」


「わたくしの血ですわね。」


「話が早くて結構。」


「ほんとうに、願いを叶えてくださるの。」


男は「代償さえ支払ってくれればね。」と微笑んだ。

願いを叶える引き換えに血を欲しがるのは噂通りではあるが、男は想像していた吸血鬼とは違っていた。

空を飛ぶでも、恐ろしい牙が生えているでもない。

会話もできる。

男は極めて理性的である。

どうにも人間のようにしか見えなかった。


「君の願いとは、なんだ。」


口を開こうとした時、何気なく手にした湯呑みのヒビで指をきった。

赤い血が垂れた。

男の目の色が変わった。

強い力で腕を掴まれる。


「何をしますの。

はなしてくださいまし。」


拒絶しても、男の耳には届かない。

先ほどまでの理性的な態度とは一変し、獣のように噛み付かんと口を開ける。


「百合子さん。」


鋭い声で呼ばれたかと思うと、たつきは私の手を引いて男を思い切り突き飛ばした。

ちゃぶ台の上の湯呑みが跳ねて割れた。

倒れた男はすぐに起き上がり、なおも襲い掛かろうとする。

たつきは割れた湯呑みの破片で己の腕の静脈を切った。

滴る血を男の顔に浴びせた。


「血をやれば少しは落ち着くでしょう。

その間に逃げるのが最適です。」


私はたつきに手を引かれ、小屋を逃げ出した。


「何が起こったんです。

どうしていきなり襲ってきたんですの。」


坂道を駆け足で降りながら私は言う私を、たつきは「危険だと申し上げたではありませんか。」と叱咤する。


「吸血鬼は血を見れば襲いかかってきます。

どれほど見た目が人間のようでも、会話が出来たとしても、あれは人ではない。

死んでるんです。」


「そんな…。

じゃあ、あの人も死んだはずの人間ですの。」


「そうです。

それでもあの男と関わるというのですか。

あの男を退治するか、一生あの男に血を捧げるか、

あなたの選択は2つにひとつだ。」


「なぜお前にそこまでいわれなきゃならないの。」


乾いた音が鳴った。

私は彼の手を振り払ったのだ。


「お前に何がわかるというの!」


「わかりますよ!」


そのときほど大きなたつきの声を私は後にも先にも聞いたことがなかった。


「おれの母は、吸血鬼になったんです!」


息を飲む私とたつきの間を、冷たい木枯らしが通っていった。


「事故で死んだ母は、吸血鬼になって戻ってきました。

母は幼いおれの首に噛みついて血を吸いました。

それでも、母と暮らせるのならそれでいいと思った。

でも、おれの血だけで母を生かすことはできなかった。

母は人々を襲うようになりました。」


「それでお母様はどうなったの。」


「吸血鬼といわれ畏れられ、最後には退治されました。

おれには母との永遠の別れよりも、母が人々を襲う化け物として退治されなければならなくなったことのほうがこたえた。

おれの血で母を養い、周りから吸血鬼であることを隠し通してやれたらよかった。

それができぬのなら、化け物としてしか生かせないのなら、母を生かすべきではなかった。

だから、遊び半分で吸血鬼に関わってほしくないのです。

無責任に吸血鬼に血をやろうとするのは許せません。

見ていて腹が立ちます。」


よもやたつきにそんなふうに言われるなど思ってもいなかった。

私は悔しくて、唇をかんだ。


「だけど、わたくしだって真剣なんです。

どうしても、願いを叶えたいんです。」


私はたつきの顔を見れなかった。

そのとき、坂道の奥の方から足音がした。


「あぁお客様、ここにおられましたか。」


あの吸血鬼だ。

吸血鬼は「先ほどは失礼いたしました。」と笑みを口に浮かべこちらに近づいてきた。


「前金をいただきましたから、願いをお聞きしなきゃと思ってね。」


私は胸を高鳴らせながら、口を開いた。


「わたくしの願いは、亡くなったお兄様を生き返らせることです。

お兄様にもどってきてほしいんです。

叶えていただけますか。」


しかし男は「まいったなぁ。」と頭をかいた。


「お嬢さん、きちんと知らなかったんだなぁ。

俺が叶えてやれるのは、誰かを殺してくれって願いだけですよ。」


「え?」


「だから、人殺し専門なんです。

人を殺してやる代わりに、血をもらう。

そういう取引ですよ。」


男は黄色い歯を見せて笑った。


「でもがっかりしないでください。

殺しの腕は確かですから。

お嬢さんの無念も晴らしてやれますよ。

お兄さんは何で死んだんですか?

馬車に轢き殺されたのなら、馭者を殺しましょう。

病気で死んだんなら、治せなかった医者を殺しましょう。

誰を殺しましょうか。」


視界がぼやけてゆく。

きつく唇をかんでも、ぼろぼろと溢れる涙を止めることはできなかった。


「どうしてですの?

どうして、あなたは吸血鬼になって生き返ったのに、お兄様を生き返られせることは出来ないんですか。

お兄様は戻ってこないんですの?」


「吸血鬼とは、そんな都合のいいものじゃありませんよ。」


隣にいたたつきが静かな声で答えた。


「吸血鬼になってしまうのは、突如命が失われるのと同じぐらい不条理なものです。」



「たつき。

お前はわたくしに、一生血をやるか、退治するか選べと言いましたね。」


たつきは「はい。」と答える。


「わたくしは吸血鬼を退治することを選びます。」


「承知しました。」


そう言うやいなや、たつきは吸血鬼を蹴り飛ばした。

吸血鬼が起き上がる前に、彼はその上に馬乗りになり封じ込む。

学生服のポケットから杭と金槌を取り出す。

たつきは吸血鬼の心臓に杭を突き刺した。


「百合子さん、おわりました。」


私はたつきに手拭いを手渡してやった。


杭はどうしたのかと聞けば、「吸血鬼退治をしている師匠に預かりました。」と答える。


「吸血鬼を退治するにはこうすると師匠に教わりました。」


「2つにひとつ、なんていいながら最初から退治するつもりだったんじゃありませんこと。」


「百合子さんが本気で吸血鬼に一生を捧げるのを選ぶのなら応援するつもりでした。

どちらもあの時のおれにはえらべなかったことですから。

でも、百合子さんがそこまでして生きていてほしいのはあの男ではないでしょう。」


私は黙って俯いた。


大鳥居裏の吸血鬼はこうして退治された。





紅葉生い茂る山道を、私はたつきと並んで下っていく。


「お前には迷惑をかけましたね。」


たつきは「いえ。」と首を振る。


「今日のお礼に、お前を私の友人にして差し上げても善くってよ。」


わざと高飛車な言い方をした私に、たつきは「光栄です。」と馬鹿正直に答えたのだった。

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