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行商。

 僕、南雲悠一なぐもゆういち改め──ユウは、柊美空ひいらぎみそろさん──ソラと二人で、途中、おじさん夫婦から頂いたフランスパンを縮小したみたいな食べ物と水で昼食を挟んだものの、ひたすら田舎道のような自然の街路を歩いて、早六時間以上が過ぎた。


 そろそろ目的地らしき場所に着いてもよいのだが、歩けど歩けど先は見えず、ただ前だけをみて進むしかなかった。


 それと道中に出会った生き物といえば、草むらからひょっこり顔を出したウサギとネコをフュージョンさせたような小動物と遠くの空にみえた渡り鳥の一団ぐらいだった。


 異世界ファンタジー物のテンプレである、ゴブリンとかオーク──そんな物騒な魔物には一切遭遇していない。当然、ドラゴンのようなレアモンスターに強襲されることもなく、実に平和な道中だった。


 現実、僕ら二人にとって、それがザコモンスターの一匹だったとしても、万が一襲われた瞬間、対抗する手段もなく即全滅。平和の日本で生活していた高校生に一体何が出来る。


 そもそもこの辺りはファンタジー特有のヨーロッパの自然というより、どちらかといえば日本の田舎風景のようだ。さすがに田園こそはなかったけど、途中、どこか遠くで川が流れる水のような音が聞こえて来たし、遠くにみえる山だってまるで富士山みたいな形をしている。


(……もしかして、ここは日本のどこか? それはさすがに無理があるか……)


 歩きつつ物思いにふけっていると、後ろを歩いていたソラの息遣いが荒くなっていた。


「ご、ごめんっ! 歩くスピードが早かったかも、ちょっとペースを落とすよ」


 気をつけていたつもりだったが、油断してると、焦りからなのか、ついつい早足になってしまう。そもそも男の僕と女性のソラとでは、明確に体力の差がある。それは自然の摂理であり、だから僕が彼女のペースに合わせるのは当たり前のことだ。


「はあはあ──ごめん。でもいい。私頑張ると決めたから、だからこのままユウのペースで歩いて」


 肩で息をしながらソラが言う。さてどうしたものかと考える。このままソラを無理させるわけにもいかないし、かと言って、僕があからさまに彼女の歩幅に合わせると、ソラの頑張りを否定することになってしまう……よし決めた。


「じゃあ、僕もペースを落とすよ」

「だから落とさなくていいって!」


 ふむ。やはりソラはかなりの頑固者とみた。一度口にした事は、頑固として曲げないタイプだ。その難儀な性格が災いして今までかなり無理してたんだろうな。


「いやいや、実は僕もかなり無理してたというか、正直焦ってたんだよね」

「焦ってた?」

「ほら、こんな状況でしょ。 一刻も早くそれを打開したかったというか、居ても立っても居られなかったというか……ま、そんな感じ?」

「それ、ちょっと分かるかも……」


 ソラは何か思うことがあるのか、目線を下げボソッと呟く。


「だったらお互い無理するのはヤメない? これから先、二人してこんなんじゃ、身体がもたないよ? とりあえず僕はもっと焦らずゆっくり歩くよ。その方が疲れないし、ソラも無理しないで僕を注意してよ。そんなに焦って歩くなってね」

「うん。分かった……アリガトゥ」

「え? 最後なんか言った?」

「べ、別に何も言ってないし!」

「そう、ならいいけど」


 何だかソラがツンデレヒロインみたいな口調になってるけど……ま、これで取りあえずは納得してくれたみたいだし……多分、これで良かったかな?


 

 それから一時間ほど歩いていると、前方から音を立てて何かが近づいてきた。


「ユウ……」

「分かってる……ソラは僕の後に」

「うん」


 僕の背中にソラを隠し、警戒態勢を取る。その際、ごく自然に彼女のほっそりとした手を握っているが、これは何かあったときにお互いが離れ離れにならないようにと手を繋いでいるわけであり、決してやましい気持ちではない。だからソラさん、そんなに強く握り返さないで……僕、勘違いしちゃうよ?


「……ソラ」

「な、なに?」

「多分あれ、大丈夫……だと思う」


 僕の言葉に目を細め、よくよく前方を見据えるソラ。そしてさり気なくつないでいた僕の手を離し、表情を和らげた。


 やがて前方から時速5キロもみたないノロノロ運転でやってきたそれは、道の端に避けていた僕らの横で止まる。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 リアカーを引いた自転車のような乗り物にまたいだ割烹着かっぽうぎ姿の『アライグマ』が、つぶらな瞳で僕らを見て話しかけた。某名作アニメのマスコットをそのまま人間の子供ぐらいの大きさにした姿を連想して欲しい。


