ふたりの旅立ち。
「〜〜〜〜〜〜」
まるで時代劇に出てくる提灯みたいな物を掲げ、その見知らぬおじさんが何か言っていた。発する言葉は少なくとも聞き慣れた日本語ではなく、まるで聞いたことのない発音だ。
おじさん自体は、日本中のどこにでもいそうな作業服姿の中年男性だけど、問題はその大きさだ。あくまでも『身長』ではなく〝サイズ〟だ。
よくアニメやゲームキャラのフィギュアでその大きさを表すとき、それを◯/◯サイズとかで表現することが多いと思う。まさにそれ、今僕らの目の前にいるおじさんは、頭や体の等身はそのままで、ただ本来の大きさを二分の一サイズに縮めたようなおじさんだったりする。
だから僕は、自分の身体の半分程度の大きさしかない小さなおじさんに対し、先程まで抱いていた警戒心もすっかり薄れてしまい、ワイシャツの袖にしがみついていた柊さんも唖然とした様子だ。
「〜〜〜〜〜〜〜っ?」
それに小さいおじさん自体も声を荒らげることもなく、身振り手振り僕らとコミニュケーションを取ろうと躍起になっているようにもみえる。
「え、ええっと……すみません。僕には貴方が何言っているかさっぱりで……、」
僕は僕で、このままおじさんを上から見下ろしていては失礼だと思い、中腰にしゃがんで、言葉を発するものの、やはりおじさんには通じてないみたいで、気がつけば互いに身振り手振りのジェスチャー合戦となっていた。
隣にいる柊さんに至ってはその場でオロオロするだけで、念の為、彼女に助けを求めてみても「絶対無理無理〜」と、実に見事なジェスチャーを披露。
その時、何かをひらめいたようにおじさんが両手を叩き、地面に置いていた提灯もどきの明かりを頼りに、背負っていたリュックの中身をゴソゴソと漁り始める。
そんなおじさんの様子を何の気なしにボォーと眺めていると、パンパカパーンと効果音が鳴りそうな勢いでリュックの中から小瓶を取り出した。
「〜〜〜〜」
その中身を今すぐ飲め、というようなジェスチャーをし、そのいかにも怪しげな小瓶を僕に手渡す。
薬の錠剤が入ってそうな蓋付きの小さなガラス瓶だ。中には正◯丸を更に小粒にしたような黒い玉が沢山入っている。
おじさんが小さな人差し指を一本上げた。
(──ということは、この黒い玉を一粒飲めということか……だが果たしてこんな得体の知れない物を口にしてもよいものか……うーん。どうするべきか迷うよな…、)
隣にいる柊さんを見た。
明かりが乏しくても分かるくらい彼女は不安げな表情をしている。
こうなったら覚悟は決めようと思う。
どうせこのままでは埒が明かない。
僕は半ばヤケくそになって瓶から黒い玉を一粒取り出し勢い余りにそれを噛み砕き飲み込む──
◇◇◇
──結果から述べると、おじさんがくれたあの黒い玉は『言葉が理解できる魔法の薬』だった。ま、実際は、魔法とは違う、何かの超テクノロジーかも知れないが、僕が知る常識では考えられない薬なので、仮に魔法の薬と呼ぶことにした。異世界での謎技術は大概、魔法と呼べば誰もが納得する。
ってことは、ここはやはり異世界……なの?
◇◇◇
あれから僕と柊さんは、親切な小さいおじさんに連れられておじさんが住まう家に訪れていた。そこは僕らがいた場所から少し距離を置いた森の広場にポツンと建つ木造のロッジハウスで、それを半分の大きさに縮小したような一軒家だ。
こんなデカくて素性の知れない怪しげな僕ら二人に対し、家からひょこっと顔を出した彼の奥さんらしき中年のおばさんは、特に驚くこともなく快く招き入れ、何と食事まで用意してくれた。この優しそうなおばさんも小さなおばさんだったけど、それに伴い、彼らが住んでいる家も僕らにとって小さめなサイズではあったが、あんな暗い夜で一晩明かすと思うと、この夫婦には感謝しきれない。
そして食事の後、奥さんが入れてくれた紅茶のようなお茶をミニサイズのカップでチビチビと飲んでいた時、正面のテーブルに座るおじさんが意を決したように僕らに尋ねてきた。
ナカビトゾクが、なぜあんな場所に居たのだと。
彼が言う『ナカビトゾク』とは、多分僕らのことを指すのだろう。だとすると、この親切な中年夫婦は、『コビトゾク』? なんて安易なネーミングだろう。あの薬が分かりやすく翻訳してくれているだけであって、実際にはもっと違う呼び名かも知れないが。
「ええっと……僕らはただ単に森に迷い込んでしまって……その……」
僕の隣でちょこんと正座してお茶をすすっていた柊さんも慌てたようにウンウンと頷いている。ちなみに僕も正座だ。お互い用意された椅子が小さくて座れなかったので。
「……そうか、すまない。悪いことを尋ねてしまった」
「え?」
はて? 悪いこと……とは?