「ええと……」

「〜〜〜〜〜〜〜〜?」


 さらに自転車(仮)からおりて、また何か言っている。当然僕には通じてない。さてどうしょうと困っていると、横にいたソラが僕の脇腹をツンツンとつついてきて。


「ほら……あの薬」

「あ、そうか」


 僕は肩掛けリュックから小瓶を取り出し中から黒玉を一粒取り出して飲み込んだ。


「こ……こんにちは?」

「あれ、やっと通じたの〜。よかった〜。それでお兄さんたちこれからどこに行くの〜?」

「ええと……僕らはその、中人族ナカビトゾク? の住んでいた街に向かっているというか──」


 さすが異世界謎技術の薬だ。大きなアライグマさんとの会話が成り立っている。小さなおじさんに薬を分けてもらってて、本当に助かった。


中人族ナカビトゾクの住んでた街〜? う〜んと、ここからだと……カモガワ跡地のことかな〜?」

「カモガワアトチ? ……ええと、多分そこです。 ちなみにここからだと、後どのくらいかかります?」

「そうだね〜。お兄さんたち歩きだと、1時間〜?」


 今1時間と言った!? 自動翻訳間違ってないよな? 良かった思ったより早く着きそうだ。思わず笑顔になる僕に対し、ソラはポカンとした顔をしている。そうか、薬を飲んだのは僕だけなので、ソラはアライグマさんとの会話内容がさっぱりなのか。僕たちの会話がどんなふうに聞こえてたのか、後でソラに聞いてみよう。


「でもさ〜。お兄さんたちそんなところに今さら行ってどうするの〜。あそこ、今じゃな〜んにもないよ〜」

「え、そうなんですか?」

「家はほとんど取り壊されてるし〜。そもそも誰もいないよ? あっ、でも神殿はいくつか残ってるかも〜?」


(シンデン……神殿!? それっていかにも怪しくない? そこに僕ら異世界転移の手がかりがあるかもしれない。もしかして案外早く元の世界に帰れるかも!?)


 思わずソラの顔を見やる。そんな僕をみて彼女は眉をひそめた。彼女に僕からのアイコンタクトは通じてないらしい。


「ありがとうございます! 僕たちその、カモガワ跡地ってところに行ってみます!」

「そうなの? だったら止めないけど〜。それよりもお兄さんたちこれ買ってくれない?」


 と、ここでアライグマさんは、自転車(仮)につながっているリアカーの荷台をゴソゴソとあさる。


「服?」

「そうなの〜。アタシね、今この辺りで行商をやってるのね〜。でもここらには、あんたらみたいな中人族が少なくてね〜、在庫がかなり余ってるのよ〜。良かったら見ていって〜」


 言いながら、道端で小さな手で器用にゴザを広げるアライグマさん。そこに大小さまざま、そしてデザインこそ変わってはいたが、何とか今の僕らが着れそうな上着、シャツ、ズボン等が並べられた。


 正直助かる。


 今僕とソラの着衣は、この世界に来たときのまま──つまり学校の制服だ。しかも夏服。さらに汗臭い。当然着替えなどない。男の僕はともかく、女子であるソラにとっては、それこそ死活問題だろう。


 今まで蚊帳の外だったソラは、並べられた色とりどりの服を早速物色し始めた。僕も負けずに服を求める。さらに下着はあるかとアライグマさんに注文。さすがにブラ……いや、女性下着こそはなかったが、男女兼用の肌着が用意された。多分、トランクス、タンクトップ的な感じかな? それとソラは何だか布当てみたいなものを数枚選んでいた。それを何に使うか聞くのは野暮だと思った。



「──本当にありがとうね〜。こんなに沢山買ってもらって〜」

「いえいえ、こちらこそ助かりました」


 別れの挨拶はそこそこ、アライグマさんは自転車(仮)にちょこんと器用にまたがり、僕たちとは別方向に去っていった。


 服の代金は小さなおじさんから受け取った数枚の紙幣から払った。正直、これで足りるか心配だったけど、元々が売れ残り商品だったためか、全く問題なく支払えた。お金が十分残ったので、大きなカバンを2つと水筒、加えて食料を購入し、僕たちの旅支度も若干潤った。


 それとアライグマさんに聞いたところこのあたり周辺には、危険な野生動物はほとんど生息しないらしい。何でもこの地域の気候があまり大型動物には適していないらしく、ここよりもっと寒い場所には、ヤバい生き物が沢山いるらしいが──何でだろう、普通は逆だろ。ホッキョクグマや南極のペンギンじゃあるまいし……異世界あるあるなのかな? 


「──ところでユウ……あのアライグマさんは男の人だったの?、それとも女の人?」

「……さあ、どっちだろ? ちょっとわからない。言葉の感じからはメスというか、女の人ぽい感じだったけど……」

「そうなんだ。私は見ていて男の人にみえたけど……」

「え? マジで!?」


 オネエ言葉を話すアライグマ……ちょっと勘弁して──とか、二人で話しながら道中をしばらく歩くと、やがてひらけた石の街路に差し掛かり、さらに真っ直ぐ進むと、


「あっ、ユウ……あそこじゃないかな」

「うん、多分そうだ……」


 ソラが指さした先。

 そこには、城壁のような高い石の壁に囲まれた街の入口らしき、大きな門がみえた。

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