ここでおじさんは軽く咳払いをして。
「……ところで、君が腕にはめているものだが、わたしに少し見せてくれないか?」
「ええっと……これのことですか?」
僕は右腕にはめていたアナログの腕時計を外しおじさんに渡した。それを彼は大事そうに受け取るやいなや両目をカッと見開いた。
「う、動いてるだと!? こ、これは奇跡だ。素晴らしい。き、君は、これを一体どこで手に入れたっ」
「……えっ? ど、どこと言われても……」
近所のホームセンターで税込み千百円で買いました、と言える雰囲気ではない。
そこで改めてこの家の内装を眺めてみると、何もかもが質素だった。特に家電らしきものはまるで存在せず──強いて言えば、古き明治や大正といった庶民の家みたいな感じだ。もしや、こんな安物の腕時計ですら、この世界に住むおじさんにとって、まさにオーバーテクノロジー、だったりする?
「……あ、そうそう、い、遺跡、ナカビトゾク? の遺跡で見つけました!」
異世界ファンタジーの世界なら遺跡ぐらいあるだろう、とか思い、適当に嘘を言って誤魔化した。隣で成り行きを見守っていた柊さんなんか、呆れた顔で僕を見ている。
「そ、そうか。ナカビトゾクの遺跡ならあり得ん話ではない」
あ、嘘が通った。
「そ、そうです。それではこれで──」
嘘がバレる前に証拠隠滅と思い、おじさんから腕時計を回収しようと手を伸ばしたら、
「すまないが、これを譲ってはもらえないだろうか」
唐突におじさんが頭を下げた。
「お礼は出来るだけする。たのむ、それをわたしに譲ってくれ」
「いやいや、頭を上げてください。こんなので良ければ、ぜひお譲りしますから」
おじさんがいなかったら僕らは夜の森でどうなっていたか分からない。下手すれば獣とかに襲われて二人とも死んでたかも知れないのだ。だから下手な駆け引きは無しにして、このまま素直に時計を渡すべきだと思った。柊さんもウンウンと頷いている。というか柊さん、さっきから全然会話に参加してこないよね?
「本当か!? 感謝する。おいお前、金をあるだけ持ってきてくれ!」
「いやいや、タダでいいで……いえ、少しだけお金を頂ければ……」
「そ、そうか、それは助かるっ」
そう言って彼はサイフらしき袋からゴソゴソと取り出した紙幣らしき数枚を僕に握らせる。このお金がどれほどの価値があるのか不明確だが、どこの世界を生きるのも先だつものは必要だ。
ツンツン。
柊さんがジト目で僕の脇腹を突いてくる。何でタダであげないの? と目で訴えてくる。
(お金はこれから必要だし、仕方ないだろ……てか、君ちょっとはしゃべろうよ?)
……とまあ、何やかんやで僕と柊さんは家に泊めて貰うこととなった。用意してくれた毛布はミニサイズだったが、今の僕らにとって十分過ぎた。
本当はこの世界について色々と聞きたかったのだけど、おじさんたちも自分らについてあまり詮索してこなかったし、僕らは僕らでこの世界についてあまり触れない方が良いと思った……主に僕が。
それに下手に聞いて家から追い出されては元もこうもないし……まあ、何はともあれ僕と柊さんは、疲れもあってか、二人してすぐに眠ってしまい、夜のドキドキイベントは無かったけど、異世界での一日目は無事に過ごせた。
明日は果たして、どうなることやら──。
◇◇◇
「本当に助かりました」
「……た、助かりました」
朝方僕らは改めて夫婦にお礼を言った。朝ご飯までご馳走になって本当に感謝だ。それに水と食料も少々分けてもらい、手持ちお菓子もストック切れ間近なので実に助かった。
おじさんの案内で森を抜けると、それこそ街路……といってよいのか少々微妙だけど、広い道らしい土の道に出ることが出来た。何でもこの先に、かつて多くの『ナカビトゾク』が住んでいた街があるとのこと。今はゴーストタウンになっているらしいが、当面はそこを目指して歩こうと思う。
そしてこの場所でおじさんとお別れだ。色々とお世話になりました。あと、小さいおじさんとか呼んですみませんでした。奥さんにも心の中で誤ります。ごめんなさい。
おじさんと別れ際に握手した。小さくてとても暖かい手だった。柊さんに至ってはおじさんに抱きついていた。彼女にとって精一杯の感謝を表現しているのかもしれないが、おじさんは何だか嫌そうにしていた。急に自分より大きい物に抱きつかれたら、それはさぞかしいい迷惑だろう。
「では、行きますか……」
「うん」
僕と柊さんは並んで何処までも続く長い道のりを歩き始めた──。